ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


飲酒翌朝、死屍累々

帝国暦九十三年 盛歌の月・賢者の日(現代暦:七月下旬)

 気がついたら、ラムリーザはベッドの上に横たわっていた。部屋は薄暗いが、カーテンの隙間から光が差し込んでいる。どうやらここは、コテージで自分が使っていた部屋らしい。

 そこでラムリーザは、違和感を覚えた。ぼんやりする頭をフル稼働させて考えた結果、いつもなら右脇にくっついているはずのソニアがいない。

 ラムリーザはベッドから身を起こして周囲を見渡した。

 薄暗い部屋の中にはベッドが二つあり、もう一つのベッドでソニアは眠っていた。多少顔が赤い。

「珍しく別々に寝たのかな?」

 ラムリーザはそうつぶやいてベッドから降りて立ち上がった。去年の春にソニアと付き合うようになってから、別々に寝たのは久しぶりじゃないかな。以前別々に寝たときは、ソニアがネットゲームにはまって徹夜したときだ。それ以来かもしれない。

 相変わらずぼんやりした頭でカーテンを開ける。まぶしい光が差し込んできて、思わず目を細める。

 そのとき、後ろから「うう~ん」と声がした。

 ラムリーザが振り返ると、ソニアが苦しそうに寝返りを打っているのが目に入った。ソニアの調子が悪そうなので、ラムリーザはカーテンを閉めるとそのままそっと部屋を出ていった。

 コテージの外では、ジャンが一人で「ぽぽーぽぽぽぽ」といった感じの軽快な音楽に合わせて、なんだか体操のようなものをやっている。

「おはよう、かな?」

 ラムリーザは、曖昧な挨拶をジャンにかけてみた。

「おっ、起きてきたか。昨夜は凄かったからな、もう頭はしっかりしているかい?」

「昨夜?」

「なんだぁ? ぼんやりさんか? まぁ水でも飲んでシャキッとさせよう」

「それで君は何をやっているんだい?」

「ラジオ体操第三を考案しているところ」

「なんだそりゃ」

 しかし、ジャンに「昨夜すごい」と言われた以上、何かがあったことは確かだ。しかしラムリーザは、昨夜のことはおぼろげにしか記憶に残っていない。

「どうしたんだろう、また頭でも打ったかな?」

「ん? ハチミツ酒、覚えてないのか?」

「ハチミツ酒……」

 それを聞いて、記憶が少し戻った気がする。

 たしか夕食後、兄のラムリアースがやってきて、ボトルに入った酒を持ってきたのだった。後味がハチミツのように甘い酒を飲んでいたら、気分がよくなってなんだか解放的な感じになってきて、ミーシャと――

「あれ、ミーシャと何かあったかな?」

「お前は負けたんだよ」

 ジャンは、体をくねくねとさせて不思議な体操を踊りながら言った。

 海辺を見渡すと、まだ誰もいない。ただし岩場のほうに人影がある。あの後ろ姿はラムリアースだろうか?

「まだ誰も起きてきていないみたいだね」

「ん、俺が一番に起きたみたいだな。しばらくしたらお前の兄さんが来て、岩場のほうへと行ったよ」

「みんなを起こして回ろうか」

 そこでラムリーザはようやく、空が晴れているのに気がついた。昨日一日中降り続いた雨は、もうどこかへ行ってしまったようだ。

 雨上がりの空は思った以上に明るく、昨夜の騒ぎが全部夢だったようにさえ見えた。

 

 ラムリーザはコテージへと戻り、一つずつ部屋をノックして様子を見ていった。最初の部屋には、リゲルとミーシャがいた。二人は別々のベッドにおり、リゲルは身を起こしていてミーシャは眠りこけている。

