ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
南の島キャンプ始まる その三 ~海遊びとサメ騒動~
帝国暦九十三年 盛歌の月・星々の日(現代暦:七月中旬)
「青ーい空、広ーい海。こんなにいい気分に浸っているあたしを邪魔するのは、誰だーーー!!」
「誰も邪魔してないわ」
ラムリーザたちを乗せた船は、南へと進んでいた。港を出た頃は所々に小さな島もあったが、そのうち何もなくなってしまった。見渡す限りの水平線、どこまでも続く青い空。夏だねぇ。
船橋で海賊の親分ごっこにも飽きたソニアは、甲板で大の字になってお休み中だ。時折、先ほどのような言い合いをリリスやユコとしている。
リゲルは船尾で魚釣り、どうやら釣りセットを持ってきたようだ。ロザリーンはその傍らに寄り添っている。
ソフィリータとミーシャは、二人連れであちこちをうろうろしている。小さくはないが、客船というほど大きくもない船。一分もあれば、船の周囲をぐるりと一回りできてしまう。
だからしばらくするとミーシャは船首へ行き、船の舳先に立って両腕を左右に広げ、潮風を浴びるような姿勢をとっている。なんだか映画のワンシーンになりそうな風景だ。
ラムリーザは、ジャン、ユグドラシル、レフトール、マックスウェルの五人でカードゲームに興じていた。
目的地のマトゥール島までは、まだしばらくかかりそうであった。
甲板に立っているだけでも潮風は心地よく、照りつける日差しさえ、海の上ではどこか浮かれたものに感じられた。
太陽が西の空へ傾き始めた頃である。
「ええい、やってられるか。海に入って泳ごうぜ」
しばらくカードゲームで負け続けていたレフトールは、カードを投げ出して立ち上がった。
「あっ、あたしも泳ぐー」
それを聞いてソニアも同調し、すぐに船室へと消えていった。リリスとユコもそれに同意し、さらにミーシャが続いていった。
ラムリーザは、ここらで一旦船を止めて海で遊ぶことにする旨を伝えた。艦隊――ではなく船団は、碇を下ろして停船して一休みに入った。
間もなく水着姿になったソニアが飛び出してきて、そのまま海へと飛び込んでしまった。
「おいちょっと待て、あー飛んだ」
「そうですよ、ちゃんと準備運動しなくちゃ」
真面目なロザリーンは、海に飛び込む前にしっかりと準備運動をしている。
「いやそうじゃな――それも大事だけど。まあいいや、ソニア、君はどうやって戻ってくるのだ?」
「えっ? 戻る?」
ソニアはラムリーザに言われて、船べりを見上げた。海面から船のふちまで高さがあるので、泳ぎながらでは手が届かない。つまり――
「もっ、戻れないよぉ、ふえぇ……」
ソニアは、海から手を伸ばして悲鳴をあげた。
リリスは、すぐに船べりに設置されている階段を見つけて、ソニアに取り引きのようなものを仕掛けた。
階段は常に下ろされているのではなく、普段は持ち上げられていて海へと降りるときに下ろして使うようになっていた。
つまり、ソニアのようにいきなり飛び込むことは想定されていない。
「ここに階段があるわ。下ろしてあげたら何をしてくれるかしら?」
「なっ、なんでもするから下ろして~っ」
「こらこら、女の子がなんでもするなんて言うんじゃない。いいかソニア、君みたいな娘がそんなこと簡単に言ったら全国の悪いおじさんが――」
「二番手ミーシャ、いっきまーす!」
ラムリーザがソニアを落ち着かせようとしているところへ、船首のほうからミーシャの元気よい声が響いた。
ソニアを落ち着かせるには、説得ではなくて階段を下ろしてやればよいだけだ。しかしラムリーザは無鉄砲なソニアを戒めるために、リリスに便乗してちょっといじわるをしていた。
そこへミーシャは舳先の手すりに飛び乗ると、そのままえびぞりになって海へとダイブしていった。
やけに甲高い音がした。飛び込んだ際に、水面に腹部を思いきり打ち付けたようだ。飛び込んだまま、ミーシャは丸くなってプカプカ浮かんでいた。
一方、リリスはソニアいじめを続けていた。
「泳ぐのはやめにして、階段も下ろさずにこのまま昼寝しましょうよ」
「薄情者! ふえ~んっ!」
「こら、階段下ろせ」
すぐにリゲルはラムリーザのところへ駆けつけてきて、階段を下ろすように促す。リゲルとしては、ソニアが困っているのは別にかまわないが、ミーシャまで巻き込まれるとそうも言っていられないのだろう。
階段はすぐに下ろされ、ソニアは慌てたように上ろうとするが、それをリリスは上から蹴落とそうとする。なんだかよくわからない戦いが始まっているが、一応階段は下ろしたので、リゲルは安心して釣りへと戻っていった。
そこにレフトールが船室から現れた。女子よりも水着に着替えるのが遅いのはなぜだろうか?
