ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
軽音楽部の平和、不穏の入り口
帝国暦九十三年 豊灯の月・女神の日(現代暦:五月中旬)
この日の放課後、ラムリーザたちのグループは特に目的もなく、学校の部室に集まっていた。ジャンの店にあるスタジオではなく部室ということは、適当に雑談して過ごしているだけだ。
ピアノだけは学校の備品なので残っている。その周囲に女子たちが集まり、雑談していた。一方男子たちは、これも学校の備品であるソファーに腰掛けてのんびりしていた。
「ねぇねぇ、誰かミーシャの言うとおりにやってみてよー」
ミーシャの提案にリリスとユコは顔を見合わせて目配せし、ソニアを生け贄に差し出した。とくにミーシャは悪いことをするような子ではないが、こういう何を仕掛けてくるかわからないときはソニアに相手をさせるのが一番だ。
「何よ、媚び媚び娘」
ソニアの暴言に近い呼び方も、ミーシャにはちっとも効いていない。
「んーとね、んーとね、両手を前に出してー」
ソニアはミーシャに言われたとおりに両手を差し出す。こうして相手を疑ってかからないのが、ソニアの純粋なところであり、それが先日の旅行先で釣鐘を叩き続ける行動につながっていた。
「その手を握りしめてー」
ミーシャは、媚び媚び娘の二つ名のとおり、いつもの甘ったるい声で指示を出す。それにも素直に従うソニアである。
「その握りこぶしをこすってー」
何の意味があるのかわからないが、ソニアは両方の握りこぶしをすり合わせる。何かのおまじないだろうか?
「そのこすったところを嗅いでみてー」
ソニアは何も迷わずに、両手の握りこぶしを鼻先へ持っていった。周囲の人たちの視線がソニアに集中する。
その瞬間、ミーシャはうれしそうな声で「ぶりっこ~」と叫んだ。
ソニアは頭に「?」が浮かんだような顔で、そのまま握りこぶしを鼻先に当てたまま周囲をきょろきょろしていた。
「ぶふっ」
吹き出したのはリリスだ。
「ソニアがぶりっこしていたら、なんだか様になるねー」
「なっ、何よっ、誰がぶりっこよ、あたしぶりっこじゃない!」
「ねーねー、つま先に何かついてるよ」
嵌められて憤慨するソニアに、ミーシャは不思議そうな顔で言った。ソニアは怒るのも忘れて、うつむいて足元を見た。
その瞬間ミーシャは、ソニアの肩をぽんぽんと叩きながら「落ち込むなって」と優しく、やけに愛想のいい声で慰めるように言った。
「落ち込んでない!」
また怒るソニア。そこにリリスの余計な一言が炸裂。
「さっきうつむいたけど、つま先見えたの?」
「みっ、見たわよ!」
「本当かしらねぇ」
リリスは、ニヤニヤしながらソニアを見つめている。
「何が言いたいの――」
「ねーねー、目に何かついてるよ」
リリスに食って掛かろうとするソニアに、またしてもミーシャは媚び声で指摘した。
「えっ?」
ソニアは怒るのも忘れて目に手をやる。
「こすったら取れると思うよ」
ミーシャにそう言われて、ソニアは両手を握ったまま目をこする。
その瞬間ミーシャは、うれしそうに「泣くなってばぁ」と言った。
この流れに、傍観していた二人以外の子たちは吹き出していた。
「なっ、何よさっきからこの媚び媚びミーシャめっ!」
ソニアは、リリスに振り上げた拳を今度はミーシャに振り上げた。怒髪天を衝くソニアを見ても、ミーシャはいつものように平然としたとぼけた顔で返してくる。
「なぁに? 泣き虫姉ちゃん」
「だっ、誰が泣き虫姉ちゃんよ!」
こうなったら完全にソニアは手玉に取られてしまっている。そこでミーシャは、みんながもっともだと納得するようなことを理由に挙げた。
「だって、のだましたら泣いて、バクシングしたら泣いて、お姉ちゃんは何か遊びに行くたびに泣いているよー」
確かにのだまでは、胸の死角を突かれて泣き出し、バクシングではラムリーザに勝ったものの、その代償に胸元がだらしなくはだける結果になって泣き出してしまっていた。
「泣き虫姉ちゃんであると同時に、ふえぇちゃん。見てなさい、ふえぇって言うから」
そこにリリスが追い討ちをかけ、ソニアの胸元に手を伸ばした。ソニアは一歩身を引いてさらに激怒して、見当違いなことをミーシャに投げかけた。
「だったらこの呪いの人形、ユコは何なのよ!」
「なんですの、私は関係ありませんの」
「んーとね、んーとね、口調だけお嬢様!」
ミーシャはキリッとした、しかしやはり可愛らしい声でユコをそう評した。
「なっ、何ですのそれは!」
「あー、なんとなくわかるわ」
これにリリスは、心当たりがあるようでうんうんとうなずく。確かにユコの口調は、ステレオタイプのお嬢様言葉だ。いつのころからか演ずるようになったのだが、それがいつなのかわからない。いつの間にかだ。リリスと出会った当初は、普通の話し方をしていたはずだ。
「じゃあローザは何?」
「んーとね、んーとね、完全無欠の優等生」
「何それローザだけ良いように言って、仮面優等生でいいのローザは」
「別にロザリーンは優等生を演じているわけではなく、普通に優等生だと思いますの」
「ソニアは劣等生だけどね、くすっ。あ、心配しないで、世の中には劣等生とは名ばかりの最強もいるらしいから気にしなくていいわ」
どんな状況でもリリスはソニアを煽ることをやめない。
「じゃあこの根暗吸血鬼は何よ!」
「根暗吸血鬼ってなぁに?」
「このリリスっていう役立たず魔女よ!」
