ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
犯罪歴史学「クッピン王国の滅亡」 ハマクリボウという男
帝国暦九十三年 黄金の月・女神の日(現代暦:六月上旬)
昼休み、特にこれといってやることもなく、ラムリーザたちは部室に集まって、のんびりとしていた。
いつものソファーに陣取っているのは、ラムリーザとソニア、それにジャン、リリス、ユコ、リゲル、ロザリーンという、いつものメンバーだ。
ソファーの片側に男性陣、反対側に女性陣が陣取り、別々に雑談していた。
「人形村って知っているかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答えたが、すぐに思い直したかのように訂正した。
「知ってる、ユコが住んでいる村。新開地のユコの家付近だね」
「なんですのそれは?!」
憤慨するユコに、ソニアは「呪いの人形が住んでるしさ」と答えて、さらにひんしゅくを買ってしまった。
「要らなくなった人形を捨てていたら、いつの間にか動き出して村を作ったとか言い出すのではないでしょうね?」
ロザリーンの想像に、ソニアは「なにそれ怖い」と答えた。
「そういう島があるのよ」
リリスの答えを聞いて、ソニアは「村が島になった」と突っ込んだ。
「人形を捨てた島ですか?」
ロザリーンはそう尋ねるが、リリスの答えはまったく違うものだった。
「子供たちが住み着いている島で、そこに行くと弱い者は捕まって監禁されるのよ」
「なにそれ、人形と何も関係ないじゃない! だいたい子供たちって何?」
「島の名前が人形村なだけよ。別に村の話をしているんじゃないわ。子供たちは悪い子よ」
リリスの説明はこれである。事実なのか作り話なのかはわからないが、おそらく後者だろう。
「分かりにくい島名ですわね」
「シェイディンハル橋という名前の宿屋もあるのよ。ユニークな命名なんていくらでもあるわ」
つまり地名がややこしいだけのようだ。
「じゃあ魔女村でいい。魔女村って名前の島には夢魔が住み着いていて、そこに行くと男は捕まって精気を吸い取られるの」
ソニアの言っていることは、ただリリスを攻撃したいだけで、作り話にすらなっていない。
「なんだかスパイスみたいな名前ですね。マジョラムみたい」
「何そのマジョラム。ラムが魔女になるの? 男版の魔女は科学者よ。魔女同様、役立たず」
「ソニアって、いっつもそのゲームの話ばかりするのね。よっぽど好きなのね、そのゲーム」
「うるさい魔女っち! エロウサギ!」
ソニアがふくれっ面で胸を張る横で、リリスは長い黒髪を指先で弄びながら、冷ややかな、けれどどこか楽しげな視線を返している。女性陣の雑談は、いつも通りのたわいもない内容だった。
一方、男性陣の会話はフォレストピア開発の話になっていた。
「そういえばさ、早めに言っておこうと思ってたのに忘れていたけどさ――」
ジャンは思い出したかのように言葉を続けた。
「憲兵隊を配備するための憲兵詰め所を、早めに作ろうな。今は街の規模が小さいから、自警団みたいなのと市民のモラルによって秩序は守られているが、街が大きくなると市民レベルではどうしようもなくなるぞ」
もともと国を挙げて作っている街で、住民はきっちり領主側で管理している。この管理は、今はラムリーザの母親が取り仕切っているが、いずれはラムリーザ自身が取り仕切ることになっている。さらにユライカナンからの入国管理も、きちんと執り行われていた。そもそも管理されていない者は、店を出すことができない。
エルドラード帝国の民もユライカナンの民も、もともとモラルが高いほうである。そういうこともあって今は特に問題は起きていないが、この先どうなるかはわからない。
今は、悪事を働くほど街が発展していないことと、人が少ないため、おかしな人がいるとすぐに目立ってしまうという事情があった。だから悪さをしようと思う者がいないのかもしれない。
今の平穏は、制度と人数の少なさに支えられた仮の安定だ。
「うむ。街の規模に合わせて、憲兵詰め所を増やしていく必要はあるな」
リゲルもジャンの意見に賛同していた。
「それではまずは、メインストリートの一番街と二番街をカバーできる場所と規模の憲兵詰め所を作ることにしようかな。場所は、メインストリートの中間点あたりでいいと思うけど、どうだろうか?」
ラムリーザの意見にジャンは、「まずはそれでいいんじゃないかな」と答えた。
