ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


集団行動 名所巡り

帝国暦九十三年 翠雫の月・白雪の日(現代暦:五月上旬)

 修学旅行二日目。移動日を除けば、今日が実質的な初日だ。そして今日は、集団行動の日である。

 一同はバスに乗り込み、ユライカナンの名所巡りに向かうことになっていた。

 この日の朝、当然のようにラムリーザの隣で目を覚ましたソニアは、その後こっそりと自分の部屋に戻っていった。まあ当然のことながら、謎めいた行動ではあった。

「あいつはいったい何なんだ」

 去年のキャンプでソニアがラムリーザのいる寝室に入り込んできたことで経験済みではあるが、それでもリゲルはソニアの出ていった扉を見つめながらつぶやいた。

「うーん、去年から一緒に暮らすようになって、毎晩一緒に寝ていたから、ソニアはそれが普通だと思うようになったんじゃないかな」

「変なところで甘えん坊だな」

 ジャンはソニアをそう評した。

「去年もネットゲームにはまっていた間だけは、一緒に寝なかった。けどあのときは事情が特別で、どちらかと言えば異常だったからなぁ」

「別に遊びに来たわけではなく、来たらすぐに寝入っていたようだが?」

「ああ、ソニアはそばにくっつくとすぐに寝るよ。例外はあるけど」

「世界で一番安心できる場所なんだな。それで例外って何だ?」

 ラムリーザはジャンには答えられなかった。ココちゃんというクッションをベッドに持ち込むだけで、気にしまくってなかなか寝られないというのは、あまりにも謎だし馬鹿げていたからだ。

「こんな修学旅行の宿舎でまで来るのだから、例外もクソもないだろう」

 リゲルは着替えながら、そう言いのけた。確かにこの場合、例外とか言っている場合ではなく、ソニアの行動そのものが常に例外だ。

 しかし朝食時も、バスに乗り込んでからも、ソニアは夜にラムリーザのところにやってきたことを一言もしゃべらない。もちろん、「ラムと一緒に寝たんだよ」などと自慢することは、今日に限らずこの一年間一度もしていなかった。ソニアにとって、ラムリーザと一緒に寝ることは日常であり、特別なことではなくなっていた。

 ラムリーザ自身にとってはどうなのか? ひとりよりも、ふたりがいい。

 

 バスの座席は昨日と同じ配置になっていた。

 朝から雑談まっしぐらで、ラムリーザは昨日のようにソニアとリリスが喧嘩を始めないように、慎重に話題を選びながらやり過ごしていた。

「『貌の形』って映画、もう見たかしら?」

 リリスの問いに、ソニアは「まだ見てない」と答える。

「何でしたっけ、あれ」

 ユコの問いに、リリスは「顔が不自由、要するにブスだから嫌がらせを受けるようになった少女と、彼女へのいじめの中心人物となったせいで、周囲に切り捨てられ孤独になっていく少年。その二人の触れ合いと純愛を描いた映画よ」と答えた。

 朝からその説明は重い。重いが、リリスが平然と投げてくるのが厄介だ。

「要するに、人は顔じゃないって言いたい映画なのね?」

「いいえ、人の顔じゃないっていう映画よ。結局ブスだったから、残念ながら二人は結ばれなかったの」

「何よ、魔女顔のリリスだって、人の顔じゃない。地底人みたいな顔しているくせに」

 ラムリーザの右側にいる三人は、映画談義に花を咲かせていた。ただリリスの話を聞いただけでは、何がテーマの映画なのかよくわからないし、ソニアの言っていることもよくわからない。

「『顔のある眼』って映画を知っているか?」

 ラムリーザの左側にいるリゲルも、映画の話をしていた。

 ジャンは「知らない」と答える。

「交通事故で顔以外に大やけどを負って、死んでいく話だ。拉致してきた人の全身の皮を剥いで移植しようとしたが、どう考えても無理だろう。だから結局死んだ。拉致された人も死んだ」