「んーとね、んーとね、サキュバスみたい。あ、目が赤いからウサギさん」
ミーシャのリリス観は、わりと見た目通りの評価だ。するとソニアはすぐに調子に乗る。
「ふん、吸血鬼じゃなくてサキュバスなんだったら、服全部脱いだらいいんだ、このエロウサギ!」
なんだかミーシャのおかげで、一同に新たな称号が与えられていくのであった。
「じゃあソフィリータは何?」
「ソフィーちゃんは、リアル回転二段蹴り」
「いや、それは得意技を言っているだけだし」
ミーシャはソフィリータの親友なので、あまり変なことは言いたくないようであった。
「だったらさ、男子はどう見ているの? とりあえずジャンから評価してみて」
リリスはミーシャに、彼女の男子評を確認してみた。
「あの人? んーとね、んーとね、エロトピア!」
その発言に、リリスとユコは吹き出した。確かにリリスはジャンに、よくエロい目で見られていた。好意を持った相手をエロい目で見るジャンもジャンだが、さすがエロトピアといったところか。
自分がそんなふうに評価されていると知らないジャンは、いつもの四人でソファーに集まり雑談していた。
「それじゃあレフトールさんは何ですの?」
ユコの問いにミーシャは、少しおびえたような顔をしたが、声色はやっぱりいつものままで、「ポッターズ・ブラフ悪の双璧の片割れ」と答えた。
「ミーシャはいなかったのに知っているの?」
「ミーシャ、二年前まではずっとここに住んでたよ。中学生のときから、レフトールって人とウサリギって人は怖いから近づいちゃダメだぞってリゲルおに~やんから言い聞かされていたもん。あ、でも最近のあの人、何かあんまり悪い人って感じがしないなぁ。何なの? 中身入れ替わったの?」
「それじゃあラムは何?」
ミーシャの質問には答えずに、ぶすっとした口調でソニアが尋ねた。
「んーとね、んーとね、太鼓打ちのお兄ちゃん!」
「むむむ、そりゃあバンドでは太鼓役だけどさぁ、もっと他にあるでしょ?」
「ないもんっ」
まぁミーシャから見たらラムリーザは、リゲルの友人で太鼓を叩いている人、もしくはソフィリータの兄で、これまた同じく太鼓を叩いている人という認識なんだろう。
「アップルクラッシャーとか?」
「ソニアが好きという物好き男とか?」
「なっ、だっ、誰が物好きよ!」
「で、リゲルは何かしら?」
ソニアを煽るだけ煽っておいて、リリスは涼しい顔をして話を先に進めた。これではソニアも黙るしかない。
「面白くて優しくてかっこいいおにーやん」
今度は「んーとね」を連発せずに即答であった。しかしリリスたちにとってはツッコミどころ満載な答えだ。
「かっこよさは人それぞれの好みがあるから触れないとして、面白くて優しい?」
面白さも優しさも、人によって受け方は違うと思うが、そこにはあえて突っ込まないでおこう。
「リゲルのどこが面白いの?」
「ミーシャに面白い話をいっぱいしてくれるよ」
「どこが優しいの?」
「ミーシャにいろいろ優しくしてくれるよ」
「ちょっとリゲルこっち来て!」
ソニアは大声を出してリゲルを呼びつける。リゲルはめんどくさそうな顔をして、ソニアのそばにやってきた。
「何だよ、風船みたいな顔をして呼びつけて何の用だ?」
「なっかっ、顔が風船なわけないでしょ!」
「ならば別の場所が風船だと認めるのか?」
「風船なんか無い! この氷柱!」
「で、何の用だ? 豊乳丸愛好家」
「そんなもの使ってない! も~、こんなんのどこが面白くて優しいのよ!」
ソニアは、ぜえはあと肩で息をしながらミーシャとリゲルを交互ににらみつける。そこまで必死になって対抗しなくてもよかろうに。
「リゲルおに~やん」
ミーシャの一言で、リゲルの人を見下すような表情が一瞬にして消え去り、代わりに現れたのは満面の笑みを浮かべた好青年だ。ミーシャに向かって、「ん~? 何だい?」などと答え、先ほどのソニアに対する態度とは全然違う。
普段の彼からは想像もつかないほどの豹変ぶりに、ソニアとリリスは鳥肌の立った両腕を抱えながら、本能的な嫌悪感を顔に張り付かせていた。
「リゲルきんもっ!」
ソニアとリリスは仲良く声をそろえてリゲルを罵倒した。想像してもらいたい、クールで通っていた青年の、うれしそうに崩れた顔を。
「こほん」
ロザリーンの咳払いで、リゲルはいつもの真顔に戻ってそのままソニアたちのそばを離れてラムリーザたちのいるソファーへと戻っていった。
そのときだ。
部室のドアが突然開き、そこに一人の女子生徒が現れた。
「やっ、やばっ」
その女子生徒の姿を見て、ソニアは慌てて自分の身だしなみをチェックする。新調したブラウスは、きちんと「L」も収まりきっていてはだけていないし、靴下もずれていない。
「騒々しい部活ね。でもいったい何をやっているのかしら?」
ケルム・ヒーリンキャッツは、刺すような視線でソニアたちを見据えながら尋ねた。
「軽音楽部だもん。少しぐらいうるさくてちょうどいいの!」
ソニアはそうやり返すが、楽器類はすべてジャンの店にあるスタジオに持ち込んでいるので、ここには学校の備品のピアノしかなくて、ぶっちゃけて言えばBGMを奏でているロザリーン以外は何も音楽活動をやっていない。
「今日は、あなた方にある提案を持ちかけにやってきました」
突然やってきて提案を持ちかけるというのも無茶な話ではあるが、風紀監査委員であると同時に生徒会副会長だ。何か部活動の方針でも考えたのだろうか?
