ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


二年目の春の終わりに

帝国暦九十三年 黄金の月・氷狼の日(現代暦:六月中旬)

 学校の中庭。大きな木が一本だけ立っている。ただし、伝説の樹とは呼ばれていない。この木は何の木だろう、と気になるほどのものでもない。どこにでもありそうな、ありふれた木ではある。

 木陰に吹き抜ける風は涼しいが、日向の光にはもう夏の強さが混じり始めていた。春の終わりと呼ぶには、少しだけ季節が前のめりになっている。

 ラムリーザは一人、この場所で横になってくつろいでいた。木陰に入ると夏の日差しは遮られ、風も気持ちよくて涼しい。

 そこで先日のライブの余韻に浸りながら、これまでのことを思い返していた。いつの間にか話が大きくなりすぎているが、これでめでたしめでたしだな、と。

 ラムリーズのリーダーとして、グループをまとめるようになってはや一年。最近は時々ラムリーザが属していたグループの元リーダーであるジャンに出番を取られることもあったが、だいぶ馴染んできたものだ、などとも考えていた。

 

 しばらくの間一人で過ごしていたラムリーザは、誰かが近づいてくるのを感じた。

「今日はここだった、やっと見つけたっ」

 相変わらず元気に響く声はソニアだ。

 いつものようにソニアが、横になっているラムリーザの右側にくっついてきたので、しっかりと抱き寄せる。傍から見たら添い寝しているように見えてしまうかもしれないが、もう一年以上もこうして過ごしてきたので二人はそこまで気が回らなかった。

「裏山って気分じゃなかったけど、どこかで涼みたかったから中庭の大きな木を選んだんだ」

「キュリオに連絡しても出ないし、あたし裏山を探し回ったんだよ」

「あー、キュリオは教室に置いてきているね」

 あの日から一年と数か月、ラムリーズを結成してからも、それだけの時間が過ぎていた。二人は成長していたり変わらなかったりいろいろであった。

「ソニアのベースもテクニカルになっているね」

「ラムのドラムもエキセントリック」

 二人はお互いに褒め合っているようだが、ラムリーザは「ん?」と首をかしげて尋ねなおす。

「エキセントリックって意味知ってる? むしろソニアの普段の行動のほうがエキセントリックな感じなんだけどな」

「じゃあエキゾチック」

「適当にそれっぽいことを言ってるだろ」

 ラムリーザは軽くソニアを小突いた。

「なによ~、それならラムはエキサイトバイク」

「それは今度発売されるゲームだろ? すでに人の様子を表す言葉になっていない」

「いいの! バンドという家族では、ドラムは父、ベースは母と例えることができるんだからそれでいいの!」

 話の前後がつながっておらず、ラムリーザには何がいいのかわからなかった。しかしソニアから久しぶりに懐かしい台詞を聞くことができたのは、少し嬉しい気分にさせてくれる。

「父と母、夫婦ねぇ……。もう結婚するか?」

 帝国では、男女共に十六歳から十七歳あたりで結婚してもよいことになっていた。気の早いところでは高等学校に進まずに結婚することも珍しくない。

「するの?」

 ソニアは自分の顔をラムリーザの顔に近づけた。どさくさに紛れてキスをねだってくるか?

「そうしたら嫁、つまり家族になって、恋人はおしまいだけどね」

「う~ん、学生時代は恋人を楽しみたいかも」

 そう言ってソニアは近づけた顔を引っ込め、代わりにラムリーザの分厚い胸板に頬を埋めた。

「うん、それがいいかも。まだソニアが母親ってイメージが湧かないから、もっと成長してからでもいいか」

 おっぱいは十分に成長している。ここで言う成長とは、精神的な成長のことだ。

「あたし、立派なママになるよ! 内助の功! さげまんになるよ!」

「さげてどうする、あげろよ……」

 まだまだソニアの成長は足りていないようだ。

 それでもラムリーザは、ソニアを抱き寄せる腕に、さらに力を込める。そのまましばらく、二人の時を過ごしていた。

 

