ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
建国祭の段取り
帝国暦九十三年 豊灯の月・精霊の日(現代暦:五月中旬)
エルドラード帝国の建国記念日まであと二日と迫ったこの日、学校帰りのラムリーザとジャンは、帝国内でチェーン展開しているカレー店「ココちゃんカレー」で談話をしていた。
正面の席では、ソニアとユコの二人が悪戦苦闘しながらも「ココちゃんマグマカレー」を食べている。もちろん辛い物好きというわけではなく、景品の「ココちゃんぷにぷにクッション」が目的だ。
ちなみにリリスは、「昨日も食べたし、クッションはそんなに欲しくない」と言って、今日は先に帰ってしまっていた。
「ところでさ、今年の建国祭はどうする? また帝都に行くか?」
「そうだねぇ、それでもいいけど、ここでもやってみないか? 別に地方で建国祭をやってはいけないという決まりはないし、むしろ地方でもどんどんやろうって方向に動いていたはずだよ」
ラムリーザはジャンに尋ねられて、面白い提案をしてみた。フォレストピアはユライカナンとの文化交流のために作られた街だが、帝国領であることには変わりないので、建国祭をやっても不都合はないはずだ。
「第一回フォレストピア開催、エルドラード帝国建国祭か。もっと早く話を切り出すべきだったな。なんとか明日一日で準備できるものだろうか」
「そんなに規模は大きくなくていいから、屋台の準備とかがメインでいいと思う」
「よし、それで行ってみるか。明日は学校……休むかな?」
「それはさすがにまずいだろう。明日は街のほうを『お祭り準備』にして回そう」
カレー屋の席で、街の方針について会議しているのも不自然な感じだが、ジャンはこの後で近隣の有力者に掛け合うことになった。急ではあるが、話を通してみるつもりらしい。
この街には、ユライカナンの人も店を開いたり、帝都観光の拠点として人が集まったりしている。文化交流の一環として、帝国の建国祭を見てもらうのもいいだろう。
「運営のほうはジャンに任せるよ。資金に関しては気にせずやってくれ」
「おーおー、お金持ちだねぇ」
「君もなー」
領主と一流クラブのオーナー。このコンビなら、財力はフォレストピア随一となるだろう。
目の前のソニアとユコは、滝のように汗を流しながらマグマカレーを半分ほど平らげていた。まだまだ先は長そうだ。
「そういえば去年の今頃は、ネットゲームでひどい目に遭ったな」
建国祭の計画が一段落しても、ラムリーザとジャンの話は続いている。
「ネットゲーム? 何やってたん?」
「何だったっけ、四神なんとか。キュリオで遊ぶ携帯ゲームだったね。この端末を買うのも最初はそのゲームをやるのが目的だったと思うよ」
そう言いながらラムリーザは、自分の持っている携帯型情報端末キュリオを取り出して見せた。
「ああ、あれか。まだサービス続いていたっけ? ……いや、去年の秋の終わりにはサービス終了しているな」
「帝都に連れ出して、ジャンの店でライブの話が始まらなければ危なかったと思うよ。あれは酷かった」
「まぁ、ああいうネットゲームは中毒性あるからな。ほどほどにしておかないと、ガチャは青天井だわ、生活のすべてをゲームに費やす奴とか出てくるし」
ソニアたちは、ほとんど後者だった。金がないのでガチャは控えめだったが、その代わり長時間プレイで、徹夜も当たり前だった。
「一週間で二十五万エルドほど使ったよ。ソニアたちをネットゲームの世界から連れ戻すための出費と考えたら、全然痛くないけどね」
「そんなに使ったのか。まぁ世の中には億単位で使い込む貴族もいるから、その辺りは人それぞれ。俺が億単位使うぐらいなら、そのゲームの権利を買い取るけどね」
「ああ、ゲームの権利を買ったら、自分でデータいじって簡単に最強になれるよね」
「そこまでやる必要もないけど、やってみるのもおもしろいかも?」
「そうだね、とりあえずソニアたちがまた連日徹夜で無茶するようなネットゲームが出てきたら、権利を買い取ってサービス終了してやればいいんだ。……まぁ冗談だけどね」
ラムリーザからしてみれば、それが不可能とも言えない財力を持っていること自体が恐ろしいと言えるだろう。
「そっかー、リリスたちがネットゲームにはまってくれたから帝都に来てくれたんだねー」
「ちょっと違うけど、あのときはほんと大変だったんだからな。たぶんこれまでの人生で、一番ゲームを真剣にやったよ」
