ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
自由行動最終日 土産とぱふりんこと腕っぷし
帝国暦九十三年 翠雫の月・不死鳥の日(現代暦:五月中旬)
今日は修学旅行、最後の自由行動の日。
ラムリーザたちはユライカナンの街へ繰り出し、土産物屋を物色していた。
「木刀か、これいいぞ」
レフトールは、木製の模造刀を見つけてきて掲げていた。
「大判に小判? 昔は使っていたが、今は使われていない貨幣ねぇ」
「このミニチュアの鐘とかよさそうじゃない?」
鐘といえば、昨日ソニアたちが遊んでいたあれか。たまに聞こえると風流だが、連打されるとうるさいだけだった。
そんな中、ユコがあるものを持ってラムリーザのそばへ現れた。
ユコの手にあるのは木でできた……どう表現したらよいものやら、まるで頭蓋骨のようなものだった。頭頂部にあたるような場所は、丸くつるつるとなっており、鱗のようなギザギザが付いた二つの目のようなものもあり、ニコッと笑ったような口に見える切れ込みも入っている。顎にあたる部分はギザギザで、まるで髭が生えているようだ。
大きな目をした髭もじゃの、つるっぱげの人が笑っているような、そんなイメージを持つアイテムだ。
「その髑髏みたいなものは何だい?」
ラムリーザの問いに、ユコは「木魚というものみたいですの」と答えた。
魚? どう見ても魚には見えない。禿げ頭の、笑った髭もじゃにしか見えない。
「その木魚がどうしたんだ?」
「ええと、これはこうやって使うみたいなの」
ユコはそう言うと、木魚とセットになっていた撥で叩いてみせた。店の中に、ポクポクと小気味のいい音が鳴り響く。
「なんだか気持ちが落ち着くような音だね」
「これをラムリーザ様のドラムセットの音色に加えてみたら、新しいサウンドが増えると思いますの」
「なるほどね」
ユコからそう聞いて、ラムリーザは木魚を一つ買っておくことにした。この音でどんな音楽に合わせるのかはわからないが、ユコは既存の曲のアレンジも得意だ。そこは任せるとしよう。
一方リゲルとロザリーンは、今回の旅行に来ていない人たちのための土産を選んでいた。リゲルはミーシャに、ロザリーンは兄のユグドラシルに。
「自分の土産だけでなく、家族や友人への土産も探しましょうね」
ロザリーンの一言で、ソニアは両親への土産を選んだ。父にはヌンチャク、母にはトンファー。どちらもユライカナン特有の武器を模造したものだが、ソニアがなぜ武器を選択したのかは誰にもわからなかった。
ラムリーザも両親と兄妹への土産を考えていた。父と兄はめったに会えない。買って帰っても、夏季休暇までは渡せないだろう。妹のソフィリータには、トンファーかな、と考える。なにげにソフィリータは格闘技を実際にやるのが趣味だった。
土産物屋を一通り見て回り、荷物が増えるのも困るので残りはまたあとで別の店に寄ることにして、しばらく街を散策する。
すると、町外れに「ぱふりんこ屋」という名の店があるのを見つけた。
男性陣はその店に興味を持ち、なんとか入る機会をうかがっていた。しかしそのためには、女性陣と離れる必要がある。
そのぱふりんこ屋を通り過ぎてしばらくしたところで、ジャンが提案した。
「よし、ここから男女別に分かれよう」
「なんで?」
真っ先に聞き返したのはソニアだ。
「男には自分の世界があるんだよ。例えるなら、宇宙の吸精鬼が潜む流れ星のようなね」
ジャンの説明にソニアは首をひねりながらも、ラムリーザに尋ねた。
「ラムも流れ星?」
「うん、それは銀牙のように……」
言いかけてラムリーザは口をつぐんだ。その先の設定が出てこないのだ。さすが設定師ジャン、彼はすらすらと言葉が出てくるものだ。
レフトールも別行動しようと言い出したので、女性陣は不審がりながらも一旦男女で別行動をすることになった。
さて、お目当てのぱふりんこ屋。
