ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


まとまらない打ち上げ会議

帝国暦九十三年 真藍の月・鍛冶師の日(現代暦:七月上旬)

 今週の頭から始まった夏休み前の定期テストが終わり、いつものメンバーは部室へと集まっていた。明日から始まる、試験明けの連休の計画を立てるためだ。

 ちなみに部室という名前の部屋だが、ここのところはまったく軽音楽部の部室としては機能していない。

 フォレストピアにあるジャンの店に新設されたスタジオの設備がよいので、音楽活動についてはほぼそちらで行うようになっていた。だから部室はただの雑談の場と化していた。雑談部、懐かしい響きである。

 去年の今頃のリゲルは、「雑談部なら帰る」などと言ってあまり交わろうとしていなかったが、今ではすっかり丸くなって、天文部よりも雑談部に参加していることのほうが多い。

 今日は去年までの六人に加えて、同級生のジャンとレフトール、下級生コンビのソフィリータとミーシャ、さらに上級生のユグドラシルまでいて、いっそうにぎやかになっていた。

 去年は、リゲルとロザリーンが一人用の椅子、ラムリーザたち四人が長いソファーに分かれて座っていた。

 しかし、ほぼ二倍の人数になった今では、部室のソファー席もだいぶ窮屈だ。

 そこで座る場所を少し見直し、ラムリーザは一人用ソファーに座って、その膝の上にソニアが収まった。向かいの一人用ソファーにはユグドラシル。

 長いソファーには、リリス、ユコ、ジャンの三人と、リゲル、ロザリーンの二人がそれぞれ分かれて座り、ソフィリータとミーシャは演奏練習用の小さな丸椅子を持ってきていた。

 レフトールはソファー周りの雑談には参加せず、子分たち数人と簡易ステージの上でなにやらカードゲームに興じていた。

 去年までなら少し騒げば十分に部屋が埋まったが、今は誰かが喋れば別の場所からも別の声が返ってくる。部室の中は、もう立派に一つの小さな広場だった。

「それでは、えっと――何回目だ?」

「虚数回目」

 ラムリーザが言いかけてつまずいたところへ、リリスが口を挟んできた。虚数が数学の授業で出てきてから、意味を理解しているのかどうかも、そのミステリアスさが気に入ったのかどうかもわからないが、リリスはやたらと虚数を使いたがる。

「それでいいや、虚数回目の部活レクリエーション企画決定会を開催します」

 ジャンが「へーいへーい」などと言いながら盛り上げている。

「さて、去年は海へ行ったので、今年は別のことをやろう。それに海は、夏休みの企画でもっとすごいところに行くからね。はい、どんどん意見を出してちょうだいな」

 ラムリーザは司会進行を終え、一同を見渡した。

「遊園地!」

 真っ先に意見を言ったのはミーシャだ。甘ったるい声で媚びたようにしゃべるが、これは意識しているのではなく、どうも地らしい。ソフィリータと二人で話をしているときも、その口調は変わらない。

「おっ、それいいねぇ」

 答えたのはリゲルだ。笑顔でミーシャを見つめながらそう言っていた。そこにソニアの不満そうな声が続いた。

「ちょっと待ってよ! 去年あたしが遊園地って言ったら『一人で行ってこい』と答えたくせに、何その変わりざま! リゲル変!」

「ミーシャは可愛いから、遊園地と言っても似合う。変なエルは一人で勝手に温泉にでも浸かって、その自慢の風船を浮かべてろ」

「なっ、だっ、誰がエルよ!」

 ソニアには、エルという名前が定着しつつある。別にリゲルは名前を挙げたわけでもないのに、思い当たる節があるのか一人で怒っている。

「あたしのことLって呼ぶのなら、リリスはAAAって呼ばなくちゃダメ!」

「いや、それはないだろう。小さく見積もってもGぐらいないか?」

 ソニアの意見に反論したのはジャンだ。視線はソニアとリリスの胸の間を行き来している。

「GもAAAも同じちっぱい! あっ、Gでもいいよ、なんかゴキブリみたいな頭の色しているからね」

「あなた、頭に緑カビがびっしり生えているわ。ちゃんとお風呂に入っているのかしら?」

「頭に黒カビが生えてるゴキブリに言われたくない!」

「L、変な緑カビ風船」

「G、黒カビゴキブリ」

「やめい、もう君たちはいちいち。忘れていたけど、打ち上げみたいなことをするのは今日だけで、遊びに行けるのは明日だけ。明後日からは数日後にフォレストピアで開かれる、ミルキーウェイ・フェスティバルの準備が始まるからね。僕はそっちの様子を見ておかなくちゃならないんだ」

