ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


雨の日の創作迷走会議

帝国暦九十三年 盛歌の月・月影の日(現代暦:七月下旬)

 この日は朝から雨だった。

 正確に言えば、昨日のマトゥール島一周中、夕方あたりからポツポツと降り始め、夜に入ってから本格的な雨となり、それは翌日になっても続いていた。

 まぁこんな日もあるだろう。

 

 ラムリーザたちが宿泊している北の海辺に面した数軒のコテージ。そのうちの一軒の広間に、今日は集まっていた。ただし全員がまとまって行動しているわけではなく、いくつかのグループに分かれている。

 ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの女性陣は窓際に固まって、何やら「ピン」「ポン」「パン」などと、時折指差しながら言い合っている。

 ミーシャとソフィリータは、ビデオカメラを持ってコテージ内をうろうろしている。宿泊している場所の紹介動画でも作っているのか。

 そしてラムリーザたち男性陣は、火のついていない暖炉の周りにあるソファーに集まっていた。

 窓の外では、大粒の雨が窓ガラスに叩きつけられている。そしてざあざあと雨音が響くコテージの中では、男女がきれいにそれぞれ別の場所に分かれて過ごしているのだった。

 外へ出る気を削ぐには十分すぎる雨だった。こういう日は、部屋の中でくだらないことをしているぐらいがちょうどいい。

「雨が降ったら人が溶けるの」

 ビデオカメラを持ったミーシャが、リゲルのそばに来て物騒なことを言う。

「悪魔に本を返すか、壷を割るかをやってこい」

 リゲルは平然とミーシャに対応した。

「魔王の名に誓って!」

 ミーシャはそう言い残して、別の場所を撮影するため、ソフィリータを伴って広間から出ていった。

「それじゃあ俺から行くぞ」

 そう言って、ジャンは語り始めた。

「リリス、君とは生まれる前、前世から結ばれることは決まっていたんだ。時空を超えて、ようやく二人は結ばれたのだ」

「サイエンスフィクションだな」とリゲルは評する。

「いい話だろう?」とジャンは得意げだ。

 男性陣がやっていることは、かっこいい言葉や、面白い物語、驚くような話を創作するというものだった。そこでジャンから始めることになり、さっそくキザったらしい台詞を作ったというわけだ。

「それで、ジャンの前世は何?」

 ラムリーザは、なんとなく興味を持って尋ねてみた。ジャンはいったいどういった設定を作り上げるのか。

「俺は村の鍛冶屋、リリスは村の花屋」

「つまりジャンは放火魔で、リリスは人の鼻を刈り取って売りつけるといった、猟奇的なカップルというわけだ」

 リゲルはわざと間違えた解釈で、ジャンの設定を無茶苦茶にしてしまった。

「火事じゃねーよ、トンテンカンの鍛冶だ! あとノーズじゃねぇ、フラワーだ! んじゃ、次リゲルな」

 ジャンはリゲルに振る。内容によっては反撃するつもりなのだろう。

「うむ、それでは。空に浮かぶ二つの月、しかし本当は、三つの月が浮かんでいるのだ。三つの月の公転周期がうまく重なり合い、この惑星ネレウテリアからは二つしか見えないのだ。常に見えない三つ目の月には、ガーディア人の秘密要塞が隠されており、数百年前からこの惑星ネレウテリアを侵略する準備を虎視眈々と進めているのだ」

