ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
オリエンテーション?
帝国暦九十三年 盛歌の月・学匠の日(現代暦:七月中旬)
マトゥール島での二日目の朝、ラムリーザはソニアと共にいつものように目を覚ました。隣のベッドでは、ミーシャが眠っている。リゲルはすでに起きていて、窓のそばの椅子に座っていた。
「夕べはお楽しみでしたか?」
ラムリーザが冷やかし気味にリゲルに尋ねてみると、リゲルは一言「黙れ」とだけ答えた。
「うーん、……あれ? リゲルおにーやんがいない」
そこでミーシャが目を覚ましたようだ。一緒に寝ているはずのリゲルの姿がなく、不安そうな声を出している。
「ダメじゃないか、起きるまで一緒にいてやらないと」
「そんなルールはない」
「あ、リゲルおにーやんいたー」
ラムリーザとリゲルが話をしているのを聞いて、ミーシャは気づいて起きてきた。
「あー、ミーシャ。ソニアを起こしてくれ」
ラムリーザはミーシャに頼んでみる。別に深い意図はない、なんとなくそうしただけだ。
ミーシャはベッドからのそのそと降りると、隣のベッドで寝ているソニアに近寄った。そして掛け布団を剥ぎ取ってソニアをむき出しにする。
「あれ? エルおねーちゃん、プリーツスカート履いて寝てる」
「そこは気にしないでやってくれ」
ソニアは、寝間着用のスカートを身につけるという、変わった習慣があった。わざわざ普段着と分けているのだから、何か意図はあるのだろうがその意図はよくわからない。
ミーシャはどう起こそうか思案した末、たいていの人なら、まあそうするだろうという行動、すなわち鼻をつまんだわけだ。
「ふっ、ううんっ」
すぐにソニアは反応するが、まだ目を覚まさない。
ミーシャはそのままじっとしていた。
「ふっ、ふえぇっ!」
そこでソニアはパチッと目を開けた。おはようさん。
「あっ、起きたよー」
ミーシャはそう言うが、面白がってまだ手を止めない。
「ちょっ、やっ、なっ、なにすんのよっ!」
ソニアはミーシャの手を逃れて、そのままごろごろとベッドを転がって反対側へ落ちていった。
「やっぱりすごいなぁ。ミーシャもエルおねーちゃんぐらいの胸があったらなぁ」
「エル言うな! 媚々娘! あんたなんかちっぱいで十分!」
何が十分なのかよくわからないが、そこへユグドラシルが部屋に入ってきた。
「ラムリーザくん、君の母上様が呼んでるよ、電話がかかってきた」
「ほいほい、ありがとう」
ラムリーザは、急いで部屋を出て電話口へと向かった。電話の内容は、朝食後にキャンプの説明会をするので本館の食堂へ集合するように、とのことだった。サメの肉もなくなったし、朝はまだ釣りをしていないので、用意されたもので朝食だ。
ラムリーザの家族が泊まっている本館は、コテージとは違い大きな屋敷のような造りになっていた。その一階にある食堂は、ふだんラムリーザが暮らしている屋敷の食堂と、よく似たつくりになっていた。
高い天井から吊り下げられた豪華なシャンデリアが、磨き抜かれた長いマホガニーのテーブルを照らしている。
朝食が終わると、そのまま説明会と称するものが始まった。
「昨日は初日ということで、お互いに愚かなミスも多いだろうと思って何も言わなかった。だが、これからはそうもいかない」
集まった半数は何も考えず、残りの半数は昨日のミスは何だったかを考える。少なくともリゲルは気まずかった。
「この島の名前はマトゥール島。本土から南に三十キロほど離れた場所にある島で、広さは車なら四時間もあれば島の周囲を回れるぐらいだ。住んでいる人は、主にこの島の開発員や資源発掘員とその家族である」
正面に立って説明をしているのは、ラムリーザの父、ラムニアス・ミレニアム・フォレスター。まるで学校行事のキャンプで行われる、最初の説明会のような雰囲気だ。
説明どおり、島の北地区は静かで、海岸と白い建物、それに少し奥へ入れば濃い緑が広がっている。人の手が入っている場所と、まだ自然のまま残っている場所が、ゆるやかに隣り合っていた。
「修学旅行みたいだな」
ジャンはひそひそ声で、ラムリーザにつぶやく。
「ここに来るたびにこれなんだよ」
ラムリーザも、やれやれといった調子で答えた。
「お前の得意なオリエンテーリングだな」
「うるさいよ」
去年のクリスタルレイクでのキャンプ時、オリエンテーションとオリエンテーリングを間違えた失態をリゲルにからかわれて、ラムリーザは今度はうんざりした。