「あ、昨夜はミーシャと一緒だったんだね」

「ほっとけ。ちょっと気分悪いから、もう少しゆっくりしてから出る」

「そっか、風邪でも引いたのかい?」

「いや、これはおそらく二日酔いというやつだ。昨夜はちょっと調子に乗って飲みすぎたようだ」

「ふ~ん、大変だね」

「お前は大丈夫なのか?」

「なんか頭がぼんやりするけど、別に生活に支障はないかな。ジャンは外で運動しているよ、兄も何か岩場でやっているみたい」

 リゲルは再びベッドに倒れ込み、「お前らは酒に強いのだな」と言ってから目を閉じた。

 ラムリーザは、ミーシャの様子を見てから、身体を揺すって起こそうとした。

「う~ん、う~ん、ミーシャ頭痛いの~」

「おいリゲル、ミーシャが苦しんでいるぞ」

「すまん、今は自分で何とかしてくれ。つーか頭痛いから出ていけ」

 ラムリーザは、仕方なくリゲルの部屋を後にした。

 

 次に隣の部屋に入ってみると、二つのベッドから黒と金の長髪がそれぞれ覗いている。

「お~い、リリス~、ユコ~、起きろ~」

 ラムリーザは呼びかけたが、布団がもそもそと少し動いただけで、弱々しい返事だけが返ってきた。

「頭痛い」

「痛いですの」

 うーん、だめだこりゃ。

 ラムリーザは諦めて、ドアをそっと閉めた。

 

 今度は向かいの部屋をノックして扉を開けてみた。

 この部屋はカーテンが開いていて明るく、部屋の真ん中に座り込んだレフトールとマックスウェルは、二人でカードゲームをしていた。

「ん? 起きてるね」

「どうしたラムさん、ラムさんも勝負するか?」

「んや、なんか頭がぼんやりするからやめとく」

「はっは、酒にやられたってわけだな。俺は酒は飲み慣れているから、あのぐらいは何ともない、平気だぞ。なぁ、マック?」

「大人になるということは、自分の酒量をわきまえることなんだな」

「だとさ」

 レフトールは、にやりと笑ってラムリーザを見つめ返した。

「いや、僕も君たちも、まだ未成年だからね」

 そう言い残して、ラムリーザは二人の部屋を後にした。

 

 あとはソニアとソフィリータだが、コテージの広間に出たところで、ユグドラシルとロザリーンに会った。

「あ、二人は無事なんだね?」

「えっ、何か問題が起きているのですか?」

 ラムリーザの誤解を招くような物言いに、ロザリーンは不安そうに尋ね返す。この言い方では、事件が起きたとも捉えかねない。

「一部の例外を除いて、酒にやられて死屍累々だよ」

「ああ、二日酔いですね。皆さん昨夜は無茶苦茶でしたから」

「二人は大丈夫ですか?」

「うん、自分たちはそんなに飲んでいないからね。それにしてもラムリーザくん、昨夜は大暴れだったねぇ。君のまた違った一面を見せてもらったよ」

 ユグドラシルは、からかうような口調で昨夜のことをラムリーザに話す。

「酒が悪いのです。僕は悪くない……と思う」

 ラムリーザは何だか自信がなかった。酒のせいにしてよいものやら。

「皆さん二日酔いでしたら、せそ汁を作っておきましょう」

 ロザリーンは、コテージのキッチンへと向かいながら言った。

「せそ汁? ユライカナン伝統料理の?」

「ええ、せそ汁が二日酔い回復に良いと聞きました。えっと、あれ? せそがありませんね」

 せそ自体がユライカナン産のもので、帝国領であるこの島まではまだ広まっていなかったようだ。

 次はソフィリータの部屋、と考えながら広間から廊下に入ろうとしたところで、ちょうど個室から出てきたソフィリータとぶつかりそうになった。

「あ、リザ兄様おはようございます」

「ああおはよう、ソフィは大丈夫なのかな?」

「ええ、ちょっとフラフラしますが」

 ソフィリータの症状は、ラムリーザとほぼ同じようだ。

 ラムリーザは安心して、最後に元いた部屋、ソニアのところへ向かっていくのだった。

 

