ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
フォレストピア建国祭 運営と射的とココちゃん
帝国暦九十三年 豊灯の月・太陽の日(現代暦:五月中旬)
さて、今日はエルドラード帝国の建国記念日。毎年、主要な都市では建国祭が行われている。
そして今年からは、フォレストピアでも建国祭を行うことになった。
ラムリーザとジャンは、朝から二人で会場の点検をしていた。リゲルは智謀担当、ジャンは現場担当。役割分担はできていて、今は段取りに強いジャンの力を借りるときだ。
建国祭は朝の九時から始まる。今は七時で、二時間前に最終確認を行っている。
ちなみに祭りの準備は、昨日一日かけて住民たち主導で行った。ほとんど一日がかりの突貫工事みたいになってしまったが、軽食屋や出店、遊び場まで一気に作り上げた。竜神の紋章を染め抜いた旗も、急ごしらえながらも通りの上に渡されている。
この辺りの手際の良さは、新開地の開拓メンバーがわりと揃っているのが大きかったようだ。
二時間ですべてを確認できるかわからないが、二人は一つずつ店主に声をかけていった。
最初の店は射的屋だ。おもちゃのクロスボウでゴム製の矢を飛ばして、景品に当てれば獲得できるという仕組みだ。
二人は店主からクロスボウを受け取り、試しに撃ってみた。……当たらない。しばらく撃ち続けて、ようやく景品の一つに当てられるくらいだった。
「難しいね、これ」
「おもちゃだからね。本物だったら命中精度が良くなるよう工夫して作ってあるが、おもちゃだからね」
店主は、おもちゃだから当てるのが難しいと説明した。かといって、本物を使うわけにはいかないだろう。危険だし当たれば景品も壊れる。
次に訪れた店は、リョーメンの出店だった。ごんにゃの店主も、ちゃっかり祭りに参加しているようだ。
「祭り用に新しいメニューを作ったんだ。ぜひ食べていってくれよ」
「なんだろう、新しいメニュー」
「ココちゃんぷにぷにリョーメン」
「…………」
ラムリーザは、嫌な予感しかしなくて黙った。要するに、カレーリョーメンだった。
とりあえず二人は、カレーリョーメンを作ってもらって朝食代わりにいただくことにした。そこでラムリーザは、少し不安になって尋ねてみた。
「マグマリョーメンとか作りました?」
「おお、よく知っているね。クオリメン・リーパーは辛いぞ? 食べてみるか?」
ラムリーザは「いや、いいです」と答えながら、今度は別の嫌な予感がして、さらに尋ねてみる。
「ココちゃんぷにぷにクッションを景品にしていますか?」
「いや、メニューを取り入れただけで、あの店のマスコットまでは手を出していないなぁ」
ごんにゃ店主のその言葉を聞いて、ラムリーザは安心した。これならソニアたちが無茶をすることはないだろう。
「しかし熱いのがいかんなぁ。冷たいカレーリョーメンにしてよ」
「あいよっ」
ラムリーザは「ココちゃん冷え冷えリョーメン」にしてもらった。
それにしても、ココちゃんと付いているだけで、カレーとは名乗っていないのが不思議だ。店主が言うには、スープにクミンやコリアンダーなどのスパイスを混ぜるのが特徴で、あくまでカレーではなくリョーメンなのだそうだ。建国祭が終われば、名称からココちゃんを除いて、スパイスたっぷりとろとろリョーメンにするつもりらしい。
「そういえば熱いのダメだったね」
ジャンにそう言われ、ラムリーザは持論を述べた。
「こんなのを飲めるほうがおかしいんだよ。例えば熱々のスープだ。指を突っ込んで平気な温度じゃないだろ? 無理だろ? 僕は指を突っ込んでも平気な熱さのものしか食べないよ。いや、食べられないほうが普通だと思うけどねぇ」
「うーむ、俺の口の中が鈍感なのか、ラムリィが敏感すぎるのか。いやでも確かに指を突っ込めないものを口に入れられるのも変な話だな」
そんな感じに、開幕前の見回りは続いていた。
「さて、もう少しで開幕だね」
あと数十分で開幕だ。ラムリーザとジャンの二人は、屋台の立ち並ぶ二番街ペニーレインの入り口で、あとから合流することになっているソニアたちを待っていた。
「ちょうど一年かぁ。俺がリリスと出会って一年。去年のこの日に、俺はリリスを初めて見た」
「リリスの本性知っているよね? ソニアと遊んでいるときだけ現れがちだけど」
「あれか、最初は驚いたけどだいぶん慣れた。リリスもソニアも似たもの同士。俺とお前も似たもの同士。今度はダブルデートやろうぜ。段取りは、俺が全部やる」
ジャンが段取りを強調するのは、ラムリーザとソニアの遊園地デートが無茶苦茶だったからだ。
「いやもうデートはいいよ。僕とソニアは自然体で付き合うよ」
「ダメだ、デートの練習させてやる。一から手取り足取りな」
「そ、そこまで? 双子の兄妹みたいな関係が長かったから、今さら変えられないよ」
「おはようございませんですの!」
そこにユコの否定形挨拶がかぶさった。人も集まり、いよいよ建国祭の始まりだ。
ソニア、リリス、ユコ、ソフィリータ、フォレストピアのいつもの面々は集まった。しかしポッターズ・ブラフ組が集まるかどうかまでは計画していなかった。
ソニアは早速いかめし屋へ向かい、好物を入手している。帝国産のいかめしは、中に小麦を練ったもの。ユライカナン産のいかめしは、中に米が入っている。ソニアの好みはどちらだろうか?
