ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


宿舎にて ヨンゲリアと、いつものやつ

帝国暦九十三年 翠雫の月・氷狼の日(現代暦:五月上旬)

 外出時間が終わり、ラムリーザたちは部屋に戻って雑談していた。ラムリーザは、リゲルとジャンと同室だ。

 部屋には三つのベッドが並び、テレビが置かれている。窓際にはソファーとテーブルがあり、それほど広くはないが、ある程度はのんびりできそうだ。

「テレビでは何をやっているのかな?」

「二十一時からなら、映画とかやっているかもしれないぞ」

 ラムリーザがテレビの電源を入れてみると、突然何やら薄気味悪い見た目がゾンビみたいなものが画面に現れた。

「うわっ、いきなりなんだよっ」

 テレビのそばにいたせいで、思いきり間近で見てしまい、ラムリーザは思わずのけぞった。しかしこの光景は、ラムリーザにとって初めて見るものではなかった。

「これ、ヨンゲリアじゃんか……」

 ラムリーザは、去年の年末に帝都でミーシャに誘われて行った映画館での出来事を思い出す。さらに、年明け最初のテーブルトークゲームで、リゲルがゲームマスターを務めた物語も思い出す。

「ふむ、テレビに初登場か。せっかくだから見ていこう」

 リゲルは、画面のおどろおどろしい雰囲気に興味津々であった。というより、もともとミーシャと一緒に、こういった映画ばかり見ていたのだろう。ラムリーザは今では、うすうすそう思っていた。

「いや、見んでもいいだろう」

「なんだと?」

 ラムリーザの背後では、リゲルとジャンが短く言い合いをしていた。

 それでもまあいいという話になって、映画『ヨンゲリア』をBGM代わりにして雑談は再開された。

「しかしジャンは、ラムズハーレムからリリスを引き抜くのか?」

 リゲルは最近のジャンの行動について、茶化すように言った。

「ラムズハーレム? ラムリーザのハーレム? それはないない、ラムリィがソニア一筋なのは、昔から見ていたらわかる」

「しかしリリスとユコはラムリーザの取り巻きだぞ? あいつらソニアからラムリーザを寝取ってやろうと、いつも画策しているぞ?」

「いや、取り巻きなら帝都ではメルティアとかもいたけど、ラムリィの行動は一貫してぶれなかったぞ、なぁ?」

 ジャンに急に話を振られて、ラムリーザは「え? あ、まぁそのつもり」などと、戸惑ったような返事をしてしまった。ラムリーザ自身は、映画の中でゾンビに頭をつかまれた女性の目に木片が刺さるシーンを、固唾をのんで見ていた。

「お、ラムリーザもこのシーンはかなり興味を引かれたと見た」

 リゲルはニヤリと笑ってそう言ったので、ラムリーザは慌てて話題を転換させた。

「でもジャンは、リリスに本気みたいなんだよね。自分の店のホテルにまで部屋を用意して、住まわせているし」

「急にリリスを狙いだしたからな、こいつは」

 リゲルもそう言うが、ジャンはそうではないと首を横に振って説明した。

「去年の夏前、ちょうど今ぐらいだったかな? 帝国建国記念日にラムリィが連れてきたのを見て一目惚れだな」

 ジャンの言うその日は、ソニアとリリスとユコがネットゲームにはまってぐだぐだになった後、気分を一新するという意味で、帝都見物へ繰り出したときのことだ。

 ラムリーザは、そのときのネトゲ騒動を思い出して、顔をしかめた。

「それから最初のライブのときに、メールアドレスを手に入れてからは、結構な頻度でやりとりしてきたぞ」

「ああ、それで去年の夏休み以降、リリスからのメールが減ったのか。ネットゲームをやろうという話になって、キュリオを買ってからは毎日のようにリリスからメールが来ていて、ソニアと揉めていたんだよなぁ」

 リリスからラムリーザへのメールが発端で、ソニアvsリリスのメール戦争が勃発したことは一度や二度ではない。

「しっかしなぁ、前も言ったかもしれんが、リリスのような美少女が手つかずで残っているなんてな。この地方の男は目が節穴だってのかね。なぁリゲル?」

「人は運命――じゃなくて、俺はアホには興味がないだけだ。ソニアも例に漏れずな」

「ソニアはいい子だよー、アホだけど」

「あ、赤点だけは、十分に回避できるぐらいまで勉強させたよ」

 二人にソニアをアホ呼ばわりされて、ラムリーザはなんとかかばうが、さほどフォローになっていないところが、苦しくもあり悲しい。

「リリスも美少女に見えるが、実態はソニアレベルのアホだった。リリスはユコとつるんでいるときはまともに見えたけどそれ以前は……。まぁソニアとつるむようになってアホになった」