「真剣さなら、数年前に俺とやった『砦の攻防』はどうだった? まあ、真剣になる方向性が違うと思うけど、それで帝都に来たときにリリスに一目惚れしたってのは話したと思うけど、ネットゲームをやっていなかったら帝都に来なかった可能性もあるわけだ」
確かにあのときは、何でもいいからソニアたちを外に連れ出そうとして、帝都の建国祭に行ったのだ。ネットゲームをやっていなければ、そのときにジャンとの再会もなく、ラムリーズとしてのライブも始まらなかったかもしれない。
「人生何が良くて何が悪いか、わからんね」
ラムリーザは、去年の今頃のことをしみじみと思い返しながらつぶやいた。壊れかけた時間の果てにつながっていた、嘘のような本当の日常。ラムリーザは、不思議な運命の巡り合わせに小さく息を吐いた。
「お、哲学的なことを言うのか?」
「いや、フォレストピア計画がなければ、そもそもリリスたちに出会うこともなく帝都で暮らしていただろうしねぇ」
「それは困る! ぬっふっふっ……」
ジャンは思いっきり反論しながら、唐突に笑い声を上げた。見ると目の前で並んで激辛カレーを食べている二人は、涙と鼻水まみれでなんとも形容し難い顔になっていた。
「そこまであのぬいぐるみが欲しいかなぁ」
ラムリーザは二人を心配しながらぼやいた。結局のところ二人が突き進んでいるのはクッションのためなのだ。景品をいっそ割高で買い占めるか? とも考えるが、馬鹿馬鹿しくもあった。百個以上も同じクッションを買うのは馬鹿らしい。
「ぬいぐ……るみじゃなく……て、クッショ……ン」
ソニアは激辛カレーでへとへとになりながらも、訂正する気力だけは残っていたようだ。
「ところでジャン、リリスを君のホテルに住ませているって話だけど、何か進展はあった?」
「ノーコメント」
「いや、以前ソニアと僕の関係をしつこく聞いてくるから答えたじゃないか、そっちも答えろよ」
「リリスファンに悪いからノーコメント。脇役がヒロイン候補に手を出しているとか知れたら、猛烈なバッシングを受けるものだ」
「また何か設定を作っているな? というより脇役とかヒロイン候補って、ジャンが主人公ならリリスがメインヒロインでいいんじゃないか?」
「ラムリーザが主人公なら俺は脇役でリリスはヒロイン候補だ。まぁ物語的にはリゲルが主人公なら面白いんだろうけどな、ダブルヒロイン状態だし」
「設定の話はもういい。しかしリリスにファンとかいるのかなぁ、学校では全然目立たないし」
ラムリーザは、いつものリリスを思い浮かべてつぶやいた。リリスはまごうことなき美少女だが、だからといって大勢の男子に言い寄られているわけではない。ソニアたちと雑談しているとき以外は、机に突っ伏して寝ていることが多い。
「あの学校――というかこの地域の学生はおかしい。なんでリリスがフリーなんだ? この地方ではどんな女がモテるんだ? 帝都なら間違いなくリリスはモテモテだ。しばらく付き合ってきたけど、見た目だけの中身が厄介ってわけでもなさそうだし、これを競争相手もなく独占できるのだから不思議だ。まあ、そのほうが楽でいいけどね」
確かにジャンは、何の抵抗もなくリリスに近づけている。
「過去がねぇ……。それに美少女のメッキが剥がれたら、やっていることや思考はソニアとあまり変わらんし。ん、なんか以前もこんな話したな」
リリスは普段は妖艶な雰囲気を作り上げているが、ソニアと関わって地が出ると妖艶さは吹っ飛んで馬鹿っぽくなる。例えば「まー病」だの、ハンバーガーの大食いで自爆するような子だ。たぶんジャンが見ているのは、ソニアがそばにいないリリスだろう。
そういえばネットゲームでヨレヨレになる前のリリスは、終始魅惑的だったなとラムリーザは思い返していた。
激辛カレーを完食したソニアとユコは、それぞれココちゃんを抱きかかえてふらふらと店から出ていった。その二人の後からついていきながら、ラムリーザとジャンは談話を続けていた。
「そういえば、またユライカナンからお店がくるけど、この週末は建国祭にするから来週にしよう」
建国祭の舞台は、フォレストピアのメインストリートから一筋逸れた二番街ペニーレインに屋台を並べ、会場にすることにした。メインストリートは大通りなので、屋台を並べるには向かないだろう。
「いか……めし屋……は作って……ね」
屋台と聞いて、いかめし好きなソニアはかすれた声で要望を出した。フラフラでも話に入ってくる気力は残っているようだ。
