ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


うらにわにはにわにわとりがいる その三

帝国暦九十三年 豊灯の月・月影の日(現代暦:五月下旬)

 この年の始めに、ラムリーザたちはウサリギと遭遇し、一触即発の危機に近い状態になったことがあった。

 もともとは、ポッターズ・ブラフ地方領主の娘ケルムに、ウサリギとレフトールの二つの派閥が従っていた。しかしレフトールがケルムから離反したことで、ウサリギはそれ以来何かとレフトールを牽制してきているのだ。

 その当時、レフトールがラムリーザを攻撃した理由については、彼自身が語ろうとしないので今となっては不明だ。しかし今はとりあえず、ラムリーザの周囲はそんな抗争と無縁の状態でいることができていた。

 ただし、レフトールとウサリギの間には、いつぶつかり合っても不思議ではない緊張だけが残っていた。

 レフトールは、ウサリギのことばかり考えると疲れるので、ラムリーザと一緒にドラムで遊んで気を紛らせている。そんな日々である。
              
校舎の廊下で、ケルムに呼び止められたレフトールが作り笑いで一礼し、かつての主従が向き合っている場面
 ある日レフトールは、昼休みに校舎内の廊下を一人でぶらぶら歩いているところで、ケルムとばったり出くわしてしまった。

「――これはこれはケルム殿、ごめんくさい、ではあーりませんか?」

 レフトールは一瞬固まったが、すぐに作り笑いを浮かべてケルムにうやうやしく一礼して軽口を叩いてみせた。

 ケルムは刺すような視線でレフトールを見つめていたが、やがて静かに問い詰めた。

「貴方は、あのラムリーザと親しくして、どういうつもりですか?」

 レフトールは苦笑いを浮かべた。その話題だけはケルムに問い詰められたくなくて、これまで会わないようにこそこそしていたという経緯があったのだ。しかしすぐに表情を引き締めて、自分の意見をしっかりと述べた。

「俺はもうケルムさんのものじゃない。いや、誰のものになる気もなく、俺は俺のものだ。だが強いて言うなら、ラムさんのものだな。生活かかってっからネ」

 今ではレフトールは、ラムリーザの番犬を自称していた。

「もう一度私に付く気はありませんか?」

「ないな、ごめんちゃい」

 そこだけは即答した。より強き者に従うレフトールは、ラムリーザとケルムではどちらが強いか理解していた。少なくともラムリーザは、レフトールが自信の拠り所としている力でも敵わない相手だった。権力的な意味でも、ラムリーザとケルムではかなりの差があった。

「ミュンも、あなたが戻ってくるのを希望しています」

「あんなスケバンなんか、いらね。おっぱいちゃんや根暗吸血鬼や、なんだったかな……そうだ、呪いの人形のほうが面白いからな。ラムさんの妹も、戦い甲斐がある」

 ラムリーザが目の前にいなければ、相変わらず蔑称を使うレフトールであった。

「それよりもさ、ケルムさんはなんでラムさんに執着するん――というかちょっかい出そうとするん?」

 逆にレフトールが問いかけてみる。ラムリーザとケルムはうまく棲み分けができているはずなのだ。それにそもそもラムリーザはこのポッターズ・ブラフ地方をどうこうするためにやってきたのではなく、隣国との国交を強化するための新開地の開発のために来ているのだ。それに、今は学校がここにしかないから、ここに通っているだけなのだ。

「前に話をしたはずですよ。私は新開地の領土所有権が欲しいだけです。今に見ていなさい。フォレスター家を追い出して、このヒーリンキャッツ家が新開地のすべてを頂きます」

「宰相の息子に逆らうのか?」

 これも、レフトールをラムリーザに従わせている理由の一つでもあった。帝国では、皇帝の次に偉いのは宰相だ。新開地の開発自体、その宰相が自らの権力を増強するために自分の息子を領主に据えたようなものだ。

「この地方では私が一番です」

「いや、フォレストピアは別の領土だけどなぁ」

「併合します。これも以前、話しました」

「いやまぁ、聞いたけどさあ。さすがに無理だろう……」

 否定するレフトールを、ケルムはキッとにらみつける。その視線に気圧されて、レフトールは窓の外へと視線を逸らした。

 窓ガラス越しに遠く見えるアンテロック山脈。その向こうにあるフォレストピアの街並み。あそこには、自分を正面から叩きのめしたラムリーザの圧倒的な力があり、それを囲んで馬鹿みたいに笑い合える騒がしい日常がある。

 そのまましばらく、無言のときが流れていく。

 レフトールがちらりと視線をケルムのほうへ向けると、彼女はまだにらみつけたままだった。

「何にせよ、あいつらを不仲にさせるのはやめてくれ。あいつらおもしろいで。あんたも仲間に加わったらええのに。あのおっぱいちゃんとか、ツッコミどころだらけで笑えるし」