「探した、こんなところにいたのね」

 次に現れたのは、紛うことなき美少女二人組、リリスとユコだ。

 ユコは今年の春からフォレストピアに引っ越しており、リリスもついこの間からジャンのホテルの一室を借りて寝泊まりしているのだ。

「えーと、昼間から同衾ですの?」

「あたしたち夫婦なんだから別に悪くないでしょ?」

「今さっき『学生時代は恋人を楽しみたい』って言ったじゃないか」

 ラムリーザはソニアを懲らしめるために押しのけて引きはがそうとしたが、ソニアはますますくっついて腕だけではなく足まで絡めた。

 リリスはそんな二人を見て、くすっと笑ってラムリーザの左側に膝をついて座った。そしてユコも、「しょうがないですわね」と言って並んで座る。

 あれ? どこかで見た光景だな。ラムリーザは、妙な既視感を覚えていた。

「大きなライブの後でこうして集まってくっついてみると、去年の今頃を思い出しますわね」

 ユコは、左隣からラムリーザの胸板を突きながらそう言った。

 確かに、帝都シャングリラにあるジャンの店が、隣国ユライカナンにあるエド・ゲインズショーの会場に置き換わっただけで似たような流れだった。

 ラムリーザの右隣にソニアがくっついている。左隣にはユコが座っている。そして転がっているラムリーザの上にリリスが乗りかかってきて、同じように仰向けに寝転がる。

 去年何度かあった、別名ラムズハーレムの定位置だった。

 そして去年の同じ季節のある日、リリスはラムリーザのことが好きだと告白した。しかしそのときラムリーザは、「本当に申し訳ない、僕はソニアが一番なんだ」と答えていた。

 それでもリリスは、「今はソニアの次でいい。私が本当に一番愛せる人が現れるまで、あなたを頼らせて」と言って、これまでずっと慕ってくれていた。ラムリーザも、そんなリリスにいろいろと頼らせてやった。

「なんというか、去年から変わってないな」

 ラムリーザは、相変わらずのおいしいポジションに苦笑いを浮かべてそうつぶやいた。しかしリリスは、余計な反論をしてくる。

「ソニアのおっぱいは五センチほど成長しているわ」

「うるささ!」

 ソニアは、ラムリーザの上にいるリリスを突き飛ばそうと手を伸ばした。だがリリスは、その手を下からすくうようにいなしてしまう。

 おっぱいだけじゃない、リリスもいろいろと成長したのだ。去年の今頃は、まだ過去を引きずってぎこちない態度を取っていたリリス。しかしその後の出来事のおかげで過去と決別したリリスは、次第に本性を取り戻していった。

 妖艶な雰囲気の奥に隠していた素の顔を、今では遠慮なく見せるようになっていた。もっとも、その素顔がソニアと張り合えるほど幼稚なのだから、人生はわからない。

 

「相変わらずのラムズハーレムだな」

 低く、そして聞く人によっては冷たさを感じる声。次に現れたのはリゲル、ここまでは去年と同じだが、今年はちょっと人員構成が違う。

 リゲルの後ろにはロザリーンだけではなく、ミーシャとソフィリータが控えていた。新入り二人は今年の新入生であるラムリーザの妹とその友人だ。そしてその友人は、リゲルの昔の――

