ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


謎の石板、謎の呪文

帝国暦九十三年 盛歌の月・賢者の日(現代暦:七月下旬)

 ヒザラガイとカメノテを中心にした、キャンプならではの昼食が終わったあと、それぞれ好きなように過ごし始めた。

 ラムリアースは釣り船を出して沖へ釣りに出かけることになり、そこへリゲルとユグドラシル、レフトールとマックスウェルが同行していった。

 ジャンは釣りに参加せず、リリス・ユコ組対ロザリーン・ミーシャ組のビーチバレーの審判をしている。

 そしてラムリーザは、ソニアとソフィリータを伴って、散歩がてら島の居住区を見て回ることにしたのだった。

 コテージの並ぶ北海岸から東へ進み、本館を通り過ぎてさらに十分ほど歩くと島民の居住区に到着する。見たところ、ちょっとした漁村のようだ。

 居住区の中央にある集会場のようなところで、ラムリーザの両親が島民の代表と話していた。

 三人は、その話し合っている場所に近づいていった。すぐに父親ラムニアスは三人に気がついて声をかけてくる。

「おっ、ラムリーザ。今日はソニアとソフィリータを連れているのか」

「たまには兄妹水入らずっていうのも、どうかなってね」

 ラムリーザとソフィリータは実の兄妹だが、ソニアも兄妹同然に育てられたのだから、今さら違和感はない。ラムリアースを加えて四兄妹で過ごしてきたのだ。

「そうだ、ラムリーザたちに任せてみよう。わしらはこんなものに付き合っているほど暇ではないのでね」

 ラムニアスが取り出したのは、二枚の石板のようなものだった。大きさは、一方がだいたい二十センチ四方ほどで、もう一方は少し小さめで十五センチ四方ほどといったところか。

 大きいほうの石板には地図のようなものが記されていて、小さいほうの石板には何やら文字が刻み込まれている。地図は、どうやら島の地図のようだ。

「大きいほうの石板は、今朝、漁に出かけた船の網に引っかかったようなのだ。それで小さいほうの石板は、河口付近に落ちていたのだとさ。昨日の雨で川が増水して、流れてきたのかもしれない」

 ラムニアスは、石板の説明をする。

「石板といえば、悪魔との契約じゃなかったかしら?」

 ソフィリータは不安げに尋ねた。そういえばそんな話もあったような気がする。

「文字のほうは呪文か何かかもしれないが、地図のほうはそんな感じじゃないぞ」

 そこでラムリーザは、石板に書かれた地図をじっくりと眺めてみた。地図には豆のような形をした島が描かれている。やはりこのマトゥール島の地図のようだ。東海岸の沖、例の気味悪い岩のあった場所も記されている。

 それとは別に、島の地図には小さなバッテンが四つほど刻まれていた。

「バッテンが気になるなぁ、一つは島の北側、今いるあたりだね。もう一つは、ここから少し南に行った島の中央部あたり。そこが一番近いね」

「そらっ、行ってきなさい」

 ラムニアスに後押しされて、ラムリーザは二人を率いて南へ、島の中央を目指していった。

 居住区を抜けると、そこは小さな森になっていた。地図上のバッテンはこの森の中を示しているようだ。

「なんだか宝探しみたい」

 ソニアは、いかにもわくわくしているような口調で言った。

「木を一本一本調べて回るのですか?」

 一方、ソフィリータは冷静だ。

「ラム隊長、指示を!」

 ソニアは勝手にラム探検隊を結成していた。そこで、いつの間にか隊長に祭り上げられていたラムリーザは、「では森の中を散策して変わったものがないか調べて回ること。何かを見つけたら不用意に触れず、みんなを呼んで対処に当たること」と指令を出しておいた。

 そしてソニアとソフィリータは、それぞれ左右に分かれて森の中を調べ始めた。

 森の中は外から見るよりも少し薄暗く、木々の間に入るだけで急に別の場所へ来たような気分になる。こういう場所には、何か一つぐらい秘密が隠されていてもおかしくなかった。

 一人になったラムリーザは、もう一度石板を確認してみた。地図上にある四つのバッテンのうち、残る二つは西のほうと南のほうにそれぞれ記されていた。そちらは距離があるので、徒歩で行くのは大変だろう。また車を借りて近くまで行ってみるか、と考えた。

