ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


自由行動日 釣鐘と青緑の破壊神

帝国暦九十三年 翠雫の月・守護者の日(現代暦:五月中旬)

 今日は待ちに待った修学旅行自由行動の日。

 朝から特に「ここへ行け」という指導はなく、一日中自由に過ごしてよい日だ。もっとも、門限は夜の九時という規則だけはあったが、それだけ時間があれば十分だ。

 そういうわけで、ラムリーザたちは宿舎のロビーに集まって、今日の予定を話し合っていた。

「えーと、ラムリィはソニアと。リゲルはロザリーンと。俺はリリスと。ユコは、レフトールと?」

 ジャンが仕切り始めて、強引にカップルを作り始める。ラムリーザとソニア、リゲルとロザリーンは、すでに公認の仲だが、残る二組はどうなのだろうか。

「四組のデート、クアドラプルデートか?」

 リゲルが難しい言葉で聞いたところ、リリスはとくに何も言わなかったが、ユコが憤慨した。

「私はレフトールさんと付き合っていませんの!」

「なんでー、ゲーセンでは付き合っているじゃねーか。誠に遺憾に存じます」

 ユコとレフトールは、あまり表では語られないが、ゲーセン仲間になっている。しかしユコは、ピシャリと言い放った。

「ここはゲーセンではありませんの!」

「なんやもー、おもしろないのー。まあええわ、俺はマックスウェルたちと出かける。じゃあな」

 ユコに振られたレフトールは、そのまま子分たちを引き連れて宿舎から出ていってしまった。

 この展開にジャンは小さく舌打ちをする。彼はこのグループの女子たち一人一人に男子をあてがうことで、どさくさにまぎれてリリスと二人きりになる機会を作り出そうとしていたのだ。しかしレフトールが去った今、女子が一人余る。こうなったらリリスはユコと行動するのが目に見えているので、作戦は失敗したということになってしまう。

 まあレフトールとユコを二人きりでデートさせる作戦自体が、無理があったようなものなのだが。

 そうこうしているうちに、リゲルとロザリーンが二人で抜け出してしまった。リゲルはミーシャ、ミーシャと言っているが、ロザリーンと真面目な交際を続ける気は十分にあるようだ。

 そこまではジャンの想定内だったが、これまたそうこうしているうちに、ソニアとリリス、ユコのトリオが、まずはユライカナンの竜神殿に行ってみようという話になり、そのまま出発しようという雰囲気になった。

 ラムリーザがそのまま三人についていこうとしたので、ジャンも結局ついてくるしかなく、今回は五人で過ごすことにしたのだった。

 

 ラムリーザたちの住んでいる国、エルドラード帝国では国教として竜神テフラウィリスを崇めていて、各地に竜神殿が建てられている。新開地フォレストピアにも、早い段階から神殿関係者がやってきて、神殿を建てたものだ。

 そして現在旅行で来ているユライカナンも、実は竜神テフラウィリスを崇めている。

 というより、広い範囲で崇められている神で、エルドラード帝国だけでなくこの近隣の国々、さらに世界には同じ神を崇めている国がいくつかあると言われていて、世界三大宗教の一つとされている。

 だが、神の起源は同じでも崇め方は国によってそれぞれだ。

 帝国では神殿と呼ばれているが、ここユライカナンでは「テラ」と呼ばれる施設で竜神を祀っているようだ。帝国の神殿が主に大理石でできているのに対して、この国のテラは木造が主流のようだ。

 また、竜巫女が祭事を取り仕切っている帝国とは違い、この国では頭を丸めた人々が、念仏のようなものを唱える形式になっている。

「ふーん、神様は同じでも、雰囲気は全然違うね」

 少しでも風が吹けば、木々のざわめきがはっきりと聞こえるほど静かな境内に、時折「ゴ~ン」と鐘の音が響き渡る。

 鐘と言っても、カァンという澄んだ音ではなく、ゴォンという深い音。この音もまた、初めて聞く種類の音だった。

 結構歩いたので、まずは一休みすることにして、テラに来る途中で立ち寄った弁当屋で買った弁当を広げて、五人は少し早い昼食をとることにした。

「昼ご飯といえば、旅行に来てしまったのでマグマカレーを食べられませんわ」

 ユコはぼやくが、ラムリーザはユコがマグマカレーを食べたいわけではないことを知っていた。目的はその景品のぬいぐるみだ。ソニアはクッションだと言い張るが、どうでもいい。ぬいぐるみだ。

