ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


マトゥール島を回ってみよう 呪われた海岸と水の輪

帝国暦九十三年 盛歌の月・鍛冶師の日(現代暦:七月下旬)

 この日、ラムリーザたちの過ごす海岸は、朝から静かだった。

 まず女性陣の主なメンバーは、昨日のハッキョイリーグの疲れからか、コテージの大部屋でゴロゴロしているだけで海岸に出てこない。男性陣も、レフトールとマックスウェルはコテージの部屋にこもってカードゲームに興じている。

 そしてコテージのテラスに集まったラムリーザ、リゲル、ジャン、ユグドラシルの四人は、のんびりと静かな午前中を過ごしていた。

「俺は釣りが好きだが、さすがに毎日やってたら飽きる」

 そういえばリゲルは、島に来てからずっと釣りをしていた。

「普段は何をしているんだ?」

 ジャンの問いにリゲルは短く「ゲームとか」と答えた。これはラムリーザが覚えていたことだが、去年からの部活メンバーは、みんなゲーム好きでマニアの域にも達していた。例外はロザリーンぐらいで、彼女はピアノやオカリナの音楽関係、または料理が趣味だった。

「どんなジャンルが好みで、今は何にハマっているのかな?」

 ユグドラシルの問いに、リゲルは「エロ――」と言いかけて口をつぐむ。しかしすぐに表情を取り繕って答えた。

「戦略系ゲームかな、今はアイルズという島開発ゲームをやっている」

「島開発かぁ、そういえばここも島だねぇ」

 ユグドラシルはテラスの外へと目をやった。誰もいない海岸だが、今日もいい天気だ。東の空に浮かぶ太陽、セルリアンブルーの空と真っ白な砂浜、エメラルドグリーンの海が広がっている。

「そうだ、一度島をぐるりと回ってみないかい?」

 海を見ていたユグドラシルは、振り返って思いついたことを言った。

「島を一周? 車なら、まあ三時間か四時間ぐらいで一周できる大きさだったかな」

 ラムリーザは、昔家族で車に乗って一周したときのことを思い出しながら言った。

「車か、クソ、俺も免許取ってやる」

 ジャンは自分だけ置いてきぼりにされたことを思い出して毒づいた。

「君はまだ運転免許を取っていないのかい?」

 ユグドラシルに聞かれて、ジャンは不満そうに頷く。

「それなら今度一緒に通おう、自分もまだ持っていないのだよ」

「ユグドラシル先輩、お供します」

 ジャンは、深々と頭を下げてみせるのだった。

「去年、ローザが運転免許を見せてきたときには驚いたね。ラムリーザくんたちと計画的に合宿していたらしいんだ」

「そうそう酷いんだぜ、俺をのけ者にしてさ」

「お前は去年いなかっただろ」

 リゲルがラムリーザを庇う。

「まあいいや、今日は車で島を一周してみよう。リゲルと一緒に車を借りる手配をしてくるから、ジャンとユグドラシル先輩は、ごろごろしているみんなを叩き起こしておいてね」

 そう言ってラムリーザは、リゲルを伴って本館のほうへと向かっていった。

 ………
 ……
 …

 十時を回ったころ、リゲルの運転する大型のバンが、コテージ脇の駐車場に姿を現した。この大きなバンで、十二人全員を運ぶ算段だ。

 ソニアが助手席のドアを開け、ラムリーザの乗っている席に入ってこようとする。

「こらっ、後ろに行きなさい」

「あたしラムと一緒に乗る」

「危ないから後ろ!」

 ラムリーザに押し出されたとき、ソニアは「うっ」とうめいた。ラムリーザが押したのは、ソニアの肩と胸の間、そこは昨日リリスに強打され続けて赤く腫れ上がっている。リリスのほうを見れば、ヒョウ柄のキャミソールから覗くその位置が、彼女も同じく真っ赤っかだ。二人とも加減を知れというものだ。

