ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
砂金の川と三つ目の呪文
帝国暦九十三年 盛歌の月・詩歌の日(現代暦:七月下旬)
マトゥール島で見つけた三枚の不思議な石板。一枚は地図で、残りの二枚には呪文が刻まれていた。
この日の朝からラムリーザは、呪文の解読は一旦置いておいて、地図のほうを確認していた。
地図のバッテンは四か所あり、そのうち北の二か所では石板を見つけていた。残りの二つは東の海岸の少し北寄りの場所と南西の海岸付近に記されていた。
「おや? 今日も考古学者かな?」
そこに兄のラムリアースがコテージにやってくる。
「もう少しで解読できそうなんだけどね」
これは嘘である。いまだにさっぱりわからない。
「解析は日が落ちてからでもできる。さあ、日中は出かけるぞ」
ラムリアースに促されて、ラムリーザは石板をテーブルの隅に重ねて片付けると、後を追ってコテージを出ていった。
今日はみんなをいい場所に案内してやろう、というラムリアースの計らいで、全員コテージ前に集められた。しかしラムリアースの言ったことは単純なことだった。
「よし、これからみんなで東のほうに流れる川へ行くぞ」
「えー、川なんて面白くなーい」
最初に拒否したのはソニアだった。
「そうね、川より海のほうが綺麗だわ」
「地味ですの」
リリスとユコもソニアに同意する。
「仕方ないな、男子だけで行くぞ」
ラムリアースは女性陣を海へ残して、島に用意されているバンに乗り込もうとした。このバンは、先日島一周に使ったものである。
「海だけでなく、たまには川釣りもいいもんだ」
そう言いながらリゲルは釣り道具をバンに積み込む。
「俺は川の流れを見ながら、帝国の行く末を案じることとしよう」
レフトールなどは、意味のわからないことを言っている。
そして出発間際にラムリアースは女性陣にも聞こえるようにつぶやいた。
「その川では砂金が採れるのだぞ。釣りもいいけど、今日は砂金集めとしゃれ込むのも悪くないぞ」
リゲルは「ほう」とだけ言い、レフトールは「金だと?」と少し興奮気味だ。そしてジャンとユグドラシル、マックスウェルは「へえ」といった感じだ。
一方、女性陣はそれを聞きつけて騒ぎ出した。
「砂金?」
「砂金ですって?」
ソニアたちは慌ててバンのほうへ駆けてきた。
「砂金集めに連れていかないなんてずるい!」
「そうですわ、ずるいですの! 男子だけで行くなんて男女差別ですわ!」
ソニアとユコは騒ぎ立てるが、ラムリアースは平然としたものだ。
「川は面白くないから、綺麗な海で遊ぶのじゃなかったのかな?」
「ラム兄のいじわる!」
「綺麗な海より砂金のほうが綺麗だわ」
一方、ソフィリータとロザリーンは文句を言わない。このあたりが庶民と貴族の違いか。しかしミーシャは一言も発しない、というよりバンの外にミーシャがいない。
バンの入り口で、ソニアとリリスがどっちが先に乗り込むかで揉めている間、リゲルはミーシャの姿を探していた。
「リゲルおにーやん、誰を探しているの?」
リゲルはすぐ後ろからミーシャに声をかけられて驚いた。
「お前いつの間に乗り込んだ?」
「ミーシャ最初から乗ってるよ」
ミーシャは川は面白くないというソニアたちの意見に賛同せず、ちゃっかり男性陣に混じってバンに乗り込んでいたようだった。
「しょうがないな、重石代わりに連れていってやるよ。ソニアはコテージで留守番を頼むな」
「なんであたしが留守番? ラムも一緒に留守番するなら残る。ラムが行くなら行く!」
ソニアはラムリーザにしがみついて、バンから降りようとしない。
