ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


いつもの顔ぶれ、夏の朝

帝国暦九十三年 真藍の月・女神の日(現代暦:六月下旬)

 ラムリーザとソニアが暮らしているエルドラード帝国は、南国で四季の変化があまりない。

 夏はそれほど暑くならず、冬もそれほど寒くならない。年中あまり変わらない気候なのだ。

 それでもこの時期になるとそれなりに暑いので、学校の制服も夏服に変わっていた。

 ラムリーザたちの通う帝立ウィンカルド学院高等学校は、汽車で山を一つ越えた隣町のポッターズ・ブラフにある。

 去年は学校の近くにある親戚の屋敷に泊まっていたが、今年の春からはフォレストピアに住んでいるので、学校へは汽車を使って通っている。

 駅までは今住んでいる屋敷から歩いて二十分ほどで、そこから汽車で十五分ほど移動し、さらに学校まで歩いて十分ほどの行程である。

 今年からラムリーザの妹であるソフィリータも同じ学校に通うことになったので、朝は一緒に屋敷を出ることになった。

 三人はアンブロシア庭園を横切って門を出て、山を下りていく。すぐにフォレストピアのメインストリートであるザ・ロング・ワイディングロード――住民投票で決まった名前――へたどり着き、駅までの一本道を進んでいく。途中でユコと合流し、すぐにリリスとジャンの二人も加わる。

 ユコはこの春からラムリーザたちと同じようにフォレストピアに引っ越してきており、ジャンは帝都にある一流クラブ、シャングリラ・ナイト・フィーバーの二号店であるフォレストピア・ナイト・フィーバーをここに出店し、その運営を手伝うために越してきていた。またリリスは、ジャンの強い希望で、その店の上階にあるホテルの一室を借りて暮らしていた。

 ひょっとしたらリリスはジャンと同棲しているのかもしれないが、ソニアと実際に同棲中であるラムリーザはあえて何も尋ねない。

 リリスとジャンは付き合っているのか? しかし、今見る限り、二人の様子はこれまでと変わらない。ジャンはお調子者だし、リリスはジャンを誘惑して遊ぶから、傍から見ているぶんにはお互いの気持ちはあまり表に出てこない。ジャンも誘惑されているだけに見えるし、リリスもジャンをあしらっているように見える。

 ここのところ、登校する時間もほぼ同じに決まってきていて、フォレストピアに住んでいるこの六人で行動することが多くなっていた。

 朝の道にはまだ人影が少なく、六人の声だけがやけに目立っていた。

 六人は駅に到着し、そのまま汽車に乗り込む。

 基本的にこの時間にフォレストピアから出る汽車に乗るのは、ここに住んでいる学生がほとんどだ。

 フォレストピア自体が、隣国ユライカナンとの交流を目的として作られた街なので、フォレストピアの住民は他所に働きに行く者がほとんどいない。逆に、フォレストピアへ働きに来る人はいくらかいるので、この時間は反対側の汽車のほうが人が多かった。

 汽車の中での過ごし方は、四人掛けのボックスシートに無理矢理六人で座るか、ロングシートに横並びで座るか、もしくはそれほど遠い距離でもないので乗降口のそばに立つか、その日の気分で変わっていた。とにかく人が少ないので、いくらでもやりようがある。それにこの時間の汽車は一両編成だが、それでも十分なスペースがあった。

 今日は、ボックスシートに無理矢理入り込む日であった。多少――というよりかなり強引に詰め込んでいるが、ソニアなどは「このぎゅうぎゅう感が楽しい」とか言っている。しかしそんなことを思うのはソニアだけで、たいていはソフィリータが音を上げて、シートから離れて立っていることが多い。

 楽しそうに笑うソニアの肩や腕が、ぴったりとラムリーザに密着している。車内に流れ込んでくる朝の風はまだ少しひんやりとしているはずなのに、密着したソニアの体温のせいで、ラムリーザの隣だけはやけに熱を帯びていた。夏服に衣替えしたばかりの薄い生地越しに伝わるソニアの柔らかさと、どこか落ち着かない初夏の匂いに、ラムリーザは小さく息を吐いた。

