ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
第二弾レコード相談会
帝国暦九十三年 黄金の月・旅人の日(現代暦:六月中旬)
教室、休み時間のいつもの光景。
ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人は、それぞれ席を移動して集まり、雑談している。
その横でラムリーザは、そばにくっついてきているソニアにもたれかかり、外の景色を眺めていた。今日は屋根の上に、ゴクラクインコがとまっていた。名前の通り美しい鳥だが、そんな鳥がいるときに限って邪魔が入るものだが、今日はどうだろうか。
「噛む族って知ってるかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答える。
「噛む族はね、特定の人にいつもくっついている人のことを言うのよ」
リリスの説明に、ソニアはむっとした表情を浮かべる。何か思い当たることでもあるのだろうか?
「くっついているだけで何で噛むんですの?」
ユコの問いにリリスはソニアの顔をじっと見つめながら答えた。まるでソニアに言って聞かせるように。
「その特定の人から引き離されると、噛みついて回るの。それで噛む族っていうのよ。あまりにも噛みすぎて、周囲を唾でびしょびしょにするから始末に負えない」
「何それ?! あたし噛まないよ!」
「あら? ソニアは何か心当たりでもあるのかしら?」
リリスはくすっと笑ってソニアを挑発する。要するに、ソニアはラムリーザにくっついている噛む族だと言いたいわけだ。
「確かにソニアさんはいつもラムリーザさんにくっついていますね」
ロザリーンも隣からソニアを眺めながらそう言った。
「ふんだ、ラムにくっつけない負け女どもがやーいやい」
ソニアは言い返すが、あまり攻撃力はなさそうだ。リリスやユコから、哀れみの目を向けられるだけで、まるで効いていない。
「ところでユコさん、また唇が荒れていますね」
ロザリーンはユコの顔を見て気がついたようだ。しかし、ユコの唇が荒れているのは最近では当たり前になっていた。
「この三日間、連続でココちゃんゲットですの。残り半分を切ったからペースを上げないとね」
ココちゃんカレーで、最初は五百体プレゼントからスタートした企画だ。まだ二百体はあるということか。
「あのぬいぐるみ、何体集めるのですか?」
ロザリーンの問いに、ユコは「まだ十六体しか集まっていませんの」と答えた。
「なんでそんなにたくさん! あたしまだ九体しかないのに! それとあれはぬいぐるみじゃなくてクッション!」
九体でも十分に多い。ラムリーザは、自分の部屋に転がっているココちゃんの数を思い出してうんざりした。すでに飾る場所もなく、ソファー周りに無造作に転がっていた。
ソニアは「クッションは下に敷くものだから下にあっていいの」と言うが、移動するのに邪魔で仕方がない。ベッドの上に置いたら、なぜかソニアは怒る。机の上に置いたらそれはそれで邪魔。ソファーに九体も並べたら座る場所がなくなる。まだ二百体も残っていることに、ラムリーザはうんざりしていた。少なくともあと十体は増えることになるだろう。
「ところで歌のレコーディング進んでいるけど、何か要望ある?」
ここまで黙って聞いていたジャンが、リリスの隣へ身を乗り出し、話に割り込んできた。まるで今思い出したことを、どうしても今ここで話さなければならないと言わんばかりの様子だ。先週末のライブのときにアルバム作成が決まり、その翌日から少しずつレコーディングを進めているのだ。
「要望って、何を言ったらいいのかしら?」
「曲順とか、ジャケットの写真とかいろいろあるぞ」
「じゃあシングルのA面をあたしにして」
「この前あなたはC面に入れるって決まったでしょ?」
これも先週末の会話そのままだ。
「シングルでは、ミーシャには諦めてもらう。やっぱリリスとソニアの二人が年上だし、ミーシャはサブにしよう」
「じゃあどっちがA面を取るか勝負しましょう。そうねぇ、これから先におしっこしたほうが負けということにしましょうか。今から最後のトイレに行く。次におしっこしたほうが負け」
「わかった、それでいい」