 またソニアとリリスの無駄な罵り合いが始まったので、ラムリーザは話を先に進めた。もともとはリゲルがソニアをからかっただけなのに、なぜソニア対リリスの争いになっているのか、まったく不思議な話だ。

「リリスが悪い」

「それでもういいから。それじゃあ改めて、明日の予定希望を一人ずつ挙げてもらおうかな」

 ソニアは、リゲルが悪いはずなのにリリスが悪いことにしている。そんな些細なことは置いておき、ラムリーザは一同を見渡した。

「ミーシャ、さっき遊園地って言ったよ」

「一人で行ってこい」

 この一言を発したのは、リゲルではなくてソニアである。去年リゲルに言われたことを、そっくりそのままミーシャに跳ね返してみたのだろう。

「お前は風船屋にでも行ってろ」

「こほん、次ソフィリータ。どこ行きたい?」

 ラムリーザは、リゲルがまたソニアに余計な一言を投げたので、咳払いでごまかして話を進めた。ソニアがリゲルに言い返し、その言葉尻を取ってリリスが何かを言ってくる。ソニアとリリスの戦いが勃発。この流れの未来が見えていた。

「そうですね、私はバクシングジムにまた行きたいかな」

「えっ? バクシング? あれか、拳で戦うスポーツジム」

「ええ、またいい汗を流せたらいいかなぁと思いまして」

「あのときは風船技を使ってソニアはラムリーザに勝てたのよね、くすっ」

「何が風船技だ! リリスはゴキブリ殺法があるから怖い汚い! 荒汚! はなし!」

「話をループさせるな、まったく……。というわけで、次は先輩お願いします」

 今日のソニアとリリスは、普段以上にぶつかり合っている。よっぽど定期テストが辛かったのだろうか。

「自分もバクシングジムでいいよ」

 ユグドラシルの希望した場所は、ソフィリータと同じ場所であった。

「あれ? 先輩もバクシングやりたいのですか?」

「いやね、なんか最近ソフィリータくんが親しくしてくれているから、合わせてあげようと思ってね」

「え? ああ、そうか、なるほど」

 ラムリーザは、ソフィリータにそんな話を聞いたような聞かなかったような、記憶が曖昧だがなんだかそんな気がしていた。もっとも、思い出そうとすると、なぜか金塊集めゲームで苦戦するソニアの様子ばかり浮かぶのだが。

 ソフィリータも、ユグドラシルの言葉を聞いて顔を赤らめている。

「なんだソフィリータ? お前会長狙い――うぐっ!」

 カードゲームに一区切りついたのか、後ろからレフトールが首を突っ込んできて何かを言いかけたが、ソフィリータの膝蹴りが炸裂して言葉が止まった。

「はい、暴力はよくない。ではソニアの行きたい場所を言ってみよう」

 ラムリーザはソフィリータをたしなめて、今度はソニアに尋ねてみた。

「えっとね、テスト明けの打ち上げは、みんなそれぞれ自分の家でやるってのはどう?」

「それじゃあ集まった意味がないだろ? 次、リリス」

「みんなで集まって、マインビルダーズのマルチプレイをするってのはどうかしら?」

「まだやってたのかよ、ゲームは夜、家に帰ってからネットでやろう。次ユコ」

 あまり良質な案が挙がらないので、どんどん回していく。

「ココちゃんカレーで食事パーティとかどうですの?」

「食事会か。それもいいけど、なんでカレー?」

「ぬいぐるみのココちゃんを集めますわ。ようやく二十体に到達しているんですの」

「それがあったか……」

 ユコの要望も、わざわざみんなで集まるようなものではなかった。そもそも同じぬいぐるみを二十体ってどこまでマニアなんだよ、とツッコミたい気分でいっぱいのラムリーザであった。

「なんだと~、二十体? あたしまだ十四体なのに! あとココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッション!」

 ソニアは悔しがるが、十四体でも十分すぎるほど多い。だいたいなんで同じぬいぐるみをそんなに集めるのだ? ラムリーザは、自分の部屋に転がる大量のココちゃんにうんざりしており、それ以上に多いというユコの部屋を想像すると、思わずげっぷが出そうになる。

 そもそもユコは、この約二か月ほどの間に二十回も激辛カレーを食べたことになる。ソニアの十四回もそうだが、味覚がおかしくならないのだろうか?