リリスとユコは、二人で射的屋で遊んでいる。あれはなかなか当たらないよ、とラムリーザは教えてやりたかったが、店の事情もあるしあえて黙っていた。むろん、二人は命中させるのに苦労しているようだ。
一方ソフィリータは、のんびりとカメをすくっている。カメ釣りに飽きたら、今度はひよこを釣っている。ラムリーザの好きな色の緑色のひよこを、お土産にしようと狙っているようだ。
「集まったけど、なんかみんなバラバラだなぁ」
「俺たちは何をしようか?」
みんなで集まったものの、まとまって行動することはなく、みんな自分の好きなことを求めて、てんでばらばらに動き始めた。ラムリーザとジャンは、気がつくと取り残されてしまっていた。
「何をすると言われても、ほぼすべての店を見回りで見たからなぁ」
それほど大きな規模の祭りというわけでもないので、とくにじっくり遊ぶこともなく回れば、一時間もあればすべてを見て回れる。
「仕方がない、俺はリリスと行動――と言っても、リリスはいつもユコと一緒だからなぁ」
ジャンとリリスが二人きりで遊ぶには、リリスとユコを分断しなければならない。修学旅行では、ユコにレフトールをあてがって分断しようとしたが、それは失敗に終わっていた。
「ソニアは一人で買い食いばかりしている。ソニアと遊ぶ?」
「寝取られない自信があるところが気に入らんなぁ」
ジャンはジト目でラムリーザを睨みながら、言葉を続けた。
「ラムリィ、お前がユコと遊べばいい。それでフリーになったリリスと俺が遊ぶ」
「そんなことをしたらソニアが騒ぎ出してめんどくさいことになるから嫌だ」
「ソニアに隠れてユコと遊ぶんだよ」
「こんな歩いて十分もしないうちに終わるような通りで、隠れることなんてできるわけがないよ」
「まったく……」
ジャンとリリスが二人で遊べるときは、なかなかやってこないようだ。
途中、リゲルとロザリーンと出会った。ポッターズ・ブラフ地方の建国祭ではなく、フォレストピアの建国祭に遊びに来たようだ。
一時間弱が過ぎたころ、屋台通りを一往復して戻ってきたラムリーザとジャンのところに、最初に戻ってきたのはソニアだ。
「もうおなかいっぱい~」
などと言っている。祭りが始まってから、ずっと食べ続けていたのだろう。しかしその手には、まだ焼きそばが残っている。
「またいっぱい食べる。そんなにいっぱい食べるから、おっぱいがいっぱい膨らむんだぞ」
「う~、だっておいしいんだもん」
「胸が育つエル。エルは来年にはエムになるんじゃないかねぇ」
「うるさいっ、ドロヌリバチの巣にストローぶっ刺して蜜を飲むジャン!」
ソニアの反論は、いまいち意味がわからないことが時々ある。ドロヌリバチは泥で巣をつくる蜂だが、ジャンと何の関係があるのかは不明だ。
「とりあえず他のみんなを探そう」
ラムリーザは、ジャンとソニアの罵り合いを止めるという名目で、移動を始めることにした。
ソフィリータはすぐに見つかった。ウナギ釣りに夢中になっているようだ。手元には、カメの入った袋と、ひよこの入った籠。小さなカニの入った袋もぶら下げている。
どうやらずっと、生き物釣りをやっていたようだ。
「なんだその生き物だらけは、食べるのか?」
「あ、ジャンさん。食べませんよ、庭の池に放すのです」
「ヒヨコは育てて食べるのかな?」
「どうして食べることばかり考えるのですか、まるでソニア姉様みたいな――」
「ヒヨコ食べるからおよこし!」
何だその語尾は、とソニアにツッコミそうになるのを飲み込んだラムリーザ。
「ヒヨコは食べるところが少ないよ」
代わりに、的外れなことを言ってしまっていた。
「卵の中のアヒルを食べるようなものがあったような――まいいか、リリスとユコを探すぞ」
