ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


天の川とユカタ ~風船お化け~

帝国暦九十三年 真藍の月・賢者の日(現代暦:七月上旬)

 日差しも鋭くなってきた夏の日。

 定期テスト明けの休みに、ミルキーウェイ・フェスティバルという祭りの下調べをするために、ラムリーザたちは昼前から集まることになっていた。

 このお祭りは隣国ユライカナンの祭りで、「真藍の月・月影の日」の夜に行われる、といった話しかこれまで聞いていなかった。

 ラムリーザがソニアとソフィリータを連れて、集合場所にしていたフォレストピアの駅前に着いたとき、すでにリゲルとロザリーンとミーシャとユグドラシルの四人は揃っていた。

「おはようございましてみますか?」

 ラムリーザの変な挨拶に、ユグドラシルとロザリーンは普通に「こんにちは」と返し、リゲルは軽く頷いただけだった。こういう挨拶は、ユコがいないと成立しない。そもそも朝ではなくて、昼だった。

 ソフィリータの姿が消えたかと思ったら、ミーシャと一緒に駅前の売店へ向かっているところだった。二人はそこで飴玉を一つずつ買って戻ってきた。

 ちょうどそのとき、ジャンとリリスとユコの三人が駅前に現れた。

「これで全員かな?」

「レフトールは?」

 そこでラムリーザは、レフトールに携帯端末でメールを送ってみた。その返事は、「子分たちとゲーセンに行っている」とのことだった。レフトールはお休みらしい。

 まずは昼ご飯を一緒に食べる予定だった。

「さてと、ごんにゃに行こうか。ごんにゃ店主とお祭りの話もしてみたいしね」

「いんえ、ココちゃんカレーがいいですの」

 ユコはカレー屋を希望するが、目的がカレーではなくてクッションなのは明白だ。

「今日はダメ。カレー屋の店主は帝国の人でしょ? ユライカナンからやってきた人じゃないと、お祭りの話が聞けないからね。あと大食いは禁止」

 大食いのくだりは、ソニアとリリスに対する釘刺しだった。

「りょうめん? まあめん? ミーシャ、初めて行くよ」

「そういえばそうだったっけ、それならちょうどいいね、行ってみよう」

 そういうわけで、駅前から移動して、ラムリーザたちフォレストピア組にとっては、すでになじみとなりつつあるリョーメン屋ごんにゃへ向かっていった。

 