リリスの提案に、ソニアは即座にのっかり、ジャンはあっけに取られた。ジャンはまだリリスの見た目を重視していて、その中身がソニアと同レベルの精神性には結びついていないのだ。
「やめなさい」
ソニアの奇行に慣れているラムリーザは、落ち着いてリリスの提案を却下する。リリスはせっかく解消した黒歴史を再び築き上げてどうするというのだ。
「じゃあおっぱいを揉み合って先に悲鳴あげたほうが負け」
「それはやだ!」
ソニアは自分の弱点をよく理解するようになったようだ。
「それじゃあ僕がお題を出すからそれで勝負しなさい。数学の教科書六十四ページ、三問目を先に解けたほうが勝ち。はいスタート」
ソニアとリリスは、「えー?」といった顔をしたが、すぐに教科書を出して読み始めた。どうせすぐには解けないだろうし、時間稼ぎにはなりそうだ。
ラムリーザはジャンの席を移動させて、後ろのリゲルの隣へ座らせる。ロザリーンは休み時間は前の席に移動しているので、その席が空いているのだ。そして、前の席にいるはずのソニアは、ラムリーザの隣にくっついている。
「えーと、二枚目のシングルのA面はリリスで。一枚目がソニアだったからここは公平にね」
ラムリーザは、ジャンにそう告げる。ソニアとリリスは勝手に話が進んでいることも知らずに、難しい問題に悩んでいた。
「じゃあアルバムの話をしようか」
そう言って、ジャンは手帳を取り出した。そこには、録音の済んだ曲のタイトルが記録されていた。
「えーと、『退屈な恋』に、『あっつい夏の夢物語』か。エロゲソングが多いな、まあユライカナンでは知られていないから普通の歌だと思われるけど、バレたときが怖いが――まぁ気にしなくてもいいか」
それを聞いて、リゲルはニヤニヤし始めた。
「リゲル、笑っているけど君もそのグループなんだからな」
「俺は歌わないから、レコードではわからん。ライブじゃなくてレコードだと、歌以外は誰がやっているかわからんからな」
リゲルは妙に落ち着いている。確かに演奏している光景が見えないレコードだと、ボーカル以外は誰がやっても同じに聞こえるかもしれない。
「リゲルのボーカル曲もアルバムには入れるぞ。で、アルバムのA面は何にしようか」
「待て、俺は歌わんぞ」
「一番最初に披露した曲でいいよ。カラーに口付けだったかな」
「あれね、リリスが歌ったやつか、了解」
リゲルの反論をスルーして、ラムリーザとジャンは相談を進めていた。
「A面一番がリリスだから、B面一番はソニア。あの騒がしいルシアでいいかな」
「ラムリィのオリジナルはないのかね?」
ジャンの問いにラムリーザは、「ロケットの歌とか?」と言いかけたが、すぐに「いや、オリジナルはない」と訂正した。
「まあいいや、一人一曲は入れるから、リゲルもあのミーシャがクルクル踊る歌入れるからな」
「勝手にしろ」
リゲルはそれだけ言うと、読んでいた雑誌へと目を落としてラムリーザとジャンの会話から離れていった。
「でもいいのかなぁ、そんなに好き勝手にレコード出して」
「別にオーディションに通った正規のバンドじゃないし、俺が勝手に売り込んでいるだけだから気にしなくていいさ。自費出版ってのが本にあるだろ? 俺の自費レコードだよ」
「それにしてはユライカナンで売れすぎなんだよなぁ」
「ネームバリューで売れているようなもの。さて、曲順を決めるぞ、何かいい案ある?」
「ソニアとリリスを目立つように配置したら、あとは歌っている人の名前順でもいいよ。それにしてもグループ全員の歌を入れたら、なんかヒットソング集みたいだね」
二人がそんな会話をしていると、ラムリーザの隣にいるソニアがラムリーザのほうを振り返って言った。
「問題解けたよ! あたしの勝ち!」
「待て、答え合わせが先だ。何々? A、Bは整数とする。A+BとAがそれぞれ3の倍数ならば、Bは3の倍数であることを証明せよ、だって?」
ラムリーザは、適当に言った問題だったので、内容までは把握していなかった。
ソニアの提出した答えには、「A+B=Cとなる。Cも3の倍数になるはずだから、Aは3の倍数である」と書かれていた。
どこからCが出てきた? それと「はず」って何だ? Bが3の倍数であることを証明するはずなのに、なぜAが3の倍数であることを示すだけで終わっているのか?