「何個になった?」

 ソニアの問いに、ユコは「七体」と答えた。先日聞いたときから二つ増えている。休日は確実にカレー屋に通っているな、これは。

「くっ、あたしはまだ三体。ラム、旅行から帰ったら、毎日マグマカレーだからね!」

「いや、僕はあのぬいぐるみ要らないから、ソニア一人で集めなさい」

「むーっ、ぬいぐるみじゃなくてクッション!」

 ソニアは二馬力でココちゃんを集めようと考えたが、ラムリーザはマグマカレーを食べる気はなかった。激辛なのはもちろん、熱いのも嫌だった。

 昼食が終われば、今度は自由に境内を散策してみることになった。

 ソニアたち三人娘は、連れ立ってどこかへ行ってしまい、ラムリーザとジャンの二人は境内の石造りのベンチに取り残されてしまった。

「あーあ、今回はリリスと二人きりのデート作戦失敗かぁ」

 二人きりになったところで、ジャンはラムリーザに愚痴った。

「本気でリリスを狙うんだね。でもそれならこんなクラス単位で集団行動する旅行じゃなくて、最初からリリスと二人で出かけたらいいじゃないか。ほら、あの遊園地のときみたいに」

「あれか、今度デートの何たるかを教えてあげんといかんな。しっかしお前とソニアの自然体がうらやましい。あーあ、俺も幼馴染が欲しかったなぁ」

「僕たちが知り合ったのも小学生のときだから、ジャンもソニアと幼馴染ということになるよ」

「それならソニアよこせ。リリスとセットで」

「なんだそりゃ」

 ジャンは「あーあ」とつぶやいて、石造りのベンチに寝転がった。それを見て、ラムリーザもジャンに倣った。

 石造りのベンチはひんやりしていて気持ちいい。時折流れる風も気持ちいいし、木の葉が擦れる音も耳に心地よいし、時折鳴る「ゴーン」という音も気分が安らぐ。こういうのを、風流とでも言うのだろうか?

「なんか違うぜ、こんなの」

 相変わらずジャンはぼやいている。

「どうなったらいいんだ?」

「んとな、こういう修学旅行の自由行動の日には、お気に入りの女の子が、二人きりで街を見て回ろうと誘いに来るべきなんだ。そして、有名なスポットを見て回る。最後に例えば、シフゾウ・グレートとかマムシ・ロードが襲いかかってきて、それを俺が撃退するんだ。そうして女の子の好感度を上げて、めでたしめでたしってなるはずなんだ」

「なんだかファンタジックな展開だけど、そううまくいくのかな?」

「いかんだろうな。現にソニアは、一人でお前を誘いにきていない。朝からあの三人は一緒だった、ソニアは夜中にこっちの部屋に忍び込んできているのに! だ。なんなん、あの二人は。朝起きたとき、ソニアがいないことに違和感を覚えないのか?」

「それはまぁ、たぶんまたか……って思っているだけだと思うよ」

 ソニアがラムリーザのふとんへもぐりこんでくるのは、去年だけでも自動車教習合宿、クリスタル・レイクでのキャンプと、二度も体験している。そうなればこの修学旅行でも、二度あったことが三度になっただけで、今さら騒ぐこともないというわけだ。

「お前たち二人はフリーダムすぎるぞ。今日も別に恋人同士二人きりで過ごそうと考えないしな」

「まあ、いつものことだからね」

 そこまで言うとラムリーザは目を閉じて、自然の中に身を任せた。静かな暗闇の中で、ラムリーザは自然と瞑想していた。

 うとうとしかけた意識に、鐘の余韻が妙に長くまとわりついてきた。静けさが、いつの間にか眠りとも夢ともつかない形に変わっていく。

 すると遠くに、燃え盛る炎のイメージが見えた。

 ラムリーザは、そのイメージへと近づいてみた。そのとき、ゴーンと鐘の音が鳴った。

 さらに進むと、その業火へ近づいていった。よく見ると、その炎の中に何かがあることを、おぼろげながら確認できた。

 さらに踏み込むと、それが自分自身の姿だということがわかる。そして炎は大きくなり、突然さまざまな光景が浮かぶ。愛する者の顔、嫌った者たちの顔だ。その光景は次々と移り変わり、現れては消えていく。最後に見たものは、銀河の中で生まれ、争い、爆発の中へ消えていく生命の群れだった。

 そこでラムリーザは、はっとして目を開いた。今見た破壊的なイメージが頭の中に残っているのか、ゴーン、ゴーン、ゴーンと低い鐘の音が続けざまに鳴り響いていた。

 ラムリーザは首を振って、頭をはっきりさせたあとに周囲を見渡す。

 先ほどの光景は何なのだろうか? この鳴り響いている鐘の音が、あんなものを見せたのだろうか?