「サイエンスフィクションだね、ホラーじゃなくてよかった」

 ラムリーザは安心するが、ジャンは反撃の言葉を探しているようだ。

「ガーディア人ってどんな奴?」

 そう問いかけるのが精いっぱいだった。ツッコミどころを探すのが難しい、リゲルらしい物語であった。

「ガーディア人か? そうだな、ケツの穴から食事して、口から排泄するとでもしておこう」

「なんじゃそりゃ。まあいいや、次レフトールな、なんかかっこいい話でもしてくれ」

 ジャンはリゲルの解説に対するツッコミどころを見つけられず、さっさとレフトールに流すことにしたようだ。

「おっしゃ、昔話になるけどいいか?」

 レフトールは、そう前振りをしておいてから話を続けた。

「数年前、俺がケーキ喫茶店の『魅惑の壷』でケーキ食ってたら、店の前でうるさい暴走族が、けたたましいエンジン音鳴らして嫌がらせしてきたのだ。腹の立った俺は、金属バット片手に飛び出して、族のリーダー格をヘルメットの上からではあるがフルスイングで吹っ飛ばしてやった。これ一発で奴はびびって逃げ出したさ。副将格がいきり立って向かってきたが、ローミドルハイのコンビネーションキックで迎撃してやった、どやっ?!」

「嘘っぽいがレフトールならやりかねんな」

 ジャンはそう突っ込むことしかできなかった。

「悪さが取り柄だからな」

 リゲルはそう評してから、ふと思いついたようにレフトールの隣にいるマックスウェルに尋ねてみた。

「そんなことあったのか?」

 マックスウェルは、「記憶にないんだな」と答えた。つまり、レフトールならやりかねない創作話だということだ。

「よし、次はマックスウェル」

「ん~」

 マックスウェルは、少しの間視線を上に泳がせ、考えるようなそぶりを見せてから、淡々とした口調で語りだした。

「空想科学の勉強をしているジョアンって娘を、映画でも見に行かないか? と誘い出してから、ハンマーで殴り殺したんだな」

「うそまつ!」

 ジャンはあまりにもわけのわからない物語に、わけのわからない叫び声で応酬する。

「話がホラーチックになってきたね」

「俺は面白いと思うぞ」

 ラムリーザの評価に、リゲルは先ほどの話に好意的な感想を述べた。

「ハンマーで殴り殺すのが面白いのか?」

「人の皮で作ったマスクを被った奴が、迷い込んできた人をハンマーで殴り殺す映画とかあったぞ。そしてその映画の描写の芸術性が認められて、マスターフィルムは帝都の博物館に永久保存されているって話だぜ」

「むむむ……」

 ジャンはリゲルに反論しようとするが、あっさりとリゲルにやり返されてしまった。

「次ユグドラシル先輩っ、今度こそキザでかっこいい物語を頼むっ!」

 ジャンは、ユグドラシルにバトンタッチして、話を綺麗な方向へ軌道修正しようと企んだ。

「こほん、それではいくぞ」

 ユグドラシルは、軽く咳払いをしてから語りだした。

「自分は――いやこの雨は、心卑しき者を消し去るために流された竜の神の涙。これから十日十晩降り続き、それは徐々に激しくなり世界は水没する。だが心清き自分は、竜の神の啓示を受けて大きな船を作っていたから助かった。竜の神はすべての動物をひとつがいずつ乗せなさいと告げたので自分はそれに従った。兎はさっさと乗り込んだが、亀はのそのそ遅いので自分で運んだよ。でもライオンとか猛獣は明らかに合成したようになっていて――」

「ちょっと待った」

 ラムリーザはユグドラシルの話の腰を折って突っ込んだ。

「明らかな合成って何?」

「アヒルとかネコは普通に映っているけど、ライオンとか虎は明らかに別の映像を合成した感じになってなかったかい?」

「映画の話じゃないか」

 今度はジャンが突っ込んできた。

「ばれたか」

 ユグドラシルは、舌を出してへへっと笑った。

 そのとき、コテージの玄関が開き、部屋の中に響く雨の音が少し大きくなった。入り口には、傘を差したラムリアースとラキアの姿。後ろには二人の使用人が控えている。

「あっ、悪魔教の司祭が入ってきた!」

 ミーシャはそんなことを言いながら、カメラを持って玄関へと駆けていく。

「目が溶け落ちてないか確認しろよ」

 リゲルの指示に従って、ミーシャはカメラをラムリアースの顔の近くへと持っていく。

 ラムリアースはサッとカメラを奪い取ると、「悪魔は自分の心の中にいるのだ」と言いながら、ミーシャのほうへ近づけていった。

「魔女ミーシャ、魔術師リゲルの愛人なのだ」

 ラムリーザは魔女という言葉を聞いて、一瞬ソニアとリリスのいるほうへと目を向ける。幸い二人は「じゃんけんぽいぽいどっち出すの、こっち出すの。あいこでぽいぽいどっち出すの、こっち出すの。あんた馬鹿ね、グリーンピース!」などと言いながら一対一で何かのゲームに夢中になっていて振り返っていない。ラムリアースのほうを見ているのはユコとロザリーンの二人だけだ。