レフトールは、ミーシャと同じように舳先の手すりに飛び乗り、そのまま海へ背中を向けて後方宙返りをしながら飛び込んでいった。
「ムーンサルトり!」
――などと、謎の掛け声を叫びながら……。
「ちょっとどいてくださいの。私が海に入れないじゃないですか!」
その一方で、階段では押し問答が始まっていた。
ユコはミーシャたちのように乱暴に飛び込むのではなく、おとなしく階段から海へ降りようとしていたのだが、その先で上がろうとするソニアと、それを妨害するリリスとで詰まっている。
「ムーンサルトはまだまだ甘いな」
「なんだと~?」
一方、舳先では今度はジャンが飛び込むようだ。レフトールを煽りながら、ジャンも手すりの上に飛び乗った。そして今度はレフトールと違い、海のほうを向いたまま後方回転をしながら海へと飛び込んでいった。若干回りきれずに頭から飛び込む形で。
「くっ、シューティング・スタープレスとはやるじゃないか。それぐらい俺だってできらぁ」
レフトールは再び飛び込むために船に戻ろうとするが、残念ながら階段は詰まっていた。
「どけやこらぁ!」
「そうよリリスどけっ!」
「邪魔ですの!」
「私は海に入りたいのにソニアが邪魔するのよ」
階段では進むことも引くこともできない状態で、動きがない。誰一人として譲ろうという気はないようだ。
「皆さん、御照覧あれ!」
そこに、船首のほうから声が響いた。次に飛び込むのは、ソフィリータのようだ。少し大きな声で皆の注目を集めると、同じように舳先の手すりへ飛び乗って、海へ背中を向けて直立した。
ソニアやレフトールも言い合いを一旦中断して、飛び込むソフィリータのほうへ注目した。
ソフィリータは力を溜めた後、レフトールのように飛び上がって後方回転した。
「なんだ、ムーンサルトりじゃないか」
レフトールはつぶやいたが、すぐに「げっ」と驚きの声を上げた。
ソフィリータは、ただの後方宙返りではなく、それを二回転して見せたのだった。そのまま綺麗に海へと飛び込んでいった。
「ダ、ダブルローテーション・ムーンサルト……」
間近で見たジャンが、一番驚いていた。
「いや違うぜ、あれはスワンダブルプレスだ」
丸まって飛ぶというよりは、両腕を横に広げてえびぞりで後方宙返り二回転。身軽なソフィリータだからこそ見せられる技だった。
「やっぱ俺たちでプロレスやってみてーよなぁ」
ジャンやレフトールは、そんなことを言い合っている。
そんな騒ぎの中、ラムリーザは船尾にいるリゲルの近くにある梯子を伝って海へ降りていった。もともと梯子もついていたのだ。ソニアは気がつかなかっただけで、全然上がれないわけではないのだった。慌てると視野が狭くなる良い例だ。
「おい、ラムリーザ」
リゲルは、梯子を降りているラムリーザに声をかけた。
「海底に、息をしていない不気味でぼろぼろの男がいたら気をつけろよ」
「なんだそりゃ? 海底に人がいるわけないだろ?」
「いる場合がある、ヨングだ。その場合、歯のないサメも現れて、その男と対決するからしっかり観察していろ」
「はぁ、見つけたらそうする」
リゲルの話にはいつも世話になっているが、今回の忠告は謎のものだった。
ラムリーザは、海の底で静かに暮らすのも悪くないかもしれないと考えた。世の中のしがらみもない、海の底のベッドに寝転んで、ひっそりとしたタコの庭で昼寝をしてみたかった。