 次第に頭がはっきりしてきたが、相変わらずゴーン、ゴーン、ゴーンと連続で鳴り続けている。いや、幻聴ではなくて、本当に鐘が続けざまに鳴っているのだ。

 向かいのベンチで横になっていたジャンも起き上がっていて、この異様な雰囲気を醸し出している音の出所はどこだ? といった感じできょろきょろしていた。

「なんだかよくわかんないけど、たまに鳴っていた音が、今は連打されているね?」

「なんだろう。気になるから、何が鳴っているのか調べてみよう」

 そこで二人はベンチから立ち上がると、この鐘の音がどこから出ているのか探し始めた。

 

 境内を散策すること数分、二人は音の出所にたどり着いた。

 そこには、木々の茂る中に建てられた、一軒の木造建築物があった。四本の柱で屋根を支えていて、その屋根から青銅でできた、コップを逆さまにしたような釣鐘がぶら下がっていた。そのすぐ横には、丸太が同じように屋根からぶら下がっていて、それを振って釣鐘にぶつけて、音を出す仕組みのようだった。

 そして今、その丸太についている綱を引いては押し、釣鐘を連続で叩き続けている青緑色の髪をした娘がいるではないか。彼女は髪を振り乱して、一心不乱に鐘を撞き続けている。

 その傍らでは、黒髪と金髪の美少女二人が、やんややんやと応援していた。

 時折そばを通る人たちは、その娘に怪訝な視線を向けながら立ち去っていくのだった。

「な……」
              
ユライカナンのテラで、ソニアが釣鐘を壊そうとして撞木を振り回し、リリスとユコが面白がって見守っていて、ラムリーザとジャンが駆け寄っている場面
 ラムリーザは、その光景を見て絶句した。光景だけではない。近くまで来たことで、音も大きくなってうるさい。たまに鳴る音は、心が落ち着くような音色だったが、こうしてグワングワン連発されると、落ち着くどころか気が狂いそうになる。

「ソニア、馬鹿なことはやめるんだ!」

 ラムリーザは、鐘を乱打し続けるソニアに大声で呼びかけたつもりだが、大きな音を出し続ける鐘のすぐ下にいるソニアの耳には届かなかったようだ。

 なんでそんなに必死で叩き続けるのだ?!

 ラムリーザは関係者だと思われたくなくてあまり近寄りたくはなかったが、仕方がないので釣鐘が設置してある建物のそばへ足を進めた。鐘の音が波状攻撃となって進行を妨げてくるが、そこをなんとか耐え忍んでソニアのそばにたどり着いた。

「フンヌゥーッ! 壊れろーっ!」

 ソニアは、大きな丸太を全身のバネを使って引き絞り、ものすごい形相で青銅の塊へと叩きつけている。

 ラムリーザは、そのままひょいと、鐘を撞くために用意されている丸太、撞木からぶら下がっている縄をソニアから取り上げた。

「あっ、ラム?」

 きょとんとした顔で、ソニアはラムリーザのほうへと振り返った。鐘の音の余韻がグワングワンとうなり続けている釣鐘の下で、ラムリーザはソニアの頭にげんこつをポカリと振り下ろした。

「なっ、なんで~?!」

 頭を抱えたソニアはラムリーザに不満そうな視線を投げつけてくる。

「通行人の迷惑になっているからやめろ。というより僕もうるさい。鐘を叩くの禁止!」

「なんでー、叩けるようになっているから叩いてもいいじゃないのー」

「せめて一回だけにしろよ……。というか、なんでこんな意味不明なことになっているんだ」

 ラムリーザがこうなった原因を聞いてみたが、聞くだけ無駄なしょうもない話だった。

 それはユコの作り話というか、とっさに思いついた話が原因で、この鐘を力いっぱい叩いて割ることができれば、巨大な富が授けられるという作り話を語り、ソニアがそれにまんまと騙されて叩き続けるというはめになったわけだ。

「普通に考えて、この鐘が叩いたくらいで割れるわけないだろ?」

「わかんないよ、叩き続けてたら少しずつ少しずつ削れて壊れるかもしれないじゃない」

「そんなにもろい鐘だったら、とっくの昔に壊れているはず。とにかく馬鹿なことはやめるんだ」

「ふむーん……」

 膨れっ面のソニアを、リリスとユコはニヤニヤと眺めている。結局のところ、今回もソニアははめられたのだ。

 それでもとにかく、この意味不明な行動はやめさせるべきだ。ほかの人の迷惑にもなっているのだから。

「それならみんなで一度ずつ叩いて、それでおしまい」

 そう言って、ラムリーザは一度だけ鐘を撞いた。撞木からぶら下がっている縄を引っ張って、鐘にぶつけるだけの簡単な仕事だ。

 

 ゴ~ン……

 

 一度だけ鳴る音なら、なんと気持ちがよくて心が洗われるような音なんだろう。

 そんな鐘の音をソニアは台無しにするのだから、そこはもう破壊の才能としか言わざるを得ない。

 その後四回鐘の音が響き、しばらく余韻が続いた後でテラの境内は静けさを取り戻していった。

 こうして、修学旅行自由行動の昼下がりは過ぎていった。

 結局、旅に来てもいつも通りだ。ジャンは「デート」を夢見て、ラムリーザは「いつも通り」を受け入れている。

 どちらが正しいというわけでもなく、ただそれぞれの望みの形が違うだけだ。

 ゴーンと一度だけ鳴る鐘の音が、やけにまっすぐ胸に落ちてきた。