「提案って何ですか?」
ソニアたちが相手にすると騒動に発展しかねないので、代わってロザリーンが受け答えをした。
「今ここにいるのは九人。そこにレフトールも加わったそうなので、男子四人に女子六人。ここは男女別にグループを作って、二グループに分けて活動すべきです。男子バンドと女子バンドに、きちんと分けなさい」
「やだ!」
ソニアは即答した。
「あたしラムリーズに残る! これで五人と五人の半分こ、リリスが女組のリーダーやったらいいんだ!」
ソニアは、男子と自分、その他女子のグループに分けようと言い出した。しかし、他のメンバーが納得するはずがない。
「そんなの嫌ですの!」
ユコが真っ先に反論した。
「私も嫌です。分けるのが必須ならば、J&Rとそれ以外にしてもらいたいです」
ソフィリータもユコに同調する。しかし、この提案はソニアには支持されたものの、他の女子には当然ながら反対されてしまった。
ちなみにJ&Rは、ラムリーザが帝都に住んでいたころに存在していたグループで、彼とジャン、ソニア、ソフィリータの四人組だった。
「口々に騒いでも意味がありません。部長は誰ですか?」
ケルムの問いかけに、ソニアとリリスは声を合わせて「私!」と答えた。最初の一音が「あ」と「わ」で若干違うが、二人が自分を部長だと言い張っていることには変わりない。
ケルムはため息をついて、「とにかく男女は分ける方針で。陸上部も水泳部も男女別々でしょう?」と言い残して、部室から立ち去っていった。
ソニアはケルムが出ていった扉をしばらく見つめていたが、ユコは「そういえばバレーボール部も男女別ですわね」などと言っていた。
「いや、運動部と文化部を同じに考えること自体がおかしいですよ? 天文部は男女混合ですし」
ロザリーンは冷静にツッコミを入れた。
「あ、そうですわね……って、男子!」
ユコはハッと我に返り、先ほどの騒動に我関せずだった男子部員たちに文句を言った。
「どうしてあなたたちは、あの風紀監査委員にガツンと言ってやらないんですの?!」
ユコに責められて、ソファーに腰掛けていたラムリーザとリゲルとジャンは、首をかしげて互いに顔を見合わせた。
「いやぁ、僕はあの人がちょっと苦手で……」
ケルムには弱気なラムリーザ。
「あまり好みのタイプじゃなかったから」
あくまでエロトピアなジャン。
「部活の面倒事は、部長が何とかしろ」
正論ではあるが、責任逃れのリゲル。さらに部長が決まっていないという現実もある。
とりあえず結論としては、男女別に活動することはありえない、ということで決着がついていた。
部室を出たケルムは、一人考えていた。ラムリーザは私と結ばれるべきだ、と。そう、彼女は本気で考えていた。
まずは、邪魔な女どもをラムリーザの周りから剥ぎ取らなければならない。以前、ラムリーザの権威を失墜させようとした作戦は失敗してしまった。その結果手駒を失うことになったが、これからは慎重に一手一手仕掛けるのだ。
そうしてラムリーザと他の女たちが疎遠になったところへ、自分が取って代わる。いずれはラムリーザを骨抜きにしてやるつもりだった。
部活動は、口実にしやすい。正論の形をしていれば、反論する側が悪者になる。
それと、裏切り者であるレフトールへの制裁も忘れてはならない。これはウサリギをうまく使って目に物を見せてやればよいだろう。
ケルムはそうして、最終的にはラムリーザごとフォレストピアを手に入れるつもりでいたのだった。
一見平和だ。だからこそ、歪みは目立たない。