ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
TRPG第六弾「指輪に込められた願い 完結編」 第一話 指輪を追って
帝国暦九十三年 黄金の月・森人の日(現代暦:六月上旬)
この日の放課後、いつものように部室に集まってみると、その顔ぶれは去年この部活をしていたメンバーだけになっていた。
ラムリーザ、リゲル、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの六人だ。
「最近では珍しくなった、懐かしい顔ぶれだね」
「他のみんなはどうしたんだろうね?」
集まった六人は知らなかったが、ジャンは今日は店のほうに集中していて、レフトールは子分たちと出かけていた。下級生コンビは、一年生だけの何かの集まりがあるらしい。
「え~と、それじゃあ今日は何をやろうか?」
「このメンバーだと、休み時間と変わらないね」
「そうですわ!」
突然ユコは、何かを思い出したかのように、鞄からノートを取り出した。
「楽譜作成?」
ラムリーザの問いにユコは「違いますの」と答えた。ユコの取り出したノートには、何やらキャラクターの設定だの、シナリオ案だのが書いてあった。
「テーブルトークゲームですの」
「ああ、そういうのもあったね」
この年に入ってから、リゲルやユコがゲームマスターを担当して、テーブルトークゲームでいろいろと遊んできたものだ。
ユコの転校騒動と共に、「俺たちの冒険はまだ始まったばかり!」といった感じに終わらせてしまっていたが、その転校騒動も結局なかったことになり、そのゲーム自体が忘れられた存在となっていた。
「どんな話だったっけ?」
数か月ぶりなので、ソニアはほとんど忘れているようだ。
「確か、指輪を探すという話だったと思いますよ」
その一方で、ロザリーンは多少は覚えているようだ。
「そうですの。魔物たちが姿を偽ってサーカス団を経営していました。それで、墓場荒らしに遭って指輪を盗まれたので取り戻してほしいという話になって、指輪自体は取り戻したんですけど、ロザリーンがドジを踏んで、指輪は排水溝へ消え去ったんですの。それで、再び指輪探しってところから再開ですわ」
「よく覚えているなぁ」
「ストーリーはノートにまとめてありますし、気が向いたときにその先の展開も考えておきましたの」
それが、このノートだというわけだ。そういうわけで、ラムリーザは今日の目的を決めることにした。
「よし、今日は久しぶりにテーブルゲームをしよう。みんな、どんなキャラクターだったっけ?」
「テーブルトークゲームですの。それと、皆さんのキャラクターシートは預かっておきましたわ。確かノートに挟んで――」
そう言ってユコは、各メンバーに以前使っていたキャラクターシートを手渡した。
ほんの少しだけ端が折れ曲がった、見覚えのある鉛筆書きの紙。それだけで、まるで時間が巻き戻ったかのような奇妙な高揚感が、ラムリーザの胸を小さく震わせた。
しかし現実の騒々しさが、その高揚感を吹き飛ばしてしまう。
「何であたし蛮族なのよ!」
「私、悪党の生まれになったつもりないんですが?」
ソニアとリリスは不平をもらすが、そんなことにいちいち構っていられない。というわけでユコは二人の文句をスルーして、多少強引に物語を開始した。
「さて、指輪は不運にも下水に落ちてしまいましたが、どうしますの?」
「家に帰ってご飯食べる」
「ソニアの尻を蹴っ飛ばす」
「なんなんですの、それは?!」
ユコは、しばらく間が空いていたのですっかり忘れていた。ソニアとリリスの二人が、真面目にロールプレイしてくれないことを。
「無理だろうな、この地下は網の目のように広がった下水道だ。もう見つかることはないだろうな」
リゲルもどちらかといえば、設定に対するツッコミでゲームマスターの邪魔を仕掛ける。ソニアとリリスと違って、主に理詰めで。
「そうね、見つかる確率はソニアの風船率より低いでしょうね」
リゲルの一言にリリスは乗っかってくる。風船率とは何か? まったく意味がわからない。
「何よ! リリスの吸血率よりはマシ!」
吸血率とは何か? 何をもってマシだというのか? ソニアの反論も謎に包まれていた。
「いいこと思いついた。ロザリーンにすべて任せて見つけてもらいましょう」
「えっ? どうして私に白羽の矢が?」
突然リリスに丸投げされて、あっけに取られるロザリーン。
「だってもともとロザリーンがドジったからこうなったのでしょう?」
リリスは、ロザリーンに対して怪しげな笑みを浮かべながらそう言った。リリスの笑みは、別に男を誘うものではないらしい。今さらながら、リリス自身の癖なのだろう。