 リゲルは、昔の根暗吸血鬼時代のリリスについて言おうとしたが、それは止めておいた。言いたいことはソニアの同類だということだ。

「そんなこと言ってるが、ロザリーンはいいとしてミーシャのほうはわりとアホっぽいぞ?」

「ふっ、そう見えるか? 人は見かけによらないということだ、ミーシャは違う」

「どう違うんだ?」
              
修学旅行初日の夜、宿舎の三人部屋でラムリーザとリゲルがゾンビ映画ヨンゲリアを見つめ、ジャンがベッドでくつろいでいる場面
 ジャンはあまりテレビ画面を見ずに、リゲルのほうを向いて話をしている。一方のリゲルは、テレビで流れている映画に注目しながらジャンの問いかけを軽くあしらっているようだ。

 ラムリーザも、なんだかんだで映画を見ていた。一度映画館で見たことがあるとはいえ、この『ヨンゲリア』という映画のグロさは本物だ。

 前なら目を逸らして、話題を変えていた。けれど今夜は、画面の中の血の色までちゃんと追っている。それはそれでいいのだと、最近思うようになっていた。

「そのうちわかる。というよりお前ら――」

 リゲルは、少しばかりテレビからジャンたちのほうへ視線を戻して問いかけた。

「お前ら、帝都にミーシャがいるのを知っていながら、なぜ黙っていた? ラムリーザ、お前は年末年始の休みに、ミーシャと映画を見に行ったらしいな? 今やってるこの『ヨンゲリア』は、ミーシャから聞いたぞ?」

「いや、こっちで会うまで俺はミーシャのこと知らんかったし」

 そう答えたのはジャン。確かにジャンは、ミーシャとの接点は皆無だった。

「僕は前も言ったけど、あのときは帝都のミーシャと、リゲルの思い出の中のミーシャとが結びついていなくて、ただ妹の友人だ、という認識だったよ」

 ラムリーザがミーシャを目にしたのはそれよりもさらに前、去年のこの時期に帝都へ戻ったとき、妹のソフィリータから「帝都中央公園で二人でライブする」と聞いて、見に行ったときが最初だった。もっともそのときは、遠目に見ているだけだったが。

「ミーシャぐらい特徴があったら、すぐにわかりそうなもんだろ?」

 今夜はのんびりと、そしてじっくりと会話ができるので、リゲルはラムリーザに食いついてくる。

「だってリゲルの彼女だろ? あのときのミーシャの雰囲気が、リゲルと一緒にいるイメージが全然湧かなかったから。いや、最近のなんだかお茶目になったリゲルを見ていると、ああ、そうだったんだなってわかるけどね」

「お茶目? 誰がお茶目だ?」

「あのなぁリゲル。君はミーシャと話をするとき、うれしそうにニコニコしすぎ。クールで冷たいリゲルしか知らないソニアやリリスは、そんな君を見て『リゲルキモい』とかつぶやいているんだぞ?」

「あのアホ娘どもが、自分のアホさを棚に上げて他人をキモいとか抜かすのは百年早いわ」

 リゲルは、闇の広がる窓の外をまるで敵でも見るような視線で見つめながら軽く歯ぎしりした。

「語彙とおつむが足りないから、簡単に人をキモいなどと評する。他の言葉で人を評する術を知らんのだ。まあそれはそれでいいとして、ロザリーンはどうするんだ?」

 ジャンは、リリスもアホ扱いされていることに気づいていないのかスルーして、今度はロザリーンについて尋ねた。

 リゲルとミーシャだけを見れば、かつて引き裂かれた二人が奇跡的な再会を果たす、ドラマチックな展開に見える。しかし、今のリゲルはそういうわけにもいかない。結果として二股のような状況が続いているが、リゲルはそのことをどう思っているのだろうか。

「どうするも何も、俺はロザリーンとしか付き合えない。ミーシャと仲良くしているところを親父に見つかったら、また要らんことをするに違いない。強制的に桃栗の里から退寮させて、強引に帝都の学校へ飛ばすぐらいやりかねないからな、あいつは。最悪、桃栗の里を廃寮にするぞ」

「いや、さすがにそこまでせんだろ……」

 ラムリーザはそうつぶやくが、リゲルは「いや、二年前に家族ぐるみで飛ばしたやつだぞ」と答えた。

 テレビの中では、小屋にゾンビの群れが押し寄せてきて、それを火炎瓶で撃退しているところだ。なんとなく同じような映像が続いている気もするが、気のせいということにしておこう。

「しかしなぁ、ミーシャはリゲルと再会するために一人で戻ってきたんだぞ? ミーシャがかわいそすぎないか?」

「それが想定外すぎるのだ」

 リゲルは、再びテレビのほうをじっと見つめたまま答えるようになっていた。

「まあいいか、現在と過去が交わる狭間で、苦悩し続けるがよい。俺はリリス一本釣りだから関係ない。まあ、刺されんようにな」

 ジャンは、ベッドの上に大の字に寝転がりながら言った。あまりジャンは、今やっている映画『ヨンゲリア』に興味はなさそうだ。まあ、確かに好みの分かれる映画ではあるだろう。