「リゲルもハーレムを築いているね。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ、うんうん」

 ラムリーザは、自分と同じように三人の女の子に囲まれている友人をからかった。

「くっ……」

 苦しそうな顔をするリゲルの横で、ミーシャは不思議そうな顔でソフィリータのほうを向いた。

「なぁに? ソフィーたんもリゲルおにーやん狙い?」

「ちっ、違うわ、私は……」

 ソフィリータは慌ててリゲルの側から数歩離れた。

「あっ、リゲルおにーやん、ソフィーたんに嫌われた」

「違うだろ」

 リゲルは、軽くミーシャの額にデコピンを飛ばしながら短く答えた。

「ああ、ソフィリータは気になる人がいるって言っていたから、あまりからかうなよ」

 先日ソニアの金塊集めゲーム騒ぎでうやむやになってしまったが、ラムリーザはソフィリータと会話した一部を覚えていた。

「ほう、フォレスター家の将来の婿か、いい身分だなそいつは」

「やあラムリーザくん、やっぱりコンサートっていいものだよねぇ」

 そこに現れたのは、生徒会長ユグドラシル。ロザリーンの兄であり、去年参加していた定期的に開かれていたパーティで知り合っていた。

「参加するって聞いたから一緒に行きましたが、先輩も正式にラムリーズに参加ということでいいのですね?」

「うんうん、これからは時間が空いているときはライブに参加させてもらうよ」

「バイオリンのパートが加えられるなら、曲のアレンジの幅が広がりまくりんぐですの」

 ユグドラシルの参加を快く思っている、曲のコピー楽譜作成やアレンジの名人ユコだ。

「生徒会はどうするんですか?」

 ラムリーザの問いに、ユグドラシルは「掛け持ちでやるよ。去年の部長も生徒会と掛け持ちだっただろ?」と答えた。

 ラムリーザはあまり印象に残っていないので忘れかけていたが、そういえばそうだった。

 そこにユグドラシルが爆弾発言を放り込んできた。

「そうだ、セディーナ先輩の後を引き継いで、自分が軽音楽部の部長を引き受けるよ」

「「だめ!!」」

 ソニアとリリスは、口をそろえて否定した。どうでもいいが、まだ二人のうちどちらが部長をやるのか、決まっていないようだった。

 一方ソフィリータは、顔を赤くしながら、嬉しいような落ち着かないような表情でユグドラシルのほうを見つめていた。

 ラムリーザは、なるほどね、と心の中で合点がいき、邪魔をしないようにそっと視線を外して、新しく動き出した妹の未来を温かく見守るのだった。

 そこに続いて現れたのは、ジャンとレフトール。珍しいといえば珍しい組み合わせだ。

 ジャンは、目の前で繰り広げられているラムズハーレムの光景を見てがっかりした声を漏らした。

「ああ、リリス……やっぱりラムリーザがいいのか? ラムリーザはソニア一筋だから無理だぞ?」

 リリスはジャンの姿を見ると、ぴょんと跳ね起きて言った。

「懐かしがっていただけだわ」

 そう言ってジャンのそばへ近寄ると、頬を突きながら妖しげな笑みを浮かべてからかうのだった。

 ラムリーザは、上にいたリリスがいなくなって身軽になったなと思っていると、今度はソニアが「上にはあたしが乗る~」などと言いながら、右隣からもぞもぞと動いてラムリーザの上へ登ってきた。リリスと違って、うつ伏せになって抱きつくように乗り上がってくる。

 そして次に声をかけたのはレフトール。

「おいユコ、ゲーセン行こうぜ。ピートの話では、なんか新しいゲームが今日入ったらしいぜ」

 レフトールの言うゲーセンは、フォレストピアのものではなくて繁華街のエルム街のものだった。

「あっ、それ、私も気になっていたんですの。ちょうどいいですわ、行きましょう」

 そう言いながらユコは立ち上がると、レフトールと連れ立ってエルム街へと出かけていってしまった。

「おろろ?」

 あっという間に、そばにはソニアだけになってしまったため、ラムリーザは思わずそうつぶやいていた。

「なぁに? あたしがいるだけじゃ物足りないの?」

「んーや、それはないね。むしろ今のほうが身軽で安心できるよ。変な気を回さなくて済むし、自然体でいられるから楽でいい」

「うん、あたしはラムとずっと一緒」

 そう言ってソニアは、より強くラムリーザに抱きついた。ラムリーザも、ソニアの頭を軽くなでてやる。

「やれやれ、ラムズハーレムは一年で崩壊か」

 その様子を見たリゲルは、少し面白くなさそうにつぶやいた。

「いいんだ、僕はソニアと二人で我が道を行く」

「二人で我が道というのも変な話だけどな」

 リゲルはふふんと笑って突っ込んできた。だからラムリーザも言い返す。

「むしろ今では、リゲルズハーレム形成中。ハーレムの主は君に譲るよ」

 ロザリーンとミーシャに見つめられ、リゲルは何も言い返せなくなってしまった。

 木漏れ日がきらきらと揺れる中、ラムリーザとソニアは二人の時を見せつけるようにいちゃついているのだった。それも、もう当たり前の光景になっていた。

「しょうがないな、この二人は。まぁこれがこの二人らしいけどな」

 そう言いながら、ジャンはラムリーザの右隣へ腰掛けた。するとリリスは、ジャンとラムリーザの間に入り込んでくるのだった。やはりラムリーザのそばにもいたいようだ。

 再びそばに来たリリスをにらみつけるソニア。何も気にしていないように見つめ返すリリス。

 次にラムリーザの左側にソフィリータが座り、ユグドラシルはラムリーザの後ろにある巨木にもたれかかって座った。続いてリゲル、ロザリーン、ミーシャの三人も集まってくる。

 そこにできあがったのは、ハーレムではなく男女入り乱れたごちゃごちゃゾーンであった。

 木漏れ日の下に集まった顔ぶれも、一年前とは少し違っていた。

 けれど、変わったから壊れたのではない。むしろ変わったからこそ、前よりも自然にここへ集まれるようになったのかもしれない。

 ラムリーザは、胸の上でごろごろしているソニアの重みを感じながら、そんなことをぼんやりと思った。
              
春の終わりの中庭で、ラムリーザとソニアが木陰で寄り添い、周囲ではリリスやジャン、リゲルたち仲間の関係が少しずつ変わっていることを示す場面
 時は移り変わり、人間関係もいろいろと変わっていく。人が増え、街も少しずつ形を変えていった。

 増え続ける白いクッションも、新曲のレコーディングも、新しい街の歴史も積み重なる。

 そのすべてを抱えたまま、フォレストピアの二年目は次の季節へ進んでいく。

 騒がしくて、落ち着きがなくて、それでも心地よいこの空気ごと、夏へ連れていくのだろう。
              
フォレストピア創造記 第二章 第一節 ~完~