ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


眠れぬ夜の訪問者たち

帝国暦九十三年 盛歌の月・騎士の日(現代暦:七月中旬)

 マトゥール島での最初の夜がやってきた。別に、太鼓の音がどこからともなく響いてくることはない。ラムリーザたちが宿泊しているコテージは海岸沿いにあり、聞こえるのは、波の音ぐらいだ。

 夕食後、ラムリーザは自室に戻り、窓際のリクライニングチェアに座ってくつろぎ、改めて同室の二人を見つめた。そこであることに気がつく。

「これってさ、修学旅行のときと同じ組み合わせだね」

「だから俺の言った部屋割りにすればよかったのに」

 ラムリーザの一言に、ジャンも同意した。しかしリゲルは気にしない。

「これが無難な分け方だ。お前らはラムズハーレムだのジャンズハーレムだの作りたがるから男女入り乱れるほうがよかったのかもしれないけどな」

「リゲルもハーレムを現在進行形で作ってるけどね」

「俺はリリス一筋だー。ハーレム作ってねー」

 しかし、どうも男女関係ではいまいち切れ味のないリゲルであった。

 さて、これから始まる長い島でのキャンプ生活、三人は計画を話し合おうということになった。明日は何をするか? その先はどうするか? などと。

 しばらくは海岸での遊びに興じていられるかもしれないが、そのうちマンネリ化して飽きてしまうだろう。そのときにどうするか、ということについて話し合った。

「島に車あるのかな?」

「あるよ」

「それなら一度、島を一周してみよう」

 これはジャンの案だ。マトゥール島がどのぐらいの大きさかわからないので、一度ぐるりと海岸沿いに回ってみようということだ。

「繁華街とかあるのか?」

「たぶんあったかな? いや、島の町自体はそれほど規模が大きいものじゃないけど、どうだろうか?」

「町があるならそこに行くのもありだ」

 リゲルは島の町巡りを提案してくる。と言っても田舎町をさらに小さくしたようなものだから、町で十分に楽しめるのかどうかはわからない。ラムリーザはこれまでにも島へ何度か来たことはあるが、バカンス目的で町に行ったことはなかった。

 ………
 ……
 …

 しばらくいろいろと話し合っていたが、そろそろ寝る時間になったので、話を切り上げてベッドに入った。

「またソニアが来るだろうなぁ……」

 ラムリーザは小さくつぶやいた。

「そういえば修学旅行の夜、あいつ泊まりに来たな」

 ジャンはそのときのことを覚えていた。

「それだけじゃないぞ、あいつは俺の別荘でのキャンプのときにも来た」

 さらにリゲルは、去年のことも覚えていた。ラムリーザしか知らない事実は、運転免許を取るための合宿のときにも、ソニアはラムリーザのところへ来たということだった。

「さすが毎日一緒に寝ているだけのことはある」

 ジャンはラムリーザをからかったので、ラムリーザは「もしもソニアが泊まりに来たら、僕はソニアと二人で別のコテージを使うよ」と言っておいた。

「好きにしろ」とリゲルが言い、ジャンは「それではおやすみ」と言ったあと黙り込んだ。

 波の音だけが聞こえる宵闇。時折風の吹く音が聞こえる以外、何も聞こえない静寂。

 ラムリーザはソニアが来るのかどうか気になって、なかなか寝付けないでいた。もし来たときに寝ていたら、ソニアは探して回るだろう。それだけでリゲルやジャンに迷惑をかけてしまう。来るなら早く来い、そう考えていた。

 しばらく静寂が続いた後――

 

 コテージの外から、誰かが近づいてくる音が聞こえた。

 

 入り口のドアの外で足音が止まり、ドアがガチャリと音を立てて開く。そして誰かが入ってきた。

「僕ならここ――」

 ラムリーザはそう言いかけて、ふいに口をつぐんだ。

 ドアの外から入ってくる月明かりに照らされたそのシルエット。その人影には、胸に『風船』がついていなかった。ソニアじゃない――?!

 ラムリーザに一瞬緊張が走った。こいつ誰だ?