ジャンは、何か思い当たる節があるようなことを言った。
「あ、先に行っててください。ウナギを釣ったら最後にしますので」
ソフィリータは、どうしてもウナギが釣りたいらしい。見ると、焼きそばを平らげたソニアまでウナギ釣りに参加していた。
仕方がないので、二人を残してラムリーザとジャンは再び通りへと歩を進めた。
「さて、リリスとユコはどこで何をやっているのやら」
「なんとなくだけど、通りから少し離れたところでのんびりしてると思うぞ」
ジャンは、一つ一つ裏通りや路地裏を覗き込んでいるが、そこに二人はいなかった。
「どこかの屋台で食事中かな?」
ラムリーザは、飲食系の屋台を覗いてみたが、そこにもいなかった。
結局ラムリーザとジャンの二人は、そのまま屋台通りの端まで来てしまった。
「あれ? いなかったね?」
「先に二人で帰ったとか、それはないだろうなぁ」
もう一度、屋台を観察しながら来た道を引き返してみた。これでいなかったら、キュリオで電話をかけてみよう。
「あ、ウナギ釣れました」
先ほどのウナギ釣りの屋台に戻ってくると、ソフィリータは新しく増えた透明の袋を掲げて近づいた。袋の中には、長い体をした魚がうねうねとくねりながら泳いでいた。
「ちょっと待って、あたしまだ釣れてない!」
「あー、ゆっくりしてていいから、釣れたらそこで待ってろよ。リリスとユコを見つけたら戻ってくるから」
焦れば焦るほど釣れなくなるので、ラムリーザはソニアを落ち着かせて通りの入り口へと歩を進めた。
「えっ?」
通りの入り口に近づいたところで、ラムリーザは驚きの声を上げた。そこは、大通りから入った二番街の、最も手前の屋台がある場所だ。通りの入り口付近にある店なので、祭り前の見回りで最初に訪れた場所だ。
リリスとユコの二人はそこにいた。いや、まだそこにいたというべきか、なんだか必死な形相で、ひたすらおもちゃのクロスボウを操っている。
「ななっ? 君たちはずっとここにいたのか?」
ジャンも驚いている。
「あっ、もうちょっと待ってくださいですの。ほら、また出てきた」
ユコが指差した場所には、ラムリーザにとって見慣れた、しかしその見慣れたものよりははるかに小さいものが置かれていた。
「くっ、これを景品に出したらいかんと言っておくべきだった」
もちろんラムリーザはそんなことは言っていない。しかし、今からでもいいから引っ込めさせたかった。
そこには、例のぬいぐるみ――いや、クッションをミニチュアにした、ココちゃんミニチュアクッション、手のひらサイズの小さなぬいぐ――クッションが置かれていた。
ソニアが気がついたら、取り合いになる可能性は十分ある。すでにユコの手さげ袋の中には、それが少なくとも十体以上入っていた。ユコのココちゃんフリークぶりには、本当に驚かされる。
「それでリリスは何を狙っているんだ?」
リリスを見ると、手当たり次第にクロスボウを撃っている。景品を狙うというより、クロスボウを撃つことにはまってしまったようだ。
混雑で動線が詰まり始めている。
「そろそろ終わりにして、他のところにも行こうよ」
ラムリーザはリリスとユコを射的屋から連れ出そうとしたが、ユコは「他のところを見てきてもいいですわ。私はもうしばらくココちゃん狙いますの」と答えて動こうとしない。
「リリスもちょっと出歩かないか?」
ジャンはユコではなく、リリス一人にターゲットを絞って誘いかけていた。
この二人の熱中度を、ラムリーザは再び思い知らされた。ちょうど一年前のこの頃、ソニアを加えたこの三人は、ネットゲームにすべての時間を惜しまず注ぎ込んでいたのだ。一つのことに熱中するすさまじさは、何も今に始まったことではなかった。
「ええ、いいわ」
