ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
南の島キャンプ始まる その五 ~星空の下の家族談話~
帝国暦九十三年 盛歌の月・星々の日(現代暦:七月中旬)
ラムリーザとソニアは、甲板に敷いた布団の上で並んで横になっていた。空には満天の星が輝いている。
ソニアはおもむろに手を天に伸ばし、何かをつかみ取ろうとするしぐさを見せた。
「届きそうで届かないね」
ソニアの一言に、ラムリーザは一瞬何のことかわからなかった。しかしすぐに、夜空に浮かぶ星を手に入れようとしているのだと気がついた。そこで尋ねてみる。
「宇宙を手に入れたいか?」
「手に入れたい」
即答であった。
「ソニアの夢はでっかいな」
ラムリーザは、一言そう答えておいた。宇宙の支配者ミソでも目指すがいい。
「ラムは宇宙を手に入れたくないの?」
「そうだなぁ……今の僕には、フォレストピアで十分だよ。宇宙はソニアが支配するがよい」
「あたしは宇宙を支配して、ラムの町に地震とか竜巻とか起こしてやるんだ」
「壊すな……」
呼吸する破壊衝動って何だったっけ? ラムリーザは、うろ覚えな記憶を探ってみるが、何も出てこなかった。
「ねぇ、ラムはサメの肉どうだった?」
ソニアは唐突に話題を変えてくる。
「ん~、あれはあれでいいんじゃないかな。初めて食べたけど」
「あたしはなんかやだ。リゲルが釣った他の魚のほうがおいしい」
そういえば、サメの解体を始めた直後、無造作に切り取った肉をソニアは無理矢理食べさせられそうになって逃げたっけ?
「自分で取ってきた貝、サザエだっけ? あれはどうだった?」
「苦かった……」
「そうか」
「ラム――」
ソニアはラムリーザの目をじっと見つめ、笑顔を浮かべて続けた。
「今年の夏休みも一緒に楽しもうね」
ラムリーザは何も答えず、ソニアの額に口づけした。
一方、リリスとユコは、ソフィリータに案内されて船室を探索中だった。
「ベッドで寝たいわ」
リリスは寝室を探しており、ユコも「甲板で雑魚寝もいいですが、やっぱり船室のほうが落ち着きますの」と同意している。
二人は、船首に近い部屋に入ろうとしたが、ソフィリータに止められた。
「ああ、そっちの部屋はダメです」
リリスは言うことを聞かずに扉を開ける。薄暗い部屋の中には、なにやら鉄でできた大きな筒が左右に並んでいた。
「これってひょっとして、大砲?」
「ええ、いざというときの攻撃手段です。触らないほうがいいですよ」
「甲板の先端にもあったじゃないのよ」
「あちらと違って、こちらは本物――いやいやいや、とにかく出ましょう」
ソフィリータは二人を部屋から押し出して、バタンと扉を閉めた。
「寝室はあるのかしら?」
「こちらです」
ソフィリータに案内されて、リリスとユコはベッドの置かれた寝室にたどり着いた。二人は今夜はここに泊まるようだ。
再び甲板にて――
ラムリーザは相変わらずソニアを抱き寄せて、二人して天を眺めていた。
「いつかはあの星々の大海に船出したいね」
「ラム提督?」
「僕が提督なら、ソニアは副官? いや待てよ――」
軽く考えて言ってしまったが、非常に頼りない副官だ。参謀長リゲルに補助してもらわないと、役に立たないだろう。それから二人の間で、何の生産性もない会話が続く。
「リリスは二等兵で十分よね?」
「わざわざいない人まで煽らないの」
「あ、でもこの船だったら砲兵が楽しいかなぁ。あとあたしの階級は元帥ね」
「元帥が副官の船って何だよ? 君は赤軍曹じゃなかったのか?」
「ラムは少佐ぐらい」
「提督が少佐で、副官が元帥ね。君は軍隊のこと何もわかってないだろ?」
「じゃあラムは上級元帥で」
「そんなのねーよ」
ソニア軍団は、わけのわからないものに成長しつつあった。
「よっ、何か盛り上がっているな」
そのときラムリーザたちが横たわっている場所に、突然二つの人影が現れた。船橋からの光で逆光になっているが、シルエットと声だけでラムリーザには誰だかすぐにわかった。