「ミーシャもリゲルと乗るー」

「余計危ないわ!」

 ミーシャもソニアのマネをして、運転席にいるリゲルの上に乗ってこようとする。しかしリゲルに持ち上げられて、そのまま後ろの席へと追いやられてしまった。

 全員が適当に乗り込んで出発した。コテージのある北の砂浜からスタートして、まずは本館のほうへ向かい、時計回りに島を回るルートを取った。

「こんな辺境の島によく車があったな。燃料とか補給できるのか?」

 リゲルは運転しながらラムリーザに尋ねる。

「燃料は島の中央にある施設で作っているらしいんだ。この島の周囲にいくつか油田があって、原油やこの島で精製したものを本国に送っている、という話を聞いたことがあるんだ」

「なるほどな、油田のある島か。フォレスター家に金があるわけだ」

「なんかジープがついてくるぜ?」

 後ろからジャンが乗り出してきて伝える。確かにバンの後方から、ずっとジープが追尾している。

「護衛車みたいなものだから気にしないで」

 ラムリーザはそう答えるのだった。

 

 島の中央に行くのは後回しで、今日は海岸沿いに回るだけにした。

 本館を通り過ぎると港が現れ、そこを通り過ぎるとすぐに島民の居住地となっている住宅街に出た。ここだけを見たら、田舎の港町といった雰囲気だ。

 居住地を過ぎると、今度はサンゴ礁の海が目の前に現れた。

 この島では港や居住地の海岸は整地されているが、それ以外の大半の海岸は、サンゴ礁で囲まれている。

「ヨンゲリアという映画だったら、こういった島にはゾンビがいるな。いや、ヨングか」

「ここはヨンゲリアじゃない、マトゥール島だからな」

 リゲルが不穏当なことを言うので、ラムリーザは訂正しておいた。

 

 一時間ほど車で移動して、場所としては島の東海岸といったあたりか。全行程の四分の一ほど進んだあたりで一休みすることにして、車を降りて東の海岸へと向かう。

 この砂浜の特徴は、ちょうど道路と海の間、その中央部あたりが盛り上がっていて、そこから水が湧き出している。小さな火山みたいな感じで、マグマの代わりに水が出ているようにも見える。

 レフトールは湧き水を覗き込んで、それから一杯すくって口に含んでみた。

「しょっぱいぞ、これも海水じゃないか」

 どうやら砂浜の下に空洞か何かがあって海へ続いていて、波の勢いか何かで海水が押し出されて湧き出ているのだろうか。

 さらに特徴的なものがあった。
              
マトゥール島の東海岸沖に、四つの不気味な顔のような岩山と、巨大な葉に覆われた四角い岩山が並んでいる場面
「あの島、不気味ですの」

 ユコは、東の沖合にそびえ立つ海面から突き出た大きな岩山を指差して言った。ただの大きな岩山ではなく、四つの崩れたような人の顔が並んでいるようにも見える。

「島の人が言っていたなぁ、フォースデビルズヘッドと呼ばれているみたい。夢に出てくるかもしれないので、あまりじっくりと眺めないように」

 それほどまでに、不気味な岩山だった。溶けかけた頭蓋骨? そんな雰囲気も持っていた。

 また、その岩山から少し北に離れた場所、海岸から見て左側にも同じくらいの高さの四角い岩山がそびえていた。

 こちらは輪郭だけ見れば、豆腐のように真四角な岩山で、形そのものには特徴がない。しかしその表面が特徴的だ。

 岩山の上から太い茎が垂れ下がり、緑色の大きな葉が縦に三枚並んでいる。さらにそれは横にも四つ連なり、合計十二枚の巨大な葉が岩山の表面のほとんどを隠していた。

「あの巨大な植物は何だ? 隣の顔岩とはまた違う不気味さがあるぞ?」

「ここは呪われた海岸だー」

 いろいろな意見が出ている。どうやら東の海岸は、皆には不評のようだった。

「ゾンビみたいな顔が四つ並んでいるように見えるな」

「ねぇ、あの島の名前は何かしら?」

 リリスはラムリーザに聞いた。リリスを近くで見ると、やはり肩と胸の間が痛々しい。

「岩山自体に正式名称はついていないけど、さっき言ったとおり島民はフォースデビルズヘッドと呼んでいるよ。勝手に命名しているのだけど、まぁこのあたりには人はあまり来ないからね」