 ラムリーザがその体温に意識を持っていかれかけたところで、向かい側からリリスの声が飛んできた。

「ジャンもラムリーザも、車で通学とかしないのかしら? リゲルは乗り回しているみたいだけど」

 今日の会話は、リリスから始まった車についての話題だ。

「運転免許が必要だろ? 俺まだ持ってないし」

 そう答えたのはジャンだ。

「去年の夏休みに合宿に参加して、みんなで一気に取っちゃったんだよ」

 ラムリーザからそう聞いて、ジャンは「なにぃ、お前たちだけずるいぞ!」などと言ってくる。

 去年のジャンはまだ帝都在住で一緒にいなかったので、まだ運転免許を取っていないのだ。

「私も今年、どこかで取ろうかな」

 そう言うソフィリータに、ジャンは同調する。

「そうだな、隙を見つけて一緒に取ろうぜ。リリスはともかく、ソニアが持っているのに俺が持っていないのはしゃくだ」

「何よ! あたしが免許取ってたらおかしい?!」

 なんだか下に見られてソニアは憤慨するが、ジャンの「おかしくはないが、ソニアの運転する車に乗るのは不安だ」という発言には、皆が同意した。

「むっきーっ!」

 怒髪天を衝く勢いのソニアだが、いつものようにラムリーザに抱え込まれて「むーむーむー」とおとなしくなる。

「リゲルさんもフォレストピアに引っ越してきたらいいのにね」

「いや、普通はそう簡単にいかないって。そもそもリリスが一人で引っ越してきているのも無理があると思うぞ」

 ユコは願望を口にするが、ラムリーザはリリスの例が特別だと言った。

「うちは両親が共働きだから、家にいてもどうせ一人。それに、家よりジャンのところのほうが高級だから、そっちがいいわ。ラムリーザはともかく、ソニアが屋敷に住んでいるのに私が一般住宅というのはしゃくだわ」

「なっ、何よ! あたしが屋敷に住むのはおかしい?!」

 また下に見られたソニアは憤慨するが、リリスの「おかしくはないけど、玉の輿なのはしゃく」という発言には、ラムリーザとソフィリータ以外、だいたい同意したような反応を見せた。

「むっきーっ!」

 またしても怒り狂うソニア。なんだかんだでジャンとリリスは良いコンビだ。二人がかりの「しゃく」攻撃でソニアをからかっている。

「実際に車で通学するとなると、去年まで住んでいた親戚の屋敷の駐車場に置かせてもらって、そこから歩きになるかな」

「あの屋敷ですか、最後に行ったのはバーベキュー大会のときですわね」

「お前らそんなことまでやってたのか?! 今年もやるぞ、バーベキュー大会! ラムリィの屋敷に大きな庭園があったよな? 住民がアンブロシア庭園って名前をつけたあそこでやろう」

「夏休みも近いから、休みになったらまたやろうか」

「バーベキューをやったら、ソニアはまた邪魔ばかりするのかしら。くすっ」

 相変わらず、ちょっとしたネタでもソニアをからかうリリスであった。

 そのとき、ちょうど汽車はポッターズ・ブラフ駅に到着した。ここからは学校まで歩きだ。

「そういえば、グリーン・フェアリーという作者の小説が、『物語を作ろう』というネット小説投稿サイトにあったけど、あれはソニア?」

「なっ、何がっ?」

 唐突な話題を振ってきたリリスに、ソニアはびっくりした。ラムリーザは、そういえばソニアが小説を書いているのを見かけたような気がしたなと思った。

「どんな内容だった?」

「なんだか城が襲撃されて、顔が大変な兵士が出てきて――」

「海賊が攻めてきたってやつ?」

「あーそうそう、それだわ。『コーネリア・ガロン大戦の始まりであった』で終わっていてその先がないけど、どうなっているのかしら?」

 リリスの言う内容と、ラムリーザの記憶が一致した。そっか、第一話だけ書いてそれっきりになっているんだな、とラムリーザは思い返していた。

「なっ、何でそれ知ってんのよ!」

 秘密にしておきたかったのか、ソニアは顔を真っ赤にして文句を言っている。

「ん~、グリーン・フェアリーで検索してみたら、いろいろ出てきてねぇ」

 リリスはニヤニヤしながらソニアの顔を見つめている。どうやらソニアは、いろいろな場所でグリーン・フェアリーというハンドルネームを使っているらしい。

「ソニア、リリスに全部ばれてるみたいだね」

 ラムリーザがそう言うと、ソニアは「ふえぇ――」とつぶやいた。

「海賊船長エルリグとオークションのやり取りしていたのも、あなたなのかしら?」

 ソニアの顔は、さらに真っ赤になっていった。これ以上赤くなると、頭のてっぺんから火を吹き出しそうだ。

「ああ、あれか……」

 ラムリーザも、嫌なことを思い出して頭をかきながらリリスから視線を外した。

「加害届……」

 ぼそっとリリスがつぶやくと――

「きゅーれーとんからえーかっかってんじゃないわよ!!」

 ――意味不明な言葉を叫んでソニアが狂った。

 叫びながらソニアはリリスに飛びかかっていった。体当たりでもするのかと思わせておいて、急に身体をかがめて腕をリリスの足へと伸ばしていく。タックルか?
              