「あ、兄さんと、えーと……そうだ、ラキアさんこんばんは」
「はい、こんばんは。ラムリーザさん、そしてソニアさん」
兄嫁ラキアは礼儀正しい。ソニアも見習ってもらいたいものだ。今夜の挨拶も、以下の通りである。
「こんばんは、ちっぱい姉さん」
「こらっ」
「ちっぱい? 何ですかそれは?」
ソニアの無礼を怒るラムリーザに、無礼の内容をいまいち理解していないラキア。
「ところでソニア? またおっぱい膨らんだ?」
「膨らんでない!」
ラキアに対する無礼の意趣返しをするラムリアースであった。
久しぶりに顔を合わせたとはいえ、こうして言葉を交わせば空気は昔とほとんど変わらない。そこへソニアが余計な一言を差し込んでくるところまで、いつも通りだった。
「ところで兄さん、こんなときにラキアさんと二人きりじゃなくていいのかな?」
ラムリーザの問いに、ラムリアースは「ラキアとは毎日仕事が終われば親密に過ごしている。だが帰省したときは、そのときにしか会えないラムリーザを優先する」と答えた。そしてソニアに、先ほどの攻撃に対する仕返しをさらに続ける。
「わかったかソニア。兄弟が帰省しているのにネットゲームを優先する奴は、たとえ普段学校や仕事に行っていたとしても、優先順位を理解していないネトゲ中毒だからそんな奴は勘当な」
「何よラム兄! あたしネトゲやってない! それに勘当って何よ!」
「じゃあ桃栗の里行きね」
ラムリーザは、ちょっとだけ修正を加えるのだった。そこにソフィリータが現れる。
「こんばんは、リアス兄様にリザ兄様」
「おーソフィーか、元気にしてたか?」
「はい、ちょうど皆さんをそれぞれ寝室に案内してきたところです」
「面倒見がいいな。そういう仕事はメイドのソニアがやるべきじゃないのか?」
「あたしメイドじゃない!」
ラムリアースのソニア攻撃は続いている。さらにこんな攻撃までしてくるのだった。
「これで兄妹全集合、ラキアも身内、ソニアだけ外様の他人」
などと言ってのけるのだ。
「待ってよ! あたしもラムと結婚する!」
「まだしてないから部外者」
「恋人だもん! 身内のようなもの!」
「鯉人――比較的流れが緩やかな川や池、沼、湖、用水路などにも広く生息する大型の淡水魚人――」
「なんだそりゃ?」
少し外した。ラムリアースの「恋」と「鯉」をかけた言葉攻めは、ソニアはともかくラムリーザにも理解できなかったようだ。
「にぎやかですね」
そんな男兄弟の呆れたやり取りと、涙目で怒っているソニアの姿を、隣で見ていたラキアはたまらず、そっと白い手を口元に当てた。彼女の穏やかな眼差しは、ソニアを突き放すものではなく、フォレスター家が紡いできた賑やかな歴史そのものを愛おしんでいるようだった。
「ずっとこんなだったさ。仲の良い三人兄妹と、その他一人の他人」
ラムリアースはラキアの肩を抱き寄せながら、わざと意地悪く口端を上げる。もちろん、彼なりの不器用な歓迎の裏返しなのだが、「他人言うな、ふえーんっ!」と、当のソニアにはやっぱり伝わらないのだった。
「ところでラムリーザ、学校はうまく行っているか?」
ソニアが悲鳴を上げたところで、ラムリアースはラキアに対する無礼を許したようだ。話題を変えて、ソニア攻撃を終わらせた。
「うん、まあ順調。レフトールも味方になったっぽいからね。あと音楽のほうも、レコード作ってみてユライカナンでヒット――したんだっけ? 後でジャンに確認しとこ」
「ヒットしたからユライカナンでコンサートやったのじゃないのか?」
ユライカナンライブの話は、ラムリアースのところまで届いていたようだ。
「そうなるのかな。あと夏休みの後半は、ユライカナンでツアーみたいなのやるみたい。それにフォレストピアは、帝国側に一番近い地方都市サロレオームと姉妹都市のような関係を結ぶ予定だからね」
「なんだか部活にしては話が大きくなりすぎていますね」