 そしてもう一方の石板には、ラムリーザも知っている文字が書かれていた。

「トヘオナストカレスハブタ……」

 ラムリーザはその文字列をつぶやいてみた。しかし、意味がまったくわからない。

「あっ、なんかあるよーっ!」

 そのとき、森の奥からソニアの大きな声が響いた。ラムリーザは石板の解読は後回しにして、ソニアの声が聞こえたほうへ駆け出した。

 ソニアは一本の大きな木の根元でしゃがんでいる。ラムリーザはそばに近寄り、すぐにソフィリータもこの場所に到着した。

 大きな木は、根元の部分が膨らんで割れ、うろを作っていた。そしてその奥に、何かがあるように見えた。

「ん~、むやみに手を突っ込むのは危ないな。そこの木切れを差し込んでみてくれ」

 ラムリーザは、ソニアに木切れを差し込ませた。

「何か出てくるかなー」

「ヘビとか出てきたらどうしますか?」

 ソフィリータは不安げだ。

「だからこうして、中に何もいないか木切れで探ってみるんだよ。どう? 何かいそう?」

「ん~、ただの空洞みたい。でも何か硬いものが入っているみたい。さっきから棒で突いているけど動かないよ」

「どれ、引っ張り出してみようか」

 ラムリーザは、ソニアに木切れを引っ込めさせてから、うろの中に手を突っ込もうとした。

「待ってください」

 ソフィリータはもう一本の木切れを持ってきて、ラムリーザの行動を制した。

「やっぱり手を突っ込むのは危ないと思うので、二本の木切れを使ってほじくり出してみてはどうですか?」

「それもそうだね」

 ラムリーザはソフィリータから木切れを受け取ると、ソニアの持っている木切れも取り上げて、二本ともうろの中に差し込んだ。

 割れた木の奥からは、雨上がりの湿った土と古い樹皮が混ざり合った、どこか厳かな匂いが這い出してくる。

 奥でゴソゴソやっていると、木切れの先端を伝って、カチリと石板らしい冷たく硬い手応えが指先に響いた。確かに何か硬いものが入っている。二本の木切れでうまく挟み込んで、引っ張ってみた。それほど重くはない。
              
マトゥール島の森で、森の大きなカシの木のうろで、ラムリーザが謎の石板を引き出し、ソニアとソフィリータが驚いて見守っている場面
「あっ、出てきた」

 ソニアは、うろの出口付近まで出てきたそれを、素早く拾い上げた。それは同じ材質でできた石板で、文字が書いてあった小さいほうの石板と同じ大きさだ。

「何か書いてあるよ。メチシナテイカンヘサガトだって」

「なんだろ、呪文かな?」

「ラムが持っている石板にも書いてあるの?」

「うん、トヘオナストカレスハブタ」

「なんだか復活の呪文みたいね。持ち帰ってゲームのパスワード欄に打ち込んでみようよ」

「そんなものじゃないと思うけどなぁ……」

 わざわざゲームのパスワードを、こんな辺境の島に、しかも石板に記して隠すとは思えない。ただし、ゲーム内の出来事として、石板に秘密の言葉を記して隠しているというシチュエーションは存在する。

「これはカシの木だな。何か意味があるのかな?」

 石板が隠されていたうろのある木は、大きなカシの木だった。

「伝説の勇者が使った鎧が埋められているはずなのにね」

 ソニアは不思議なことを言うので、ラムリーザは「何のゲームの設定だ?」と聞いておいた。ソニアは「訶摩訶摩」と答えた。確かそんなゲームもあったような気がする。

 これで石板は三枚になった。

 ラムリーザは、このことを報告するために再び居住区へ向かい、そこでいろいろと話を聞いて回った。そして日も傾き始めたので、コテージに戻ることにしたのであった。

 