まあ建国祭といっても、やることは屋台を並べたお祭りみたいなものだ。それでも、国旗や竜神の紋章を飾るだけでも、ただの屋台通りとは少し違って見えるはずだ。
「最近、何やってる?」
唐突にジャンはラムリーザに尋ねた。
「最近? んー、まぁいつも通りドラム叩いたりソニアがプレイしているゲームを眺めたりしているよ。画面の上から魔物が迫ってくるから、画面下から魔法を撃って退治するんだ。魔物も魔法を放つから、左右に逃げながら、魔物を全部退治したらクリアだね」
「あれか。魔物が自分の陣地に入るギリギリの状態だと魔物の攻撃を受けないから、それを利用したら安全だぞ。ところで、妹は元気にしているかな?」
「ソフィリータ? んー、あまり部屋には行かないけど、相変わらずサンドバッグを蹴っているみたい。格闘技にはまっているからね、バクシングも始めたかな?」
「リゲルは部活のない日は何をやっているんだろうなぁ」
ジャンは、この場にいないリゲルのことも尋ねたので、ラムリーザは知っている範囲で答えた。
「リゲルはね、最近は天文台の視察に行くことが多いんだ。フォレストピアを作るって話をしたとき、彼は天文台を作ってくれと言ったので、山の頂上付近に建てているんだ。彼は車を持っているから、そこまで行くのは楽だろうね。ロザリーンも同じ天文部だから、一緒に行っているらしい」
「んん? リゲルはこないだミーシャと一緒に映画館へ入っていくのを見たぞ? 確か『悪魔の棲む沼』だったっけ、今やってるの」
ジャンはラムリーザの話を聞いて、面白そうに言った。
「また怖そうなのやってるな。しかしリゲルはミーシャのことはロザリーンに隠していて、ロザリーンのことはミーシャに隠しているっぽい」
「うまいな、均等にフラグを立てていて、しかも相手には悟られない。リゲルは好色の才能があるみたいだ」
「いったいどうするんだろうねぇ……」
そのときちょうど、ユコの家へ向かう道との分かれ道にやってきたので、ユコは三人に別れを告げるとふらふらと去っていった。
「あんなにフラフラになるような激辛カレーを、そろそろ十回ほど食べたんじゃないかな」
「このぬいぐるみ、そんなにいいかねぇ」
ジャンは、ソニアの抱えているココちゃんを覗き込みながら首をかしげる。ココちゃんは、見た目だけではただの白くてずんぐりむっくりした丸い体に、手足と尻尾の生えたぬいぐるみだ。
「ぬいぐるみじゃなくて……クッション……」
少しは口調が正常に戻ってきている。
「このぬいぐ――クッションは、これで五つ目だなぁ。同じものばかり、飾るのにも苦労するよ」
「クッションを飾るのは……変……」
ソニアはそう言うが、床に転がしておくのも何なので、ソファーの上に並べたり、ベッドの上に置いたりしている。今でもソニアはベッドの上に置くとなぜか不満がるのだが。理由は「クッションをベッドの上に置くな」だ。なぜダメなのかわからないが、ぬいぐるみならいいのにクッションはダメだという。いまいち意味がわからない。
「それじゃあまた明日!」
ジャンは手を振り、ラムリーザたちに別れを告げて自分の店へと戻っていった。ジャンが角に消えるまで見送った後、ラムリーザとソニアは自分たちの屋敷へと向かった。
「しかし五つ目どうするん? 同じのばかり飾ってもおもしろくないし」
「だったら、あたしの部屋に投げ込んでおく」
「それはそれで放置しているみたいでかわいそうだ」
二人の住んでいるフォレスター邸。一応ソニアの部屋も用意されているが、ラムリーザの部屋に入り浸っているのでほぼ使用していない。
ラムリーザは、ソニアの部屋が隣なので、そのうち二つの部屋をつなぐ扉でも作ろうかと考えていた。ソニアが部屋を使わないのなら、倉庫部屋として利用する手もある。
しかし、数が増えたからという理由だけでココちゃんを放り込むのは気が引けた。
ソファーに三体、ベッドに一体。今日の戦利品は、普段は使わないテーブルとセットになっている椅子の一つにでも乗せておくか。
建国祭の準備と屋台の段取り。辛さに泣く二人と、妙な設定談義。
去年の今頃は、端末の画面の中に閉じ込められたみたいに、時間の感覚が壊れていた。それが今では、街の予定を決めて、帰り道にクッションの置き場に悩む。
新天地での騒がしくも温かい、確かな日々の足跡がここにある。騒がしいのに、ちゃんと生活になっている。フォレストピアは、そういう場所になりつつあった。
そんなことを考えながら、ラムリーザは明日から始まるお祭りの準備に思いを馳せた。愛おしい日常の灯りは、もうこの街のあちこちに静かに灯り始めていた。