「憲兵詰め所だけで処理しきれなくなったら、刑務所を建てればいい」
「うーん、刑務所か、フォレストピアに作りたくないけどそうも言ってられないね。まあ必要になったら西の外れ、国境付近に建ててしまおう」
「酷いのは国外追放でもいいけどな。ヌマゼミにでも放り込んでやれ」
リゲルは怖いことを言っている。国外追放とは物騒な話だ。ヌマゼミというのも、あまりいい話を聞かない国であり、ユライカナンを挟んでエルドラード帝国と反対側にある国のことだった。
「どうせ悪党の生まれで根暗吸血鬼なリリスが犯人に決まってるよ。何か事件が起きたらリリスを逮捕したらいいんだ」
そこにソニアが男性陣の会話に加わった。ラムリーザたちは真面目な話をしているのに、ソニアは冗談としか言いようのないことを言ってくる。
そもそもリリスが悪党の生まれというのは、テーブルトークゲームのキャラ設定での話であって、実際の生まれとは全然関係がない。それを言うなら、ソニアの生まれは蛮族ということになってしまう。
「なに? 新開地の犯罪は、強盗も殺人も放火も騒乱も何もかも私が犯人だと言うのかしら?」
リリスはジト目でソニアをにらみつけながらそう言ってくる。
「そうに決まってる! リリスを捕まえて全部賠償させればいいんだ!」
ソニアの理論も無茶苦茶だ。そもそもリリスを最初から犯人だと決めつけている時点で言語道断だ。
「まあリリスになら襲われてもいいけどな」
ジャンの感想も、少しズレていた。
「あほな奴だ。何をクッピン王国の滅亡に倣うようなことを言っているんだ」
リゲルは腕を組んで、ソニアを呆れた目で見つめながら言った。追放とか滅亡とか、今日のリゲルは物騒なことをよく口にする。
「クッピン王国の滅亡?」
ラムリーザは、リゲルが冗談を言うような人物ではないと知っていたので、聞き直してみた。もっともミーシャ絡みのリゲルは、冗談にまみれているような気もするが。
「知らんのか? 犯罪歴史学では有名な話だぞ。講義録にも、当時の歌の断片にも、名前だけは何度も出てくる」
そう前置きをしてから、リゲルはクッピン王国という、犯罪歴史学ではよく知られた国の末路について語り始めた。
クッピン王国では、犯罪を撲滅するために、ある強引な手段を用いた。それは、クッピン王国の国王に一番嫌われていた者、ハマクリボウという男を絶対悪に仕立て上げることで、犯罪を全て解決したことにしたのだった。
つまり、クッピン王国で発生した犯罪を、すべてハマクリボウの責任として取り扱ったのだ。
「ハマクリボウも災難だな」
ラムリーザはそう相槌を打ちながら、先ほどソニアがリリスに対して言った嫌味と同じ内容じゃないか、と思った。ソニアの理性レベルのことを国レベルでやった国があったことに、少し驚いていた。
「さっきそこのあほが言ったのと同じように、国王は謝罪や賠償をすべてハマクリボウという男に押し付けたのだ」
「それ、意味があるのか?」
「一応、表向きには被害は補償されたし、犯人も捕まったわけだ。ハマクリボウを犯人に仕立て上げることでな」
そしてハマクリボウは、無実の罪で強引に牢屋に入れられてしまったのである。
しかし、話はそこで終わりではなかった。
この処置に味を占めた国王は、嫌いなハマクリボウに、以後発生した事件の責任を次から次へと押し付け、罪を負わせたのだ。
「無茶苦茶な話だな」
ジャンも呆れている。
「しかし、表向きには犯罪検挙率が100%だ。その補償も100%完璧となっているのだぞ」
「何も解決されてないじゃないか」
ラムリーザも、リゲルの話に呆れたように言った。
「俺に言われても知らん。さらに酷い話は、ハマクリボウが服役中に起きた事件まで彼の責任にして、刑期を増やしたこともあるという話だ」
「そんな無茶苦茶な国、どうなったんだ?」
「最後まで聞け」
リゲルは、ラムリーザの質問を制して話を続けた。
こんな無茶苦茶な仕打ちも、そのうち続けられなくなる。そう、ハマクリボウの財産が全てなくなったとき、補償面では取り繕うことができなくなるわけだ。
しかし国王は、さらなる嫌がらせをハマクリボウに対して行った。彼の財産がなくなると、今度は彼に無理矢理借金をさせることで、犯罪に対する補償を行い始めたのだ。
「絶対それ、破綻するだろ?」
「あたりまえだろうが。しかし、表向きにはクッピン王国は、犯罪が絶対に解決する立派な国だと見られていたんだぞ」
リゲルは何を当然のことを聞いてくるのだ、といった表情を浮かべて話を続けた。
「いや、それおかしいって」