「ラムリーザ様、ユコが参りましたわ」

「なんでそうなる!」

 ラムリーザは、隣でリゲルが小さく笑ったのを聞き逃さなかった。さすがに、この展開は予想していなかった。

 以前から、リリスやユコは、ラムリーザとソニアにちょっかいを出していた。それがまさか、こんな形で現れるとは。

「ラムリィも節操がないねぇ」

「いや待って、ユコいったいどういうことだ?!」

 ジャンがからかうので、ラムリーザはユコに対して毅然とした態度を示す。

「あっ、ラムリーザ様はそこですのね」

 ユコの声がしたかと思うと、ラムリーザは暗闇の中でベッドに近づく気配を感じた。

「ちょっと待って、ユコやめなさい」

「なーに? ラムリーザ様は私を拒むんですの?」

 少しの間、ラムリーザとユコの間で押し合いが繰り広げられた。ラムズハーレムなどとんでもないので、ここでユコを受け入れるわけにはいかない。

 これが恋愛ゲームの類なら、ルート分岐ということで、セーブしてそれぞれのヒロインルートを選択すればよいだろう。

 しかし現実には、セーブポイントもリセットボタンも存在しない。

 だから選択肢は慎重に選ぶ必要がある。

「どうだラムリィ、ギャルゲーの主人公になった気分は」

「うるささ」

 ラムリーザは短く答えて、もう一度ユコを押し返して、そのまま部屋の外へと押し出した。

「ラムリーザ様もつれないですわね」

「いいから! おやすみ、ユコ!」

 ジャンとリゲルの「くっくっくっ」と笑う声に、ラムリーザは釈然としないまま再びベッドに転がった。

 笑い声が収まり、しばらく静寂が続いた後――

 

 コテージの外から、再び誰かが近づいてくる音が聞こえた。

 

 入り口のドアの外で足音が止まり、ガチャリと音を立てて開く。そして誰かが入ってきた。

「僕ならここ――」

 ラムリーザは条件反射的に言いかけて、ふいに口をつぐんだ。

 ドアの外から入ってくる月明かりに照らされたそのシルエット。その人影には、またしても胸に『風船』がついていなかった。ソニアじゃない――?!

 ラムリーザに一瞬緊張が走った。今度は誰だ?

「リゲルおにーやんどこ? ミーシャ、リゲルと一緒に寝たいなぁ」

 ラムリーザは、隣でリゲルの息を呑む音を聞いた。そして、この展開は予想していなかった。

 以前リゲルは、ソニアに対して見ていると腹が立ってくると漏らしたことがあった。それは、こういったところで、ミーシャの行動原理がソニアにそっくりだとわかり、見ていると思い出してしまうからなのかもしれない。

「リゲルも隅に置けないねぇ」

「いや待て、ミーシャお前どういうことだ!」

 ジャンがからかってくるので、リゲルはミーシャに対して毅然とした態度を示す。からかうには面白い状況のはずなのに、リゲルの声には笑って済ませられない揺れが混じっていた。

「あっ、リゲルおにーやん、そこだ」

 ミーシャの声がしたかと思うと、暗闇の中リゲルのベッドのあたりでゴソゴソと音がし始めた。

「こらっ、ミーシャやめんか」

「なーに? ミーシャね、いつかリゲルおにーやんと一緒に寝ること夢見てた」

 リゲルが何も答えなかったので、ラムリーザは半分真面目に、半分からかいの気持ちを込めて言ってやった。

「どうだリゲル、女の子と一緒に寝るのは格別なものだろう?」

「黙れ」

 リゲルは短く答えるが、声から明らかに動揺が感じ取れる。

「リゲルー、ミーシャをもっと抱き寄せてぇ~。あん、そこくすぐったい」

 ラムリーザはこれがリゲルの弱点か、とニヤニヤが止まらず、逆にジャンはイライラ。

 皮肉や理屈ではどうにでも切り返してきたリゲルが、こういう場面では露骨に声を揺らす。その事実だけで、ミーシャが彼の中でどれだけ大きいかがわかってしまう。

「まぁリゲル、夏の思い出を作ってみよう」

「黙れと言っておる」

 とその瞬間、再び部屋のドアが開いた。

 今度は背後から差し込む月明かりに、二つの大きな風船のシルエットが浮かび上がる。

「あ、ソニア。僕はここ」

 ようやくラムリーザの想定どおりにソニアがやってきた。風船の影は、すぐにラムリーザのベッドにもぐりこんできた。

「やってらんね! 俺リリスのところに行こ!」

 この状況に我慢できないジャンは、そのまま部屋から出ていってしまった。

 結局のところ、最初にジャンが提案したような組み合わせが発生してしまったわけだ。ラムリーザはジャンに悪いことをしたなと思いつつ、どんな場合でもやってくるソニアを、可愛らしく感じてしまうのだった。

 さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、部屋の中はまた静かになっていった。だが静かになったからこそ、今度は眠れない者の考えだけが浮かび上がってくる。

 静寂のなか、眠っている二人の寝息だけが聞こえる。ソニアとミーシャ、それぞれ愛する相手のベッドに潜り込んですぐに寝付いてしまったようだ。これではまるで子供だ。波の音が、先ほどよりも大きくなったようだ。

 そのまま何も起きずに時間だけが過ぎていくかのように思われた。ラムリーザは波の音を聞きながら、まるで海の中に沈んでいくような感じが、この暗闇の中にあった。

 笑い話で終わるならそれでよかった。だが、この夜はそれだけでは済まなかった。

「おいラムリーザ、起きているか?」

 静寂はリゲルの一言で唐突に終わりを告げた。

「何ぞ?」

 途端にラムリーザは深海から引き上げられたかのような錯覚にとらわれた。

「そのエル饅頭は起きているか?」

「んや、寝てるよ――ってエル饅頭って何だよ?」

「Lサイズの饅頭。いや、そんなことはどうでもいい」

 少しの間だけ間が開いて、リゲルはラムリーザに尋ねた。
              
月明かりの差し込むコテージの寝室で、ラムリーザがソニアを抱き寄せ、リゲルがミーシャをそばに置きながら悩みを打ち明けている場面
「お前は毎晩こういうのを味わっているのか?」

 それは恋人とベッドを共にするということである。

「うん、いかなるときもソニアと仲良く一緒に暮らす。これに勝る幸せはどこにもないよ」

「幸福か、なるほどそういう考えもあるわけだな。確かに幸福と言える」

「それに僕は、ソニアを幸せにしてやりたいと思っているからね。それが人生の目標の一つでもある。僕がどんなに大成しようと、ソニアが不幸なら僕の人生は失敗だ」

「俺もミーシャを幸せにしてやりたい」

 リゲルの声は、これまで聞き慣れた冷たさはなかった。ミーシャが来てから――いや、戻ってきてからリゲルは変わった。いや、これが本来のリゲルだったのだろう。

「そうすればいいさ、ミーシャは良い子だよ」

 だからラムリーザも、安心して応援できる。しかし――

「だが親が邪魔をする……」

 リゲルの両親は、リゲルがどこぞの平民の娘と付き合うことをよしとしていなかった。そのために、リゲルとミーシャを引き離すためにミーシャの家庭を帝都へ栄転の名目で飛ばしていたのだ。しかしミーシャは、高校から学生寮があるということを調べ、それを利用して単身戻ってきてしまったのだ。

 ラムリーザにとっては、言うことを聞かないソニアを懲らしめるための左遷先と脅している桃栗の里だが、ミーシャにとってはリゲルに近づくための拠点になっている。

 おそらくリゲルは、ミーシャが戻ってきていること、時々会っていることを親には隠しているのだろう。

「親は俺にロザリーンと付き合うことをよしとしている。だが俺はミーシャを捨てられない」

「ロザリーンは親が決めた相手? 違うだろ、リゲル自身が決めたことじゃないか?」

「くっ……」

 去年のリゲルは、まさかミーシャが戻ってくるとは想像もしていなかった。だからラムリーザの勧めたロザリーンを受け入れたのだ。そのうちリゲルもロザリーンと付き合うことをよしとし始めていた。そこにミーシャが戻ってきて、過去と現在の狭間に悩まされることとなってしまったのは周知の事実。