「全然笑えません。それにあの女は邪魔なだけで面白くありません」

「どぅーん……」

 こうしてケルムとレフトールは、互いに平行線のまま、無駄な時間を過ごしていた。

 その一方でラムリーザは、意外な場所で、しかしお馴染みでもある場所で、ウサリギと遭遇することもあった。

 

 時は同じく昼休み――。

 昼休みの裏山は、今日も平和に見えて、平和ではない場合もある。

 ラムリーザはソニアを連れて、今日は学校の裏山へと遊びに出かけていた。

 学校の裏山といえば、とくに何の変哲もない裏山だが、一部の生徒の間では逢い引き――ではなく、恋人たちの聖地としてひっそりと知られていた。

 今は三年生のニバスという者が、管理体制を徹底させている。隠蔽工作などの対策を講じており、ごく一部のメンバーにしか知られていない秘密のスポット。ニバスは女遊びだけではなく、こういった秘密基地の作成や運営に慣れ親しんでいた。

 ラムリーザは、去年まで参加していたオーバールック・ホテルでニバスと知り合っていて、ソニアとセットで裏山への進入は顔パスとなっていた。このスポットは、ニバスの許可がない者は見張りに追い出されて立ち入ることができないのだ。

 そしてケルムの番犬ウサリギだが、彼もなんだかんだで女遊びが好きらしく、この裏山に何度か立ち寄っていた。そういうこともあり、時々ラムリーザとも鉢合わせしている。

 しかしウサリギ自身は、ラムリーザに対してどうこうしようとは考えていなかった。主に狙っているのはレフトール。レフトールがラムリーザの番犬を自称するなら、そいつを潰すのがウサリギの使命だと考えていた。つまり、ケルムとラムリーザの代理戦争を、ウサリギとレフトールがやっているのだ。

 もっとも、ラムリーザ自身はケルムとやり合うなど、まるで考えていないのだが。

 それにウサリギは、レフトールがラムリーザにやられたことも知っているので慎重になっていた。基本的にラムリーザは戦闘能力が高い。レフトールの強さを知っているウサリギならではの考えだ。

 ウサリギはそれともう一つ、この年の始めにレフトールをラムリーザの前で叩きのめそうと考えたこともあったが、話の流れでそのラムリーザが銅貨をねじ曲げるのを見てから、そのありえないほどの力に少し恐れていた。

 この日も裏山に入ってすぐのところで、ラムリーザとウサリギはばったりと出くわしていた。以前顔を合わせたことのあるラムリーザは、少し真剣な表情で見つめる。しかしソニアは、どちらかといえば、連れの女子生徒であるミュンに険しい視線を向けている。まだラブレター騒動を許していないようだ。

 だがぶつかり合うことはない。

 ラムリーザとウサリギは、お互いに視線で牽制しつつ、それぞれ連れの女生徒を引き連れて、裏山の茂みへと消えていった。

「あいつ、レフトールの敵でしょ? ラムは戦わないの?」

 ウサリギが立ち去ってしばらくしてから、ソニアは話しかけた。

「別に彼と争う理由はないだろ、それにソニアは乱暴者が好きなん?」

「今だったらラムとレフトール、ソフィーちゃんもいるから三方向から包囲殲滅できるんじゃないかなぁ。なんかリゲルも強いし、変な関節技仕掛けてきて痛いし四方向からも攻められるよ」

 去年はラムリーザの周囲に戦える人がいなかったので、ソニアはラムリーザが戦いに出るのを嫌がっていた。しかし今では仲間の中で戦闘に強い人が何人かいるので強気になっているようだ。

「相手が包囲完成するまで待ってくれずに、突撃してきて各個撃破されたらどうするん?」

「正面にレフトールを配置して、レフトールが狙われている隙に最短距離でラムとソフィーちゃんが合流できれば、二対一であいつ相手に互角以上の戦いができるよ」

「それだと最初から分散せずに三人で固まってぶつかっていったほうが有利だね」

「それじゃあ包囲殲滅戦にならないよ!」

 ソニアは力強く否定してきて、あくまで包囲することが重要だと言った。勝ち筋よりも形を守る。ソニアはそういうところがあるようだ。

「ぶつかってから、徐々に両翼を伸ばしていってじわじわと包囲する作戦ではいかんの?」

「三方向から分散進撃して、相手が予定の場所に留まっていて包囲を完成させるのがいいの!」

 このときラムリーザは、ある分野ではソニアとのゲーム対戦に付き合えそうな気がした。そこである提案をしてみる。

「じゃあ今度、戦術シミュレーションゲームで勝負してみるか?」

「やってやろうじゃん!」

 川辺に着くと、今日は先客がいた。

「今日は彼女と戦術談義かな?」

 ラムリーザとソニアが会話をしながら、いつも遊んでいる小さな川辺に到着すると、先客が二人に声をかけた。

 そこは二人のお気に入りの場所で、川のせせらぎが聞こえる落ちついた場所だった。腰掛けるのにちょうどいい大きさの岩も転がっていて、休むもよし、遊ぶもよしの便利スポットである。