「へい、いらっしゃいしゃいしゃいしゃい」

 二番街ペニーレインに建っているリョーメン屋ごんにゃの暖簾をくぐると、店主の威勢のよい掛け声が響いた。

「こんにちは~」

「おっや、領主さんじゃないですか~すか~すか~すか~」

 ラムリーザはそこで店主の違和感に気がついて尋ねてみた。

「ところで何ですかそれは?」

「何か妙なところでも見つけたかなかなかなかな」

「いやその語尾です。なんでそんな変な話し方をしているのですか? ユライカナンの方言ですか?」

「これかいかいかいかい? これがちまたで流行っているセルフリバーブ話法だぞっだぞっだぞっだぞっ」

「要するに残響音ですか……。まぁいいや、リョーメンをつけるぶんでお願いします」

「あいよっいよっいよっいよっ」

 なんだか妙な趣味にはまっている店主に、各自お気に入りのメニューを注文して席に着いた。

「ところで次の休日の夜に行われる、ミルキーウェイ・フェスティバルについてですが――」

 カウンター席でごんにゃ店主と差し向かいになっているラムリーザは、今度行われる祭りについて尋ねてみた。

「おお、そろそろだったな。あれはおっちゃんとツォーバーの二人が主軸となって進めることになっておるおるおるおる」

「残響音はそのくらいにして、ツォーバーって誰ですか?」

「んん? 残響音はお嫌いか? ツォーバーはスシ屋ドドメセの店主だがな」

 そういえば、店主の名前をそれぞれきちんと把握していなかった。いつもごんにゃの店主、スシ屋の店主で済ませていた。

「そうだったのですか。ところで今さら聞くのも何ですが、おっちゃんの名前は?」

「おっちゃんか? ヒミツだぞ」

「いや、今さら秘密にされても困りますよ。隠す必要もないでしょう?」

「いやいや隠しておらんぞ、おっちゃんの名前はヒミツだ。ヒミツ・フモターラがフルネームだぞ」

「……なるほど、わかりました」

 なんて紛らわしい名前なんだ。ラムリーザはそう思いながら、リョーメンを一口食べた。

 その後ろから、ソニアの「替え玉お願いしまーす」との声がかかり、続いてリリスも替え玉を要求した。

「三杯までだぞ」とラムリーザは無難なところで制限をかけ、「どんなお祭りになるのですか?」とごんにゃ店主ヒミツに尋ねてみた。

「そうだねぇ、食い物やおもちゃの屋台とかは、そちらの帝国建国祭と似たような感じになるな。しかし最大の違いはメインイベントだな」

「どんなイベントをやるのでしょうか?」

「そのときまでの楽しみ――としてもいいが、領主さんはどちらかと言えば開催側だから話しておこうか」

 そこでごんにゃの店主ヒミツは、「おほん」と一つ咳払いをしてからもったいぶるように語りだした。

 ミルキーウェイ・フェスティバル、その最大のイベントは、願掛けというものだ。笹にいろいろな飾りをつけた後、短冊と呼ばれる一枚の紙に願い事を書いて、他の飾りと同じように笹の葉に吊るすとその願いが叶うらしい。

「どんな願い事でも叶うのですか?」

「そうだなぁ、叶えられる範囲で叶うらしいぞ」

「誰の力で?」

「織星と彦姫の二人だろうなぁ」

「それは誰ですか?」

 そこでヒミツは、再び「おほん」と咳払いをして今度は昔話を語り始めた。

 ヒミツの語る範囲では簡略化されていたものの、どうやらミルキーウェイ、天の川が関係しているようだ。

 先ほどヒミツの話に出てきた織星と彦姫は、天の川を隔てて会えなくなったが、一年に一度この祭りの日だけ会うことができる、という話になっているらしい。古くから伝わる、ユライカナンの民族伝承の一つだ。

「そしてその天の川だが、祭りの夜に橋がかかり――」

「天の川は、我々の住む惑星が存在する銀河を横から見たものだ」

 そこで急に、ラムリーザの隣のカウンター席でリョーメンを食べていたリゲルが口出しをした。

「銀河? 横から?」

「銀河とは恒星や惑星、星間ガスの集まりのことだ。一番明るくなっている部分が、銀河中心となっている。中心付近が他の場所よりも明るくなっているのは、恒星の密度が高いからで、その中心には巨大なブラックホールがあると言われている」

「お、おう……」

 リゲルの説明に、ヒミツは目を白黒させている。ラムリーザもリゲルの言っていることが難しすぎて、よくわからなかった。

 一方、後ろのテーブル席では、ラムリーザたちが話している内容が少しだけ伝わってきていたようで、そのことについて少し盛り上がっていた。

「聞いた? 一年に一度祭りの夜だけ会える、なんてロマンチックな話なんですの?」

 ユコはロマンチストなのだろうか? しかしそこに、根暗ちゃんが余計なことを言ってくる。

「ラムリーザとソニアも、一年に一度だけ会うようにしたらいいのにね、くすっ」

 これにはソニアも腹を立てた。

「リリスは一年に一度だけ部屋から出てきたらいいんだ!」

 ソニアのリリスに対する攻撃を聞いて、ロザリーンは一言「それ、なんて引きこもりですか?」とだけ言った。

「ええと、どこまで話をしたっけ? とにかくラストには大きなイベントが待っているから楽しみにしてなよ」

 ごんにゃ店主ヒミツは、いろいろと邪魔が入った話をそう締めくくった。ラムリーザは、その大きなイベントになぜか嫌な予感がしたが、今は気にしないことにした。

「それじゃあ、リョーメンご馳走さま」

「あたしもう一杯お代わり!」

 ソニアはそう言うが、ラムリーザに「四杯目になるだろ、もうダメだ」と言われてそこでおしまいにさせられてしまった。勝負でもないのに食べすぎだ。

「そうそう、ユカタというものを知っているかな?」

「それは何ですか?」

「こういった祭りの夜などに着たりする、ユライカナンの伝統衣装のようなものだ。うちの隣にある仕立て屋で、衣装の貸し出しを準備していると思うから、よかったら見ていくといい」

