ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


七夕の誓い

帝国暦九十三年 真藍の月・創世の日(現代暦:七月上旬)

 定期テスト後の休日明け、ラムリーザたちの通っている学校でも、イベントとしてミルキーウェイ・フェスティバルが行われた。

 生徒会長のユグドラシルが、フォレストピアでのこの新しい祭りの準備や本番に参加して情報を集め、可能な範囲で学校内に再現してみせたのだった。

 とはいっても、祭り自体はよくある屋台を並べたようなもので、メインのササ祭り以外は帝国建国祭とさほど変わらない。

 この日ラムリーザたちは、グループで集まらずに個々で好きに動いていた。すでにグループで同じ祭りに参加しているので、今日はそれぞれ好きなように動くことにしたのだった。

 

 ラムリーザは、ソニアと二人で祭り会場となっている学校の運動場をぶらぶらしていた。見た感じでは、文化祭の簡易版といったところか。運動場の中央にササが飾られているところを除けば、さほど変わりはない。

「あっ、いかめし売ってる!」

 ソニアは、屋台の一つであるいかめし屋を見つけて、ラムリーザの手を引っ張って駆けていった。

 ここのいかめし屋は、もちろん生徒の出店だ。料理に慣れた生徒が、見よう見まねで作っているものだ。そしてここのいかめしは、ユライカナン産と違って、いかの中には小麦団子が入っていた。

「あっ、ここのいかめしは帝国産だ。でもお米が入っているのもおいしかったなぁ。ねぇ、ラムはどっちが好き?」

「迷ったときは両方」

「またそれだー」

 ラムリーザは、二つのものがあって、どちらがいいかなと迷ったとき、あまり深く悩まずに両方を手に入れることにしていた。贅沢な考えだが、そのためのお金は十分すぎるほど持っているので可能な手段だった。

「実行委員のテントで短冊を受け取って、願い事を書いてササに飾りましょう。叶えられる範囲で叶いますよーっ」

 中央のほうでは、ユグドラシルの声がマイクを通して響いている。しかし願い事選手権は、やらないようだった。

「そういえばラムは願い事を書いていないね」

「向こうでは僕も実行委員みたいなものだったから仕方ないさ」

「あたしまた願い事書くよ!」

 ソニアは再びラムリーザの手を引っ張って、中央のササ広場のほうへ向かおうとする。

 ラムリーザは、ソニアにつかまれている手を握り返して引き留める。「なぁに?」と首をかしげるソニアに、しっかりと言い聞かせるように述べた。

「確定事項を願い事として書くのは禁止ね」

 フォレストピアでの祭りでは、ソニアに『ラムと結婚できますように』と書かれて恥ずかしい思いをしたものだ。それが学校でも行われるということはなんとしても避けたかった。

「確定事項って何よー」

「う~む、それなら同じ願い事を書くと、天の川の二人に『しつこい』と思われて、逆に叶わなくなるらしいよ」

 ソニアが理解していないみたいなので、ラムリーザはとっさに作り話を仕立て上げることにした。織星と彦姫の名前を覚えていなかったのが惜しい。

「じゃあ何を書けばいいのよ」

「そうだな、学校生活限定で願い事を書こう。僕が見本を見せるから、ソニアも後に続くんだ」

 そう言ってラムリーザは、短冊の置いてある実行委員のテントへと向かっていった。

 

「ラムの馬鹿!」

 ラムリーザが書いてササに飾った願い事を見て、ソニアは怒り出してしまった。

「なんだよ、僕は本心からそう思っているのに」

 ラムリーザの飾った短冊には、しっかりとした文字で「ソニアの頭が良くなりますように」と書いてあった。

 ソニアはぷりぷりと怒りながら、ササ広場から離れていってしまった。ラムリーザは、「そんなに怒るようなことじゃないだろ」と言いながら、後をついていく。

「何よ、ラムはあたしが馬鹿だって言いたいの?」

 ソニアは急に立ち止まって振り返り、ラムリーザを睨みつけながら言った。

 ラムリーザは、「馬鹿だなぁ」と言いそうになるのをすんでのところでこらえ、「ソニアは馬鹿じゃなくて、個性的すぎるんだよ。そのために、妙な行動に走ることが多々ある。だから、もっと考えてから行動するように、という意味で頭が良くなりますように、なんだよ」と説明した。

「そんなにあたし、妙?」

 ラムリーザは、やはり自覚はなく天然だったかと思いつつ、「例えばココちゃん。あのぬいぐるみが、なんで僕の部屋に十体以上もあるのかな?」と、ソニアの奇行のために最近困って――はいないけど、うんざりしていることについて尋ねてみた。

「ココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッション!」

 そう言われてみて「しまった」と思うのだった。まったくもってめんどくさい。

 ココちゃんは所狭しと転がっていて、邪魔で仕方がない。飾ろうとすると「クッションを飾るなんて変!」と怒られる。確かにぬいぐるみは飾ることはあるが、クッションを飾ることはあまり聞かない。

