ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
第一回山移動大会
帝国暦九十三年 黄金の月・騎士の日(現代暦:六月上旬)
本日は晴天なり。
先日のフォレストピア首脳陣パーティーで、フォレストピアオリジナルの祭りをやってみようという話が挙がっていた。そこで今日早速実際にやってみようという話になったのだ。
話し合いで挙がった祭りの内容は、山から山へと移動する山移動大会。
フォレストピアの地形は、東のアンテロック山脈と西のロブデオーン山脈に、半ば包囲されるような形で囲まれている。そして東西それぞれの山脈の最高峰を、アンテロック山、ロブデオーン山と呼んでいた。
山から山への移動とは、西のロブデオーン山の頂からスタートして、東のアンテロック山の頂を目指すというものだ。そしてその移動速度を競う競争を祭りにしようという話になったのだった。
面白いか面白くないかはさておき、まずはやってみなければわからないからやろうという話だ。無鉄砲というか、食わず嫌いはしないというか、とにかく行動力だけはある人たちである。
今回ラムリーザは、実行委員としてリゲルと共に大会には参加しなかった。
その代わり、体力に自信のあるレフトールと、お祭り好きなジャンが遊びで参加してみることになっていた。
女性陣からは、これまた体力に自信のあるロザリーンとソフィリータが参加した。
いつも一緒にいる他のメンバーはラムリーザと共に実行委員補佐という曖昧な役職を与えられて同行している。
このお祭りの実行委員長は、言い出しっぺのココちゃんカレー店主クアタリ。この店主が一番お祭り好きの住民のようだ。
『えー、本日は晴天なり。ココちゃんカレー店主のクアタリです。ただいまより、第一回フォレストピア山移動大会を行いたいと思います。今日はみなさんがんばってくださいなーあっ』
駅前の大倉庫に設置された祭りの実行本部からの放送が入る。フォレストピア全域に聞こえるように設置されたスピーカーから、ココちゃんカレー店主の声が聞こえた。いつもはこれを使って、防災対策などの領内放送のようなものを流しているのだ。
この声は、東西それぞれの山頂にも聞こえていた。
「さてと、ゴール地点の準備を済ませるか」
ラムリーザは、アンテロック山の頂に集まった他の実行委員と共に、飾りをたくさん付けたゴールポストの設置を開始した。ゴールポストを立てるだけの簡単な仕事、それは事前に準備されていて、この日は立てるだけだ。
立てて固定して完成。ラムリーザは、ゴール地点に設置された実行委員席へと戻っていった。その後、実行本部へ準備完了の報告をする。あとは参加者がゴールするまでやることはない。集まっていたメンバーと雑談をして過ごすことになるだろう。
『それでは準備もできたようなので、早速祭りを始めようと思いまっす。それでは選手の皆さん、準備はいいかな? それでは山移動大会、位置について、よーい、ドォン!』
実行本部からの放送で、大会が始まったことがわかる。しかしゴール地点は何も変わらずのんびりしたものだった。
「こういうのって、あなたみたいな人が参加して、活躍して盛り上がるのがセオリーじゃないかしら?」
一緒にいたリリスが、ラムリーザにそう尋ねた。
「何のセオリーかわからないけど、お祭りの主人公は住民だから、僕みたいな人は裏方に回って見守っているのがいいんだよ。まぁジャンが『俺がこの物語の主人公だ』とか言って参加していたから、ジャンを応援していたらいいんじゃないかな?」
「ゴールで待つだけなんて、退屈だわ」
「じゃあ参加すればよかったのに」
「いーや」
ソニアは今日はおとなしい、というより山登りをしたので疲れているだけだ。
「山移動大会か、学校行事では……難しいなぁ」
フォレストピアの住民ではないが、ユグドラシルもいろいろと情報収集のためにやってきていた。ロザリーンについては参加までしている。