なんだか怪しげな響きと、美女の看板が三人の興味を引いていた。いつもの五人ではなく三人、リゲルとマックスウェルはさほど興味を示していないようだ。リゲルは本当かもしれないが、マックスウェルはのんびりとした表情に出ていないだけかもしれない。
「さて、誰から入る?」
ラムリーザは一同を見渡して言った。
「ラムリィ、君からどうぞ」
ジャンは一歩下がってラムリーザに勧めてくる。
「なんで? ここに行こうと提案したのは君じゃないか?」
「領主様に一番の栄誉を与えようではないか」
ジャンはここに来て尻込みか? リリスには遠慮なく話せるのに、妙なところで度胸がない。
「大体ぱふりんこって何ね?」
「知らん、ユライカナン独特の文化みたいだ。せっかくだから体験しようじゃないか。後で話を聞かせてくれよ」
「いや、自分で入れよ」
しかしもたもたしていても埒が明かないし、別行動した女の子たちが戻ってくるかもしれない。ラムリーザは意を決して店の中へと踏み込んだ。
店の中に入ると、ラムリーザはすぐに綺麗なお姉さんに声をかけられた。
「あらすてきなお兄さん、ぱふりんこをご所望なのね?」
「う……ん」
ラムリーザは、ややぎこちなく返事する。確かに店の中にいたお姉さんは美人だ。それ以上に、「ぱふりんこ」という響きが聞きなれない。
「安くしておくわ、ぱふりんこしてほしいならたったの五十ゴールドよ」
ゴールドとは、ユライカナンの通貨だ。今回の旅行に合わせて、通貨を両替しておいたので問題ない。
前払いで小銭を支払うと、ラムリーザはお姉さんに奥の部屋へ連れていかれた。奥の部屋には椅子が一つあるだけ。
「そこに座っててね。明かりを消して暗くしていいかしら?」
よくわからないので、ラムリーザは「いいよ」と答えた。窓のない部屋、周囲は鼻をつままれてもわからないほどの暗闇に閉ざされた。
………
……
…
「どうだった?」
「…………」
外に出るなりジャンが尋ねた。しかしラムリーザは何も答えなかった。いや、答えられなかった。
しばらくの間沈黙したあと、「自分で確かみてみろ」とだけ答えておいた。気分の悪さに、少し舌が回らない。
「そうか、じゃあ行こう」
ジャンは軽やかな足取りで店の中へ入っていった。
………
……
…
若干気分が悪そうなジャンを尻目に、レフトールは三番手として店へ乗り込んだ。
………
……
…
さらにリゲルとマックスウェルも多少は揉めたが、先に入った者たちの圧力に押されて入店することになった。
………
……
…
五人は無言で顔を見合わせていた。法律にはないが、場外転落でラムリーザたちの負け、そんな空気だ。
「こういうのが、やりたかったのか?」
しばらく沈黙が続いた後、ラムリーザは重い口を開いた。店の中で起きた出来事は、暗い部屋で美女が何かをしてくれた、というものではなく、その――
「詐欺だーっ!」
ジャンは頭を抱えて叫んだが、被害は小銭の五十ゴールド。帝国とユライカナンの通貨換算は一対一だから、五十エルド。缶ジュース一本も買えない値段、その半額しか支払っていないので、返せと文句を言うのもみみっちい。
小銭と引き換えに男として何かを失ったような気分になり、ジャンの肩はかつてないほど小さく震え、クールなリゲルさえも心なしか遠い目をしている。
異国の洗礼とは、これほどまでに容赦のないものなのか。人生には、知らなくてもよかった文化というものがある。
時間を無駄にして、気まずくて情けない体験をしただけであった。
無口になった五人がのそのそと移動していると、前方から女の子の悲鳴が上がった。
「やだーっ、誰か助けて!」
ラムリーザたちは顔を見合わせる。
「今の、ユコの声に似てない?」
急いで悲鳴の聞こえたほうへ駆け寄った。するとそこには、五人の男性に囲まれた女の子たちがいた。なんだかよくわからないが、ユコを含むソニアたち四人が囲まれている。集団ナンパか? それにしてはガラの悪そうな見た目だ。
「何をしているんだ?」
ラムリーザが少し離れた場所から問いかけると、その姿を確認したユコがまくし立てる。
