ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


アンブロシア庭園で五つの花

帝国暦九十三年 真藍の月・竜神の日(現代暦:六月下旬)

 フォレストピアに新しく建てられた屋敷は、暫定的にニュー・フォレスター邸と呼ばれている。いずれは独自性を持った名前をつけることにしていたが、今はこの暫定名称で通っている。

 ラムリーザとソニアの住んでいるこの屋敷の西側に、少しばかり大きな庭がある。名前は竜の神の食べ物にちなんで、アンブロシアと付けられているが、それは住民投票によるものだ。しかしラムリーザ自身もアンブロシア庭園という名前が気に入ったので、そのまま採用している。

 庭は草原を木々で囲むような形で作られており、庭の北部には池があった。

 屋敷から向かうと、庭の北西部から入る形になっており、すぐに池にぶつかる。池の南側には木々が残っており、また池にかかった橋があり、木々の間を抜けるか橋を渡ることで南へと進める。南側には広い草原があり、そこでは木々はまばらだ。

 草原のうち木々に面したあたりは、背の高いススキが茂るススキ野原になっており、ラムリーザはそこに埋もれて昼寝をするのが好きだった。

 今日もラムリーザは、特に出かける当てもなく、休日だということもあって、そのススキ野原でごろんと横になってうつらうつらとしていた。

 そこに遅れてソニアが現れた。たぶんゲームに飽きたか何かで、ラムリーザを探しに出てきたのだろう。

「あっ、見つけた」

 ソニアはラムリーザがよくこのススキ野原に入り込んでいるのを知っていたので、そばにある小さめの岩の上に登って探し出したのだ。

 ラムリーザのそばにやってきたソニアは、隣にくっついてきて一緒に眠ろうとした。しかしラムリーザは、脇に誰かがくっついてきた気配で目を覚ましてしまった。

「あ、なんだ来たのか」

「ラム~、暇だね~」

 ソニアは、ラムリーザに横から抱きついて、足まで絡めてきてそう言った。

「暇なら五花術でもやってみたらどうだ?」

「なぁに、それ?」

 ラムリーザは、身を起こして立ち上がった。ソニアもそれに続いて立ち上がる。そのまま二人は、近場の木々の茂みへと入っていった。

 場所はちょうど池の南側あたりで、西から池へ流れ込む川があった。

「このあたりに生えている五種類の花を、うまく組み合わせて調合するんだ。そうすれば――」

「そうすれば?」

「すばらしい薬が出来上がる、という噂だ。ほら、そこにバラが咲いているだろう? あれを使うんだ」

 ソニアは、木々の間に咲いているバラの花に近づいて、その花びらを一枚手に取った。

「あっ、トゲがある」

「猛毒のトゲだ、刺さったら七秒で死ぬから触るなよ」

「何それ怖いっ!」

「冗談だ。さて次は、あの川岸に咲いているミシアの花を摘むのだ」

 ラムリーザは、川岸を指差してソニアを誘導する。そこには、青い花を咲かせた植物が点在していた。ソニアは、小さなその花を、一つ摘んだ。

「これをどうするの?」

「混ぜるんだ、ちょっと待てよ」

 ラムリーザはそう言って、川岸から皿状になった石を拾い上げた。それをソニアに渡して、「この上で混ぜたらいい」と言う。

 ソニアは受け取った石皿の上に二つの花を置き、指を使って混ぜ合わせた。赤い花びらと青い花が混ざり合って、紫色っぽい塊ができた。

「よし、それでローズ・ミシアの完成だ。後で使うから、大切に取っておくんだぞ」

「次は何をするの? 五つの花を使うんでしょ?」

「お、鋭いな。次はあの花を使おう」

 そう言ってラムリーザは、背後の茂みの中にある、黄色い花をつけた植物を指差した。

「黄色い花?」

「ケロネ・リオニーだったかな、いや、リオンだったかな? たぶんリオンだったと思うけど」

「たぶんって、なんか怪しい~」

 ソニアは、黄色い花を摘みながら、ラムリーザのほうへといぶかしむ視線を向けた。

「気にしてはいけない。さて次は、そこに生えているスモモの木から花の採取だ。できるかな?」