「意味わからんな、映画にする必要はあるのか?」

「要するにぼんやりと見てしまった俺の時間を返せ、というわけだ。無駄にグロいだけで顔だけが無事なところに、映画監督の顔面至上主義が見て取れるくだらん映画だった。ラストで死に顔だけは美しかった、とか抜かしやがる。ま、B級ホラー映画は、得てしてそんなもんが多いけどな」

 どうも今日の会話のキーワードは「顔」であるようだ。

 そんな中、ラムリーザはレルフィーナから、まだ朝だというのにカラオケマイクを差し出された。とことんカラオケが好きな子だ。

 めんどくさいので、「まあるいお尻の人がいる、三角お尻の人もいる」と適当に歌ってやり過ごした。昨日よりは、好評だったようだ。

 

 最初に訪れた場所は、聖水寺という聖地のような場所だった。

 木組みの張り出しがやけに立派で、下をのぞくと、足元が少しだけすくむ感じがした。

 テラという建造物は、ユライカナン独自の文化を象徴する建物で、帝国でいえば竜神殿の造りがそれに近いと言える。

 この場所で有名なものと言えば、ブリーク・フォールという滝だ。名前だけは物騒だが、拍子抜けするほど小さい。滝自体はそれほど大きくなく、少量の水が流れ出ているだけなのだが、その水に特別な言い伝えがあった。

 この水を飲めば、古来より学業成就や恋愛成就、そして健康長寿の願いが叶えられると伝えられている。

 水は三か所から流れてきており、右側が学業成就、真ん中が健康長寿、そして左側が恋愛成就らしい。

 その場所に来たとき、ラムリーザたちの間でちょっとしたやりとりがあった。

「ソニアとリリスは右側の『頭がよくなる水』を飲むべきだな」

 そう言ったのはリゲルだ。そのリゲルは、真ん中の水を飲んでいる。ロザリーンも、リゲルに倣っているようだ。

「何でよ! あたしは恋愛の水を飲む!」

 ソニアは左側に向かおうとするが、そこにラムリーザは「誰との恋愛をだ?」と問いかけてみた。

「ラムとのに決まってる」

「いや、もう水を飲むまでもないだろ?」

「でも絶対に『頭がよくなる水』は飲まない!」

 どうやらソニアは、頭がよくなることを放棄しているようだ。

 二人がそんなやりとりをしているうちに、ジャンは左側の水を飲んでいた。

「僕はリゲルみたいに賢くなりたいから、右側の水を飲むよ」

 そこでラムリーザは、一計を案じた。リゲルは、「お前は真ん中の健康長寿を目指すべきだろ?」と突っ込むが、「今でも十分に健康だよ」と答えておいた。
              
聖水寺のブリーク・フォールで、ラムリーザに続いてソニアが不満そうに学業成就の水を飲もうとしている場面
 ソニアは口をへの字に曲げて、ラムリーザが学業成就の水を飲むのを見ていたが、やがて「ラムが飲むならあたしもそれにする」と言って、後に続いたのだった。「ラムが行くなら行く、行かないなら行かない」の亜種が発動したようだ。

 こうしてラムリーザは、ソニアに頭のよくなる水を飲ませることに成功したのだった。

 これを見てリリスも、「私もソニアより馬鹿になるのは癪だわ」などと言って同じ水を飲み、「ラムリーザ様に試験で負けるのは嫌ですわ」と言って、ユコもそれに倣った。ちなみにユコは、試験では平均点あたりでラムリーザといい勝負をしているのだ。