ソフィリータは、ラムリーザの話を聞いて驚いた。しかしラムリーザはなんでもないかのように話を続けるのだった。
「音楽活動の拠点はジャンの店にあるスタジオだし、学校の部活はぶっちゃけもうどうでもいい――かな? 部室では雑談かゲームしかやってないし」
「部長も決まってませんよね? 部長がいないので、私まだ仮入部扱いですし」
ソフィリータの確認に、ソニアは「あたしが部長だから、リリスは勝手に名乗っているだけ。悪いのはリリス」と言い張るのだった。まぁリリス側もそう思っているだろう。
「そういえばあまり聞けなかったけど、さっき出てきたレフトールはどうやって迎撃したんだ?」
ラムリアースに聞かれて、ラムリーザはあの夜のことを詳しく説明した。用心棒レイジィを呼び寄せたこと。彼にレフトールの部下を片付けてもらい、自分はレフトールと一騎打ちをしたこと。身体の防御を捨ててカウンターを打ち続けたこと。拳を握りつぶしたり、顔に穴を開けてしまったりしたことなどを話したのだった。
「ラムリーザは頑丈だからな。それを利用したわけか……。ところでクロー攻撃、アイアンクロー? そんなに強いのか?」
「うん、顔をつかんだまま持ち上げられるかな? と試してみたら、本当に持ち上げられて自分でも驚いた」
「ちょっと握ってみてん」
ラムリアースは、ラムリーザに手を差し出す。ラムリーザはその手を取って握ってみると、すぐにラムリアースは悲鳴をあげる。
「おおう、これはヤバい。お前は鍛える場所が偏りすぎているぞ」
「握力が百三センチだったからね、今年の春に行った体力テストでは」
わざと間違えたわけではない。素で間違えたのだから、あしからず。だがラムリアースは聞き間違えなかった。
「ん? センチっておかしくないか?」
「あ、それソニアのおっぱい。百三キロの間違い」
「ソニア百三センチ? でっか! 握力百三キロよりそっちのほうがすげーわ」
「うっ、うるさいわねっ!」
またしてもソニア攻撃が始まってしまうような雰囲気になってしまった。ラムリアースは余計なことまでいろいろと尋ねた。
「百三センチってカップ数どのくらい? K? L?」
「さぁ? ジャンとかはエルって呼んでいるけど」
「Lカップかぁ――いや、握力百三キロか。そっかなるほど、その力でサメをつかんでいたわけか。サメも逃げられないわけだな」
ソニア攻撃はもう十分と判断したラムリアースは、さっさと話題を元に戻した。
「リザ兄様の部屋にあるテーブルの上には、なぜかつぶれたゴム鞠も転がっていますよ」
ソフィリータに言われてラムリアースは「何それ怖い」と言うのだった。
「握力の話は怖い、もういい。ところでソフィリータ、好きな人とかできたか?」
「え、あ――はい」
突然話を振られてソフィリータは驚いたが、すぐに頷いた。
「紹介できる?」
「えっと……はい。まだ起きているかどうか確認してきますね」
そう言って、ソフィリータは船室へと入っていった。
「呼ばれて飛び出てなんとやら?」
しばらくしてから、ソフィリータはユグドラシルを連れて戻ってきた。
「初めて見る顔だな、初めましてだ。ラムリーザの兄ラムリアースだ」
「ユグドラシルです。よろしくお願いします」
初対面だったラムリアースとユグドラシルは、礼儀正しく握手する。
「ふ~ん、まぁ感じの良さそうな人だな。ソフィリータは彼のどこが気に入ったんだ?」
「あ、それ自分も聞いてみたいなぁ」
ラムリアースは、ソフィリータに二人の馴れ初めを聞いてみた。ユグドラシルもちゃっかり興味津々だ。
「えっ? その――最初はリザ兄様と時々一緒にいる人って感じでしたが、よく見てみるといつも学校のことを考えていて、いろいろとイベントを楽しませようとしてくれます。そういったひたむきなところが、リザ兄様とは違って、かっこいいと思いました」
「ちょっと待って、僕はひたむきじゃないのか?」