 その一方で、ラムリーザはリゲルと一緒にじっくりと鑑賞していた。なんだかんだで、ありえない現実を楽しんでいた。

 そして映画は終わり、スタッフロールが流れていく。

「橋の上はゾンビだらけだけど、車道はまだ機能しているみたいだね」

「そこは突っ込んではいけないところだ」

 ラムリーザとリゲルが映画談義をしている横で、横になったジャンは「あー、終わったか?」などと言っている。

 映画が終わったところで、テレビの電源を落とした。三人は、ベッドの背もたれに体を預けて座り、「消灯時間ってあったっけ?」などと会話していた。

「あー、酒持ってきたらよかったな。明日は宿舎に戻る前に、どこかで酒を買ってこよう」

 ジャンは、店で時々酒を飲んでいるので、ラムリーザとリゲルにも勧めようとした。むろん、二人はまだ酒を飲んだことはなかった。リゲルがテーブルトークゲームで酒に詳しく見えるのは、ただ設定を知っているだけのことだった。

「酒って、精神を堕落させる毒水じゃないのか?」

 テーブルトークゲームのときと違って、リゲルは酒には否定的なようだ。

「いや、百薬の長とも呼ばれている。適量を飲めばおもしろいぞ」

「適量を超えたら?」

 ラムリーザの問いにジャンは、「もっとおもしろい」と答えた。リゲルは「何だそれは」と答え、ラムリーザも「愉快な飲み物だね」と返しておいた。

 そろそろ就寝時間だろう。それまでは、周囲の部屋から時折大きな笑い声が上がっていた。だがやがてそれらも聞こえなくなり、宿舎の窓に光る明かりも一つ、また一つと消えていった。

「さて、俺たちもそろそろ寝るか」

 ジャンは部屋の明かりを消そうとして、ラムリーザの様子が少しおかしいことに気がついた。

「どうしたラムリィ。なんだかさっきから妙にそわそわして。しかも部屋の入り口の扉をチラチラと見ているようだが」

「ん? ああ、ジャンは知らないか。リゲルは覚えてないかな、去年の夏休みのキャンプでの出来事」

 ラムリーザに問われてリゲルは少しの間考えていたが、去年のことをすぐに思い出したようだ。

「キャンプか、ああそういうことか」

「なんだ? 俺もそのキャンプに誘ってくれればよかったのに。で、そのとき何があったのだ?」

 ジャンの問いにリゲルは、「あのアホがやってくる」と短く答えた。

「アホはよしてくれ。といっても、ソニアが来るかもしれないけど、とりあえず気にしないでくれ」

 ラムリーザは、部屋の入り口のほうを警戒しながらそう言った。

「何なん、夜這いでもしてくるん? さすがやなー、俺もリリスのところに行こうかなー?」

「たぶんユコとかロザリーンも同室だぞ」

「ソニアは俺たちがいるのに来るん?」

「来ると思う」

 ラムリーザはそう考えた。去年のキャンプでは、リゲルが同室だったのに、それを意に介さずにやってきてラムリーザの布団にもぐりこんできたのだ。ラムリーザとリゲルが入れ替わってみたら、リゲルの布団にもぐりこんだりしたのはお愛嬌。

「まあいいか、寝る前の一杯な。明日は酒だぞ。美女に乾杯」

 ジャンの音頭にリゲルは「賢女に乾杯」と答えた。

 それに続いてラムリーザは、「可愛い娘に乾杯」と返しておいた。

「おいおい、三者三様だな」

 ジャンが楽しそうに忍び笑いを漏らし、リゲルは呆れたように薄い毛布を頭まで引き上げる。

 目指す恋の形も、守りたい女の子のタイプも全然違う。けれど、この異国の天井の下で、お互いのくだらない本音を突っ込み合えるこの時間が、ラムリーザには妙に心地よかった。

 その後、明かりを消し、三人が布団にもぐり込んでしばらくしたときに、入り口のドアがガチャリと開き、誰かが入ってきた。

 窓の外から差し込む星明かりに照らされたそのシルエットは、不自然なほど胸がでっかい。

「マジで来た」

 暗がりの中で、ジャンの驚いたようなつぶやき声が聞こえる。続いてリゲルの舌打ち。

「僕はここ。そっちから見て手前、一番通路側のベッド」

 ラムリーザがそう言うと、ソニアは何も言わずに布団にもぐり込んできた。そしてラムリーザにくっつくと、すぐに寝息を立て始めた。

「キャンプのときと一緒だな」

「ん~、気にせず寝ようね」

 ラムリーザは、妙な気分になりながらも、なんとか平静を保っていた。

 こうして修学旅行の初日はほとんど移動だったが、これにて終わったのである。

 遠い国の夜でも、いつもの重さが腕の中に戻ってくる。それだけで、初日はちゃんと終わった気がした。

 修学旅行でも、ひとりよりも、ふたりがいい。