「いや、あれはラムリーザさんが思いついたことですよ?」
「じゃあ、ラムリーザとロザリーンの二人で探しに行けばいいと思う」
「待って! ラムとローザを二人きりにさせない! ラムが行くならあたしも行く!」
久々に出た、ソニアのラムリーザが行くなら行く理論。しかしリリスはすかさずツッコミを入れてくる。
「あなたは家に帰ってご飯を食べるのではなくて?」
「リリスのおにぎりを奪って食べる!」
「それ、くさったおにぎりだから。くすっ」
「ああもう、話が進みませんですの! 勝手に地下道を迷路にしないでください! あと全員で探しに行くんですの! というわけで、魔女のノクティルカがロケーションの魔法をかけてみましたわ」
ゲームマスターのユコは、痺れを切らして雑談を断ち切り、話を先に進めた。しかし、一言余計だった――
「魔女ならここにもいるよ。根暗魔女、いーっひっひっひっ」
「あなたは相変わらず魔女だの吸血鬼だのワンパターンね、もっと新しいこと言えないのかしら? ねぇ、破裂寸前の乳尻女」
「なっ、何が破裂寸前よ!」
「外野うるさいですの! ノクティルカは『今日はそろそろ公演だから、場所がわかり次第連絡するよ』とみんなに言ってきました!」
「相変わらずの吟遊詩人だな」
リゲルの皮肉にユコは「あなたたちが真面目にやらないからですの!」と答える。
これらのやり取りは、ちっともあのころと変わっていない。
変わったことも、もちろんある。それぞれの立場も日々の過ごし方も、この数か月で少しずつ変わってきた。
それでもこうして卓を囲むと、不思議なくらいあのときの空気がそのまま戻ってくる。
ユコがいてリゲルがいて、ソニアとリリスが騒いでいて、ロザリーンが真面目に進めようとする。それだけで、部室の中はちゃんと元通りだった。
「というわけで、この場は一旦解散となりました。どうしますか? ――じゃなくて、ロザリーンは神殿に戻り、ラムリーザ様はお城へと戻っていった。ソニアとリリスとリゲルさんは酒場に戻っていきましたの」
各自好きにさせると、またソニアとリリスがふざけ出すので、ユコはそれぞれのキャラクターの行き先まで決めてしまった。ただ、これはこれで自由度がないし、案の定ソニアは噛みついた。
「なんでラムが城であたしが酒場なのよ! あたしも城に行く」
「蛮族が城に行ったら捕まるよ、くすっ」
リリスはからかうが、ソニアの生まれが蛮族なわけで、今現在蛮族なわけではない。しかも、ゲームの中で二人が付き合っている設定はない、と思う。もちろんソニアは認めないだろうが。
「何かやっておきたいことはありますか?」
それでもユコは、行き先を指定しただけで行動の自由は与えたようだ。
「ラムリーザは交際相手のカノコと二人で、貴族の地位をフル活用して人を動かそうと考えた」
ただしこれはラムリーザの台詞ではなく、リリスの言った言葉だ。
「カノコ……いらんこと覚えているなぁ……」
ラムリーザは、リリスの余計な記憶力に困った表情を浮かべた。学校の勉強はできないくせに、どうでもよいことだけ妙に覚えている。
「カノコなんかそんなのいない!」
ソニアに存在を否定されてしまったカノコ。確かにこの場面には存在していないはずなので、あながち間違いではない。
「それよりも、ロケーションって何?」
ラムリーザは、話をまともな方向へ戻すために、ユコに尋ねた。
「特定の物体を指定して、それが今どの方向にあるかを特定する魔法ですの」
「へー、便利だね。物をなくしたときに使えたら助かるかも」
「お前はソーサラーだったから、使えるだろ?」
「あ、そうだった」
ラムリーザはリゲルに言われて、自分の職業を思い出した。しかしユコは「この魔法はレベル4から使える魔法なので、ラムリーザ様にはまだ使えませんですの」と言った。残念だ。
「はい、それでは時間を進めるよ。公演が終わった真夜中に、皆さんのもとに手紙を持った蝙蝠がやってきましたの」
自由行動をさせると結局話が逸れるので、ユコはさっさと時間を進めてしまった。
「蝙蝠ですか? 早速手紙を見てみます」
「ソニアは手紙を読まずに食べるのね、くすっ」
「むっ、リリスは手紙で尻を拭いた!」
「いや、いちいち突っかからんでええから。手紙には何が書いてあるんだい?」
ラムリーザは、歯をむき出しにしてリリスを睨むソニアと、その様子を笑みを浮かべながら見つめるリリスはさておいて、話を先に進めるよう促した。
「ええと、蝙蝠の手紙には、『ロケーション終了。ちょっと気になることがあるので、下水とこの近辺の地図を持ってきてネ♪ ノク』と書いてありますわ」
「地図はあるのですか?」
ロザリーンの問いに、ユコは「リゲルさんが、たまたま地図を持っていることにしますの」と答えた。
