ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


しけんべんきょい ~下級勉強会~

帝国暦九十三年 真藍の月・星々の日(現代暦:六月下旬)

 さて、休み明けからいよいよ定期テストが始まるということで、今日も朝からテスト勉強会を開いていた。

 ラムリーザが開催するほうは下級コースで、成績優秀者であるリゲルの上級コースとは別に設定されたものだ。リゲルにも勉強会への参加を呼びかけたが、足を引っ張られるのはいやだと言われて、結局勉強会は二手に分かれて開催された。

 ソニアなどは、再び親と同居することになり、成績不良がばれて目をつけられているので、ある程度は真剣にならざるをえない。

 リリスもお世辞にもあまり成績が良いとは言えないので、がんばってもらわなければならない。

 ジャンは未知数だが、ユコはラムリーザと平均点あたりで争うくらいなので、いつも通りにやっておけば問題ないだろう。

 そういうわけで、ラムリーザの部屋には今回は五人集まっていた。ラムリーザとソニア、リリスとユコという去年までのメンバーに、ジャンが加わった形である。実質的に、フォレストピア在住組だ。

 

 テスト勉強会は、残念ながらすぐには始まらなかった。

 教科書とノートがテーブルいっぱいに広げられているわりに、勉強会らしい緊張感などまるで漂っていなかった。

「爆弾男の対戦しようよ」

「一人でやってろ。そして悪い点を取って怒られていたらいいよ」

 ソニアはソファーに腰掛けたまま、皆が集まるとすぐに対戦ゲームを要求したのだ。成績が悪ければ親に怒られるのに、全然学習していないようである。ラムリーザはすぐに突っぱねたが、そこにリリスとユコの二人も集まっていった。

「新しいほうの格闘ゲームなら対戦してあげるわ」

「あんなクソゲー買ってない!」

「はい、今日はゲームやってないでテスト勉強会だぞ」

 ラムリーザは、あるものをテーブルの上に置いてから、ソファーの前に集まってゲーム大会を始めようとしているメンバーに呼びかけた。

 ソニアはそれほど反応を示さなかったが、リリスとユコはその物体を見るやいなや顔を引きつらせ、すぐにテーブルに集まった。

 リリスとジャン、ソニアとユコが向かい合って座り、ラムリーザは一人で上座に席を取っていた。

「それ何?」

 ジャンは、テーブルの上に置かれたつぶれたゴムの塊のようなものを指差して言った。リリスが嫌な顔をしてその物体を見つめていたので、どうやら気になったようだ。

「ゴムマリだよ」

「つぶれてるぞ?」

「うん、握りつぶした」

「相変わらずすんげー力してんな、握力なんぼだったっけ?」

 ジャンはつぶれたゴムマリをつまんでぶらぶらさせながら、呆れたような声を出した。

「ラムリーザの握力と、ソニアのおっぱいの大きさは同じだったね。百三キロと百三センチ、どっちも百越えってすごいよね、くすっ」

「だまれちっぱい! 胸が一メートルもないなんてちっさ!」

「過ぎたるは及ばざるが如し。ユコのサイズだと少し足りない、ソニアのサイズだと過ぎる。私ぐらいがちょうどいいの」

 リリスの理論を聞いて、ソニアとユコは憤慨し、ジャンはうんうんと頷いている。なんだかんだいって、ちっともテスト勉強会は始まらない。

 去年の秋、初めてテスト勉強会を開いたときに、ゲームで遊んでばかりで勉強しないソニアたちの前で炸裂させたゴムマリの破裂音は、リリスとユコからふざけようという気持ちをかなり奪っていた。

 一方、ソニアはその馬鹿力のラムリーザと毎晩くっついて寝ているようなものなので、今さらその力を恐れたりはしない。

 しかし、リリスとユコが真面目に勉強するものだから、ソニアも一人で遊んでいてもつまらないので、しかたなく勉強に付き合っていた。

 あのとき以来、テスト勉強会ではこのつぶれたゴムマリをテーブルの上に置くようになり、一種のお守りのようなものになっていた。

「そりゃあアキラも警戒するものだ」

 ジャンの言うアキラとは、帝都に住んでいたときに多少関わりのあったつっぱり集団のボスである。今で言えば、レフトールの帝都版といったところか。

 

