ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


四つの呪文と四人の解釈

帝国暦九十三年 盛歌の月・守護者の日(現代暦:七月下旬)

「これで、呪文の石板四枚分が集まったわけです。今日は、その呪文を解読する作業を行いたいと思います」

 コテージの広間。三枚の呪文石板と一枚のメモ用紙を置いたテーブル席に、ラムリーザ、リゲル、ジャン、ユグドラシルの四人が集まっていた。他の仲間は、今日も海や町へ遊びに出かけていた。

 ラムリーザの宣言で、呪文解読チームの活動が始まったのである。

「正確には、地図の石板が一枚、呪文の石板が四枚で計五枚だけど、そのうち一枚は食堂の魔除けになっていたので、呪文だけメモしてきました。あと、子どもたちの話では、石板はそれぞれ愛・太陽・月・死に対応しているらしい、とのことです」

「それでは秘密の儀式を開始します――ってか?」

 ジャンは石板を一枚手に取って、茶化してみせる。

「それもあながち間違いではないな」

 リゲルも石板を見つめながら、肯定してみせる。

「その地図の石板は何かな?」

 ユグドラシルの質問に、ラムリーザは「地図のバッテン印の場所に、これらの呪文が刻まれた石板があったんですよ」と答えた。

「メチシナテイカンヘサガト?」

 ユグドラシルは石板に書かれた呪文を唱える。

「トヘオナストカレスハブタ」

 続いてジャンが復唱する。

「メイエウテアボニヘナシハ」

 リゲルも唱えてみる。

「ムイルコベレトジシヨキマ」

 最後にラムリーザは、書き写したメモを読み上げた。
              
コテージの広間で、四枚の呪文を解読するため、ラムリーザ、リゲル、ジャン、ユグドラシルが石板とメモを囲んで呪文の解読をしている場面
 少しの間、沈黙が続いた。

 そして、四人はきょろきょろと顔を見合わせる。

「何も起きないな」

「声が小さいのかな?」

「部屋を暗くしないとダメかな?」

 などと意見が上がった。怪しい儀式のあり方、これはいかに?

 しかしリゲルは落ち着いた様子で、「これは呪文じゃなくて、それぞれの文字列に意味があるのだ」と言った。

「例えば最初の石板の一節、テイカンは諦観と読める。悟りの境地と考えたら、何か意味がありそうじゃないか」

「その前のメチシナは?」

「シナは品物のことだろう。メチ……メチルアルコール……目地、目知……何かの目的かな? 目的の品と解釈してみよう」

「ほー、さすがリゲルだね。古文書の解読とか得意だったりする?」

 ラムリーザは、感心したようにリゲルを褒める。やはりリゲルはこのグループの知恵袋だ。

「とあるゲームに石板みたいなのが出てきてな、地図という名称だが、書かれているのは文章だ。しかしその文章が抽象的で、意味をいろいろ考えないとダメなのだ」

「ふ~ん、例えばどんなの?」

「一字一句覚えているわけではないが、『四なる角に添え物をなし、光を通さざる色合いとす』とか出てくるのだ。この場合、部屋の四隅にアイテムを設置して、枠を黒く染めたら先に進めた。光を通さざる色合いとは黒のことな。だからこの文章も呪文ではなく、何かを曖昧に示したものだと考えられる。ブ・イ・イ・レという頭文字から、青、黄、黄、赤の順番を発見しなければならない謎解きもあったからな」

「では最後のヘサガトは?」

「ヘサガト……何々へ下がると。下がれと、こんなところかな」

 そこでリゲルは一呼吸置いてから言葉を続けた。

「つまり通して考えると、何かの目的の品を悟りの境地で下げよと。下げよではないな、この場合は捧げよのほうが意味としてつながりやすい。何かの目的を持った品物を、悟りの境地で捧げよ。これがその石板の意味だ」

「何かの目的を持った品物を、悟りの境地で捧げよ」

 ラムリーザは、リゲルの解読した文章を復唱する。何だか知らないが、壮大な冒険が始まったような気分になっていた。

「それで、その何かの品とは何だい?」

 ユグドラシルは、新たに浮かんだ疑問をぶつけてくる。

「品として目につくのは、そっちの石板の最後に書かれているブタだな」

「トヘオナストカレスハブタ?」

「ある宗教では、ブタを神聖な生き物、あるいは禁忌として食べない文化があったりする。しかし藁でできた小屋に隠れたブタは、息を吹きかけて藁を吹き飛ばして捕まえるのだ」