「他の国からは内情まではわからんかったんだろうな。まさかたった一人にすべての責任を押し付けているとは気がつかない――いや、普通は気がつくか。まあでもそんな国だったのだ」
そのうち、クッピン王国の民衆は調子に乗り始めた。何しろ犯罪を犯しても、すべてハマクリボウが罪を被ってくれるのだ。民衆は、我先にと犯罪を犯して私腹を肥やし始めたのだった。
「自分がどれだけ盗みを働いても、役人は『ハマクリボウの仕業だ』と書類に判を押すだけ。被害者はハマクリボウの強制借金から補償金を受け取って大喜びだ。誰も損をしない、完璧な犯罪の永久機関さ。――モラルという概念が、その国から根こそぎ消え失せるまではな」
「そりゃあまあ、そうなるわな。俺もそうするぞ、そんな無茶苦茶がまかり通る国だったらな」
「とにかくそのクッピン王国は、犯罪検挙率100%のまま、犯罪発生率だけがどんどん増加していったのだ。そして崩壊はあっという間だったな。まずは金貸しがつぶれた。ハマクリボウに貸す金が底をつき、取り立てようにもハマクリボウは牢屋の中、どうしようもない」
「いや、あほだろう、その国。返済能力がないのが分かっているのに貸す金貸しもあほだしな」
ジャンは、クッピン王国が気味が悪いといった感じに嫌悪感をあらわにしている。他のメンバーは黙ったまま、リゲルの話を聞いていた。
「国王が無理矢理ハマクリボウに借金させたのだ。国王命令だから金貸しも逆らえない。そうして次々と金貸しがつぶれるか逃げ出すかしていった。もはやどうやっても、ハマクリボウに賠償させることは不可能になってしまったのだ」
「そのハマクリボウは、なんで逃げ出さなかったのかな?」
「ハマクリボウは、国王様を愛していたのだそうだ。ハマクリボウ作の、国王様を愛する歌まで残っている」
「気色悪すぎるだろう、それ!」
リゲルがラムリーザの問いに答えると、ジャンの嫌悪感はいっそう深まったようだ。
「愛されているのになんで国王はそんな仕打ちを?」
「簡単なことだ。国王はハマクリボウが嫌いだったのさ」
「好き嫌いで国政を行う国王ねぇ……」
「お前はそうなるなよ」
リゲルはラムリーザに教訓みたいなことを言って、クッピン王国滅亡の最終幕を語り始めた。
ハマクリボウが賠償能力を完全になくしたとき、クッピン王国滅亡のカウントダウンが始まった。
犯罪は次から次へと発生するが、ハマクリボウの責任にすることしかできなかった国王や治安維持機関には、すでに犯人を検挙する能力は残っていなかった。
賠償は不可能だが、最後の最後までハマクリボウの責任にしていた。だが当然ながら、まともな人間からどんどん国を離れていった。
そしてついに国家を維持することすら不可能となり、とうとうクッピン王国は歴史からその姿を消すことになったのだ。
「国王の最後の言葉、『クッピン王国が滅亡したのは、ハマクリボウという者に責任がある』だ。以上、これが犯罪歴史学では有名な話、クッピン王国の滅亡だ」
「あほな国王と、あほな国民と、ただの不幸だった人の話じゃないか。こんなあほな話が犯罪歴史学で有名なのか?」
「調べてみればわかる」
「で、どうすればいいのかな?」
ラムリーザは、その話を受けてどうすべきかを尋ねた。
「早めに憲兵詰め所を建てて、治安維持をしっかりしろということだ」
当たり前の話のようで、ありえない話のようでもある。そんな、いろいろなものが混じったリゲルの講義だった。
そのとき、昼休みの終わりを示す予鈴が鳴り響き、一同は部室を後にして教室へ戻っていったのである。
フォレストピアを、あんな笑えない笑い話の二の舞にはしない。
……と言いたいが、考えてみれば当然で、一人に全部押しつける時点で国がもう壊れている。あの事件そのものが、ぶっ飛びすぎている。
そういえば、ソニアはリリスに反撃するとき、ハマクリボウの名前をよく出していた。それに、多くの人々が、ハマクリボウを悪人の代名詞として口にしているのも事実だ。
でもリゲルから犯罪歴史学を聞いた今、その反撃には少し考えさせられるものがあった。
ソニアを含め、みんな知らないまま言う。知らないまま言える言葉ほど、厄介なものはない。だがある意味では、この国がまだ十分に平和であることの証拠なのかもしれない。
ラムリーザは、そんなことを考えながら、廊下を駆けていくソニアの後を追った。
フォレストピアは、誰か一人を悪にして回す街にはしない。たったひとりの犠牲の上に成り立つ仮初めの楽園など要らない。
そんなやり方は、常識の外側だ。