ラムリーザは慌てて尋ねる。ソフィリータの言い分だと、自分はひたむきじゃないと言われたようなものだ。
「リザ兄様は、いつも昼寝ばかりしているイメージで……」
「こほん……」
日常を見られ過ぎているラムリーザと、主に学校での活躍しか見られていないユグドラシルとの差であった。
「そう言えばラムリーザは、サメ捕まえた後ずっとデッキチェアで昼寝していたな」
「潮風を浴びながらのんびりする風情がわからないとは、困った人たちだ」
ラムリーザは、やれやれと首を振りながら反論した。
「で、ユグドラシルはイベント開催に関わっているみたいだけど、学校で何か役職についているのか?」
「ユグドラシルさんは、生徒会長なのです。それと、ポッターズ・ブラフ地方の首長の嫡男です」
「お、やるじゃんソフィリータ。これは本人同士の好みも加わった政略結婚か?」
「そんなのじゃありませんっ」
慌てて否定するソフィリータ。
「冗談だよ」
「でも良いのですか? 自分などがソフィリータと付き合うことにお兄さん的には?」
「かまわんよ」
ラムリアースはあっさりと答えた。そして、さも得意げに話を続けるのだった。
「ほかの家ならともかく、フォレスター家は外部の家の力を必要としていないからね。政略結婚といっても、基本的に相手側の利益になることは多くても、こちら側の影響力がそう大きく増えるわけじゃない。縁組で強化する必要がないのさ。だからよほど変なのじゃなければ、本人の好みを最優先している。ソフィリータが君を好むのなら、そうすればいいってこと。幸い君は良さそうな人物だからね」
「は、はあ、ありがとうございます」
ユグドラシルは、そう答えるしかなかった。
ラムリアースはそこまで言い切ってから、今度は怪しげな笑みを浮かべて付け加えた。
「まぁこの組み合わせは利用できるけどね。いずれはラムリーザの治めるフォレストピアと、君が首長になるであろうポッターズ・ブラフ地方をまとめて統治できるかもしれん」
「話がでかすぎます」
ソフィリータは将来の進展の大きさに、少し戸惑っているようだ。
「この休暇中に、いつか二人で話をしたいものだな」
ラムリアースは、ユグドラシルに興味を持ったようであった。
「喜んでお付き合いします」
ユグドラシルは、礼儀正しく受け入れた。
「ん、ソフィリータも好きなようにやればいい。ラムリーザだっておっぱいが好きだからソニアを手放さなかったようなものだ」
「ちょっ、なっ……」
突然話を振られてラムリーザはびっくりする。
「何よ! ちっぱい好きの馬鹿ラム兄! ふえーんっ!」
ソニアは拗ねて立ち上がると、その場を離れ舳先のほうへと行ってしまった。
「ふふっ、ラムリーザ」
「はい?」
ソニアがいなくなると、途端にラムリアースは真顔になって、ラムリーザの目をじっと見つめながら言葉を続けた。それまでの軽口が嘘みたいに、目だけは真面目だった。
「ソニアを守ってやれよ。あいつはいつでもお前が一番だった、これからもずっと一番だろう」
「わかってるよ」
兄に言われるまでもなく、ラムリーザにとってソニアは、ずっとそういう相手だった。だが、改めて言葉にされると少しだけ胸の奥に残るものがある。
ラムリーザも立ち上がり、舳先のほうへと向かっていった。暗い夜風が吹き抜ける舳先では、ソニアが手すりにもたれかかって、まだ少し肩をいからせていた。
「ソニア」
「……何よ。あたしは部外者だから、星でも眺めてるの」
ラムリーザは苦笑しながら、その小さな背中を後ろからそっと抱きしめた。
「兄さんの言うことなんて気にするな。僕にとっては、最初から君が一番の身内だよ」
「……本当に? それじゃあ宇宙を手に入れたら、ラムのことだけは特別に右腕にしてあげてもいいよ」
「やっぱりソニアの夢はでっかいな」
さっきまで賑やかだった声の余韻だけが、夜の甲板にまだ薄く残っていた。
船の上の会話はもう静かになっても、夜の海だけは何も言わずに広がり、その上を船はゆっくりと南へ進み続けていた。