「諸君らは、北地区にあるコテージに部屋割りをして過ごすように。諸君らはまだ学生、くれぐれも清い交際を心がけるように」
すぐさま「ブフォッ」と妙な音がしたと思えば、咳き込む音も聞こえた。ラムリーザとソニアとミーシャは何事もなかったかのようにしていたが、それ以外のメンバーは、紅茶を吹き出すリゲルに不審な視線を向けるのだった。
ラムニアスの話はまだ続いていた。
「食事はこの本館にある食堂で行う。ただし、自然の中で採れたものでバーベキューなどをするのは自由。この島には、半年分の食料を常に備蓄しているから、気にしなくて良い。それに滞在期間は長くても三週間ほどだ。怪我や病気のときは、屋敷の一階にある医務室へ。フォレスター家お抱えの医師や看護師も待機しているので、よほどの事故がない限り気にしなくてよい」
「これ、いつまで続くん?」
再びひそひそ話でジャンはラムリーザに尋ねる。
「どれぐらいだったっけ、いちいち覚えてないよ。一通り演説が終われば解放だから、おとなしく待とうよ」
そう答えるしかないラムリーザであった。
「諸君らの安全は、私設軍隊が警護に当たっている。来るときに同行した戦艦に加え、三隻の戦艦が島の周囲を巡回しているから、島の内部は安全である。ただし、このあたりの海はサメが出るので、沖に出るときは気をつけるように。一応監視船やボートで、北地区の海を監視しているから大丈夫だと思われる」
「ラムー、お話が長いよー」
「いつものことだから我慢しろ」
「むー」
ソニアが愚痴ったので、ラムリーザは抱き寄せて黙らせる。
「島の内部には、未開の地が多いので迷いやすい。はぐれたら探しにくいので、単独行動は避けて最低でも二人で行動すること。また、資源発掘場所は危ないので、島の開発員の許可なく近寄らないこと」
「ラムリーザくんの父親は、生活指導の教師が向いているのではないかな?」
今度はこれまで黙って聞いていたユグドラシルがラムリーザに語りかけた。
「父は、城勤めが決まる前は、教師になろうかと考えていたという噂なんだ」
ラムリーザは実際に父親の口から聞いたわけではないが、母親などの話からそう推測しているのだった。まるで生徒を引率する教師のような口ぶりである。実の父でなければ、ラムリーザも素直にうんざりできたかもしれない。
「それでは管理側の自己紹介、私が総責任者ラムニアス・ミレニアム・フォレスターである」
とうとう管理側の自己紹介まで始まってしまった。説明会としては本格的すぎる。
「マジで学校行事だな」
「部屋割り決めるか?」
「昨日は船旅で疲れていて適当に決めたけど、個室がたくさんあることを思い出したよ。コテージが四軒あって、一つのコテージに六部屋ある。一人一部屋十分に割り当てられるよ。だから組み合わせも自由、個室がいい人は一人部屋もOK。これでいこう」
どのように部屋分けしても、ラムリーザのところにソニアはやって来る。最初からラムリーザとソニアを一緒にするとリリスなどが余計なことを言ってくる。そこでもうめんどくさいので、このように処理することにしたのだった。
「そこ、聞いているのかな?」
ラムリーザたちがぼそぼそ話し合いをしているところに、ラムニアスの声が飛んできた。
「聞きまくっています」
すかさず答えたのはジャンだ。
「それでは今説明した内容を話してもらおうかな?」
ジャンは堂々と立ち上がって宣言した。
「風船は水に浮くが、水から上がると酷い錘になるから気をつけよう」
一同はきょとんとしている。注意したラムニアスや、該当者のソニアを含めて。
ジャンは「以上」と言って、元の場所に腰掛けた。窮地を勢いで切り抜ける、この強引さが彼の強みなのかもしれない。
ラムニアスの説明会は、その後三十分ほどだらだらと続き、ようやく終了した。まるで校長先生の挨拶だ。
島の地図や決まりごとを頭に入れたところで、ようやくこの場所での暮らしが本格的に始まったのだと実感できた。
説明会が終わると自由時間となり、今日も海岸で遊び始めるのだった。
「海だーっ」
ソニアは今日も通常運転、毎日が新鮮さにあふれているなんて幸せな人生だな。
「ねー、ラムも来てよー」
ソニアに呼ばれたので、ラムリーザは今日は海に入ることにした。砂浜で寝転がっているのがお気に入りだが、たまには運動しよう。
そこにリリスとユコも集まってきた。