 スモモの木は割と大きい。少し高いところに花が咲いているので、ソニアは器用に木に登り始めた。危なっかしい格好ではあったが、本人はまるで気にしていなかった。

「紫色の花が咲いているよ」

「服の中も紫色だね……じゃなくて、その花を採ったら今度はさっきの黄色い花と混ぜるんだ」

 木から飛び降りたソニアに、ラムリーザは再び川岸で拾った皿代わりになりそうな石を手渡した。黄色い花と紫の花を混ぜると、今度は赤と茶色の中間のような色になった。

「さっきの色のほうが綺麗だね」

「こっちはプラム・リオン、いや、プラム・リオニーだったかな、まあいいや」

「ラムなんか適当に言ってない?」

「大丈夫、僕を信じるんだ。それじゃあ先ほど混ぜたものを用意してみよう」

 ラムリーザにそう言われて、ソニアは二つの石皿を差し出した。

「この二つをどうするの?」

「ローズ・ミシアとプラム・リオニーをうまく混ぜてごらん」

 その二つを混ぜると、赤茶色だったプラム・リオニーの色がさらに濃くなり、茶色っぽくなってしまった。

「あんまり綺麗な色にならないよ?」

「良薬は見た目悪しって言うだろ?」

「そんなの知らない!」

「まあいい、これでアンブロシア・オーシッドができたはずだ。たぶん、そんな名前だったと思う」

 ラムリーザも、人から聞いた話を言っているだけなので自信があるわけではない。それでも組み合わせに間違いはないはずだと思っていた。

「お花はまだ四つしか使ってないよ? もう一つ使うんじゃないの?」

「その通り。そこに大きな白い花が咲いているだろう? ダリアの花びらを取ってきてごらん」

「こんなにたくさん?」

「花びら一枚でいい。取ってきたら聖水――はないから川の水でいいや。あー、入れ物がないなぁ。また今度でいいか」

「何か取ってくる」

 ここまで物作りをして最後までやってみたくなったのか、ソニアは白い花びらを持ったまま屋敷のほうへ駆けて行った。ラムリーザは、そこまで真剣にやらなくてもいいのにな、と思いながら、ソニアの帰りを待つことになったのだった。

 しばらくして、ソニアは木製の小さな容器を持ってきた。庭道具として何かに使うために置いてあったものだろう。その容器には、すでに川の水が汲まれていた。

「じゃあその水を聖水だと思って、さっき採った白い花びらをすりつぶして混ぜるんだ」

 ソニアは水の中に花びらを入れ、指を突っ込んですりつぶしながら溶かす。花びらの色が溶け込んで、白っぽい色の水になった。

「なんか牛乳が薄くなったような水ができたよ?」

「それがウォーター・ダリアだ。では最後の調合、先ほど作ったアンブロシア・オーシッドを、そこに混ぜるんだ」

「最初から全部水に溶かしたらよかったんじゃないの?」

 ソニアは、石の皿から先ほど作った茶色い塊を、水の入った容器に移して同じように指で混ぜながら聞いた。

「いや、順序良く混ぜないとダメだって言っていたからね」

「はい、できたよ。これなぁに?」

 できあがったのは、薄茶色の水。あまり綺麗だとは言えない。

「なんだったっけ、名前は忘れた。でも使うと敏捷度が上がるらしいよ」

「ふーん、飲むの? 塗るの?」

「飲むか?」

「やだ、塗る」

 そう言ってソニアはサンダルを脱ぎ、できあがったあまり綺麗とは言えない水を自分の足に塗り始めた。敏捷度が上がると聞いたから、塗る場所は足だと判断したようだ。ソニアは際どい丈のミニスカートを穿いていて、脚のほとんどが露出しているので、塗る場所も広範囲だ。

「どうだ? 素早くなったか?」

「うーん、なんだかスースーするなぁ」

 そりゃあ脚に水を塗りたくったようなものだ。少しでも風が吹くとひんやりする。
              
アンブロシア庭園の川岸で、敏捷度が上がる水を足に塗ったソニアが楽しそうに跳ね、ラムリーザが木陰から見守っている場面
 ソニアは、そのまま周辺をピョンピョンと飛び跳ねる。実際に敏捷度が上がったのかはともかく、足元にまとわりつくような重さが消えた気がしたのか、「なんだか身軽になったみたい」と上機嫌に言う。