 雑談は終わり、ようやくテスト勉強会は始まった。まずは数学の勉強からということで、ラムリーザは例題をソニアに出してみる。

「さて、この三角形ABCの面積は十二です。高さが八のとき、底辺はなんぼになる?」

「なんぼ? えっと、さんぼ」

「君は『なんぼ?』と聞かれたら、『さんぼ』としか答えないのな」

 ラムリーザは、開始早々脱力感を覚えながらソニアに問い返す。しかしソニアも真顔で力強く返してくる。

「だって三角形だからさんぼ!」

「四角形だったら?」

「よんぼ。二角形だったらにぼ」

「意味わからんわ! だいたい二角形って何だよ、そこに描いてみろ」

 ソニアはラムリーザに言われて、二角形らしきものを描く。出来上がったものは、四角形から一本線を除いたようなもので、図形になっていない。

「よし、わかった。形はそれで百歩譲って認めてやるから、その二角形とやらの面積の出し方を言ってみろよ」

「底辺掛ける低さ割る三!」

「適当なこと言うな! だいたい低さって何だよ、高さじゃいかんのか?」

「底辺掛ける高さ割る三だったら、三角形と同じになっちゃうじゃん」

「そこは三じゃねぇ、二だ!」

 ラムリーザとソニアのやり取りを見て、ジャンは思わず吹き出した。

「お前ら勉強会ってそんなことやってんのな。まあ、お前ららしいと言えばそうだけどな。なるほど、下級とはこういうことだったのか」

「笑いながら言うな。それじゃあジャン、さっきの問題で底辺はなんぼになるか答えてみい」

「面積が十二で高さが八? 三じゃないか」

「貴様も『さん』かよ!」

「いや、そこでキレられても意味わからんし」

 ラムリーザは、もう何が何だかわからなくなっていた。

「ラムリーザ様、その答えは三で合ってますわ」

 ユコにたしなめられて、ラムリーザは自分の額を拳でコツコツと突きながら心を落ち着かせる。よく考えてみたら、確かに答えは三で合っていた。

「なによ~、さんぼで合ってたのにラムは怒ったの? 意味わかんないよ~」

「うるさいな。そんなにさんぼが好きなら木の周りをぐるぐる回ってバターになってしまえばいいんだ」

「ラムリーザ様、それはさんぼのほうではなく、虎のほうですわ」

「何が虎だ。ああもう、三角形はいい。じゃあ次の問題、√2が無理数であることを証明せよ」

 ラムリーザは別の問題を投げかける。

「わかんないよ~、無理! 無理数だから無理!」

 しかしソニアは、妙なこじつけをしながらすぐに投げ出してしまう。そこへジャンは救いの手を差し伸べた。

「√2が有理数だと仮定して、背理法を使って証明したらいいんだよ」

「いや、それを思いつくところからが答えだからね」

 ラムリーザはそう突っ込むが、ソニアは証明するどころか不思議な歌を歌い始めてしまった。

「背理法? ハーイリハーイリフレハーイリホー、ハイリハイリフレッホッホー、大きくなれよー。ハンバーグ食べたい!」

「なんだそりゃ!」

 ラムリーザはいい加減腹が立って、懐から新しいゴムマリを取り出し、ソニアの目の前で力強く握ってやった。ゴムマリが不自然な形にひしゃげていく。

「やっ、やめてくださいですの!」

 しかし悲鳴は別の方角から上がった。ユコはラムリーザの拳を両手で包み込むように押さえ、落ち着かせようとした。

「もっと簡単なのにして! 無理な問題は嫌!」

 ソニアは真顔で訴えてくる。無理な問題を解けるようにならないと、テストで点は取れないのだが、大丈夫だろうか?

