ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
夜の自由時間 プロレスを見よう
帝国暦九十三年 翠雫の月・氷狼の日(現代暦:五月上旬)
ユライカナンの首都ランザンヌの郊外にあるトリトンホテルに、この旅行中、宿泊することになった。
バスから降りた生徒たちを集め、ホテルのロビーで先生がこれからの行動について説明していた。曰く、「ホテル内ではむやみに騒がないこと、外に出るときは制服を着用のこと」だの、「現在ホテル一階の大会場で、大規模なお菓子コンテストが実施されているので、邪魔にならないよう行動すること」だの、あとは消灯時間だの風呂に入る順番だの、細かい注意が続いた。
「夜九時以降は外出禁止。それ以降は各自割り当てられた部屋で過ごすこと、以上」
長々と続いた説明は終わり、ようやく自由時間となった。
誰かが「九時一分に戻ってきたらどうなりますか?」などとしょうもない質問をしていたが、説明をしていた先生は華麗にスルーしていた。
その前に、夕食の時間だ。生徒たちはレストラン風の広間に案内され、そこで食事をとることになった。
「スシか」
ユライカナン名産の食文化であるスシだったが、ラムリーザたちにとってはすでに馴染みの味になっていた。
ラムリーザは念のため、ソニアとリリスの近くにあるサビの入った壷を没収しておく。これを二人に好き勝手に使われたら、また騒ぎ出すに決まっている。その甲斐もあってか、何も問題は起きることなく食事の時間は終わった。
ただし、よそのテーブルでは騒ぎが起きていた。どうやらソニアやリリスと同レベルのイタズラをする奴がいたようだ。
現在は夜の七時であり、外出禁止と言われた九時まではまだ二時間ある。
ラムリーザたちは、いったん部屋に戻って荷物を置いてから、そのあとの行動を決めることにした。
ラムリーザが部屋に向かっていると、ソニアがささっとすり寄ってきて尋ねた。
「ラムの部屋はどこ?」
「ん、217号室みたい」
「わかった」
ソニアは小さく答えると、そのまま自分の部屋へと向かっていった。
これは、まさか?
ラムリーザは、去年の夏休み、自動車教習合宿のときのことをふと思い出していた。
「どうした?」
ラムリーザは、ソニアが立ち去っていく姿をぼんやり眺めていた。そこへリゲルが話しかけてきて、ラムリーザは我に返った。
「あ、いや、ちょっと考え事をしてただけ。さあ部屋に行こうか」
ラムリーザの部屋は三人部屋で、同室はリゲルとジャンだ。
ラムリーザは、念のために向かって左端のベッドを選んでおいた。あくまで念のため、入り口から一番近いベッドを……。
荷物を置いて少し休んだあと、ラムリーザたちは近くの街へ繰り出すことにした。最初はお菓子コンテストでも見るか? という話になったが、誰も興味を示さなかったので外へ出かけることにしたのだ。
同室の三人に、レフトールとマックスウェルも加わった五人組で宿舎を出て、繁華街のほうへぶらぶらと向かっていった。ちなみに女性陣は、ホテル一階の大会場で行われているお菓子コンテストを見物しているようだった。
「夜の街か。帝都シャングリラと比べてしまうけど、一応ここも首都だからいろいろ揃っているみたいだね。どこに行こうか?」
ラムリーザの問いに、ジャンは「クラブハウスとかよりも、ここにしかない場所に行ってみたいね」と答えた。
「ゲーセン?」
レフトールの問いに、「それは帝国にもあるだろ」と答えておいた。
しばらく歩くと、目の前に大きな体育館のような施設が現れた。何だろう、中からは大きな歓声が聞こえている。
「えーと、ここは国技館クラウシロ、か? お、プロレスをやっているみたいだぞ?」
大きな垂れ幕には、ディック・ストレンダーvsザ・ブレード・ヤグラなどと書かれている。
この団体のエースは、ビクトリー・ハヤブサという名前らしい。赤い鉢巻がよく似合う、屈強そうなレスラーだ。
「プロレスを会場で見ることってあまりないよね? というわけで行ってみよう、チケットは一人千エルド。そんなもんかな」
とりあえず旅行ということでそれぞれ小遣いを持ってきていたので、そのままチケットを購入して会場の中へ入ってみた。