 そういうわけで、ごんにゃで昼食を済ませた一行は、早速教えてもらったユカタというものを見に、隣の仕立て屋へと向かった。

 ごんにゃを出たあと、誰も口にはしなかったが、一年に一度だけ会えるという話は、それぞれの胸に少しずつ残っていた。

 願掛けなんて柄じゃない、と思う者もいたし、何を書こうかともう考え始めている者もいたかもしれない。

「これはこれは領主さん、ようこそダギーの仕立て屋に」

 仕立て屋に入ると、すぐに奥から巻き髭が特徴的な中年男性が現れた。彼もごんにゃ店主と同じくユライカナン出身だった。仕立て屋自体は帝国のチェーン店の一つに過ぎないが、従業員にユライカナン出身者を加えることで、異国文化を取り入れる形になっているのだ。

「ええと、ごんにゃのヒミツさんの勧めでやってきました。ユカタとは何ですか?」

 店内を適当に見て回っているソニアたちを尻目に、ラムリーザはここの店主ダギーに尋ねてみた。

「う~ん、歴史を語れば長くなるが、簡単に言えば素肌の上に着る略装、といったところかね」

「略装……ですか。よくわかんないけど物は試しに着てみましょう」

 そういうわけで、一同揃って試着してみることになった。

 ………
 ……
 …

「これ、いいんじゃないかな、色も気に入った」

 ラムリーザは、試着してみてすぐに気に入ったようだ。

 暑いこの時期、このユカタというものはさらっとしていて、涼しくて快適だ。これを普段着にでもしようかな、などと考えていた。

 もちろん色は緑色、ソニアの影響も大いにあるが、ラムリーザはこの色が好きだった。自分が選んだ緑色の布地を見つめながら、ふと、いつも隣で騒がしく笑っている娘の、鮮やかな髪の色を思い浮かべていた。