「同じクッションをあんなにたくさん集めてどうするんだよ?」

「ユコは二十体も持ってるのに?」

「いや、ユコもおかしいけど……」

 よく考えてみたら、ソニアの周りには妙な人が多い。リリスとかユコとか――

 

 二人は並んで歩いているうちに、いつの間にか誰もいない校舎の教室へ辿り着いていた。教室の明かりは点いていないが、外から祭りの明かりが差し込んでいて、真っ暗ではない。それでもいつもは賑やかな教室が、薄暗くしんと静まり返っているのを感じると、まるで別世界にいるような錯覚にとらわれてしまいそうだ。

 窓のそばに寄ると、運動場に並んだ屋台の明かりがまぶしいほど輝いている。ラムリーザは、ソニアと並んで窓際にもたれて外を眺めながら、そっと彼女の肩に手を回した。

「ラム、あたし以外の女の子から一人選べって言われたら、誰を選ぶの?」

 しばらく沈黙が流れた後、ソニアはぼそっとラムリーザに尋ねた。ソニアは祭りの景色をじっと眺めたままで、ラムリーザが見たのは明かりに照らされたその横顔だった。

「選べるわけないだろ? 僕はソニア一筋だからね」

 これがラムリーザの偽りのない本心だ。ソニアが一人、寝取られる寝取られると騒いでいるだけで、ラムリーザの気持ちはぶれたことはない。

「じゃあもしもあたしがいなかったら?」

 ラムリーザは、ソニアがいったい何を求めてこういった質問をしてくるのか、その真意を知ることはできなかった。しかし、どうしても聞きたいようなので無難に、あり得そうな展開を口にした。

「一人でこっちに来ていて、しかも何も周りで起きなければ、普通に考えたらケルムさんと政略結婚かな。これ、どこかでも言ったような気がするけど」

「リリスじゃないの?」

 ソニアは、自分にとって一番危険だと思っている相手の名前を挙げた。

「ソニアがいなかったら、リリスと出会っていたかどうかも不明。むしろ会ってなかったと思うよ」

「そうなのかなぁ……」

 ソニアは少し不満そうに答えた。そこにラムリーザは、思い出したかのように付け加えた。

「でもケルムさんは僕的には苦手な人だから、ひょっとしたら隣にいるのはロザリーンだったかもしれないね。彼女もこの地方の首長の娘だから、政略結婚の相手として十分ありうるね」

「ロザリーンか、あの仮面優等生も警戒対象だったのか!」

「いや、ソニアがいなかったらって前提の話だろ? ソニアがいたら君しか選ばないよ」

 それを聞いて、ソニアは黙り込んだ。ソニアは結局、一人で勝手に敵を作り出して騒いでいるだけだ。

「リゲルには悪いかもしれないけど、こうして二年目に元カノのミーシャが戻ってくるのなら、そのほうが問題なかったかもな」

「あたしよりロザリーンと付き合うことが問題ないの?」

「君がいなかった場合だからな」

 ソニアは自分が作り出した前提を忘れて、何度も責めてくるから困る。

「家族でもいいならソフィリータ」

「なによこのシスコン」

 それでも、ソニアがいなかったらどんな歴史になっていただろうか? ラムリーザはふとそんな想像をしてみるのだった。

 去年通っていた、オーバールック・ホテルのパーティに参加することになっていたはずなので、リゲルとロザリーン、ケルムに出会うことは確定だろう。リゲルとは友人になり、ケルムとロザリーンを比較して、ロザリーンと親密になっていた可能性が高い。

 逆にソニアがいないとなると、音楽活動はやっていなかったかもしれない。もともとソニアがやろうと言い出して始めたことだ。だからその場合、軽音楽部に入ることもなく、リリスやユコと出会うことはなかっただろう。

 そうなると連鎖はさらに続く。

 ラムリーザとリリスが知り合わなければ、ジャンがリリスを知ることもなく、彼女に熱を上げることもなかっただろう。リリスも気の毒だが、文字通り根暗吸血鬼のままだったかもしれない。

 レフトールは――と考え始めたところで、ふいにソニアの言葉が耳に飛び込んできた。

「ラムは政略結婚しかしないの? ユコとか」

 今度はユコを槍玉に挙げてきた。

「ユコはなぁ、熱狂的に僕を尊敬しているみたいだけど、たぶん彼女とは価値観が違うと思う」

「ロザリーンとは価値観が合うの?」

「ソニアを選べないのなら、有力者の娘を選ぶのが普通だからね。むしろ今は、僕のわがままを無理矢理通してもらってソニアをここに連れてきたんだ」

 ソニアは、去年の春の出来事を思い出して目を伏せた。あの頃は、ラムリーザと離れ離れになるのが嫌で、気分が塞ぎ込んでいた時期だ。一緒に連れていってもらえると聞いたとき、どれだけ目の前が明るく輝いたことか。