ユグドラシルは、主にこのフォレストピアで生まれたものを学校に取り入れることを考えているが、この山移動大会に関しては難しそうだ。
ポッターズ・ブラフ地方では、西側にはフォレストピアとの間にあって領土を分けているアンテロック山脈はあるが、北には平野が広がり、東側山脈にあるエンカラ峠に行くには、駅を四つほど乗り継がなければならないくらい広い。かといって南側に山があるわけでもない。
「山移動部とか作ったら、場所は貸してあげてもいいですよ」
「うーん、山移動部か。なんだか妙な響きだねぇ」
そもそも山を移動するだけというのが地味というか、実際にやってみれば大変なのだろうが、その響きはそれほどかっこいいものではない。
さて、ところ変わって山移動大会のスタート地点。
平地を走るマラソンとは違って、山道を下って、また登る競争。ただ走ればいいものではない。
他の参加者と一緒にスタートした四人、ロザリーンとレフトールは同じペースで進み、それを先導する形でジャンが移動している。ソフィリータといえば、跳ねるように移動してどんどん先へと進んでいってしまった。
「レフトールさん、なんだか本当にあなたは雰囲気変わりましたね」
ロザリーンは、並んで移動しながらそう話しかけてみた。最近のレフトールは本当に丸くなって、こうして何の気兼ねなく話せる相手になっていた。
「レフちゃんいい人キャンペーン実施中だからなぁ。しかし山移動か、やっぱり有名になったら山移動選手権とかあるのかいな?」
「登山と下山を組み合わせた競技、とでもいうのでしょうか? それでもソフィリータ、すごいですね。もう見えないぐらいまで遠くに行ってしまいました」
「脚力なら自信があったんだが、身軽さはやっぱりあいつか」
クラス委員もやるほどの優等生のロザリーンと、ポッターズ・ブラフ悪の双璧の片割れが雑談しているのだ。知っている人が見れば、にわかには信じ難い光景であっただろう。
「いかんなー、俺が勝たないと困るのだがなー」
ジャンは一人ぼやいていた。
「誰が困るんだ?」
「俺が勝たないとリリスが悲しむ、リリスが悲しむとソニアがからかう、ソニアがからかうとラムリーザが迷惑する、ラムリーザが迷惑するとリゲルが呆れる、リゲルが呆れるとミーシャが不安がる」
「負の連鎖ですね」
「お前が勝たないとリリスが悲しむところが繋がらないけどな」
「やかましい、悲しむんだ。こら待てソフィリータ!」
レフトールにからかわれてジャンは速度を上げて移動し始めた。しかし身軽さならソフィリータに一日の長があるだろう。
再びゴール地点。
「ひんまー」
疲れの取れたソニアは、次第に暇を持て余し始めていた。
「うーん、これなら途中棄権でいいから参加したほうがよかったかな?」
「風船は足元が見えないから、山道は危険だからやめといたほうがいいわ、くすっ」
いつの間にか、ただの風船になっていた。すでに胸のサイズとかもう関係ない。
「やめなさい、風船魔女口論はもうたくさんだ」
ソニアが言い返そうとする前にラムリーザは釘をさしておいた。
「じゃあ別の言い方する」
「吸血鬼も禁止、サキュバスも禁止」
なぜかラムリーザは、リリスを無茶苦茶かばっていた。とにかくソニアとリリスの口論はワンパターンだ。ここらあたりで、ちょっとした変化を求めても罪はないはずだ。
「むー、サダコ」
「なんだそりゃ」
苦し紛れにソニアの言い放った言葉は、意味不明のものだった。
ラムリーザたちの待機しているテントの外では、リゲルとミーシャが遊んでいた。ロザリーンがいないので、リゲルは堂々とミーシャの相手ができている。
「リゲルおにーやん、アンテロック山にあるダイヴィング・ロックの恐怖って本当にあるの?」
「たしかあの突き出た岩の向こうだと思う。だが、行ってはいかんぞ」
「なんでー、ミーシャ飛び降りても平気だよ」