 一方レフトールなどは、「健康であると同時に女の子にモテモテになってやる」と言って、二か所の水を飲んでしまった。

 すると聖水寺の案内人に、「二か所以上の水を飲むと、欲が深いとみなされてご利益がなくなりますぞ」などと言われるのであった。

「先に言えよ! 夢もチボーもネーな!」

 レフトールはヤケクソになって、残りの学業成就の水まで飲み干すのだった。要するに、器用貧乏を地で行くのかもしれない。

 そんな感じに、聖水寺の名所を見て回っていた。

 売店の鈴の音と、先生の点呼が混ざって、バスに戻る列がゆっくり動き出した。

 

 再びバスに乗って移動する。

 今度の移動中は、昨日は口論に必死で見向きもしなかったカラオケマイクを、ソニアとリリスで奪い合っていた。

 昼食を挟んで、再びバスで移動する。

 その昼食として出されたものはユライカナン名物のリョーメンだったが、これもラムリーザたちにとっては体験済みだった。ただ、調味料置き場にシチミの瓶があったので、ラムリーザはソニアたちに気づかれないようにこっそりと隠しておくのだった。

 

 次の名所観光は、象牙の塔という場所だった。

 しかし見た感じでは普通の木造の塔で、白く輝いているわけでもなく、どこに象牙が使われているのかわからなかった。

「これのどこが象牙の塔なんだ?」

「象牙というより、木造の塔だねぇ」

 ラムリーザとジャンは、そう言いながら首をひねった。ソニアも「あたしのイメージした象牙の塔じゃない」などと言っている。

「それじゃあ、あなたはどんな塔を想像したのかしら?」

 リリスの問いに、ソニアはべらべらと持論を展開し始めていた。

「周囲は岩山に囲まれてるけど、中央の象牙でできた塔は白く輝いてるの。それで、一番光り輝いている天辺には、幼心の君っていう妖魔が住んでいるの。そこにたどり着くには、長い長い塔の道を登っていかなければならず、途中には闇の四天王とか待ち構えているの。とにかく時間がかかって、ゲームは一日一時間などと制限をかけられている人は、どうやっても天辺までたどり着くことはできないクリア不可能なクソゲーなの」

 何だか途中からゲームの話になっているようだが、ソニアの頭がファンタジーだということだけはよくわかった。

「そんなファンタジーなものではありません」

 象牙の塔の案内人が、ソニアの説明を聞いて訂正した。

「六十年ほど前の話になりますが、もともとは木で造った塔に、薄く加工した象牙を上から貼り付けて象牙でできた塔に見えるように造るという予定だったのですが、国内でいろいろと争いとかありまして予算の確保ができず、象牙で覆うことができずにそのまま木造の状態で保留されているのです」

 まあ普通というか、残念というか、そんな内容の話であった。

 理想の白さが、計画の段階で止まっている。そういう未完成の美学もあるのだろう。

 見上げる塔の木肌は、ユライカナンの強い日差しに晒されて、どこか銀灰色にくすんでいる。もし計画通りに象牙で覆われていたら、今頃は眩しいほどの白銀を誇っていただろう。