「あっ、ふえぇちゃんが戻ってきた」

 海岸でラムリーザたちを待っていたリリスは、謎の単語で出迎えてくれた。

「ふえぇちゃん、どこ行ってたのー?」

 ミーシャもリリスに続いて謎の単語を発してくる。

「ふえぇちゃんって何のことだい?」

 ラムリーザが問いかけても、リリスは「ふえぇちゃんはふえぇちゃん」とだけ答えた。どこかで聞いたような気がするが、何のことだかさっぱりわからなかった。

「今日は珍しい魚が釣れたぞ、ウツボって言うのだがどうだ?」

 ラムリアースは、今日釣った中で一番の大物を掲げてみせる。縞々模様で、まるでヘビのような体つきをしていて、魚に見えにくい。

「なんか怖いなぁ」とミーシャはつぶやく。

「気持ち悪いですの」とユコ。

「そんな魚、料理したことありません」とロザリーン。

「ふえぇちゃんに食べさせよう」とリリス。

 釣ったウツボは、リゲルが包丁を使ってうまい具合に皮と肉と骨に分けていく。食べられそうな身が取れたところで、ラムリアースに促されてリゲルはそれをソニアの目の前に突き出す。

 その瞬間ラムリーザは、またか、と思ったが、特に何も言わなかった。予想通り、毎度のパターンが繰り出された。

「さあ、ソニア食ってみろ」

「やっ、やだっ」

「食えっ!」

「ふえぇっ!」

 それを聞いてリリスとミーシャがくすくす笑いながら、「ふえぇちゃん発動」と言っている。これが、ふえぇちゃんがふえぇちゃんと呼ばれる由来なわけで、しょうもないことこの上ない。

 もうラムリーザは諦めていた。ただ、「ふえぇ」と言える間はまだ余裕がある、そう考えることにしたのだった。

「あとこんなのも取れた。オパビニアという生物らしい」

 十センチほどの大きさで、頭部から突き出た五つの目のようなものと、その先端からまるでゾウの鼻のようなものが伸びているのが特徴的だ。その先端には、ギザギザの歯のようなものが付いていた。

 あまりにも奇妙な生き物で、とりあえず茹でてみたものの誰も口にすることはなかった。ふえぇコンボも、もちろん発動したらしい。

 

「謎の石板?」

 馴染みの魚やら、よくわからない魚やら、魚とはいえない何かやらが入り混じった夕食後、ラムリーザはソフィリータと共に、ラムリアースに昼間の出来事について話してみた。

 コテージの前にあるベンチでは、夜風と海風が混じり合って気持ちよく吹いている。

「ここの島民から最初の石板を受け取って、石板の指示みたいなものに従って調べてみたら、こんな石板が出てきたんだよ」

 ラムリアースは受け取った石板を光に照らして眺め、「メチシナテイカンヘサガト」とつぶやいた。

「最初の石板には地図が描かれているんだ。四つのバッテン、その石板はそのうちの一つが示している場所で見つけたんだ」

 ラムリーザは、地図の描かれた石板もラムリアースに手渡す。

「これはひょっとしたら海賊の宝かもしれないな」

 ラムリアースは、石板に描かれた地図を見てそう答えた。

「海賊? 島民からも聞きましたけど、これは海賊ごっこの続きですか?」

 ソフィリータは、首をかしげて尋ねた。

「いや違うぞ、五十年から百年ほど前には、この海にも海賊が出没していたらしい。本物の海賊がな」

「本物の海賊?」

 そこにソニアが割り込んでくる。ラムリーザの隣に座ろうとしたがスペースがなく、仕方なく膝の上に座ろうとしたが、ラムリーザに押し出されて床にぺたりと座り込んでしまった。

「ソニアは蛮族だったよな、確かそう言ってなかったっけ?」

「それはテーブルトークゲームでの設定!」

「それじゃあお前は山賊だ」

「ふんっ、すべての武器が使えて多少の特殊能力あり。魔女も特殊能力あるけど山賊のほうが確実に有能」

 ソニアの言ったことは、どういった理論なのかはわからない。魔女と口にしたが、この場にリリスがいないので口論にはならない。

「ソニアお姉さま、私は何ですか?」

 よせばいいのに、ソフィリータはソニアに尋ねた。

「ソフィーちゃんはラムの妹だからシスター」

「シスターは何ができるのですか?」

「ほうりきが全部使える有能職。無駄なきようさを省いた、魔女の完全上位互換」

「そうですか……」

 ソフィリータは、喜んでいいのかどうか迷った。「ほうりき」が何のことだかわからないし、魔女よりも有能だというところがかえって不気味だった。

「それで海賊の話に戻るけど、話では俺らの爺さんの爺さんあたりがここらの海で海賊退治を達成したらしいのだ」

 完全に話が脱線してしまったので、ラムリアースは、軌道修正するように先祖のことを語りだした。

 まだエルドラード帝国が帝国になる前、南方――現在のアントニオ・ベイ付近を治めていたラムリーザたちの先祖は、海を荒らす海賊と戦っていたという。その戦いの途中で見つけたこのマトゥール島を、フォレスター家の領土に加えたらしい。