「あたしが有力者の娘じゃないから、役に立たなくて残念だと思ってる?」

「どうしてそう思うんだ? 馬鹿なことを言う奴だ。ソニアは僕の心の清涼剤。いつでも心を楽しさで満たしてくれる、そんな娘でいてくれるだけでいいんだよ。ああそうそう、そんな馬鹿な質問をしないように、『頭が良くなりますように』って願い事をしたんだよ」

「んんん~む……」

 ソニアは、口を尖らせて不満そうな顔をする。

「街のことは気にしなくていいよ、僕自身の手で動かすこともできるし、リゲルやジャン、ロザリーンといった優秀な参謀もいる」

「またロザリーンが出てきた!」

「ソニアは僕の心を支えてくれる人。辛いときにも、ソニアを見れば辛さも吹っ飛ぶ。いつも僕に楽しさを与えてくれる、そんな娘でいてください。ソニア、好きだよ、愛しているよ」

「んっ、んん~」

 さっきまで尖っていた口元が、少しずつ力を失っていく。ソニアはやはり、疑って確かめて安心する、そういうめんどくさい娘なのだろう。

 なんだかんだで、ソニアは嬉しそうな表情になってくれた。困り顔や悲しそうな顔は似合わない。いつも笑顔のグリーンフェアリー。

「そういやソニアは今日の祭りでまだ願い事を書いてないね」

「あたし、願い事今思いついた!」

 ラムリーザは、窓辺から離れて運動場へと向かおうとするソニアの手を素早くつかんで引き戻した。

「待て、事前に確認しておく。先日みたいな願い事されたら敵わんからな。結婚とかそういうのは禁止ね」

「それはもうやったから別のだよ」

「うかがおう」
              
夜の校舎の教室で、祭り会場の明かりを背景に、ソニアがラムリーザへ七夕の誓いを告げている
 そこでソニアは、ラムリーザの手を振りほどいて一歩下がり、その顔を正面から見据えて手を掲げて元気良く言った。

「あたしとラムは、生まれた日、時は違うけど、兄妹の契りを結び心を同じくして助け合うことを誓う。そして同年、同月、同日に生まれることはなかったけど、願わくば同年、同月、同日にお星さまになれますように!」

「いや、同年に生まれているから。あと兄妹の関係でいいのな? まあそれは良いとして、なんかかっこいい台詞だな、何の受け売りだ?」

「あたしが今考えたの、桃園――七夕の誓い!」

 ちなみにミルキーウェイ・フェスティバルは、ユライカナンの言葉では七夕祭りとも呼ばれているらしい。

「本当に? 桃園?」

 ラムリーザはソニアの目をじっと見据えた。ソニアは、右上へ目をそらした。

「嘘だな、というか桃園という言葉で思い出した。四国志のどっかの場面で、そんな台詞が出てきた気がする。あのゲームやってたとき、何かのムービーシーンでそんな台詞が流れたような――」

「違うっ! あたしが考えたの!」

 ソニアはあくまで自作にしたがっているようだ。むろん視線はラムリーザのほうを向いていない。

 ラムリーザは軽くため息をついて、言葉を続けた。

「しょうがないな。それなら僕も悪乗りして、そんな感じの願い事に書き直すか。そうだな、死が二人を分かつまでではなく、死後の世界も来世も共に歩みたい。こうしよう、これも七夕の誓いね」

「ラムがお墓に入るとき、あたしも殉死して一緒のお墓に入るの?」

「ムード壊すな。そもそも同時に死にたいって先に言ったのはそっちだろ?」

「じゃああたしが死んだらラムも死んでくれるの?」

「ほんと、ムードないな……願い事変更。ソニアが空気を読めるようになりますように」

「何よそれ!」

 ラムリーザは、めんどくさくなってソニアの顔を両手で包むようにして、そのまま口付けを交わした。それを受けてソニアもラムリーザにぎゅっと抱きつき、腕だけでなく脚も絡めてきて――

 窓の外では祭りの明かりがまだ揺れていて、遠くから聞こえる賑わいだけが、この静かな教室が今も同じ夜の続きにあるのだと教えていた。

 祭りの喧騒から切り離された教室で、二人はしばらく言葉を失ったまま、互いの温もりだけを確かめ合っていた。

 ムードは何度も壊されたが、それでも二人だけの時間だったことに変わりはない。願い事はころころ変わっても、最後に残る気持ちだけは、最初から変わっていなかった。

「……ラム、ほんとに、あたしだけだからね」

 窓の向こう、遠い天の川の光に照らされながら、二人は重なった影のまま、いつまでも解けない静かな夜に身を委ねているのだった。