「ほう、そう都合よくいくものかな?」
リゲルの問いには、「リゲルさんなら、そのぐらいやってくれますの」と、何の根拠もないことを言ってのけるのであった。
「気になることって何でしょうね?」
「まあがんばって探そう。ランタン用意しといてね」
プレイヤーたちの様子は以前と同じで、ラムリーザとロザリーンが真面目に物語を進めようとして、リゲルは主にツッコミ役。ソニアとリリスはお互いに要らないことばかり言って物語を妨害しているだけ、という構図になっていた。
「ランタンって、なんかラムたんみたいだね」
「変なこと言ってないで、松明でもいいから持ってきなさい」
ソニアの妙な指摘を、ラムリーザはスルーして話を進める。
「リリスは吸血鬼だから、夜目が利きそう。でも魔女だから、初期ステータスでミーが使えないから明かり灯せない」
「いいから黙って僕についてこいっ!」
「はいっ!」
「さて、公演が終わったということで、皆さんはテントに集まったところですの。ここからは、本格的に下水の探索に向かう準備です。ノクティルカは、『さて、早速なんだけど、下水の地図誰か持ってない?』と聞いてきました」
「リゲルが持っているんだっけ?」
「いや、落としたみたいだ」
「リゲルさん!」
ユコに凄まれてリゲルは苦笑いしたが、「持ってきたということにしてやろう」となぜか上から目線。
「まったくもう……。えーと、反応があったのはこの辺で、と言いながらノクティルカは、リゲルさんから借りた地図を見ながらぶつぶつ言っています」
「ソニアの尻には世にも奇怪なぶつぶつができているって本当かしら?」
「リリスの胸は小さいのにぶつぶつだらけで気色悪い!」
ゲームマスターが何か言えば、それに関連することで要らんことを言う二人。
「外野うるさい。ノクティルカが示した場所は『明らかに下水通路ではない。反応はここで止まっているけどなぁ』と言っていますの」
「リリスは毎日樽一杯の下水を飲んでいるって本当なの?」
「樽一杯のワインにさじ一杯の下水を入れたらそれは下水になるが、樽一杯の下水にさじ一杯のワインを入れてもそれは樽一杯の下水なのである」
ソニアの余計な一言に、今度はリゲルが謎の理論を持ち出してきた。だから何だ? と言われても困るが、リゲルの一言でソニアとリリスの野次の飛ばし合いはこれ以上発展することはなかった。
「でもレフトールさんの集団にラムリーザさんが加わっても、それは不良集団でしょう。けれどラムリーザさんの集団にレフトールさんが加わったら、不良集団ではなく普通にラムリーズでしたよ?」
ロザリーンの意見に、リゲルはうーんと唸った。レフトールは下水なのか? というツッコミは置いといて、ラムリーザもその理論をいろいろと発展させてみたくなった。
「フォレストピアにユライカナンの人が来ても、その人はユライカナン人だけど、ユライカナンにフォレストピアの人がいても、その人は――うーん、なんか違うな」
「それだったらあたしも言える。ぬいぐるみの集団にココちゃんを入れても、ココちゃんはクッション。ココちゃんの集団にぬいぐるみを入れても、ココちゃんはクッション」
ソニアの理論も、少し違うような気がする。
「ソニアのおっぱいに風船を付け加えても風船おっぱいお化けだけど、ユコのおっぱいに風船を付け加えたら新たな風船おっぱいお化けができあがる」
リリスの理論は、また争いの火種になるようなものだし、リゲルが最初に言った理屈からどんどん離れていく。
「話を逸らさない! とりあえず反応の止まった場所に行ってみましょう!」
どうもこのメンバーのテーブルトークゲームは、雑談が主流になってしまうので、話がどうしても脱線しがちだ。
久しぶりに再開した冒険は、相変わらず寄り道ばかりだった。けれど、地図の上で止まったその一点だけは、妙に気になった。
下水ではない場所に、消えた指輪の反応がある。それが何を意味しているのかは、まだ誰にもわからない。
ただ一つ言えるのは、冒険はちゃんと、あのときの続きに戻ってきたということだ。
そして今回もこれまで同様、雑談を挟みながら、ゲームはのろのろと進行していくのだった。
ラムリーザは、それはそれで楽しいし、懐かしさすら感じていた。それに、ユコが戻ってきたという実感が、ようやく湧いてきたような気がした。
指輪探しの続きがどうなるのかよりも先に、まずこの時間そのものが少し嬉しかった。
ふざけて、脱線して、ゲームマスターを困らせて、それでもまた同じ卓を囲んでいる。
冒険の続きも大事だけれど、こうして続きを始められたことのほうが、今日に限ってはずっと大きく、特別な意味を持っていた。
もっとも、ゲームマスターのユコにとっては、以前と同様に胃が痛いのだろうけど。