「ちょっと肩が当たっちゃってごめんって言っているのに、この人たち聞いてくれないんですの! それで遊んでくれたら許してやるって言っているけど怖い!」
「やれやれ、あいつはよく絡まれるな」
そう答えたのはレフトールだ。彼は以前、絡まれたユコを救出している。
「相手は五人だが、こっちも五人だ。やっちまおう」
レフトールは、突っかかる気満々だ。しかし冷静にリゲルが突っ込む。
「お前はまたラムリーザを戦わせるのか?」
「――だな、俺一人で十分だ。コラ! ユコから手を離せ!」
とりあえず、ユコはまだ手をつかまれていない。それと、囲まれているのはユコだけでなく、ソニア、リリス、ロザリーンの三人もだ。
そういうツッコミは置いておいて、突然現れた乱入者に五人の男性、便宜上不良少年と呼ぼう。彼らはユコたちに絡むのをやめて振り返った。
「レフ……」
それでもユコは、いつも通りに現れたレフトールに少し違った視線を向けていた。
「なんだてめーは!」
最初にレフトールに近寄ってきた一人に、レフトールは強烈な下段蹴りを放った。対ラムリーザとして編み出した、フォレスター・キラーだ。
吹っ飛びこそしないが、そのまま横になぎ倒された一人は、立ち上がろうとするが蹴られた足が痺れたのか、ふらついてよろよろと尻もちをついてしまった。それほどまでに重い下段蹴りだ。
「くっ、相手は一人だ、囲んでやっつけてしまえ!」
残った四人は、レフトールを囲むように移動する。しかしその移動で四人のうち一人は、ラムリーザたち残った四人に背を向けることになった。
そこにリゲルがスッと近づいて、後ろから羽交い絞めにする。いや、少し違う。後ろから片腕をロックして首をひねり上げている。いわゆる羽根折り顔面絞め、チキンウィングフェイスロックだ。
「ふんっ」
リゲルが少し力を加えてひねり上げると、ゴキリと鈍い音が響く。どうやら肩の関節を外されたようで、締められた不良少年は肩を押えて呻きながらうずくまった。
「な、何?」
やられた一人に気を取られた隙を、レフトールは見逃さなかった。レフトールから視線を外した相手に、再びフォレスター・キラーをぶっ放した。これも綺麗にヒットして、横殴りに倒された。彼も同じく立ち上がれない。
「下段蹴りだから上段蹴りと違って疲れないし狙いやすいし、これは最高だなっははっ」
レフトールが倒れた相手に笑いかけていると、その隙に手の空いている一人がレフトールに突っかかっていった。
「おっと君、待ちたまえ」
その不良少年の振り上げた右手首を、後ろから左手でつかんだのはラムリーザだ。
「なんだお前も邪魔をするのか? ぐ、ぐおぉ……」
振り返ってラムリーザを威嚇しようとしたその不良少年は、とたんに苦悶の表情を浮かべる。その様子を見て、味方のレフトールまでもが顔をしかめた。
要するに、圧倒的な握力でその不良少年の手首を握り締めただけなのだが。
不良少年は顔を歪ませながらも、空いている左手でラムリーザに殴りかかろうとした。しかしその瞬間ラムリーザは、つかんでいた右手首を思いきり引っ張る。バランスを崩した不良少年は、殴りつけることもできずによろよろとラムリーザのそばに引き寄せられてしまった。
その瞬間、ラムリーザは相手の顔面を右手で鷲掴みした。
それを見たレフトールは、思わず顔を背けてしまった。あの嫌な夜を思い出させる行動、要するにアイアンクローを再び見せつけられたのだ。
ラムリーザは、相手の顔面をつかんだまま持ち上げた。この攻撃も、レフトール相手に見せた技の一つだ。アイアンクローの体勢のまま持ち上げる、ラムリーザの腕力の凄まじさを物語っていた。
一人残っていた不良少年も、その異様な光景に一歩も動けずにいた。
「うーむ……」
思わずそうつぶやいたのはリゲルだ。これまではレフトールの話から断片的に聞いていただけであまり気にしていなかったが、こうして実際に見ると怖いものがあった。
ラムリーザはこのまま爪を食い込ませて、あのときのレフトールのように顔に穴を開ける勢いでいくか、それとも研究中の技を試してみようか考えていたが、ここは試しにやってみることにした。