時間的には、まだ始まったばかりのようだ。今は、ほぼ前座の試合が行われている。照明の熱と歓声が、体にぶつかってくる。リングは思ったより近く、汗と気迫の匂いまで届きそうだった。
「プロレスはな、素人が遊びでやると大怪我をしてしまうことがあるのだぞ」
リゲルは腕組みしたまま、そう言った。
「まあそうだろうな、俺だってラムさんみたいにマジで強い奴と、正面からぶつかろうとは思わないぜ」
レフトールがそう言うと、ジャンは「しょっぱい奴だな、お前は」と冷ややかな視線を向けた。
「普通に正面からぶつかって、顔面と指を壊された奴が今さら何を言っているのやらな」とリゲルも目が笑っている。
「だから二度とぶつからねえって言ってるだろうが」
リング上では、ヘッドロックを決められていたレスラーが相手をロープに振った。その相手はショルダータックルを仕掛けてきて、ロープに振ったほうは倒された。
倒されたほうが起き上がると、今度はタックルしたほうがロープに走った。しかし倒されたほうはうつ伏せに転がり、追撃を防いだ。
そこで走ったほうは、それを飛び越える。だが倒されたほうは素早く起き上がり、カウンターで見事なサイクロン・ホイップを決めたのだった。
プロレスでは、技を受けることが美学とされ、避けることはよしとされにくい。受けて返す、それが他の格闘技と大きく違うところだ。だから、プロレスラーはかなり頑丈になる。
ただし、怪我をさせてしまうのは美しくない。力が強いだけでは認められない、そういうテクニックも重要なのだ。
一連の流れを見たラムリーザは、その動きに感心し、
「これおもしろいね。帝国にもあるけど規模が小さくて、精々年末年始の休暇時とかしか放送されていないし」
と、去年の年末に帰省したとき、ソニアとテレビでプロレス中継を見たことを思い出していた。
「このユライカナンでは、プロレスとのだまが代表的なスポーツらしいぞ」
少しばかりユライカナンについて調べてあるジャンが、そう言った。のだまは、休日に遊んだとき、ソニアの胸の死角を攻めたことがあった。プロレスなら、帝国でも人気のスポーツだ。
「のだまは遊んでみたよ。そうだなぁ、プロレスもやってみる?」
「やってもいいが、しょっぱいレフトールとは試合やらんぞ」
リゲルは、レフトールに対してダメ出しする。
「いやいやいや、お前とだったらいくらでも戦ってやるぞ。実際にプロレスするってなったら、俺はラムさんと組んで、世界一になってやるからな」
レフトールは慌てて言い返した。リゲル対レフトールのプロレス、リゲルが戦うのを見たことがないが、どんな戦いを見せるのだろうか?
「バクシングは結構技術とか大変だけど、プロレスならわかりやすくて楽しめそうだね」
「バクシングのほうがマシだ、プロレスならラムさんのアイアンクローがかなりヤバイっす」
レフトールは、どちらかといえばバクシング派のようだ。
「じゃあ異種格闘技戦でやる?」
ラムリーザの問いにレフトールは、「ラムさんの指先が自由なら意味がない」と答えた。要するに、グローブをつけた状態にして、クロー攻撃をするな、と言いたいらしい。顔に穴を開けられたレフトールならではの経験則だった。
「とにかくユグドラシルさんに頼んで、プロレス部でも作ってもらおうかな」
部活を作るなら、仲の良いユグドラシルが生徒会長の今がチャンスだ。部員が揃わなくても、なあなあで作るだけは作ってくれるかもしれない。なんならラムリーズのメンバーが部活をかけ持ちしても問題ないだろう。部室に集まって雑談するくらいなら、プロレスでもして汗を流すほうが健康的だ。
そんなこんなで、五人は楽しくプロレス観戦を続けた。
ビッグ・ザ・ブルーディに追いかけ回されたり、ハリュカイヤ・エーゲンに唾を吐きかけられたり、いろいろと大変な目にもあったが、それなりに楽しい時間を過ごせただろう。
乱暴に見える振る舞いも、プロレスの中では役割のひとつだ。反則すれすれでも、越えてはいけない線だけはみんなが知っている。
本日の興行は、最終試合でビクトリー・ハヤブサが、夜の八時四十五分頃に延髄斬りを決めて、勝利をもぎ取っていた。相手の怪人アブドーラ・ザ・バンディは、マットに沈んだ。