「お~いソニア、起きられるかい?」

 ラムリーザは、自分の泊まっている部屋に入り、ソニアの寝ているベッドの布団を少しめくって声をかけた。

「う~ん、頭痛いよ……ふえぇ……」

「ダメだなこりゃ、水飲んでゆっくり寝てろ」

 ラムリーザは、布団をかけなおして部屋を出た。

 

 どうやら初めての酒は、半数以上の者を二日酔いでダウンさせる結果になったようだ。

「いや、まさに死屍累々って感じだったよ」

「飲み続けていたら、少しずつ強くなるって話だぞ。さすがにお前の家系は強そうだけどな」

 ラムリーザは、ソフィリータを伴ってコテージから砂浜に出てジャンと合流する。岩場ではラムリアースが何かしているので、この三兄妹は酒の影響があまりなかったと言える。

「しかしさ、酒って未成年は禁止じゃなかったっけ?」

「無法者は気にしないのさ」

「そこは気にしようよ、無法者はレフトールだけだろ」

 そんな話をしながら、ラムリーザたち三人は岩場へと向かっていった。

 ラムリアースは、岩場でしきりに何かを探っている。岩の表面から何かを削ぎ取ったり、岩の隙間から何かをほじくり出したりしている。

「兄さん、何をしているんだい?」

 ラムリーザが問いかけると、ラムリアースは採っていたものを差し出しながら答えた。

「ヒザラガイとカメノテだな」

「なんだそりゃ」

 ラムリアースの差し出したものは二種類で、一つは楕円形をしているナメクジを平らにしたようなものだ。ただし、ナメクジのようにぬめぬめどろどろではなく、それなりに硬さはあり、背中(?)には硬い殻のようなものが八枚の鱗のように並んでいた。

 もう一方は植物のような見た目をしていて、茎のようなものがあり、先端には硬い殻がまるで亀の手のようについている。そのあたりの形状からカメノテという名前なのだろう。

「これを取ってどうするんですか?」

 ジャンは、差し出されたヒザラガイを手に取って、まじまじと見つめながら尋ねた。

「茹でて食うとうまいぞ」

 どうやらラムリアースは、この不思議な生き物を使って料理をするようだ。

「げっ、こいつを食うのか? うまいのか?」

 カメノテはともかく、ヒザラガイの見た目は虫にも見える。ジャンは顔をしかめて首を振った。

「見た目はアレだが、コリコリしてうまいものだぞ。そうだ、焚き火でも作って水を沸かしていてくれ。塩味が出るから海水でもいいかな」

「任せとけっ」

 ジャンはソフィリータを伴って砂浜に戻り、二人で木切れを集め始めた。

「それはそうと、ソニアはおらんのか」

 ラムリアースは、採集の手を休めずにラムリーザに尋ねた。

「二日酔いでダウン中。昼には起きてくると思うけどね」

「あいつに一番に食わせて反応を見てみたいところだけどなぁ」

「どうせ『ふえぇ』だよ」

「だな」

 ラムリーザは、そこでラムリアースに頼み込んでみる。

「あのさ、ソニアがふえぇと言うときは本当に困っているときだから、あまり言わせないようにしたいんだけどなぁ」

「お前が胸を揉んだら言うじゃん、それもやめるのか?」

「それはそうだけど、ね」

 まあそれは仕方ない。ふえぇも含めて、ソニアの可愛いところなのだ。言わせるのも楽しい、それはもう仕方がない。

「それで、こんな硬い殻が食べられるの?」

「ヒザラガイは、茹でて柔らかくなったところで殻は取るんだ。生では硬いけど茹でたら案外もろく取れるものだ。殻の周りのザラザラしたところも、茹でてから擦ったら取れる。食べるのは、内臓を取り除いた本体部分だ」