「木でできた小屋に隠れたブタは?」

「木の板はそれほど強度はない。体当たりでもして壊せばブタは捕まえられる」

「レンガでできた小屋に隠れたブタは?」

「レンガ小屋は出来上がるまで時間がかかるので、完成する前に捕まえる」

「さすがリゲル!」

 持ち上げられてリゲルは、フッと笑う。少し得意になっているようだ。

「へんこぶたは?」

 ついでにラムリーザは、噂について尋ねてみた。

「へんこぶた? ヘンカラ峠に出没するらしいが、単なる噂だ。で、雑談しながらこの呪文についていろいろ考えてみたが、これはノイズ系が含まれているな」

「ノイズ系?」

「例えばスハブタ、これはハがノイズだ。ハを除けばスブタとなり、酢豚だ」

「酢豚を捧げるの? おかしくないか?」

 ずっとリゲルを持ち上げていたラムリーザは、一転して反論してみる。

「さっきも言ったとおり、ブタを神聖な生き物とする宗教もある。ほかの文化から見たら、それをおかしいと考えることもあるだろう?」

「言われてみたら、文化はそれぞれだね。ユライカナンには山移動大会という謎のスポーツもあったし、いろいろな文化を受け入れなくちゃね」

「あれは最近考案されたものだっただろう? あと、酢豚にパイナップルを入れるのは死刑な」

「うん、それは言えているね。ポテトサラダにミカンも引責辞任で」

「おう。その場合、りんごも追放な」

 なんだかラムリーザとリゲルの考察は、ジャンも交えて食べ物の好き嫌い方面に脱線してしまったようだ。

「つまり、この石板を記した者にとっては、酢豚が重要だったのだ」

 結局はなんだかリゲルにまくし立てられてしまったが、言われてみればそんな気になってしまうから不思議だ。

「いや待てよ、酢豚じゃなくて豚そのものでいいかもしれんな。その前の五文字、ストカレスはストレスを枯らす。つまりストレスをなくすものはブタということになる。ストレスを枯らすものはブタだ」

「トンカツはうまいよな」

 ジャンは納得したようだ。

 ふざけた冗談も飛び交うが、四人とも視線は石板から離れていない。こういうときだけは、いつもの雑談とは少しだけ空気が違っていた。

「では冒頭のトヘオナは何かな?」

「オナはアレだよアレ、ふふっ」

「こらこら、何を言い出すんだい君は」

 ユグドラシルは、年齢制限のかかりそうなことを言い出すリゲルに釘を刺す。

「知らん、書かれているのだからそうなるのだ。先輩はオナるとか言わないか?」

「なっ、ちょっ、まっ――」

 動揺するユグドラシルを見てリゲルはフッと笑うと、解読を続けた。

「トヘ、トヘロス……徒へ、何かの信徒かな。都へとも取れるが、続くのがオナるだからな、う~む……待てよ? オナるじゃなくて、自慰だと捉えたら解釈は増える。自分を慰める、ト、頭、頭へ、つまり自分の頭を慰めるために、ストレスを枯らすブタを使えだ」

「自分の頭を慰めるために、ストレスを枯らすブタを使え。すごく強引だな」

 今度はジャンが復唱して、感想を述べる。

「先に進めるぞ。次は何だ?」

「メイエウテアボニヘナシハ」

「う~む……」

 リゲルは石板を見つめながら黙り込んだ。

「メイエは名絵、名のある絵にならないかな?」

 ユグドラシルの一言に、リゲルは「それだ」と答えた。

「続くウテは、撃て。絵を撃てはおかしいから、ここは絵を売ると解釈しよう」

「ボニ、ボ、歩、母、母親かなぁ? つまり母に、となる?」

 ラムリーザも、リゲルの要領を覚えていろいろと解釈できるようになっていた。

「それでいい、名のある絵を母に売る、だ。いや、撃つをぶつける、与えるとも取れる。名のある絵を母親に与えるとなるな」

「最後のヘナシハは?」

「これはアナグラムだな、並べ替えるとハナシヘ、話へだ。つまり、名のある絵を母に売る話へ、となるのだ」

「すごいな、あっという間にどんどん解読が進む」

「いや、ちょっと強引っぽいけどな」

 ラムリーザは感心するが、ジャンは少し懐疑的だ。

「まぁ考古学ってこんなものだ。辞書もないのに、前後のパターンや文字の使用頻度から意味を割り出す。祠などに行けば、古代文字とか出てくるかもしれん」

「実はこの石板に書かれているものは古代文字で、文章から現代語の意味を割り出すこと自体に意味がないとしたら、どうする?」

 ここに来てジャンは、新たな理論を持ってきた。

「どういうことだ?」

 リゲルの問いに、ジャンは「えーと……」と少し間を置いてから語り出した。

「メイエウテアボニヘナシハ。例えばメイエウテは大きな木を意味するとする。そしてアボニは根元を意味する。最後にヘナシハは埋めたという意味だとしたら、大きな木の根元に埋めたという意味にならないかな?」

「それは何語だ?」

「エルフ語でも魔界語でも宇宙語でも竜語でもいいぞ」

 どうやらジャンの頭はファンタジーな方向へ向かっているようだ。

「それが竜語だとしたら、ベリィドアットベースオブアビッグツリーとならないかな?」

 ユグドラシルが、宗教学の素養があるところを見せる。帝国を含め、この周辺各国で信仰されている竜神伝説には、竜語という独特の言語があるのだ。

「じゃあエルフ語でもいいよ」

「ふっ、そういうのならどうとでも解釈できる。トヘオナストカレスハブタをこう解釈してやろう。トヘオは黒髪、ナストは女、カレスハは求める者、ブタは振られるとしよう。つまり、黒髪の女を求める者は振られるという意味になる。どうだ参ったか?」