「それじゃあコテージに残って石板の解読を進めるか」
今さら金にそれほど執着を見せないラムリーザは、砂金集めよりも石板解読を選ぼうとした。
「ダメ! ラムも砂金集めに行くの!」
ソニアの発言は一貫性がないが、こうして一同は東へ向かって出かけることになったのだった。
まずは北にある本館を目指し、島民の居住区に入る。そこからは海岸沿いの道を外れ、河口から川沿いに登っていく道へ方向を変えた。
「東の海といえば、あの気色悪い岩のある海岸ですの」
ユコの一言で、フォースデビルズヘッドを思い出してバンの中は静かになる。
「ん? あの岩を見たのか? あれは絶対に人工物だよな」
運転手のラムリアースも知っているようで、「いつ誰が作ったかは知らんが、自然にできたにしては顔っぽすぎるな」などと言っている。
とにかく崩れたような顔が四つ並ぶ岩山は、その不気味さから女性陣には特に不評だった。
………
……
…
しばらく川沿いに進み、林の手前で車は止まった。少し離れた場所に見える川には、数人の作業員が何か作業をしているように見えた。
川岸には、大きな丸っこい鳥がのそのそと歩き、時々川の水を飲んでいた。島民の話では、ラプス・クラトゥースという、マトゥール島でしか確認されていない飛べない鳥らしい。
「この林の手前あたりで砂金が採れるって話だぞ」
車のエンジンを止めながらラムリアースが説明すると、ソニアたちは我先にとバンから飛び出していった。
そして川岸に一番乗りしたソニアは、えいっと川に飛び込んでそのあたりを無茶苦茶にかき回す。しかし採れるのは泥と砂利のようなものばかりで、ソニアは服を無駄に汚してしまうだけだった。
「泥しか採れないよー」
「こらこら、そんなにかき混ぜたらダメだよ」
ソニアは、作業員に怒られてしまった。二番手だったリリスは、ソニアの様子を見て川に飛び込むのをためらっていた。
そこに、大きな椀のようなものを持ったロザリーンが到着。ラムリアースの説明で、ロザリーンはお椀を使って川底の砂をすくい取り、川の中で軽くゆすっている。
リリスは川岸から、泥だらけになったソニアは川の中からその様子をじっと見つめていた。
「お椀の中に、小さく光るものが残りますね」
「ん、それが砂金だから、そうやって少しずつ集めたらいい。作業員の邪魔にならんようにな」
説明を終えたラムリアースは、川岸に寝転がって休み始めた。ラムリーザも砂金集めには参加せずに、ラムリアースの隣で横になるのだった。
リゲルも砂金集めには参加せず、もっぱら砂金集めに夢中になっているミーシャを見守っていた。
逆にレフトールなどは、妙に必死になっている。いつもぼんやりしているマックスウェルも、今だけは少しばかり真剣な表情だ。
そしてソニア、リリス、ユコの三人は大騒ぎ。川底の砂をすくっては流す作業を、必死で繰り返している。暴れすぎて効率が悪そうだが……。
一方、ロザリーンとユグドラシル、ソフィリータとジャンは談笑しながらのんびりと作業していた。
「ふっ、庶民とそうでない者との差が顕著に出ているな」
リゲルはその様子を冷めた目で眺めながら鼻で笑った。
「あっ、これ小さくキラキラ輝いてる。金が取れたよーっ」
しかしミーシャの報告を聞くと、「うんうん、よかったなぁ」と優しげな微笑を浮かべるのだった。リゲルきもい。
そのときラムリーザは気がついた。確かこのあたりが、石板に描かれていた地図のバッテンがあった場所だと。
いつも持ち歩くようにしていた、地図を書き写した紙切れを取り出して見てみる。確かにこのあたりだ。
ラムリーザは起き上がると、周囲を眺めてみた。あるのは川だけ、ということはこの川のどこかに?