ポッターズ・ブラフ駅から学校へ向かう途中、ソニアがリリスのサイハイソックスを足首までずり下げ、ラムリーザが呆れて見ている場面
 次の瞬間、ソニアはリリスの履いているサイハイソックスの履き口に手をかけると、一気に足首のあたりまでずり下げた。

「ちょっと何すんのよこの変態乳牛!」

 リリスに対してだけソニアがたまに見せる謎攻撃。頻繁に見せるわけではないので、リリスも不意を突かれまともに食らってしまう。

 そのまま逃げるようにソニアはその場を立ち去ってしまった。リリスはその後ろ姿を呆然と見つめることしかできない。

「なんなのよあいつは……」

 リリスはぶつぶつつぶやきながら、ずり下げられたサイハイソックスを元に戻すのだった。

 

 教室の中はまだ始業前のざわめきに包まれていて、窓際には早い時間の光が斜めに差し込んでいた。

 教室に入ると、リゲルとロザリーンはいつものように早くから登校していた。今日はソニアも少しだけ早く来ている。先ほど走り去ったからだ。

「いちいち変なことしないでよ、この加害届女」

「ぶふぉっ」

 席に着くや否や、リリスは後ろを振り返ってソニアに非難の言葉を投げかけたが、意外なところから反応が上がった。後ろの席でいつものように天文学の雑誌をぱらぱらとめくっていたリゲルが、リリスの台詞を聞いて吹き出したのだ。

 ソニアはリリスとリゲルを交互に睨みつけている。

「なんでリゲルが反応するのかしら? あなたも加害届を知っているのかしら?」

「ふはははっ――こほん」

 リゲルは今度は普通に笑った後、顔を赤くしてごまかしている。

「なんかリゲルさん、去年より表情豊かになりましたのね」

 その様子を見て、ユコはそうつぶやいた。確かにリゲルは雰囲気が変わった。

 ラムリーザには、その理由がなんとなくわかっていた。今年に入ってから、二年前までリゲルが付き合っていたミーシャが戻ってきた。それ以降、リゲルは以前よりも笑うようになっていた。ミーシャとロザリーンの間でリゲルの気持ちは揺れているようだが、傍から見れば二人と付き合っているような状態だった。

 ラムズハーレムが崩壊したように見えたと思ったら、リゲルズハーレムが誕生していたという結果である。これは、ラムズハーレムという言葉を作ったリゲルにとって、かなり皮肉な運命だろう。

「リゲルも知っているのね、くすっ」

 リリスは鼻を鳴らして笑うが、ソニアは逆に怒りの表情を浮かべている。

 実際のところ、リゲルは加害届を知っているというか、ネットオークションでソニアとそのやり取りをした当事者であったのだ。それは今年の年明けからしばらくした頃の出来事だった。

「あたしが加害届女だったら、リリスはアレオカレー女だ」

「くっがっ、貴様っ」

 アレオカレーと言えば、リリスがネットオークションで大損したアイテムだ。この二人は、ネットオークションの話となるとろくな歴史がない。

 ソニアは自分の携帯端末を操作して、動画投稿サイトを開いた。そしてリリスを攻撃するネタを仕入れたのだ。

「あたしの投稿した動画は、あれから半年弱で六十八回再生されているけど、リリスの投稿した動画は四十二回しか再生されていない」

 そういえばそんなこともあった。

 以前、唐突にゲーム実況をやろうと言って始めたのだが、ソニアは「やあ」「とう」などと言っているだけで、実況になっていない。リリスは元気なくぼそぼそとしゃべるだけで内容が暗い。そんな動画を投稿していて大ヒットするわけがない。

「くっ……あれは再生数が少ないほうが勝ちっていうルールだったから、あなたの負けよ。ってか、あんな黒歴史、消そう」

 リリスは、自分の携帯端末を操作する。

「あっ、リリスのチャンネルが消えた。ずるい、あたしも消そう」

 こうして、二人は黒歴史を作っては消すことを繰り返すのだった。

 さて、この夏にはいったいどのような黒歴史を作り上げてくれるかな?

 ただし、二人の黒歴史は自分たちがダメージを受けるだけで、他人に迷惑をかけないところが救いだった。間接的に迷惑をかけられた人はいるのだが……

 窓の外では、強すぎない夏の日差しが校舎の壁を白く照らしていた。騒がしくて、くだらなくて、でもいつもの顔ぶれが揃っている朝だった。