「でもミーシャが戻ってきてしまったのなら、ロザリーンと付き合うのはやめちゃうのかぁ」

 ラムリーザはそうつぶやくが、リゲルがロザリーンとミーシャの二人と、二股状態で付き合い続けているのも周知の事実となっていた。

 ロザリーンはあまり強く咎めてこないし、ミーシャもなんだか受け入れている。何がラムズハーレムだ、リゲルズハーレムじゃないか。

「隣の国ユライカナンの文化にはな――」

 リゲルは淡々と語り始めた。

「正室と側室という制度があるらしいのだ」

「何だそれは?」

「正室は正式な妻、そして側室は公的に認められた側妻や妾にあたる女のことだ」

「へー、そんな仕組みがあるんだね」

「なぁ、フォレストピアって、ユライカナンとの文化交流を進めたり、文化を取り入れたりする町だよな?」

「うん、そういうことになっているよ」

「じゃあお前、正室と側室を作ってその制度も取り入れてみろ」

 突然リゲルは、口調が早口になった。明らかに感情が上ずっている。普段の冷静な彼なら、こんな破綻した理屈を並べ立てるはずがない。

「な? 取り入れるってどうやって?」

「ソニアを正室にしてかまわんから、側室も作れ」

「いや、リゲルに命令されなくてもソニアを正室――いや妻にすることは決めているよ。けど側室って――?」

「俺はロザリーンもミーシャも捨てない。親も認めるロザリーンを正室にするが、ミーシャも側室として手元に置いておく。だから領主であるお前が率先してこの制度を実践するのだ。ソニア以外誰でもいいから側室――、妾を作れ。そういえば皇帝陛下にとっては寵姫と呼ばれているな。お前も寵姫を作れ」

 ラムリーザは、リゲルのこの意見に違和感を覚えていた。理屈は通っているようで、どこかがおかしい。リゲルは答えを探しているというより、自分に都合のいい形へ現実を押し込もうとしているように見えた。

「ちょっと待って、誰でもいいからってのはよくないと思う。それなりに付き合いがなければ、僕にはできないよ。気持ちなり家柄なり……」

「あいつがいるじゃないか、ケルムを側室にしろ」

「そ、それは嫌だ……。それに彼女の性格や家柄からして、正室だっけ? そっちを求めてくるに決まっているし向こうも納得しないはず。僕はあくまでソニアが一番だよ、それ以外は考えられない。だがそれでも――」

 そこでラムリーザは口をつぐんだ。

 ロザリーンをリゲルに勧めたのはラムリーザ自身だ。そのことも含めて、リゲルのことを考えてやらなければと思っているのだった。

 そこでラムリーザは、リゲルに問いかける。

「それは、ロザリーンの気持ちも考えた上で言っているのか?」

 リゲルの返答は無かった……。

 しばらく沈黙が続いた後、リゲルはふと思いついたかのように言うのだった。

「よし、ラムリーザの側室――妾の候補をいろいろと考えてやる。こうなったらラムズハーレムを事実上のものとして世間に認めさせてやろう」

 ラムリーザは、それがリゲルの答えか……と、少しだけがっかりした。

「無茶はするなよ、それに僕が嫌だと言えばそれで終わりだということも忘れないでくれよ」

「なぁに、領主ともなれば縁談はいくらでも入ってくる。望もうが望むまいが、周りから勝手にな」

 ラムリーザはリゲルの言葉に少し引っかかるところを感じながら、ソニアを抱き寄せると再び眠りの海へと沈んでいった。

 

 一方、問題はジャンである。

 ジャンはラムリーザとリゲルの部屋から抜け出すと、そのままリリスたちのいる部屋へ向かった。そしてソニアのいたベッドが空いているので、そこを使おうとするのだった。リリスと一緒にベッドにもぐりこまないのは、同室のユコに配慮してか。

「なんでソニアとジャンさんがチェンジですの?」

「どうせあの風船はラムリーザのところに行ったのよ」

 いろいろ分かっているリリスであった。

「明日、部屋割りをやり直すからね。今の部屋割りを決めた本人ですら一緒に寝る状況、これはいかんな」

 ジャンの言うとおり、この部屋割りを決めたリゲルもミーシャと一緒になってしまった。いっそ部屋割りなどせずに、勝手に分かれろ、でよいのではないか。

 とにかく初日の夜からこれである。こうして、マトゥール島での一日目の夜が過ぎていった。

 一連の騒ぎが嘘みたいに静かになったぶんだけ、それぞれが抱えているものの輪郭だけが妙にはっきりしてしまう夜だった。

 冗談めかした制度の話の中にさえ、リゲルの本気の迷いは隠しきれていなかった。

 笑って流せる騒ぎの裏で、流してはいけない迷いだけが、まだリゲルの中に残っているようだ。