 リゲルは謎の勝負をジャンに挑んでくる。これにはジャンもムッとして反撃を試みる。

「それじゃあメチシナテイカンヘサガトは、途中の解釈は省略して、二股の悪魔は自滅の道を辿るという意味だったらどうするのだ?」

 ジャンの口から飛び出した「二股」という痛烈なワードが、広間の空気を一瞬で凍りつかせた。

 リゲルは無言でジャンに冷たい視線を浴びせかける。ジャンも負けじと目を見開いて、ガン飛ばしを仕掛ける。

「ファンタジー解読の勝負はいいから、ムイルコベレトジシヨキマについても解読してくれよ」

 ラムリーザは、冷戦が始まってしまった二人の間に、仲裁役として割って入った。

「そうだな、現実的な解読をやろう」

 リゲルは、ラムリーザから最後に残った呪文を書き写したメモを受け取った。

「まずはムイルコ、これは無為るこ、無為ること、静かにするという意味だ。最後のシヨキマも簡単だな。シヨはシオとも読める、つまり塩。キマはキヨマルを短縮したものとなり、塩で清めるという意味になるのだ。残りはベレトジか……」

「トジは閉じるとか?」

 ラムリーザは、これまでにリゲルが行った解釈法から推理してみた。

「そうなるとベレという単語が謎だ。ベレを閉じる、ベレを閉じる」

「喋れとか?」

「なるほど、喋れを閉じる。つまり口を閉じると解釈できる。すべてを通して解釈すると、口を閉じて静かにし、塩で清めよ、という意味になるな」

「これやっぱり島の四か所に、悪霊か何かを封じているんじゃないか?」

 ジャンは少し不安そうだ。

「あり得るね。ここマトゥール島に、昔何があったか知らないし」

 ラムリーザは同意するが、ユグドラシルは「海賊が本拠地にしていたって言ってなかった?」と聞いた話を覚えていたようだ。

「海賊が四か所に何かを封じたのだ」

 結局ファンタジー物語風になってしまうのであった。

「さて、これで四つの呪文がすべて解読できたことになる。すべてを合わせてみるぞ」

 

 メチシナテイカンヘサガト:何かの目的を持った品物を、悟りの境地を開いて捧げよ

 トヘオナストカレスハブタ:自分の頭を慰めるために、ストレスを枯らすブタを使え

 メイエウテアボニヘナシハ:名のある絵を母に売る話へ

 ムイルコベレトジシヨキマ:口を閉じて静かにし、塩で清めよ

 

 リゲルは、ラムリーザの持っていたメモ帳にこのようにまとめた。

「えっと、つまりどういうことだろう」

 まとめてみたものの、ラムリーザにはこれをどうすればよいのかわからなかった。

「四つをさらに混ぜて解釈すると、名のある絵を、精神を慰めるために口を閉じて静かにして、悟りの境地を開いて、聖母に捧げ塩で清めよ。こんなところか?」

 リゲルは一同を見回して、同意を求めた。

「なんだか啓示みたいだね」

 これはユグドラシルの感想だ。

「宗教絡みの話だったか」

 ジャンの興味をあまり引く結果ではなかったようだ。

「僕の母か、ソニアの母に何か絵を描いて持っていこうかな?」

 ラムリーザは、啓示っぽい文章を実行してみようとする。

「それはあまり意味がない行動だと思う。それよりも四つのバッテン印を線で結んで、その中央にも行ってみたいところだな」

 リゲルは、今度は地図が描かれた石板のほうへ興味が向いたようだ。

「中央には、リン鉱石の採掘場があるだけだぞ?」

「四か所は何かを封印するための地点となっていて、本体はその中央にある場合があるのだ」

「そこに行くには車は使えないから、かなり歩くことになるよ?」

「後日暇になったときに行けばいいだろうが」

 そういう結論に落ち着いたところで、これにて石板の呪文解読作業は一旦終了となった。それっぽい答えは出た。だが、それっぽいだけで本当に正しいとは限らない。

 昔、神の教えを石板に残しただけなのだろう。そう考えて、ラムリーザたちはテーブル席を立ってそれぞれ好きな場所へ散っていくのだった。

 しかし最後に残されたリゲルは、腕組みをしたままテーブルの上に並んだ石板を見ながら考えていた。

「この結果が出たから何だというのだ? 何か盛大な思い違いをしているような気がする」

 四人で考えた結果は、確かに一つの形にはなった。だが、その形が本当に石板の意図したものなのだろうか。

「そもそもこの四つは、愛、太陽、月、死のどれに対応するんだ」

 さらに、ラムリーザが子どもたちから聞いたとされる情報も考えてみる。

 しかし、石板は黙ったまま、何も教えてくれないのであった。