いつの間にか階段そばの騒ぎも収まっている。落ち着きを取り戻したソニアは、船の上に上がることなく、リリスたちと素潜りを繰り返しているのだった。
………
……
…
海遊びも飽きてきたのか、だんだんと口数が少なくなったころ――
「お~い。あれ、たぶんサメなんだな。サメが来たぞ~」
舳先から飛び込まずにぼんやりと眺めていたマックスウェルが、これまたのんびりとした声で注意を促した。あまりにのんびりしていて、緊張感がない。
ラムリーザがマックスウェルの指差す方向を見てみると、確かに特徴的な背びれがこちらに近づいてきていた。
「おいっ、みんな船の上に上がれっ」
ラムリーザの掛け声で、皆は緊張感を取り戻したのか、急いで船を目がけて泳ぎ始めた。さっきまで笑っていた空気が、一気に現実へ引き戻されたようだ。
だが、うまくいかない。
ユコやミーシャはじたばたもがいているだけで、なかなか進まない。素早く戻れたのは、ソフィリータだけだった。
「しょうがねーなまったく」
レフトールはユコの手を引っ張って泳ぎ、階段のそばまで連れて帰った。
「ちょっと待ってよーっ! ミーシャはどうなるのー?!」
船に向かって手を振るミーシャのそばに、ロープがくくりつけられた浮き輪が投げ込まれた。投げ込んだのはリゲルのようだ。リゲルは浮き輪を引っ張って、階段のほうへ誘導していき、ミーシャは救われた。
マックスウェルは海に入らず見ていただけだし、リゲルとロザリーンは船尾で釣り中なので問題ない。ジャンとユグドラシルは、次の飛び込みのために、ちょうど船に上がっているときだった。
サメは、船の周りをぐるぐると回っている。
「リザ兄様も早く!」
「いやちょっと待って、ソニアとリリスがいない」
ラムリーザは、そこで二人の姿が見えないことに気がついた。
「あの二人なら素潜りしていましたの」
ユコに教えられ、ラムリーザは「マズいなぁ」とつぶやいた。
しかしのんびりしているわけにはいかない。二人がどこまで深く潜っているかも分からないし、サメの影がいつ水面下に消えて奇襲を仕掛けてくるかも分からない。
胸の奥が冷たくなるような焦燥感を覚えながら、ラムリーザは意を決して海の中へと潜っていった。
二人はあっさりと見つかった。海底の岩場に張り付いている貝を剥ぎ取っている最中のようだ。すぐにラムリーザは、二人の手を引っ張って水面へと連れ戻った。
「なによー、せっかくサザエがたくさんいる場所を見つけたのに」
「それどころじゃない」
ラムリーザはキョロキョロと周囲をうかがい、サメのいる場所を確認して指差した。
「サメが来たんだ、早く船に上がれ」
「なっ、やっ、まっ、たっ」
「落ち着け、僕が何とかするから早く」
ラムリーザたちは、船のそばへと戻っていった。場所的に船尾の近く、リゲルのそばにあった梯子を使って戻ろうとした。
「何よ! 最初から梯子あったんじゃないの!」
無駄に焦らされたソニアは、今頃になって怒り出す。
「いいから早く上がれ」
「リザ兄様危ない! サメが近くまで!」
「ぬっ……」
ラムリーザが振り返ると、サメはもう目と鼻の先だった。ソニアとリリスの悲鳴が響き渡る。次の瞬間――!
ラムリーザは、サメの鼻っ柱を右手でつかんで動きを止めたのだ!