そんなことを言いながら、リゲルの指し示したほうへと向かおうとするミーシャ。リゲルはミーシャを後ろから肩を抱えて捕まえると、「そう、あれは五十年ほど昔……」と静かに語り始めた。
「ある男が領主の任を引き受けたとき、不自然な爆乳の女を助言者、そして花嫁として受け入れたそうだ。そのときその男は、自分の人生がいかに大きく変わるかなど決して想像できなかった」
ミーシャは、リゲルに後ろから肩をつかまれたまま、「それでそれでー?」と相槌を打った。
「夫婦となった二人はアミティ島に住み、蜂蜜酒に浸った蝋人形の館で休養を得ていた。しかし風船、その男にとっては愛しい爆乳女に会って、伝説や童話の中でしか読んだことのない英雄譚に巻き込まれたのだった」
「風船ってなあに?」
「泣き虫姉ちゃん――じゃなくてだ、えっと、その泣き虫姉ちゃんは運命の夜のことを語った。ザラーキクリフトとして知られる恐怖の怪物が、アミティ島の館を襲い、人々を惨殺し、彼女は唯一の生存者として残った。だがその怪物は、一人の勇者によって殺され、アミティ島は新たな領主を求めたとき、その男が領主となったのだ」
「ふーん、その人が領主になり、泣き虫の風船が妻になったということね」
「そうだ。氷色の青の瞳と、緑色の髪のその『風船』ソニ――アリーレは、その男の妻は、しかし静かな苦難の中にいたのだ。ザラーキクリフトはアミティ島の館にもたらした傷跡を残していた。毎晩ソ――アリーレは叫んで目を覚まし、その顔には恐怖が刻まれ、ただ一言だけが唇から漏れた。ザラーキクリフト!」
「しょうがないよ。だってそのアリーレさんは、過去にそのザラーキクリフトに一族皆殺しにされた生き残りなんでしょ? そりゃートラウマになるよー」
「そういうことだ。その男は妻の正気と幸福を疑ったが、その問題の解決策を見つけたのは彼女自身だった。一人の戦士――じゃねーな、まあいいか、戦士でよい。戦士として自分の恐怖に直面せねばならんと悟った。ザラーキクリフトは死んだが、一匹だけであるかどうかはわからない。ひょっとしたら大群で訪れて、もう一度大破壊がもたらされるかもしれない。そして彼女は、ネレウテリア全土の探検家や研究者と文通して、ザラーキクリフトは一匹ではなく、太古のザラーキクリフト・メトロンの子供であることがわかった。そこで悪夢を断ち切るために、その夫婦はザラーキクリフト・メトロンを退治する必要があると確信したのだ――所在がどこであれ、いかなる方法であれ」
「メトロンはどこにいるの?」
「メトロンには婚約指輪という文化はない――ではなくて、そのメトロンがいるらしき場所が、このアンテロック山にあるダイヴィング・ロックなのだ。ダイヴィング・ロックの恐怖という伝承そのものが、その危険極まりない怪物の言い伝えなんだ」
「えー、じゃあそのメトロンはどうなっているの?」
ミーシャは不安そうにダイヴィング・ロックのほうを見つめながら言った。その伝承が本当なら、今もこの近くにその怪物が潜んでいることになる。
リゲルは、「怖かったら遠くに行くんじゃない」とだけ答えるのだった。
ところ変わって、山移動大会参加者の様子。
「きっついぞこれ、実質登って下って登ってじゃないか、誰が考えたんだこんな無茶な競技……」
息を切らせながらジャンはぼやいていた。すでにレフトールやロザリーンを先導する体力は残っておらず、アンテロック山の麓から少し登ったところでへとへとになっていた。
「山道をマラソンするみたいなものですからね、さすがにきついです」
ロザリーンも苦しそうだ。気がつくと一緒に移動していたはずのレフトールの姿がなかった。
「あいつはどこ行った? 怖そうなあんちゃん」
「レフトールさんですか? ロブデオーン山を下ったところでどこかに行っちゃいました」
実際のところ、レフトールはスタート地点の山だったロブデオーン山を下ったところでリタイアしたようなものだった。そのまま市街地へと向かい、現在二番街のゲームセンターで遊んでいる。