 ラムリーザは近くの木の根元に腰掛け、川の流れる音を聞きながら、無邪気に飛び跳ねるソニアをぼんやり眺めていた。

 しばらくすると、ソニアはラムリーザのそばに寄ってきた。跳ね続けていて疲れたのだろうか。

「ねぇ、ラムも塗ってごらんよ、身軽になるよ」

「そんなわけないって。ほら」

 そのままソニアは、ラムリーザの脚に手を伸ばして「敏捷度の上がる水」を塗りはじめた。

「ラムの脚って筋肉質でごっついね」

「ソフィリータほどでもないけど、ソニアの脚が綺麗なだけだよ」

 そう言われてソニアは得意気になり、ラムリーザの目の前に自分の脚を掲げてみせる。

「あたしの脚、綺麗?」

「ん、綺麗」

 短く答えたが、ラムリーザは、細いわけではない肉付きのいいむっちりとした、ソニアの健康的な足が好きだった。

「リリスやユコと比べて、どっちがいい?」

「ソニアのほうが好き」

 一瞬のためらいもなく、ラムリーザは答えた。それを聞いてソニアはますます得意気になったり、うれしそうになったりで大変だ。

「ずっと見ていたい?」

 などと尋ねてくる。ラムリーザは「うん」と答えた。特に深い考えはない。自分の気持ちを正直に、またソニアが気を良くするように答えただけだ。

 するとソニアは調子に乗って、以前はよく口にしていた文句を言った。

「それじゃあさ、学校に行くときにその脚を靴下で隠すのは不条理だよね? 素足OKにしてもらってよ」

 最近は口にすることが少なくなっていたが、ソニアは相変わらず制服のサイハイソックスが嫌いなようだ。

「ソニアの足を見ていたら、気が散ってしまう。学校では今のままで十分だね」

 それは半分嘘だ。帝都で私服自由の学校に通っていた頃は、ソニアは年がら年中生足だったのだから。

「さっきずっと見ていたいって言った!」

 ソニアは足を引っ込めると、今度は顔を寄せてきてラムリーザの目の前で非難する。

「言ってないよ。うんと言っただけだよ」

 ラムリーザは、自分が屁理屈を言っているのは分かっていたが、事実「うん」としか言っていないのも確かだ。

「ラムはずるい!」

 なぜずるいのかラムリーザにはわからなかったが、「意気込むのは自由だけど、怒られるのはソニアだよ。またあの風紀監査委員に因縁をつけられるよ」と言ってのける。これにはソニアも「むー」としか答えられなかった。

 ラムリーザの足に薬らしきものを塗り終えたソニアは、先ほどからずっと座ったまま木にもたれてのんびりとしているラムリーザに擦り寄った。

「せっかく塗ったのに動かないの?」

「ん、後で試してみる」

「ねぇ、五花術ってどこで知ったの?」

「えっとね、リョーメン屋のごんにゃの店主と雑談しているときに聞いたんだ。ユライカナンの秘薬らしいよ。そこで聞いた花がこの川岸付近に咲いているなって、前からチェックしていただけ。試したのは今日が初めてだけどね」

「秘薬がこんなに簡単に作れるの?」

「いや、本来なら川の水なんかじゃなくて、神殿かどこかで清められた聖水を使うらしいんだ。だから、今日作ったのはほとんど効果が出ないかも」

「でもあたし素早くなったよ!」

「あと、本来は聖水で作ったものを飲むらしい」

「じゃあ飲む!」

「やめなさい」

 ラムリーザは、敏捷度の上がる水らしきものを飲もうとするソニアから木製の容器を奪い、残った水をすくって自分の首周りに塗りたくった。ひんやりしていて涼しくなる。色は悪いが花びらを溶かし込んだ水だ。別に汚いわけでもない。

「そんなところに塗っても、首が素早くなるだけだよ」

「首が素早くなったらどうなるのか説明してみよう」

 ラムリーザは、ソニアの謎理論を聞いてみようと思って問いかけてみた。

「首だけが取れて、高速で移動しまくるようになるの」

「なんだそりゃ、どうやって首だけで移動するんだよ」

「首から蜘蛛みたいな足が生えてきて、カサカサ動き始めるの」

 なんだその宇宙生物みたいな物体は、などと思ったが、あえて受け入れることにした。以前、そんなモンスターが出てくる映画の話を、リゲルから聞かされたような気がする。たしか無数の遊星から――まあいい。

「それじゃあソニアの首にも塗ってみよう。お互い首だけで動き回って遊ぼうか」

 ソニアは「やだ」と言うが、ラムリーザは正面からくっついてきているソニアを脚で挟んで逃げられないようにすると、同じように首に塗りたくってやった。

「そうだ、お腹がいっぱいになるように、お腹にも塗ってやろう」

 ラムリーザは、ソニアのシャツを軽く引っ張って前に隙間を作ると、裾のあたりから手を入れて腹の周りに塗りたくる。

「ふっ、ふえぇっ!」

 ソニアは逃げようとするが、ラムリーザはがっちりと脚でソニアの腰を挟んで逃がさない。ソニアはくすぐられたような形になり、身体をよじってもがいている。

「薬も少なくなってきたな。よし、今度は顔にも塗りたくってしまおう」

 ラムリーザは、容器に残った水を全部すくうと、ソニアの腰に手を回し、顔をぐいっと近づけた。

「やっ、なっ、ラム、なっ……」

 ソニアは、ラムリーザにもてあそばれている。そのまま二人はどんどん調子に乗り、誰も見ていない川岸の木陰の中で、いつものチュウチュウドラマを始めてしまった。

 木々の隙間を抜けてきた風が、花の匂いと川の湿った空気を運んでくる。さっきまでのふざけ合いの熱を少しずつ冷ましながらも、二人の距離だけはそのまま残していた。

 こうして、庭の片隅で始まった他愛もない遊びは、いつの間にか二人だけの時間になっていた。

 フォレストピアの生活に、初めての夏がやってきた。

 青い空に湧き上がる白い雲を仰ぎ見ながら、二人はどちらからともなく、もう一度だけ深く視線を絡め合わせるのだった。