サメはジタバタともがいて逃げようとするが、ラムリーザはがっちりとつかんだまま放さない。
「ほら、僕が捕まえているからその隙に早く上がって」
ラムリーザは、左手で梯子をつかみ、右手でサメをつかんだまま近寄らせない。その隙にソニアとリリスは、梯子を上がって船に戻った。
「ラムさんの握る力だけは本物だ」
「ゴム鞠握りつぶして破裂させるからな」
ジャンとレフトールはそんなことを話し合っている。
「ちょっと待てよ、一番救うべきラムリーザが犠牲になってるのはおかしくないか? 誰か助けに入れよ」
「大丈夫、このサメそんなに力ないみたいだし」
「ラムさんに力がありすぎるだけ」
ラムリーザにつかまれたまま動けないサメを見て、さらに緊張感が薄れている。しかしこれからどうするか? ラムリーザが船に上がるには、サメをつかんでいる手を放さなければならない。
「領主が自己犠牲するなよ、むしろ誰かに犠牲を強いろ。ソニアお前飛び込んで餌になって、その隙にラムリーザ救出しろ」
「いや、そんな横暴な領主ってよくないよね」
「なんであたしが餌なのよ! リリスを餌にしたらいいじゃないの!」
「サメに風船饅頭食わせてあげればどうかしら?」
のんきに口論を始めるソニアとリリス。
「ではどうするというのだ?」
「こうするのだ!」
そのとき、別の方角から声が響いた。
ラムリーザの危機――それほど深刻でもないが――に颯爽と現れたのは、兄のラムリアース。
ラムリアースは小型のボートに乗り込んでラムリーザたちの船に近づき、ラムリーザのつかんでいるサメに太い銛をぶっ刺したのだった。
「そら、一本釣りだ!」
そのまま銛を持ち上げて、そこそこ大きなサメを釣り上げてしまった。ラムリーザだけでなく、ラムリアースも相当な馬鹿力だ。そこは家系なのか?
「うわぁ、リアス兄様かっこいい!」
ソフィリータは感嘆の声を漏らす。リザ兄様に、リアス兄様ね。
「へっへっへっ、サメを釣ってやったぜ」
ラムリーザの乗る船に乗り込んできて、ラムリアースは釣り上げたサメを誇らしげに見せる。
「でもよく見たら、このサイズだと丸呑みされる心配はまったくないですの」
ユコは近くでじっくりと見てそう言った。
「それでも腕や足の一本は持っていかれるだろうな。さて、サメ料理をやろうじゃないか。誰かノコギリ取ってこい」
ラムリアースは、早速釣り上げたサメを捌きにかかった。すぐにソフィリータが行動を起こし、船室からノコギリを持ってきた。
「リゲルは釣りとかよくやるからこういうの慣れているよね」
ラムリーザはそう尋ねるが、リゲルは「さすがにサメを釣ったことはない」と答えた。
「サメってうまいのかい?」
ユグドラシルも興味津々で尋ねるが、リゲルは「知らん、食ったことない」と答えた。
「なぁに食ってみればわかるさ」
ラムリアースも楽観的だ。どうやらサメを食べるのは、これが初めてになるらしい。
リゲルは魚の扱いに慣れているので、ラムリアースに協力して捌くのを手伝い始めた。そして一切れの肉が出来上がったとき、ラムリアースはその肉片をソニアのほうへ突き出した。
「ソニア、食ってみろ」
「やっ、やだ!」
「食えっ!」
「ふえぇっ!」
ソニアはラムリーザの後ろに隠れてしまった。
「ミーシャ食べるー」
そこにやってきたのは好奇心の塊ミーシャだった。リゲルが止めるのも振り切って、肉片にかぶりつく。
「どうだ?」
一同が固唾を呑んで、ミーシャの感想に注目する。
「おしっこ臭い~」
ミーシャは顔をしかめて不満そうにつぶやいた。
がっかりする一同の中で、ロザリーンだけが平然としていた。
「アンモニア臭は、レモン汁、酢、牛乳、塩水などでマリネにすれば軽減できますよ。保存さえうまくやっていただければ、今夜はサメ料理を披露できるかも。他にもいろいろ試してみますよ」
「おおっ、すごいなぁ。ソニアも彼女を見習って、少しは博識になれよ」
ラムリアースは、ロザリーンを持ち上げてソニアをからかった。
「お、卵が入っている。サメの卵も食べてみようか。ほれ、ソニア」
リゲルはラムリアースのソニアいじりに乗っかって、サメの卵をすくってソニアに突き出して「食べろ」と促した。
「ふえぇっ!」
またラムリーザの後ろに隠れてしまうソニアであった。
そのとき、遊びは終わりでそろそろ出発するとの連絡が、二号船から入った。
ひと騒ぎあったとはいえ、船団は変わらず南へ進んでいく。広すぎる海は、そんな小さな騒動さえすぐに飲み込んでしまうようだった。
海での遊びはこれまで。再びマトゥール島へ向けての航海が始まったのである。
サメも、飛び込みも、口論も、全部まとめて旅の一部ということなのだろう。