「カメノテは?」

「殻は取り除いて茎の部分を食べる。皮みたいになっているから、それを剥ぎ取ると中の肉が出てくるぞ」

「へ~」

「よし、このぐらいでいいか」

 十分に採集したところで、兄弟は収穫物を持って岩場から砂浜へ移動する。そして海岸で焚き火をしているジャンとソフィリータのところへと向かっていった。

 木切れを並べて火をつけ、その上に鍋が置いてある。鍋には海水が入っていて、いい具合に沸騰していた。

「よし、このままこいつらを入れるぞ」

 ラムリアースは、どぼどぼと二種類の収穫物を鍋の中に投げ込んだ。沸騰していた泡が、小さく消えた。

「しかし、だいぶメンツ変わったよな」

 ラムリアースはコテージのほうを見てつぶやいた。今ここにいる四人は、もともと帝都の住民だ。しかしコテージで寝泊まりしている仲間は、ソニアを除いて新天地ポッターズ・ブラフで知り合った仲間たちだった。

「ラムリィもうまく人脈拡張できたものだな。俺に言わせれば、リリスを発掘したことは大いに称賛に値する」

 ジャンは相変わらずリリスにぞっこんだ。

「メルティアやヒュンナは元気にしているかなぁ」

 逆にラムリーザは、帝都に残っている昔の仲間を思い出していた。帝都にライブをやりに行くこともなくなったので、この春からとんとご無沙汰だ。

「大学の話ぐらい持っていくか? そうすれば二年後に再会できるかもしれないぞ」

 ジャンは、フォレストピアに作る大学に誘ってみようという。それもいいかもしれない。

 

 日が高くなるにつれて、一人、また一人とコテージから出てくる。

 最初に出てきたのは、それほど飲んでいなかったユグドラシルとロザリーンの兄妹。続いて自称「酒量をわきまえていた」というレフトールとマックスウェルが出てきた。

「まだ出てこないな」

 ラムリアースは、あくまでソニア待ちのようだ。

 しばらくして、リリスとユコが連れ添って出てきた。この二人は、まあそこそこ飲んでいた二人だ。

「出てきたぞ」

 ジャンは嬉しそうに言うが、ラムリアースは「違う」と答えた。

 そしてリゲルがミーシャと一緒に出てきた。そして間を置かずすぐにソニアが出てきた。これで全員出てきたようだ。

「よし、ソニアが出てきた」

 ラムリアースはとたんに嬉しそうな表情になって、鍋の中から茹で上がったヒザラガイを取り出して、海水で冷やしながら殻とザラザラした部分を綺麗に取り除いていった。そしてソニアが鍋の近くまで近づいてきたところで突き出して言った。
              
マトゥール島の海岸で、ラムリアースが茹でたヒザラガイをソニアに差し出し、ソニアが驚いてラムリーザにしがみついている場面
「このヒザラガイを食えっ」

 茹で上がって殻などを取り除いたヒザラガイは薄茶色の体をしているが、殻を取ったところがギザギザになっていて、見た目は少し気持ち悪い。

「やっ、やだっ」

 当然ながらソニアは押し付けられたものを押し返して嫌がった。

「食えっ!」

 しかしラムリアースも負けじと押し付け返した。

「ふえぇっ!」

 ソニアはラムリーザの後ろに隠れる。このキャンプで何度目になるのか、すでにお馴染みの光景と化していた。そしてラムリアースは楽しそうにしているのだった。

「ほらソニア、僕が小さくちぎってあげるから、少しだけ食べてみなよ。……ん、案外悪くないよ」

「うう、ラムがそこまで言うなら……って、やっぱり見た目が虫みたいだよぉ!」

 昨夜はあれだけ無茶苦茶だったのに、朝になればまたこうしていつもの騒ぎに戻っていく。そのことに、ラムリーザは少しだけ安心していた。

 こうして、少し変わった昼食が始まったのである。昨日降ったすべての雨を飲み込んで、マトゥール島の夏は、これからさらに輝きを増していくようだった。