 そこでラムリーザは、昨日のロザリーンとの会話を思い出して、「愛人ミーシャ」発言に何とも言えない気分になってしまうのだった。

「コテージに閉じ込められている哀れな子羊たちに差し入れを持ってきてやったぞ」

「そうなの。ミーシャリゲルおにーやんに監禁されて、あんなことやこんなこと――」

「してねーよ!」

 なんだかミーシャとリゲルの漫才が発生しているが、ラムリアースが持ってきたものはココヤシの実だった。

「雨と風でころころ落ちていてな、使用人に集めさせて持ってきてやったぞ。殻を割って中身を食ったり飲んだりするがよい。――って、男女に分かれてなんしょん?」

 ラムリアースが尋ねたのでラムリーザは答えた。

「向こうはなんかゲーム、こっちは物語作り」

「ほー、物語作りか。ちょっと休憩ついでに俺も聞いていてやろう」

 ラムリアースとラキアは、火のついていない暖炉脇のソファーで、空いている場所に座り込んだ。

「えっと、どこまでいったっけ、次はラムリィか?」

「僕か、そうだなぁ――」

 今度はラムリーザの物語作りが始まった。ラムリーザは、窓に打ち付ける雨を眺めながら、その雨から連想した物語を語りだした。

「えーと……ソニアと二人で、雨から逃れるように入った校舎の中で、暗闇に包まれていたんだ。雨はやがて嵐となり、明かりを落として、あたりはさらに暗くなってしまったんだよね。怖がり震えるソニアの頬にキスをして、大丈夫だよ、と微笑んであげたのさ。ソニアは、あの日の僕の優しさをずっと忘れないって言っていたよ」

「突然恋愛っぽくなってしまったな、そんなことあったのか?」

「去年の一年で、学校で嵐に遭った記憶はないな、帝都時代じゃないのか?」

 リゲルはジャンにそう言う。それを聞いてジャンは「そんな昔? ――ってかラムリィとソニアが付き合いだしたのって、こっちに来てからじゃないのか?」と答えた。

「いや、今窓の外を見ながら思いついたことを言ってみただけ」

 ジャンは「ほーお」と感心したように言ったが、リゲルは「ずいぶんと前向きな文章が出てきたな」などと評価する。去年のラムリーザは、「天国ではすべてがうまくいく」とか不穏なことばかり言っていたのを覚えていたのだ。

「それじゃあ次は、せっかくだからラムリィのお兄さんに一発お願いしようかな」

 ジャンは、今度はラムリアースに振った。

「さっきラムリーザがやったみたいな話でいいのか?」

 ラムリアースはジャンに尋ねる。ジャンは「テーマは何でもいいので、かっこいいやつをたのんまっせ、ラム兄」と答えた。それを聞いて「結構曖昧だな」と言ってから、ラムリアースは物語を作り始めた。

「木漏れ日がキラキラと輝いている中、二人だけの時間が流れている。お互いに憧れあっていた二人の笑顔がここにある。初めて出会ってからどれだけのときが流れたのかはわからないが、これまで二人で過ごした日々を忘れることはないだろう。二人がめぐり会えた奇跡を、心から感謝しよう。永遠に――。とまぁこんな感じでいいのかな?」