しかし、目的もなくただ撃ち続けていたリリスは、ジャンの誘いに乗ってクロスボウを手放した。意外な形でリリスとユコの分断ができたのは、ジャンにとって幸運だ。
「よかった、いくらぐらい投入したんだ?」
「ん~、一万エルドぐらい?」
やりすぎだ。しかし、ジャンの店でライブをしてバイト代をもらうようになって約一年。リリスもユコも、遊ぶ資金面に不自由はしていなかった。
「私のことは気にしないで、ココちゃんがなくなったら一人で帰りますので、ラムリーザ様も私に構わないでくださいの」
ユコも同じくらい投入しているだろうし、まだまだ手のひらサイズのココちゃんミニチュアクッションを狙い続けるようだ。
ラムリーザはため息をついて、射的屋から離れた。見るとジャンとリリスは、連れ添って屋台通りを進んでいる。
「リザ兄様、もうソニア姉様も呼んで帰りますか?」
「しょうがない、そうしよう」
「やったー、ウナギ釣れたよーっ」
そこに、うれしそうな歓声を上げながらソニアが戻ってきた。ソニアの持つ袋の中には、ウナギがうねうね泳いでいた。
「よし、帰るぞ」
ラムリーザは、ソニアの意識が射的屋に向かないように、さっさと祭り会場から帰ろうとした。
「あ、ユコだ。何か撃ってる」
「いやいやいや、ちょっと待て。そっちに行っては――」
「あっ、ココちゃん!」
遅かった……。
ユコの後ろ姿に引き寄せられて射的屋に近づいたソニアは、ユコが狙っているものに気がついてしまった。
無論ソニアはすぐにお金を支払い、クロスボウを手に取り、ユコに負けじと同じ景品を狙い始めてしまった。
「……ソフィリータ、先に帰ってもいいよ」
ラムリーザは、ソフィリータを先に帰らせると、射的屋の裏側に回って屋台の主に会いに向かった。
「おお領主様、祭りは楽しんでいるかい?」
威勢よく語りかけてくる店主に、ラムリーザは力のない声で尋ねた。
「あの白くて小さなぬいぐるみは、あとどのくらいありますか?」
「おお、あれはカレー屋から分けてもらったものだ。えーと、これだけあるね」
店主が見せたものは、大きな箱に入ったココちゃんの群れだった。少なくとも百体はある。
「あぐぐ……」
うめくラムリーザの目の前で、店主は「おっ、また当てたな」と言いながら、小さなココちゃんを並べていくのだった。
昼下がりになって、リゲルとミーシャの二人が祭りを見に来た。午前中はロザリーンと来ていたはずだが、ひょっとして――?
結局この日ラムリーザは、ソフィリータとミーシャが合流して祭りの喧騒の中に消えていくのを確認して、さらに日が暮れる寸前に景品のココちゃんがなくなったところでようやく祭りから帰れることになった。
まったく数えていないが、少なくともラムリーザはその間、屋台通りを一人で十往復はする羽目になってしまった。
今日のラムリーザは、ソニアとユコのミニココちゃん獲得への執念、リゲルの清々しいまでの二股状態を目の当たりにした。そしてウナギの入った袋と、ミニココちゃんが少なくとも三十体は入った袋を持って満足そうな顔をしているソニアの横で、ラムリーザはくたびれた顔のまま帰途についた。
去年の建国祭は、ただ眺めて、食べて、笑って終わった。
今年は違う。屋台の並びを気にして、危ない遊び道具がないかを見て回り、店主の顔色まで読む羽目になった。
祭りとは、勝手に盛り上がるものじゃない。盛り上がりが崩れないように支えるものなのだと、今日初めて実感した。
それでも、ペニーレインに人の笑い声が流れて、知らない住民同士が同じ屋台で肩を並べているのを見ると、悪くないと思える。
フォレストピアは、少しずつ街になっていく。
ただしその足取りは、だいたいココちゃんに引っ張られている気がするのだった。