 いろいろと疑問の残る二人であった。

「ココちゃんは個人で行ってくれ。というわけで次はロザリーンね」

「そうですね、海――は同じでしたっけ。それでしたら、また中央公園で運動しませんか? のだまでもいいですし、チャッカーでもいいですよ」

 のだまとは、ボールを棒で打つ遊び。リゲルとラムリーザのバッテリーが、ソニアに意地悪したことも記憶に新しい。チャッカーとは、ボールを蹴ってゴールに入れて遊ぶスポーツだ。

「また走り回るの? めんどくさいわ」

 リリスはスポーツにあまり乗り気ではないようだ。

「籠ってばかりだと、おばあちゃんになりますよ」

 ロザリーンはリリスの痛いところを突いてくる。基本的にリリスは籠っていて、あまり表には出てこない。出るのはユコが誘いに来たときぐらいだった。しかしリリスは、謎の理論を持ち出してロザリーンの攻撃を受け流した。

「若返りの石を使うから大丈夫」

「なんですかそれは……」

 これにはロザリーンも閉口。リリス特有の謎アイテム理論か、何かのゲームに出てきたものだろう。

「リリスは吸血鬼だから、実際の年齢は二十万歳以上なんだよね」

「リゲルはどうする?」

 ソニアがまた余計なことを言うので、ラムリーザは二人の口論に発展する前にリゲルに話を振った。

「風船狩り――」

 ラムリーザの驚く目、ソニアの攻撃的な目を同時に見たリゲルは、すぐに言い直した。

「――というのは冗談で、海釣りでいいけど海は後日行くのだってな。そうだな、山にでも上って星を見るか?」

「星を見る人かしら?」

 リリスの問いに、リゲルは「そうだ」と答えた。

「でも、あれクソゲーって噂じゃん」

 ソニアは不満そうにつぶやいた。

「クソゲーはいいから、えーと、ここまでに挙がったのは遊園地、バクシングジム、公園でスポーツ、山に登って天体観測――ってこれも夜のイベントだね」

「ちょっと待って、ココちゃんカレーは?」

「ゲーム大会もスルーしないでくれる?」

「みんなそれぞれ家でおとなしくしていようよ」

「それは個人でやってくれ。というわけで、ジャンの意見も聞いてみよう」

 ソニアたち三人は不満そうな顔をするが、ラムリーザは気にせずに話を進めた。リリスやユコはともかく、何もしないことを否定されて不満げになるソニアはいかがなものか。

「そうだな、みんなで映画でも見に行くか?」

「今やっている映画は何だっけ?」

「なんだっけ、確かツェラデコプレの妖怪だっけ?」

「あっそれ、きんもい妖怪が出てくるやつだ、見に行こうよ!」

 映画のタイトルを聞いた途端、ミーシャはものすごく乗り気になった様子を見せる。そういえば昨年の年末、ミーシャに誘われて行った映画館ではゾンビ映画のヨンゲリアをやっていたっけ。

「うむ、一度は見ておく必要がある。まず死んだはずの母親から電話がかかってくるという話があってだな――」

「それは見てのお楽しみというわけで、ん~、どうしたもんだろ。意見を挙げてもらったけど、これだと映画になってしまって、しかも恐怖映画というオチか」

「いいよそれで、ミーシャ映画館に行きたいなぁ」

 ミーシャは、遊園地の案をあっさりと引き下げて、恐怖映画推しになってしまっている。
              
部活レクリエーションの行き先がまとまらず、遊園地、恐怖映画、バクシングジム、マインビルダーズ、ココちゃんカレーの候補にラムリーザが悩んでいる場面
「今のところ遊園地、ジム、公園、映画だね。ココちゃんカレーとゲームと引き篭もりは一旦保留。そうだなぁ……」

 悩むラムリーザにリゲルは「領主たるもの指導者として民をまとめる局面も出てくる。それを考慮して今決めてみよう。ちなみに映画に三票入っていて一番有力になっているぞ」などと言ってくる。

「ちょっと待てリゲル、天体観測はどうなった?」

「あれは夜にやるものだ。昼間は映画館に行こう」

「ぐぬぬ……」

「カレー!」

「ゲーム!」

「引きこもり!」

 ソニアたちも自分の意見を推してくる。ソニアの推してくる引きこもり、それでいいのか?