 けれど、この未完成のまま年月を重ねたいびつな佇まいこそが、この国の歴史の呼吸をそのまま伝えているようで、ラムリーザには妙に愛おしく思えた。

「じゃあ国が潤うと、いずれは白く輝く塔になるのですね?」

 ラムリーザの問いに、案内人は「そうなるかもしれないし、保留されたままになるかもしれないし、未来は読めません」と答えた。

「俺は今のままのほうが、現実味があって良いと思うけどな」

 リゲルは、そう感想を述べていた。

「そうだねぇ、現実的なのがいいよね、やっぱり」と、ラムリーザも賛同しておいた。

「あたしだったら水晶でできたクリスタルタワーを建てる」

 ソニアは、相変わらずファンタジーな発言をしている。ソニアの頭の中では、塔はだいたいダンジョンで、だいたい時間泥棒だ。

「水晶なんて透明で、プライバシーが全然ないじゃない。私なら白銀の塔を建てるわ」

「ふんだ、リリスの塔なんて、エルフに攻められて、陥落してしまえばいいんだ」

 そこでなぜエルフが出てくるのかわからないが、今日のソニアはなかなかファンタジーな思考を持っているということでいいだろう。

 写真を撮る時間だけは平等で、みんな同じ角度から塔を切り取って、またバスへ吸い込まれていった。

 今のソニアにいろいろと話を聞くのは面白そうだと思ったラムリーザは、次に行く場所についてソニアの意見を聞いてみることにした。

「次は科学の最先端と謳われている、バイオ研究所の見学に行くみたいだけど、そこはどんなところかな?」

「えっと、生き物の生命エネルギーを集めている施設で、繭みたいなものを作って人間を含む様々な生き物を閉じ込めているの。繭に捕らわれた生き物は、まだ意識があって助けてくれー、なんて言っているけど、身体の一部が繭と同化していて、もう助け出すことはできないの」

「……気色悪いな!」

 ファンタジーではなかった。ただのグロだろ、それは。ラムリーザはソニアの説明を聞いて、バイオ研究所に行きたくなくなった。だが実際に行ってみるとなんてことはない、普通の研究所だった。

 そこでは微生物の力を利用した発酵食品や植物活力剤を開発しているだけだった。ユライカナン五大調味料の一つ、そょうゆは主にここで作られているようだ。

 そょうゆの味見もさせてもらったが、そこでソニアとリリスが「どちらがそょうゆをたくさん飲めるか勝負」などと言い出したので、ラムリーザは「馬鹿なことはやめるんだ。調味料を飲み干すだけで何が勝負だ」と止めるのに精一杯だった。

 あとで聞くと、そょうゆを大瓶一杯ほど一気に飲むと命に関わるらしいので、もしも勝負を許していたらと思うとぞっとするのだった。

 匂いだけは、怖いというよりもおいしそうで、それが一番不思議だった。

 そういえば今日の昼食に食べたリョーメンでは、スープにそょうゆを使っているそょうゆリョーメンだったわけだが、そこまでは意識していなかった。

 

 この日、最後に訪れた場所は、「雲天」と呼ばれる山の頂で、自然の観光名所だった。そこから見る夕日は美しいものだったが、気になるのはその頂にあった遺跡だ。

 四本の柱で囲まれた聖地になっていて、その中央にある石碑に雷を当てると、「霊峰の腕」という秘法が手に入るらしい。ただし、雷の当て方がわからないため、誰も手に入れたことはないそうだ。

「雷ならラムが発射してくれると思うよ」

 ソニアは無責任なことを言う。ラムリーザに雷を放出する力はない。

「それはどこの魔法使いだ?」

「ラムって名前は、雷使えそうなんだけどなぁ」

 ソニアはそう言うが、ラムリーザにはその理屈がさっぱりわからない。今日のソニアの頭の中は、終始ファンタジーであるようだ。

「ソニアの魔法は尻から出るけどね」

 そこでまた、要らぬことをリリスは口走った。ラムリーザは、とりあえず口論を始めたソニアとリリスを放置して、ユライカナンの町並みを見下ろしていた。こんな展望台みたいな場所をフォレストピアにも作ろうかな、などと考えながら。

 夕日が沈みきる頃、ソニアとリリスの声もどこか遠くに聞こえて、ようやく一日が終わった気がした。

 

 そういうわけで、修学旅行二日目の集団行動は終わった。明日は一日、自由行動らしい。

 再びバスに乗って、宿舎であるトリトンホテルへ戻ったのだった。

 観光で疲れたはずなのに、ソニアだけは普段と同じ顔をしていた。

 そしてこの日の夜も、ソニアはラムリーザの寝床にもぐり込みにやってきたのである。

 どんなに奇妙な観光地を巡っても、どんなに遠い国に来ても、一日の終わりには、結局この腕の中の重みに戻ってくる。ラムリーザには、それが今日見たどの名所よりも確かなものに思えた。