レフトールだけでなく、山を下った麓の休憩所では、早くも息を切らした参加者たちが水を飲みながら座り込み、もう無理だと笑っていた。
「俺もリタイアしようかなー……いやだめだ、ゴール地点では俺の到着をリリスが待っているはずだ。こんな山がなんだってんでいっ、えーい、えーい!」
レフトールだけではない。多くの住民が、山を下ったところでリタイアしていた。山から山への移動という競技内容自体が、ジャンのぼやいた通り無茶なものだった。
いや、アスリートにとってはそれほど苦労はしないかもしれない。しかしお祭りということで、普通の一般市民が多く参加しているのだ。みんながみんな、ソフィリータのように身軽で体力があるわけではない。
ちょうどそのころ、アンテロック山頂には最初のゴール者が到着していた。
「ほら領主さん、一着の人の紹介とねぎらいの言葉を」
一緒にゴール地点を管理していたリョーメン屋ごんにゃの店主に、ラムリーザは押される形で前に出た。その手に、フォレストピア全域のスピーカーにつながるマイクを持たされている。
「いやまぁ、紹介とねぎらいと言ってもねぇ……まあいいか。こほん、領内のみなさん、たった今一着でゴールした人が出ました。おめでとうございまっす」
ラムリーザはそう言って、マイクを一着の選手に差し出した。むろんその言葉は、フォレストピア中に響いている。
「ありがとうございます」
「一応自己紹介しといてくれ」
「えーと、ソフィリータ・カスミ・フォレスターです」
「何か一言、一言」
「あの、今、苺のミルフィーユにはまっています」
「はいOKです」
一着でゴールインしたのが妹のソフィリータだったので、どうも劇的にはならず淡々と勝利者インタビューになってしまった。
しかもソフィリータは、汗をかいているとはいえ、まだ余力を残しているように見えた。
それから数十分後に、ジャンとロザリーンもクタクタになってゴールイン。
全体の参加者が約五十人。その中でゴールまでたどり着いたのはたった八名であった。ほとんどの参加者は、最初の山を下ったところでリタイアしている。
一応リリスは、完走したジャンを評価したらしい点は、プラスになったと言えるであろう。
「こ、これは毎年やるのか?」
「住民のやる気次第?」
「お、俺は来年はパス」
ジャンはこりごりのようだ。
この祭り、第二回があるのかどうかは怪しいようである。
そのときはまた話し合いで新しいお祭りを考えたらいいだろう。なんだか行き当たりばったりな企画みたいな気がするけど、住民の息抜きになればそれでいい。
「明日、筋肉痛で動けなくなるかも」
ロザリーンは心配そうにつぶやいた。
これは他の住民にとっても同じことだろう。どう考えても、最初で最後の山移動大会になるかもしれない。
けれど、こうして一度本当にやってみた、という事実だけは残る。
それで十分なのかもしれない。祭りとは、立派さよりも、後から思い出して笑えるかどうかのほうが大事なのだろう。
ちなみに一着のソフィリータには、実行委員長のココちゃんカレー店主クアタリから、カレー無料券が三枚贈られたのであった。
その無料券を使うという口実で、その後ココちゃんカレーに一同は向かい、ラムリーザの部屋にあるココちゃんの数が九体に増えたのは、わりとどうでもいい話である。
いまいち盛り上がったのかどうかわからない、初めてのフォレストピアでのオリジナル祭り。前代未聞の山移動大会は、こうして淡々と進み、淡々と終わっていったのであった。
祭りとして成功したのかと聞かれたら、ラムリーザにもよくわからない。
完走者は少なく、参加者の多くは途中でへばっていたし、来年もやりたいかと問われれば首をひねる者のほうが多いだろう。
それでも、誰かが思いついて、みんなで試してみて、終わった後に笑い話になる。
そんな経験を一つ増やせたのなら、今日の山移動大会にも意味はあったのかもしれない。
そういう行き当たりばったりなところもまた、今のフォレストピアらしい。