そこで川岸に沿って、近辺を探してみることにした。木が生えていたら、うろがあるかどうか確認して回る。
川の中にあるとは思えない。それなら下流に流れていってしまうか、石板の表面が削れて何も見えなくなってしまうはずだ。ラムリーザは川を避けて周囲を徹底的に探してみるのだった。
川の上流は南西の林の中に入っていて、その林を抜けた先はリン鉱石の採掘場になっているはずだ。林の中で石板を一枚見つけていたので、ここも林の中に隠されているのか、それとも別の場所に隠されているのか、二つに一つだった。
周辺を一通り回ったあと、今度は川の中を眺めてみる。
浅い部分は砂金集めをしている人たちでいっぱい、川の中央部もそれほど深くはないが、特に目立ったものはなかった。小島でもあればそこが怪しいと言えるのだが……。
探し疲れたラムリーザは、再びラムリアースのそばまで戻って腰掛けた。
「ん? どこに行ってた?」
「例の石板の地図、バッテン印は確かこのあたりなんだよ」
「ふーむ、川の中だと流れて行ってしまうので、陸のどこかにあると思うけどな」
「僕もそう思うよ」
そう答えながらラムリーザは、付近の石の中で薄く平らなものを選んで拾っては裏表確認している。しかしそう簡単には見つからない。前回木のうろですぐに見つかったのが奇跡というものだろうか。
「ところでだが、フォレストピアは順調に開発できているか?」
「うん、スタッフに恵まれて効率よく開発できているよ。リゲルは物知りだし、ジャンは人をまとめて動かす能力に長けている。細かい計算はロザリーンが得意だし、ユライカナンから来た店の人たちもいろいろとイベントを進んで取り仕切ってくれているんだ。さらにユグドラシル先輩は、学校のほうでも文化を紹介してくれているんだ」
「それはよかったな、ユライカナンとの交易、それに伴う利益はフォレスター家のものとなる。今は母上が手伝ってくれているけど、将来的にはお前が取り仕切るんだぞ」
「学校を卒業して成人したら、正式に領主になるみたい。でも文化交流といっても取り入れるばかりで、向こうに送っているものはあまり聞かないけどなぁ」
「それはお前の領分ではないからさ。お前はフォレストピアでユライカナンの文化を取り入れるのが役目だ。こちらの文化を提供するのは、他のところでやっている」
「ふーん」
そこでラムリアースは、にやりと笑って話を続けた。
「ま、近いうちにお前らも文化提供の一部を担ってもらうことになる。このキャンプが終わったあたりから正式に通達が入るはずだ」
「何をやるんだろう……」
「それはそうと――」
ラムリアースは、唐突に真剣な顔つきになってラムリーザの顔をじっと見ながら言った。
「ヒーリンキャッツ家には気をつけろよ。俺らの事業を乗っ取りに来るかもしれん」
「彼女は苦手だからあまり関わらないようにしているよ」
「あのお嬢は手先のようなものだ、本体は他にある。フォレスター家だってお前は手先みたいなものだろ?」
「まぁ、そうなるかなぁ」
確かにラムリーザは前線の町を経営しているだけで、フォレスター家の本体は当主のラムニアス・ミレニアム・フォレスター、帝国宰相であるラムリーザたちの父親だ。
「これは公には語られていないが、もともとフォレストピア――という名前はお前が考えたものか。最西端の新開地は、ポッターズ・ブラフ地方を治めるヒーリンキャッツ家が取り仕切る話になっていたのだ。しかしそこに異を唱えてお前をねじ込んだのが、今の帝国宰相なのだ。宰相の一存で、その新開地はフォレスター家で発展させることになった。非公式の話であり、記録には残っていないし公表もしていないが、こういった裏の事情があったりするのだよ。だからヒーリンキャッツ家には気をつけろ」
川のほうではソニアたちがまだ騒いでいる。だが、ラムリアースの声だけは少し低くなり、遊びの話ではないことがすぐにわかった。
「なんでまたそんなややこしいことを――?」
「お前のためだよ。俺は父上の後を継げばいいが、お前の行き場所がない。だからフォレストピアにお前の場所を作ったんだよ」