「クロトムガがいるなら――」
              
学校の裏山の川辺で、ソニアがチロジャルへ駆け寄り、クロトムガが岩に腰掛けてラムリーザたちを迎えている場面
 ソニアはとたんに戦術談義をストップさせて、そこにいた男子生徒の後ろへ駆け寄ろうとした。

「――チロジャル!」

「はっ、ふあいっ」

 ソニアの力強い呼びかけに、男子生徒の後ろにいた少女が体をびくっとふるわせながら、上ずった声で返事した。

 先客の二人はクロトムガとチロジャル。ソニアから聞いた話では、ラムリーザとソニアと同じように、この二人も幼馴染だそうだ。そして去年は隣のクラスだったが、今年は同じクラスになっていた。

 合成写真でのラムリーザとチロジャルの密会騒動以来、それが誤解だとわかってからは何かと親しくしている。そして主に川辺のこの場所で、一緒に遊ぶことが多かった。

 いつもみんなに手玉に取られていじられてばかりのソニアにとって、唯一優位に立てるような存在である気弱なチロジャルを、ソニアはとても気に入っていた。もっともチロジャルのほうは、迷惑でしかないようだし、去年は別クラスだったが今年は一緒のクラスになって気の毒な話だ。

 そういうわけでラムリーザは、裏山仲間のクロトムガとはクラス内ではあまり接点はないものの、この場所で遊ぶうちに親しくなっていた。

「ラムリーザって、普段家では何しているんだ?」

「んっと、ソニアがゲームしているからそれを見たり、ドラムを叩いたりしている」

「いつもソニアが遊びに来ているんだな」

「おっとそうだねぇ、毎日遊びに来るから、もうおもてなしが大変」

 ラムリーザは、必要以上にソニアとの同棲状態は語らないようにしている。ここではソニアが毎日遊びに来ている、という設定にしておいた。

「ゲームって何しているのかな、最近だと――あれか? あの有名な格闘ゲームがバージョンアップしたって話だし」

「格闘ゲーム? あれか、あれはなんかソニアの使っていたキャラが弱体化したみたいで、クソゲーだって騒いでやってないし、買ってないみたい。最近はなんか、画面の上のほうにでっかい猿がいて、そいつが樽を転がしてくるんだ。で、坂になっている道を、樽をジャンプで飛び越えながら上まで登っていくってのをやってるね」

「あー、ドンコンキングか。ドンキンもゲーセンで流行っていたけど、ようやく家庭用のゲーム機に移植されたんだっけな」

「そこダメぇ……」

 すぐそばでは、ソニアとチロジャルがきゃっきゃうふふと遊び回っていた。ソニアはリリスによくやられるようにくすぐり攻撃をしていて、チロジャルはくすぐったさに耐えきれない声を上げていた。

「チロジャルさん、ソニアの弱点の胸元を攻撃してみよう。で、格闘ゲームをやらなくなったから、面倒な対戦を求められなくなって助かっているよ」

 ラムリーザは、チロジャルに反撃のヒントを与えながら雑談を続けた。

「格闘ゲームと言えば対戦だろう、それが醍醐味だと思うぞ」

「それじゃあ一つ前のバージョンのやつで、今度ソニアと対戦してみろよ。全然面白くないから」

 旧バージョンでソニアがやっていたせこい攻撃が、新しいバージョンではできなくなっていることには、ラムリーザも感謝していた。数日前のゲームセンターで、その新バージョンでリリスにボコボコにされて以来、ソニアは格闘ゲームから離れていた。

「練習して強くなれば、楽しめないか?」

 クロトムガはそう言うが、ラムリーザと違ってやりこんでいるリリスでさえ喧嘩になるようなソニアのずるさなのだ。上手い下手を言う前に、ゲームキャラ自体のバランスが取れていなかった。だからラムリーザはきっぱりと答えた。

「それはない。それよりも、何かいい戦術シミュレーションゲーム知ってる?」

「んー、ランペルーリンゲリアとか?」

「ふえぇ……」

 そのとき、ソニアの悲鳴が上がった。ラムリーザとクロトムガが雑談しているうちに、ソニアとチロジャルの遊びはどんどん深みにはまって面白い感じになってきているようだ。

「さてと――」

「そろそろだな――」

 二人は腰掛けていた大きな岩から立ち上がると、それぞれの相手を抱きしめて――チュウチュウドラマ!

 いつも通りの、昼休みの騒ぎ。しかしラムリーザは、ケルムの野望など知る由もない。

 裏山は平和で、取り巻く環境は平和ではない。そんな一日が、また一つ増えただけである。