「やっぱりこの海岸は呪われているのよ」

 リリスは、海を眺めながらつぶやいた。

 この島は、島全体がフォレスター家の別荘のようなもので、住んでいる人もほとんどがこの島で資源の採掘作業をする従業員、つまりフォレスター家が特別に雇った者とその家族だけだ。

 あまりにも不気味な光景に、皆の口数が少なくなる中、ミーシャだけは手のひらサイズの小型ビデオカメラを手に撮影に夢中になっている。動画投稿者にとって、この光景はこれ以上ないおいしいネタなのだろう。

「で、あの植物は?」

 リゲルは改めてラムリーザに問う。

「植物には詳しくないなぁ……。島の人は何て言ってたっけ……リネイシアだったかな? わかんないや、忘れた。今度ちゃんと調べておくよ」

 ラムリーザも、この島には数年に一度来るぐらいだ。ここでしか見かけない植物について詳しいわけでもなかった。そもそも東海岸でゆっくりするのは実は初めてだった。これまでは家族でドライブ中に通り過ぎるだけで、車の窓から遠目に海に浮かぶ不気味な岩山を見たことがあるだけだった。まじまじと見つめるのは、今日が初めてなのだ。

「でもさ、海賊とかが宝を隠すとしたら絶好の場所だよな」

 ジャンはそう言うが、ラムリーザは「このあたりに海賊は出ないよ」と答えた。島民が扮した似非海賊は出るけどね。

 そのうち、ソニアとユコが「もう行こうよ」と言い出し、他の者もそれに同意し始めた。ミーシャはギリギリまで撮影に夢中になっていたが、休憩もそこそこに再び移動を開始した。ゆっくり休憩するには、景色が不気味すぎたのだ。

 車は南へと向かっている。少しでも早く、呪われた海岸から離れようと、車は少し速めのスピードで先へ進んだ。

 海岸線に沿って走るたび、景色の色は少しずつ変わっていく。だが、同じ島の中とは思えないほど、その変化は急だった。

 一時間が経過し、スタート地点であるコテージの海岸から正反対にあたる南海岸へ到着した。そしてこの海岸にも特徴的なものがあった。

 その海岸は、両側を岩場に挟まれた、百メートルから二百メートルほどの幅の砂浜。そして、波打ち際から少し海側に進んだ場所、ちょうど左右の岩場に挟まれた中央部にそれはあった。
              
マトゥール島の南海岸で、激しい海流が水しぶきを上げながら空中に大きな水の輪を作っている場面
 どういった海流になっているのかわからないが、東から西へ、海岸から見て左から右へ、海水が激しく流れている場所がある。その中央部では水しぶきを上げながら、空中に円を作っていた。まるで海の上に、水の輪ができているようだ。水流は海面では左から右に流れ、ジェットコースターの垂直ループのように浮き上がり円状にぐるりと回り、右側へと抜けている。円の大きさは、だいたい直径二メートルぐらいか。その場所だけ、ゴウゴウと水の音が激しい。