「いかんな。まだリリスとユコは、ラムリーザを優先する」
その様子を見てジャンはぼやき、すぐにその輪へ加わっていった。
リゲルは今日も釣り、しばらくは釣りで過ごしそうだ。その傍らにはロザリーンがいる。リゲルの二股ぶりも、なかなかのものだ。
ソフィリータとミーシャは、なにやらビデオカメラを持って海岸をうろうろしている。動画作成のネタ探しでもやっているのだろう。ユグドラシルは二人に付き添っているようだ。
レフトールとマックスウェルの二人は、町のほうへ行ってみると言って海岸を離れたきりだ。
昨日は気づかなかったが、海岸には所々高台があって、監視員が待機している。沖ではボートが巡回していて、サメの動向を見張っている。彼らは、この休暇の間だけフォレスター家に臨時で雇われている監視員で、南の島キャンプへ同行しているメンバーだ。
「あー、胸が楽~」
相変わらずソニアは、海に胸を浮かべて楽をしている。
「まるで風船浮き袋おっぱいね、くすっ」
そこでリリスはまたしても要らないことを言う。いつもの光景、でも見飽きない光景。
「魔女ってね、水に沈めても死なないらしいのよね。だからリリスは自分が魔女って言われたくなかったら沈んでみて証明してみせたら良いの。沈んで死んで浮かんでこなかったら人間、浮かび上がったり生きたままだったら魔女。やってみてよ」
「まずあなたがやりなさいよ。あなたも魔女の疑いがあるわ、いろいろ中途半端だし」
「なっ、まっ、なっ、なんであたしが中途半端なのよ!」
「まずおっぱいの大きさが中途半端、巨乳を名乗りたければバスト百四十五センチはないと小さい。貧乳を名乗りたければ、バストは五十六センチぐらいが妥当。百三センチってどっちつかずの中途半端なのよ」
「何がバスト五十六センチよ、それじゃ円錐じゃないの!」
「おっ、円錐って言葉よく知っていたな」
そこにジャンがリリスに加勢する。もともとジャンも、ソニアをからかう急先鋒だったわけだが。
一方ラムリーザは、ゴムボートを浮かべてその上に乗って寝転がり空を眺めていた。流されないように錨のようなものを沈めているが、これでは砂浜で寝ているのとほとんど変わらない。波に揺れる感触を楽しめるぶんが加わったぐらいか。
青い空がどこまでも広がっていて、所々に白い雲が浮かんでいる。
「空は青~いの~に、の~に。雲は白いの~に、の~に」
ラムリーザはぼんやりと空を眺めながら、適当に歌っていた。
昼食は再びリゲルたちの釣った魚だったが、それだけでは足りないので、本館の食堂からいくつか料理を追加していた。
「リゲルおに~やんの釣った魚はおいしいな~」
ミーシャは嬉しそうに魚をほおばるのだった。幸せそうな表情で焼き魚にかじりつくミーシャを見て、リゲルはラムリーザに言った。
「どうだ? おいしそうに食べるミーシャは可愛いだろう?」
それは去年、ラムリーザがリゲルに言った「おいしそうに食べるソニア」うんぬんを、そのままミーシャに置き換えたような台詞だ。
幸せそうに食べるミーシャ。リゲルは、幸せをミーシャに与えてやれなかったと悔やんだ去年を振り返り、今度は何が起きても絶対に手放さないと心に誓うのだった。
ラムリーザもソニアを幸せにしてやりたいと考えている。だからリゲルのミーシャに対する持ち上げも理解できた。そして、リゲルが去年ソニアを見てイライラしていた理由も、ここに来てようやくわかったのだった。
「見てみろよ、ソニアのあの笑顔」
ラムリーザはリゲルに、ソニアを持ち上げるようなことを言ってみた。今のリゲルは、去年のように冷たく鼻で笑うのではなく、普通に笑顔で答えてくれるようになっていた。
「楽しそうにしているミーシャって、可愛いだろ?」
リゲルがうれしそうに言う台詞。それは、ラムリーザもよく言っていた、「楽しそうにしているソニアって、可愛いだろ?」と対になる台詞であった。
そこにラムリアースが現れた。両手で抱えるほどの大きさで、緑色の球体に黒っぽい筋が何本か入った果物を持っている。
「おい、食後はこれだぞ」
「わぁ、でっかいなー! ラム、あれ絶対に甘いよ!」
ラムリアースの持つ瑞々しい果物を見つけて、ソニアが真っ先に目を輝かせて立ち上がる。それにつられるように、カメラを構えたミーシャや、リリスたちも笑顔で集まってきた。
じりじりと照りつける南国の太陽の下、波の音に混じって、また新しい歓声がビーチに広がり始める。
新しいイベントが始まろうとしていた――。