「深く考えずに見ただけで間違っているのがわかる。ソニア失格」
「ふえぇ……」
もともとリリスの歌をA面にするつもりだから、特にこの勝負に意味はない。今回も試験勉強が大変だ、と思うラムリーザであった。
「お乳に栄養が偏りすぎているからそんな問題も解けないのよ」
くすりと笑いながら、今度はリリスが答案をラムリーザのところに差し出した。
「ロザリーンに見てもらったほうがいいと思うけど――」
そう言いながらもラムリーザはリリスの答案に目をやった。
リリスの提出した答えは、「A+B=虚数になるので、Bが3の倍数になるわけがない。よって、解なし」と書かれていた。
「……虚数って知ってる?」
「さっきの授業で聞いたわ。二乗したらマイナスになるってありえない数字だって。なんだか神秘的だと思わないかしら?」
聞いたのか、聞こえていただけなのかは不明だが、たぶん後者だ。それに神秘的かどうかもこの場合関係ない。誘うような微笑を浮かべて「思わないかしら?」と同意を求められても困る。虚数って言葉を使いたかっただけだろう。
「で、解なしって?」
「虚数は3の倍数じゃないよね?」
「…………」
そもそも、AとBが整数である以上、A+B=虚数の時点で成り立っていない。
二人に共通するのは、勝手にCだの虚数だの新しいものを盛り込んで、その結果とんちんかんな答えになっているだけだ。
「深く考えずに見ただけで間違っているのがわかる。リリス失格」
ラムリーザは、二人とも失格にしてやった。数学の解答用紙を前に、これほどまでに堂々と独自の不条理を貫ける二人に、ただただ深いため息をつくしかなかった。
二人はその不満を、お互いにぶつけ合うことになる。
「リリスはちっぱいなくせに乳にも脳にも栄養が行ってない」
「あなたの答えより、私の答えのほうが響きがかっこよいから私の勝ち」
「何よ! 解なしって言って答えを求めるのを放棄しているだけじゃないの! どんな困難な状況でも答えを導くのが正義ってもの! 吸血鬼は悪だから答えにたどり着けない!」
「Bが3の倍数であることを証明するはずなのに、Aがどうのこうの言ってるあなたにも正義はないわ」
「答えにたどり着いている分、リリスよりマシ!」
「でも間違っているじゃないの?」
「そっちも間違っている!」
「あーもーうるさいっ。二枚目のシングルは、A面にデビューの時最初にリリスが歌った『カラーに口付け』、B面にソニアの歌う『ルシア』で決まっている、この話おしまいっ」
ラムリーザは、二人の口論を遮って選曲を発表して話を終わらせ――られなかった。
「待って、学校でやったプレデビューの時リリスは歌えなくてあたしが歌ったんだから、A面のそれもあたしが歌う!」
「嫌なことを覚えているわね……」
視線恐怖症のリリスを特訓するために、帝都へ出かけたことが懐かしい。ちょうど一年前の今頃の出来事であった。
そのとき、休み時間の終わりを告げる鐘の音が響いた。時間稼ぎが功を奏して、二人の口論は短い時間で終わらせることができたのだ。数学の問題は解けなかったが、口喧嘩の問題のほうは解けたようなものであった。
こうなると、喧嘩は一時中断。みんな自分の席へ戻っていき、平穏が戻った。
次の授業は化学の時間。
さっきまでレコードの曲順で頭がいっぱいだったラムリーザは、黒板に書かれた奇妙な単語を見て、ようやく意識を授業へ戻した。
ブタノールからは、塗料材の原料として使われたりバイオ燃料として利用されたりするが、他の用途もあるそうだ。
そのブタノールに、えんこぶた――一般的にへんこぶたと呼ばれることのほうが多い――という生き物を一晩漬けておくと、エンコエキス(ヘンコエキス)が溶け出してブタノールはブタガエンという素材に変わるというのだ。
ブタガエンは毒性のない無色透明な液体だが、一滴垂らすとその衝撃で「エンッ」と音がするらしい。ニトログリセリンが一滴で爆発するように、ブタガエンは一滴で不思議な音がするということだ。
その不思議な生き物へんこぶたは、主にフォレストピアとポッターズ・ブラフの間に連なるアンテロック山脈にある、ヘンカラ峠に生息しているという噂だった。ヘンカラ峠のへんこぶた。ヘンカラ峠は別名エンカラ峠とも呼ばれ、エンカラ峠のえんこぶたとも言われている。そんな感じに言い伝えられている事柄であった。
ただし、ブタガエンの有効利用方法は、今のところ見いだされていない。一滴垂らせば「エンッ」、垂らし続ければ「エーン」と音がするだけのものに、どういった価値や意味があるのか? ただ、不思議な現象として人々の興味を引いているだけであった。
へんこぶたについては、後日騒動の種となるのだが、このときのラムリーザには未来を知る術はなかったのである。
このときラムリーザの頭の中は、次の休みはいよいよユライカナンでのライブか、といった考えでいっぱいだった。
自分たちの歌が、異国の街でどう聞こえるのか。そこまで大きな話になってしまったことに、まだ実感は薄い。
けれど、ジャンが話を大きくしていくたびに、ラムリーザたちの音楽もまた、本当に遠くまで届き始めているのだと思わされる。
レコードもまた少しずつ形になっていく。教室の休み時間の、ただの雑談みたいな相談が、本当に異国へ届く音楽になろうとしている。
そう思うと、少しだけ不思議で、少しだけ楽しみでもあるのだった。