「なんか神秘的ですの」

 水の輪を見ながら、ユコはそうつぶやいた。

「そばまで泳いでいったら、どうなるんかの?」

 レフトールは波打ち際まで駆けて行ったが、近くでその激しい水流を見て、海に入る気は薄れたようだ。

「番長、飛び込んでみてよー。しっかり撮ってあげるから、タイトルは『神秘的な水の輪に飛び込んでみた』ってので公開してあげるよ」

「何が番長だ、幼児体型。お前の動画だろうが、撮っててやるから自分で飛び込めよ」

 ミーシャは少し考えたあと、レフトールにカメラを預けて服を脱いで水着だけになると、波打ち際に一歩足を踏み入れた。

「やめとけ」

 その瞬間、ミーシャは突然後ろから担ぎ上げられ、砂浜に戻された。ミーシャの行動を監視していたリゲルが、危険行為を未然に防いだのだった。

「せっかくのネタなのにー」

「危険すぎる、これ見ろ」

 リゲルは砂浜に転がっていた木切れを水流の近くに投げ込んだ。木切れは水流に巻き込まれ、垂直ループのような水の輪を作っている側面から高く投げ出された。

「すごーい」

 それを見たミーシャは、レフトールからカメラを返してもらい、今度はもう少し大きな木切れを投げ込んで撮影を始めた。

 今度は木切れが水流の右側から吸い込まれ、水流を登り垂直ループの頂点を流れ、その途中で右側に投げ出された。再び吸い込まれては水流を登り、右側に投げ出されることを繰り返している。

 五回ほどループした後、木切れは水流の届かないところに投げ出され、波間をぷかぷか浮かぶだけになった。

「どういう潮の流れの原理かわからんが、近づくのは危ないから海に入るなよ」

 リゲルは念を押して、ラムリーザのところへと戻っていった。

 

 気がつけば太陽は高く昇り、少しだけ西に傾いていた。そこでこの不思議な水の輪を遠目に見ながら、昼食にすることにした。

 持ってきたのは、ロザリーンが中心になって作ってくれたサンドイッチとおにぎり。サンドイッチは馴染みの弁当だが、おにぎりというものはユライカナン産の食べ物で、炊いた米を丸めて作ったものだ。

「そういえば、ここまで海岸線を走ってきたけど民家が一軒もなかったね」

 ユグドラシルは、おにぎりにかぶりつきながら言った。

「従業員以外住んでいないからね。皆北の港付近に住んでいるんだ。ここから内陸部に少し行けば、原油精製施設の一つがあるはずだけどね」

「エネルギー源の採掘場となっている島か。それだけなのか?」

 リゲルの問いに、ラムリーザは聞いている範囲で答えられるものだけ答えた。まだすべてを親から知らされているわけではないのだ。

「なんだったかな、グエンかな? グアノだっけ? 何かそんな名前の資源が島に大量にあって――というより、島の中央部自体がほとんどそれでできているらしくて、それを採掘しているって聞いたよ」

「グアノな、鳥や魚の死骸などが堆積して化石化したもので、主に肥料とかになるな。黄燐や燐鉱石の一種として扱われることもあるな」

 ラムリーザの話を聞いて、リゲルは博識なところを見せる。

「オーリン? オーリンってなぁに?」

 特に脈絡もなく、ミーシャがリゲルに聞いてくる。

「うむ、踊り子と占い師の孤児姉妹を引き取って育てた錬金術師の弟子の名前だ」

「ミーシャ踊り子、ねぇソフィーは占い師になってよ」

 話は逸れてしまったが、内陸部を見渡してみると、林の陰から岩石の切り出し場所のようなものが遠くに見えていた。

「この島だけで国を作れないかな? 資源だけで成り立つんじゃないかな」

 ユグドラシルの意見にリゲルは反対する。

「そういう国は、資源がなくなったら寂れるだけだ。この島の資源の埋蔵量……ラムリーザにはわからんわなぁ」

 そこまでラムリーザが知らされるのは、おそらく大人になってからだろう。

「さてと、マトゥール島一周の残り半分に行こうか」

 昼食を終えたラムリーザたちは、乗ってきた車へと戻っていった。

 まだ島を半周しただけなのに、妙な不気味さや神秘が平然と混じっている、見たことのない景色ばかりが続いていた。マトゥール島という場所は、まだこちらにすべてを見せる気がないらしい。