 なんだかよくわからないうちに、メンバーに詰め寄られて、ラムリーザはだんだん面倒になった。

 司会をするつもりで口を開いたはずなのに、気がつけば交通整理どころか、暴走する荷車の群れに一人で挟まれているような気分だった。

「そうだ、打ち上げはなし。やっぱり僕は、明日から少しでも早くミルキーウェイ・フェスティバルの準備に取り掛かるので、各自それぞれ自由行動とする」

「あ、逃げたな?」

「恐怖映画、激辛カレー、夜にでもできること、意味のないことから逃げて何が悪い?」

 リゲルに糾弾され、ラムリーザは苦し紛れの反論をする。

「それならバクシングジムとか公園でスポーツはどうなのでしょうか?」

 ロザリーンにそう言われると、うまく逃げられない。仕方がないので、ラムリーザは多少強引に話を進めることにした。

「えー、こほん。さて諸君、ミルキーウェイ・フェスティバルについてだが、ミルキーウェイとは何のことか知っているかな?」

 ソニアは「ママの味!」と答える。

「惜しい。いや、惜しくないか」

 ユコなどは、「調子に乗ってウェイウェイ言ってるけど、本質はママの味な人のことですの」と言っている。どういう本質なのか、いまいちよくわからない。

「ママの味から離れようね」

「おっぱいが大きすぎて、破裂寸前になってもまだ膨らみ足りなくて――」

「黙ろうね」

 リリスがまったく関係ないことを言って、平地に波乱を起こそうとするので、ラムリーザは途中で口を挟んで止めさせた。意見を遮られたリリスは、怒るでもなく怪しげな笑みを浮かべて見つめてくるだけだった。

「ふっ、三馬鹿トリオだな。ミルキーウェイは天の川だろうが」

「そう、さすがリゲルだね。それにちなんだ祭りが、今度の夜に行われるんだ。それまでおとなしく家で待機――」と言いかけて、これではソニアの案を取り入れたことになってしまう、とラムリーザは気づいた。しかし、みんなの意見を公平に取り入れることはできないので、ここはソニアの案を採用することにした。

 定期テスト明けの打ち上げ、それは各自家で待機すること。一人ならそれも仕方ないが、わざわざ大勢集まってそれはない。とはいえ、この際やむを得ない。

「その祭りって、何をやるの?」

 ソニアは打ち上げよりも祭りのほうへ興味が向いたようなので、ラムリーザは今がチャンスとばかりに打ち上げの空気を消しにかかった。

「たぶん何かの伝承があるんだと思うよ。ユライカナンで昔から続いているお祭りみたいなものだし。だから明日から祭りの日まで、準備はもちろんだけど聞き込みとかもやってみよう」

「どこに聞き込みに行くの?」

「ごんにゃでもいいし、バクシングジムでもいい。そうだね、ジムにも行くからソフィリータはそのときまたやってみたらいいさ」

「ま、それでもいいか」

 リゲルはおとなしく納得してくれたようだ。リゲルを引き込むとロザリーンとミーシャもついてくる。ソニアは引き込んだようなもの。リリスとユコの意見は最初からなし。というわけで、この話が多数の賛同を得たことになったのだ。

「よし、これでいいね。それじゃあ明日、フォレストピアの駅前に集合」

 打ち上げの予定は結局まとまらなかったが、その代わりに次の楽しみだけは、ぼんやりと皆の頭の中に浮かび始めていた。

 ミルキーウェイ・フェスティバル。名前だけでも、どこか夜の匂いがする祭りである。

 以上で、定期テスト明けの休日の予定は決まった。ここではバンドの練習はできないので、あとは自由時間とする。

 ジャンは店の仕事のために帰り、レフトール軍団もどこかに遊びに出かけていった。

 残ったメンバーは、適当にのんびりとしていた。

「ねーねーあれ見てー」

 ミーシャは窓の外を指差しながら、ソニアに促した。ソニアは「何々?」と窓のほうへ視線を向けた。

「嘘だぴょ~ん」

 またミーシャの言葉遊びに付き合わされるソニアであった。

 してやられて怒るソニアを膝の上から降ろしながら、ラムリーザはやれやれと首を振る。

 窓の外に目をやると、夏の空に入道雲がゆっくりと形を変えながら、アンテロック山脈の上に居座っていた。

 テストからの解放感と、まとまらなかった計画。でも、不思議とみんなの顔には落胆の色はなかった。

 明日になれば、またあの駅前で、この騒がしい顔ぶれに会えるのだから。