試合がすべて終わった後も、ラムリーザたちは会場の熱気を浴びて盛り上がった気分のままだった。しかし、落ち着いたマックスウェルの、のんびりとした声が現実へと呼び戻した。
「なぁ、そろそろ夜の九時なんだな」
「あ……」
五人は顔を見合わせる。そしてすぐに、会場の出口へと向かって駆け出した。
早足で宿舎へ戻りながら、プロレス談義を続けていた。
「このメンバーでプロレスするなら、やっぱりメインは『ラムリーザ対レフトール』になる?」
ジャンは、レフトールの蹴りが勝つか、ラムリーザの力が勝つか気になるようだ。
「とはいっても、全力で戦って負けているからなぁ」
決闘で痛い目に遭っているレフトールは不貞腐れたように言い放つが、ラムリーザは「プロレスなら喧嘩じゃないから、ルールに従って戦うよ」と答えた。
「そっちじゃない」
レフトールはラムリーザの打たれ強さはともかく、ゴム鞠を破裂させてしまうほどの握力を恐れていた。
「まぁ怪我させるまではやらなくていいと思うけどね。試合ができなくなったら事故だし、怪我をさせることはプロレスの美学に反するから」
ラムリーザとしても、あのときはやり過ぎたという自覚がある。だから、次に戦うことがあるなら、自分の力をよく知っておこうと考えた。
「プロレスでハイキックはあまりやらないから大丈夫だと思う。あと顔面グーパンチは反則みたいだし」
妙にプロレスの知識があるジャンが、得意げに説明してみせた。
「それラムさん最強じゃん。まぁ新しく開発したフォレスター・キラーでダウンを奪ってやるからな」
レフトールが言うその技は、全力を込めたローキックだ。ラムリーザは一度、この技で転倒させられている。本気で食らえば、足を怪我してしまうかもしれない一撃だ。
「僕も密かにレイジィと共に、究極のアイアンクローを開発中だよ。見せる日が来るかどうかわからないけど、けっこう強引な技だと思うよ」
「いや、ラムさんの場合、普通にアイアンクローするだけで脅威だから。魔のラムズ・クローだよ、そのまま持ち上げるし。そもそも最初に組み合うのすら嫌だわ。力比べとかあるだろ? 絶対ラムさんとやりたくねー」
「さしずめラムリィは鉄の爪ということで、レフトールは爆殺シューターな。リゲルは何が得意?」
ジャンは一人ずつ、レスラーとしての二つ名を作り始めた。割と設定好きなタイプなのかもしれない。
「関節技ならある程度知識はあるけどな」
リゲルは短く答えた。そういえばいつか、ソニアの腕を極めて悲鳴を上げさせたことがあった。
ジャンは「どんな感じ?」と尋ねながら腕を差し出すと、リゲルはその腕を取って捻り上げてみせた。
「おおう、リゲルはコマンド・ウルフだ。離せ離せ、参った参った」
「そういうジャンは、何役?」
ラムリーザは、逆にジャンの設定を聞いてみた。
「俺? 俺は――」
「お前は、なんとなく悪者役。派手な帽子とサングラス、鞭や拡声器を持って現れて暴れまくる困った奴だ」
自分のことになると、とたんに口ごもるジャンに代わって、若干早口でリゲルが設定を作った。なんだかよくわからないけど悪役にされたジャンであった。
「それだったら悪事の実行犯も作らないとな。マックスウェル、君が怪しげなマスクでも被って、宇宙パワーマシーンとでも名乗ってくれたらいいよ。そうだなぁ、凶器はハンマーとかでいいかな」
「やなこったな」
相変わらず、あまり乗り気ではないのんびり屋のマックスウェルであった。
「えっと、時間はどのぐらい?」
「ん、五十八分。ぎりぎり間に合うかな?」
しばらく進むと目の前に宿舎のトリトンホテルが見えてきた。ぎりぎりで間に合うだろうか。
「あ、戻る前にジュース買う」
レフトールが自動販売機へと向かい、ラムリーザもそれに続き、残りのメンバーもそれに倣った。
その結果、少し時間がかかってしまい門限に一分遅れ、九時一分に戻ってきた。
しかし、特に何も起きなかったのである。
結局、注意事項なんて飾りみたいなものだった。ぎりぎりで戻っても、先生は怒らない。誰かが泣くわけでもない。
プロレスも楽しめた。受けて返す。傷つけずに削る。あの輪の中には、喧嘩とは違う決まりがあった。その決まりがあるから、観客は笑い、拳は止まり、夜はちゃんと終わる。
明日はきっと、もっと騒がしい。