 それに、ラムリーザはそれほど難しい例題を出しているつもりはなかったのだが、ソニアにとっては難しすぎるのだろうか。

 それならばと、単純な例題を出してみる。

「だったら、3+3=7であることを証明せよ」

「解無し」

「黙れ」

 ジャンがぽつりと答えるのに、ラムリーザは被せるように声をかき消した。そこにソニアは、目をキラキラと輝かせながら、ラムリーザの顔を正面から見据えたまま、ベラベラと語り始めた。

「えっとね! 普通に考えたら3+3=6である。でも今は六時だからこの値は時間である。さらに今は二十九分である。この2と9をばらばらにして9と2、9から2を引くと7。そこでさらに六時を半分こしたら3と3。つまり3+3=7となる。あれ? 7になったよ?! 証明できた! 3+3=7である!」
              
ラムリーザの部屋で開かれた下級勉強会で、ソニアが3+3=7の謎証明を披露し、ラムリーザがゴムマリを握りつぶす場面
 次の瞬間、ゴムマリの破裂音とユコの悲鳴が、部屋に響き渡った。

 ………
 ……
 …

 破裂音の余韻が消えた後、部屋の中にはページをめくる音と、ペン先のかすかな擦れる音だけが残った。

 しばらくの間、皆静かに教科書の例題を解き続けていた。テーブルの上にはつぶれたゴムマリが二つ、悲惨な状態で転がっている。

「そういえば、夏に入ったらまた私の誕生日が来るわ」

 一時間ほど黙々と勉強を続け、さすがに疲れたのか問題集をめくる手も少しずつ鈍くなってきた頃、リリスがぽつりとつぶやいた。

「ああ、去年はうちの店で祝ってやった、あれだな。なんか無茶苦茶になった記憶があるけどな」

「あの頃のリリスは人の視線が集まると硬直していたもんね。お、あ、お、お、あ、お……」

「うるさいわね、昔のことは忘れたわ」

 ソニアは茶化しながら、去年ジャンの店で開催されたリリスの誕生パーティでの反応を再現してみせる。そんなソニアを見てリリスは舌打ちして短く答えた。昔のことと言っても、一年前の話であり、それほど昔ではない。

 あの頃と比べたらリリスは変わったものだ。

 ソニアの影響が大きいが、根暗吸血鬼時代のリリスがいたからこそ、ジャンは手付かずのままリリスと向き合えるのかもしれない。

 ラムリーザにとっては話でしか聞いたことがないが、数年前のリリスだと、果たしてジャンは興味を示しただろうか。

「リリスの生年月日から年齢を計算したら、なんぼになる?」

「さんぼ」

 ソニアが口を挟んでくる。「なんぼ」と聞くと、必ず「さんぼ」と答える娘だ。だがそれを気にせずに、リリスは何やら自分のノート上で計算を始めた。そこまで細かく計算するようなものでもなかろうに。

「あら? おかしいわ?」

「何? リリスは実は留年していたとか? 実はあたしたちよりも数歳年上とか? 五年ぐらい留年したけど、卒業式の歌の映像に使われたの?」

 ソニアはニヤニヤしながら尋ねるが、リリスの答えは違うものであった。

「生年月日から逆算して年齢をはじき出してみたら、虚数になったわ……」

「そんなわけないだろうが……。もういい、ユコを見習って静かに勉強するぞ」

「ユコはなんか楽譜書いてるよ」

「コラ!」

 今回もダメだろうなぁ。ラムリーザはそう思いながら、半分諦めの境地で勉強を再開した。

 ただ一つ言えるのは、リゲルが評した下級コースが、言い返せないほど下級コースらしかったということだけである。

 この様子では、高得点は望めそうにない。だが、悲惨さに関してだけはすでに満点だった。

 とりあえず、赤点さえ回避できれば補習はない。今の目標は、下級コース全員をなんとか補習の崖っぷちから引き戻すことだけだった。