 ラムリアースの口ぶりは軽いが、こういう話だけはフォレスター家の歴史に確かに根を張っているように聞こえた。

「今はもう海賊がいないということは、退治し尽くしたってことだよね?」

「そういうことだ。この海も平和になったってものだ」

「ラムの先祖、ラム兄の先祖と違ってすごい人だったんだね」

 ソニアは最近やられてばかりのラムリアースに対して反撃を試みる。

「ソニアのご先祖様は、コインみたいな形をしている――と、まあそんなことはどうでもいい。メチシナテイカンヘサガトか……」

 ラムリアースは、ソニアの攻撃をあっさりと受け流してしまった。コインの形をしたご先祖様も気になるが……。

「こっちにはトヘオナストカレスハブタと書かれているんだよ」

 二つの石板を交互に眺めながら、ラムリアースは「メチシナテイカンヘサガト、トヘオナストカレスハブタ……」と交互につぶやいていた。

「何かの呪文みたいだけど、意味があるのかな?」

「最後にブタと書かれているから、ソニアのことを暗示……いやソニアはウシだったかすまん」

「なんだとっ!」

 ウシ呼ばわりされたソニアは荒ぶるが、ラムリアースはすぐに話を元に戻す。

「ひょっとしたら昔、暴れ回っていた海賊は、このマトゥール島を拠点にしていたのかもしれんな。もう何十年も昔の話になるけど」

「じゃあ島民の中には海賊の子孫が残っている?」

「それはないだろうな。今この島の住民は、本土からフォレスター家が雇った開発員だけだ。この島の土着の民がいたとは聞いたことがないな」

「ラムは海賊退治の子孫だけど、ラム兄は海賊の子孫じゃないの?」

「おそらくこの石板は、海賊の宝を隠した場所を記しているのだろうな。せっかくだからこの休みを利用して、探してみたらいい」

 ラムリアースは、ソニアの茶々入れを完全にスルーしている。

「この呪文の意味を調べないとな、どこで唱えたらいいものやら」

「それも調べてみるんだ、島滞在中の宿題な。それとソニア、先祖先祖うるさいから驚愕の真実を教えてやろう」

「なっ、何が驚愕の真実?」

「俺の先祖が海賊を始末したとき、その親分を改心させて従わせたと聞く」

「ふ~ん」

「その海賊の親玉の家系は、罪滅ぼしとして、代々執事としてフォレスター家に仕えたとか――」

 そう言うと、ラムリアースはベンチから立ち上がり、泊まっている本館のほうへ帰り始めた。その後ろ姿に、ソニアは悪態をついた。

「ちょっと何よそれ! あたしは海賊の子孫だというの?」

「蛮族の子孫だろー」

 ラムリアースは、コテージから離れながらそう言い残して去ってしまった。

「むーっ!」

 悔しがっているソニアのそばで、ラムリーザは石板を見つめながら「メチシナテイカンヘサガト、トヘオナストカレスハブタ……」と呪文を唱えてみるのだった。

 口の中でその奇妙な音節を何度も繰り返すうち、文字の羅列が夜の波の音と混ざり合い、まるで古い歌のように頭の奥に響き始める。

 ふと横を見ると、さっきまで怒っていたソニアが、ラムリーザの持つ石板を覗き込みながら、眠そうに「ふにゅ~」と肩を預けてきていた。

 石板の文字の意味はまだわからない。それでも、ただの石ころではない何かが、確かにこちらを呼んでいるような気がした。

 言葉の裏に隠された、百年前の海賊たちのメッセージ。それはまだ、暗い夜の海のように静かに沈んだままだ。

 昨日と違い晴れ渡った夜空に、流れ星が一筋横切っていった。