助けを叫んだユコだけが襲われていたように見えたが、実際のところはソニアも襲われていた。ここは目にものを見せてやる、という考えに至ったのだ。
ラムリーザは右手で相手の顔面をつかんだまま、右足を相手の前へ出した。その状態から、まるで大外刈りでも仕掛けるかのように、相手を地面へ叩き伏せた。
「うおっ、えげつない……」
その様子を見て、レフトールは呻いた。
叩きつけられた不良少年は、倒れたままぼんやりと空を見上げている。
「これが、なんだっけ? アップル・クラッシャーだっけ? それの最終形態になる予定だよ」
ラムリーザはレフトールのほうを見返して語った。アップル・クラッシャーというのは、リリスがラムリーザのアイアンクローに勝手に名づけただけで、正式名称かどうかは不明だが。
「やめてくれ、それやばいって……」
「いや、要するにアイアンクロー・スラムだろ?」
リゲルは冷静に技を分析する。確かにラムリーザの仕掛けた技は、いわゆるアイアンクロー・スラムという技に間違いはなかった。しかし、ローキックをフォレスター・キラーと名づけるのなら、アイアンクロー・スラムにも独自の名前を付けても不都合はなかろう。
なにはともあれ、残るは一人だけだ。さて、どうするだろうか。
――と思ったが、一気に四人やられて戦意を喪失したか、足を引きずったり肩を押さえたりしながらみんな逃げていってしまった。
「すごいですの! 蹴り技のレフトールさん、関節技のリゲルさん、力技のラムリーザ様ですのね!」
ユコは嬉しそうに言うが、レフトールは少し不満げに言った。
「相変わらずラムさんだけ様付けなのな」
「ジャンは何なのかしら?」
一方リリスは、とくに何もしなかったジャンに尋ねた。
「出遅れただけ――あいやいやい、戦わずして勝つとはこのことだ!」
なんだか「キリッ」という音が聞こえてきそうな雰囲気で、ジャンは言い放った。
「苦しいわね」
リリスは微笑を浮かべ、ジャンは「リリス~」と泣きついた。なんだかんだで、ジャンとリリスの仲も進展しているように見えるのであった。
この後は自由時間の終わりまで土産物屋を巡り、いろいろ買い物を楽しんだ。
最後に肉体的にも精神的にも多少荒れたものの、こうして修学旅行は全日程を終えた。
初日は、バスの中でハーレムものの主人公扱いされて、バスの揺れよりも恥ずかしさのほうが大きかった。
夜はプロレスを見に行って、門限一分遅れたのに何も起きなくて、妙に拍子抜けした。
宿舎では『ヨンゲリア』を最後まで見てしまって、自分でも驚いた。
次は名所巡りで、聖水寺の水だの木造の象牙の塔だの、研究所だの、雲天だの、思い返すと詰め込みすぎて笑ってしまう。
その次はテラで、鐘の音を風流どころか破壊して、結局ソニアたちはいつも通りだった。
そして今日のぱふりんこは、男どもにとって一番情けない思い出になった気がして、最後は不良騒ぎだ。
ラムリーザは、修学旅行なんて、もっと特別なものだと思っていた。けれど結局は「いつも」の延長に、少しだけ違う景色が混ざっただけだったのかもしれない。でも、それが悪くなかった。
なんだかんだで、すごく思い出深い修学旅行だった。
ガタン、ゴトンと、再びミルキーウェイ大橋を渡る帰りの汽車の振動が、ラムリーザの体に心地よい疲労感を伝えてくる。
「ねぇラム。お土産の木魚、帰ったらポクポク叩いてみたいなぁ」
ラムリーザのすぐ隣ですっかり安心しきったソニアが、小さなあくびを噛み殺しながら、買いたての木魚の頭を撫でていた。
「いいけど、夜中に連打したらまたげんこつだぞ」
苦笑しながら、ラムリーザは窓の外へと視線を向けた。
遠ざかっていくユライカナンの景色。特別な旅の終わりは、自分たちの創りつつある「フォレストピア」という日常の、新しい始まりでもあった。
ラムリーザはソニアの柔らかな肩をそっと抱き寄せ、夕闇に染まり始めた国境の川を見つめながら、これからも続く騒がしい日々に思いを馳せ、静かに目を細めた。