「うーむ、ラムリィのを聞いた後だから、同じような恋愛物になっちゃったね」

「俺とラキアの関係を、詩にしてみたのだが?」

「ラムリィもソニアとの関係を詩にしていたよ」

「じゃあ他のを参考に作ってみよう。どんなのがある?」

 ラムリアースが次の作品の参考にと聞いたとき、リゲルは唐突に語りだした。

「量子力学の勉強をしているテスラって娘を、美術館でも見に行かないか? と誘い出してから、ハンマーで殴り殺した」

 それは、登場人物の設定を変えただけで、話の本筋はマックスウェルが語った猟奇的なものそのままであった。しかし結局は、誘い出してハンマーで殴り殺すのは一緒だ。

「物騒な物語を要求するのだなぁ」

 リゲルの案を聞いて、ラムリアースは驚く。それでも、猟奇的な物語を構築することは諦めなかった。

「それじゃあこんな感じか? ある田舎町、突如現れた黒い車が暴走を繰り返し、次々と住民を撥ね殺していく。保安官は警戒態勢を取って、道路を次々に封鎖して車を追い詰めていく。多くの犠牲の末、ついに車を取り囲むことに成功したが、車には誰も乗っていなかった――。こんな感じでええのか?」

「呪いの車かよ!」

 ジャンは不満そうだが、逆にリゲルはその話に満足そうな表情を浮かべた。

「ところでさ、これまでに語った物語って、歌詞にならないかな? それぞれ自分の物語を書いて、ユコに持っていったら自作曲が生まれないかな?」

「賛成賛成、そうしよう」

 ジャンはラムリーザの提案に飛び乗り、リゲルは「俺がまとめて書いてやる」と言った。リゲルは、みんなの話を覚えているようだ。
              
雨のコテージの広間で、ユコがリゲルのまとめた歌詞を読んで困惑し、ジャンが慌てている場面
 ジャンは、リゲルの書いたメモ用紙をユコのところに持っていった。

「こっちで作詞できたみたいだから、これに曲をつけたらオリジナル曲が作れるぞ」

「それはすごいですの」

 ユコは楽しそうな表情を浮かべて、ジャンの持ってきたメモ用紙を受け取って「どんな曲をつけようかな」と言いながら、歌詞を読み始めた。バカンスの素敵な思い出を彩る、甘いラブソングか爽やかなバラードを想像していたのだろう。

 しかし、数行目へ視線を走らせた瞬間、ユコの端正な眉がぴくりと跳ね上がり、潤んでいた瞳はみるみるうちに恐怖に染まっていった。そしてユコから返ってきた言葉は、ジャンを困惑させた。

「何ですの、この怖い歌詞は!」

「ええっ?」

 ジャンは、慌ててメモ用紙を受け取って、歌詞を読み返した。少なくとも、自分やユグドラシルやラムリーザやラムリアースの詩は、綺麗な歌詞になるはずだった。

 読み返してジャンは絶句した。そこには、みんなの歌詞が、リゲルによって本当に「まとめて書かれていた」からだ。

 火の気のない暖炉の周りでは、リゲルだけが「完璧な構成だ」と言わんばかりに満足げに鼻を鳴らしている。

 

 ――キラキラと木漏れ日が降る中、ガーディア人は惑星ネレウテリアを侵略する準備を虎視眈々と進めていた。初めて侵略計画を立ててからどれだけのときが流れたのかはわからないが、この好機を与えてくれた奇跡に、心から感謝しよう。手始めに、ハンマーで殴り殺し、呪いの黒い車を走らせ、金属バット片手に飛び出して、族のリーダー格をヘルメットの上からではあるがフルスイングで吹っ飛ばしてやった。逃げ出して身を潜めた二人は、大丈夫だよと言い合ったが、うるさい暴走族がけたたましいエンジン音を鳴らして嫌がらせしてきた。降り始めた雨はやがて嵐となり、明かりを落として暗闇にとらわれてしまった。その雨、心卑しき者を消し去るために流された竜の神の涙は十日十晩続き、世界は水没してしまった。これらの事柄は、生まれる前、前世から実行されることが決まっていた。そして時空を超えて、三つの月の公転周期がうまく重なり合ったとき、ようやく事は成就した。そして誰もいなくなった。永遠に――