「ミーシャも着たよ~」

 ミーシャの声が聞こえ、すぐにミーシャとソフィリータが連れ添って現れた。

 ソフィリータはラムリーザと同じような緑色、ミーシャは水色のユカタを着ていた。

「う~ん、可愛いねぇ」

 そう言ったのは、ミーシャと同じ水色のユカタを着たリゲルだ。満面の笑みで、クールな氷柱のイメージはどこへやら。

 普段とは違う布の重なりと、帯で締めた輪郭のせいか、同じ顔ぶれなのにどこかよそゆきに見える。

 色が変わるだけでも印象は違うものだと、ラムリーザは改めて思った。

「リゲルきもい」

 そこへ、紫色のユカタを着たリリスが現れた。続いて、赤いユカタのロザリーンに、青いユカタのユコ。ユグドラシルは黒いユカタを選んだようだった。

「何だと?」

 リゲルはジロリとリリスを睨みつけて言った。

「なんだかリゲルさんのイメージが違いますの」

 そう評したのはユコだ。やはり皆の中に出来上がっていたリゲルのイメージとは違う雰囲気のようだ。

「だまれ、ミーシャだけでなくロザリーンも美しい。それよりもだ、リリス太ったか?」

 リゲルはわずかばかりの動揺を見せただけで、すぐにいつもの様子に戻り、出てきたリリスを見て怪訝な視線を向けた。

「うるさいわね」

 プイとそっぽを向いてしまったリリスに代わって、ユコが説明した。

「ダギーさんが言うには、こういったユカタ等を着る際には、バストのふくらみを目立たせないようにするため、タオルなどで補正するんですって」

「なるほど、それで巨乳のリリスは、それに合わせて胴回りまで膨らんで見えるわけだ。お前らはミーシャを見習ってだな」

 リゲルはうんうん頷きながら、ミーシャを持ち上げる。身体の凹凸の少ないミーシャが、女性陣の中では一番美しく着こなしていると言えるだろう。

「またリゲルの表情がきもくなってる」

 ミーシャを見つめるリゲルの嬉しそうな顔を、リリスはすぐに指摘した。笑顔が気持ち悪いと言われるリゲルも気の毒なものだ。

「待てよ――?」

 そこでリゲルは、何かに気がついたかのように、一同を見回した。

「な、なによ」

「リリスでそうなるなら、あいつはどうなるのだ?」

「あいつって誰よ」

 再び普段の鋭い視線に戻ったリゲルに見据えられて、リリスは少したじろぎながら聞き返す。

「決まっているだろ、まだここにいないやつだ」

「あっ」

 リゲルの言ったことを理解したリリスは、とたんににやついて試着室のほうへ目をやった。

 そのとき、ちょうど良いタイミングで最後にソニアが現れた。大物は最後に出てくるものだ。しかし――
              
ダギーの仕立て屋でユカタを試着したソニアが、体型補正で風船お化けと呼ばれて涙目になっている場面
「太っ」

 何人かの声が重なった。

 そう、身体の凹凸を補正されたソニアの体型は……。

「なっ、何よっ」

 ソニアも状況を理解しているのか、口数が少ない。

「風船お化け」

 リリスがぼそっとつぶやいた言葉。いつもの言葉と微妙に違うが、割と的確に表現しているようだ。

 体のへこんでいる部分を、出っ張っている部分に合わせ、寸胴体型にしたほうがユカタは美しく着られるらしいが、限度はある。

「なっ、何よみんな……。ねぇラム、あたし、どう?」

「えっ? そうだなそのぉ……」

「風船お化け」

 ソニアはラムリーザに助けを求めたが、今度はユコが口を挟んできてラムリーザのフォローを邪魔した。そこまでだった――

「もうやだ! こんなの着ない! ちっぱい専用服! ふえ~んっ!」

「やっぱり牛が服を着るのはおかしいと思うわ」

 火に油を注ぐようなことをするリリス。こうなると後は止まらない。

「吸血鬼の服を着たらいいじゃないの!」

「黒服にマント、かっこいいわね。私はそれでも別にいいわよ」

「違う! 鋭い前歯が一本だけになる代わりに、頭髪が一本もなくなるの!」

「それ、服装じゃなくて容貌よね? 容姿パラメーターが高ければいいのよ」

「容姿パラメーターって何なの? 美容整形コマンドなの?」

「何を言っているのかわからないわ」

 そんな感じに、無駄な争いを始めた二人をよそに、ラムリーザは自分の分のユカタの代金を払って、さっさと自分のものにしてしまうのだった。

「それじゃあミルキーウェイ・フェスティバルには、みんなユカタで参加しよう」

 最終的に今後の予定も決まり、そのまま皆ユカタを購入することになった。

 ソニアは最後までゴネたが、どっちみちラムリーザが代金を支払うので、ソニアの要る、要らないという意思とは関係なく、手に入ってしまっていた。

「似合ってないわけじゃないよ。ただ、いつものソニアと印象が違いすぎて、少し驚いただけ」

 ラムリーザのフォローは、ソニアに届いただろうか……。

 

 そのまま夕方まで皆でのんびりと遊び、ソニアとユコの強い要望により、ココちゃんカレーで食事をしてから解散ということになった。

 この日、ラムリーザの部屋のココちゃんは十五体に増えていた。

 祭りそのものは、まだ少し先だ。

 その夜のことを思い浮かべると、まだ見てもいない笹飾りや天の川の光景が、ぼんやりと頭に浮かんでくる。

 願い事なんて、そう簡単に叶うものじゃない。けれど、一年に一度だけ会えるという話を聞かされると、少しくらいは信じてみてもいい気がした。

 そういう夜に限って、妙なことが起きるものかもしれないが……。