「そんなことしなくても……。僕は小さな屋敷でも与えてくれれば、そこでソニアと二人で幸せに暮らしていけたらそれで十分なのに」
「そんな素朴なところがお前のいいところだな。あんな庶民チックな仲間がたくさんできるのも珍しいものだよ。仲間は大事にしろよ」
「分かってるよ、ソニアと家族の次に大事なのが、あの仲間たちさ。今ではレフトールもね」
ラムリーザは、ラムリアースの前であえてレフトールの名前を挙げてみる。
「ふふっ、あいつか。一昨日あいつも一緒に船釣りに出かけたけど、じっくり話をしてみると粗暴ではあるがユーモアのあるやつだな。適当に番犬にしておけば十分使えるぞ」
「彼は自分でそう言っているけどね、番犬だの騎士だのね」
ラムリーザは、兄がレフトールを許していることに安堵した。確かに敵として立ち塞がったけど、今ではもう仲間なのだから、兄も過去のことは水に流してくれたら助かると思っていたのだ。
「ま、あいつも誰かの差し金でお前を襲ってきたのだろうな。あいつは話してくれなかったけど、俺にも隠すとなるとそれなりの大物、となるとヒーリンキャッツ家の者しか考えられんな」
「まさかケルムさんがレフトールをけしかけて? 何の意味で?」
「憶測に過ぎないから、俺にもわからん。あいつもこれに関しては、いずれ時が来たら話すとしか言わないからな」
そこで話は終わった。気がつけば、太陽は天頂から少し西へ傾いたところに移動している。いつのまにか午前中が終わっていたようだ。
「おーい、昼食にするぞ」
ラムリアースの合図で、砂金集めは一旦中断して、ここの作業員が使っている食堂へお邪魔することになった。
食堂で食事中、ラムリーザは壁にかけられたあるものに気がついた。
「あっ、あれは?!」
ラムリーザはテーブル席から立ち上がると、壁のそばへと駆け寄った。そこには、一枚の石板が壁にかけられていたのだ。
「てっ、店主さんっ!」
ラムリーザは慌てて店主を呼ぶ。
「はいはいなんでしょう?」
「この石板は?」
「へえ、だいぶ前にここの川岸で見つけたものです。何か呪文のようなものが刻まれているので、魔除けにと思って飾っておるのです、はい」
「これを譲って――いや、もらわなくてもいいか」
ラムリーザは、持ち歩いているメモ帳を取り出して、石板に書かれた呪文を書き写した。
「えっと……ムイルコベレトジシヨキマ……。やっぱり意味不明の文字の羅列だね」
ラムリーザは、ひょんなところで石板の呪文を見つけ出したのだ。これはラムリーザにとって、砂金よりも価値のある発見だった。
その一方で、ソニアはリリスたちと採れた砂金の量について、優劣を競い合っているのだった。
こうしてこの日は、日が西に傾くまで砂金集めに夢中になっていた。水を揺らすたびに、椀の底で小さな光がちらちらと残る。その粒が本当に金だと思うと、ただの川遊びが急に宝探しのように見えてくる。
そしてラムリーザとリゲルも、途中から見ているだけはつまらなくなって参加していた。
終わったときに、みんな採れた量がバラバラだったので、ラムリアースは公平さの徳をフル稼働させたのだった。
まずは全員の砂金を回収して、ここの作業員が砂金を管理している場所へ持ち込む。そして今度は、全員に同じ量ずつ配れるよう、みんなが集めた分より多めの砂金を買い取る。そして目薬サイズの透明な小瓶に分けて、全員に配ったのだった。
みんな同じだけ、しかも自分で採った量より多い砂金をプレゼントしてもらえて、よい土産ができたと満足そうだった。
砂金の小瓶は土産になり、石板の呪文は新しい謎になった。遊びに来たはずの川辺で、ラムリーザはまた一つ、余計に考えることを増やしてしまった。
しかし、ラムリアースのちょっとしたいじわるも発動。
配ってもらうのが一番最後になったソニアの目の前に、ラムリアースは砂金の入った小瓶を差し出す。
「ほれっソニア、あげようか?」
「早くちょうだい!」
ソニアは手を伸ばしてラムリアースの持っている小瓶を取ろうとするが、ラムリアースはその手をひょいとかわすと、その小瓶を空へ掲げた。
「ほ~ら、あげたぞ」
「ふえぇっ!」
……くだらぬな、ちゃんちゃん。