ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
バス最後尾の会議 徳とツンデレとカラオケ
帝国暦九十三年 翠雫の月・氷狼の日(現代暦:五月上旬)
汽車がユライカナンの首都ランザンヌに到着したとき、すでに日は西に傾き、あたりは橙色に染まっていた。
修学旅行の初日は移動だけだ。長い間汽車に揺られたあと、今度はバスで宿舎へ向かう。
汽車を降り、駅を出てバスターミナルへ向かう。そこでクラスごとにまとまり、バスに乗り込む。
「そういえばこのクラスは何組だったっけ?」
今さらのようなラムリーザの問いに、ジャンはおどけて答えた。
「たぶん、つぼみ組だよ」
「なんだそりゃ。じゃあ隣のクラスは?」
「たんぽぽ組に決まっている」
「まるで幼稚園だな」
二人の会話に、リゲルが突っ込んできた。つぼみ組、たんぽぽ組。言われてみれば、たしかにそんな雰囲気だ。
「よっ、すみれ組のリゲルさん」
「同じクラスなのに呼び方が変わっているぞ?」
リゲルは何も答えなかった。こういうところの温度差が、ジャンとリゲルの間では激しい。
「ソニアは、ひまわり組だと思うわ」
なんだかよくわからないが、リリスはそう評する。
「何それどういうこと?」
ソニアの問いに、リリスは「なんとなく」と答えた。リリスもソニアと精神構造はそう変わらない。だからリリスも、ひまわり組になるだろう。
とりあえず、その話はどうでもいい。
ぐだぐだ言ってないで、ラムリーザたちはさっさとバスに乗り込み、最後尾の座席をいつものメンバーで占拠した。ここだけは、バスの中でも彼らの領地だった。
一番後ろの席には、右からソニア、ラムリーザ、リゲル、ロザリーンの四人が座り、一つ前の座席を回転させて後ろ向きにして、ソニアの前にリリス、ラムリーザの前にユコが座る。そしてリゲルの前にジャンが座ろうとした瞬間、レフトールが割り込んできてジャンは窓際、ロザリーンの前へ押しやられてしまった。
「ここがラムさんの軍団でいいのかな?」
「バンドメンバーが集まっているから間違いないね」
ラムリーザが答えると、ソニアが横から口を挟んできた。
「ここはラムの、ラムリーザ軍団々だ!」
「ぐんだんだん? なんだそりゃ?」
「適当に人選した混成グループだよ」
どうやらソニアは、その理屈だと自分も適当に人選されることに気づいていない。自分も同じグループに所属していることが、わかっていないようだ。
とりあえず、そんなことはどうでもいい。
動き出したバスの窓から、見たことのない形状の街灯が、ひとつ、またひとつと後ろへ流れていく。
帝国とは少しだけ空気の匂いが違う、ランザンヌの夕暮れだった。橙色から深い紫へと移り変わる異国の空が、最後尾の座席に座る九人の横顔を、等しく影の中へ溶かし込んでいった。
「ここにいるのは男五人、女四人。ハーレムになっているのかと思ったら、割とそうじゃないみたいだな。むしろ男が多い、これが現実か?」
レフトールは、自分とマックスウェルを加えた状態で人数を数えた。去年はラムズハーレムとかいう言葉が生まれていたが、こうして見るとどうだろう。最近男子ばかり増えているのか?
「君の思う、いや、理想とする構図を説明してあげよう」
なにやらジャンが語り始めた。レフトールは「何だ?」と答えて聞き入っている。
「こういうグループだと、ラムリィの周囲は全員、女。男一人、女八人であるべきだと考えているんだろ?」
「言えてる」
「気味の悪いことを言うな」
肯定するレフトールと、否定するラムリーザ。
「リゲルは本来ならば、リデルという名前でクールで頭脳明晰な女の子。ちょっと冷たいところもあるけど、ラムリィが好きなので、時々デレるクーデレというやつだ」
「気持ちの悪い設定を作るな」
「それ、ロザリーンと設定が被っているところがあるね」
しかめ面で否定するリゲルと、冷静にツッコミを入れるラムリーザ。
「ロザリーンも本来ならば、ラムリィにデレるべきなんだ」
「寝取るな!」
ジャンの勝手に作った設定に噛み付くソニア。ロザリーンはいい迷惑だ。ソニアにすごまれても、苦笑いを浮かべるくらいしかできない。
周囲の混乱をものともせずに、ジャンは設定を語り続けた。
「そしてレフトールはレフティアという名前で、乱暴で豪快だけど根は優しい姉御肌の女の子。無論ラムリィのことが好きで、ラムリーザの危機には身を挺して守り抜く女騎士だ」
「くっころ……」
「それ別に男でもよくね?」
謎の呟きを漏らすユコと、自分を女体化されて否定するレフトール。
「そこをあえて女にすることで、ハーレムものが成り立つんだ。常識は通用しないぞ。ちなみにそっちのマックスウェルは、マライアとでも名乗っていてレフトール、いやレフティアの子分一号な。無論ラムリィに惚れている」
「子分とかあれか? パーティーとかでレフトールに紹介されて出てきてヘルメットみたいな髪型をしていたりするのか?」
「やめるんだな」
「節操のないラム!」
謎の設定を追加するリゲルと、当然のごとく否定するマックスウェルと、ハーレム状態だとソニアに文句を言われて、いい迷惑なラムリーザ。勝手に話を作られてしまうので、苦笑いを浮かべるくらいしかできない。
「それならジャンはどうなるんだよ」
横からソニアにつつかれながら、ラムリーザは混乱の元凶のジャンについて尋ねる。
「お、俺はぁ――」
「お前は転校生のツンデレ。ラムリーザをぐいぐいと引っ張りまわして、幼馴染を振り切ってラムリーザとゴールイン」
リゲルは若干早口で、ジャンに代わって設定を述べた。しかしラムリーザは、ツンデレに興味を示さないんじゃなかったか。
「やった、俺は勝ちヒロイン。やっぱり幼馴染とか緑色の髪とかは負けヒロインだよな? な?」
ジャンは周囲に同意を求めるが、もちろん誰も同意しない。その設定を口にしたリゲルですら、ただ言っただけでもう興味なし、といった具合で顔をそむけている。
「そんなことには絶対にならない! ラムとジャンが結ばれる物語なんて腐ってる!」
周囲が冷え冷えとした沈黙の中、ソニアだけが大声で否定した。いつまでたっても、寝取られるかもしれないと怯え続けるソニアであった。
窓の外は次第に薄暗くなり、夜を迎えつつあった。宿舎までは、もうしばらくかかりそうだ。
「それよりもさ、この中だったらロザリーンが一番メインヒロインにふさわしいんじゃないか? 成績優秀だし運動もそれなりにこなせるし、真面目で優等生。しかも首長の娘ということは、良家のお嬢様ってことになるじゃんか」
「それ、去年も同じこと思ってさ。そんな話をしたことある気がするなぁ」
ラムリーザはなんとなく以前の会話を思い出していた。ソニアが言うには、ロザリーンは「仮面優等生」らしいのだが、何のことやらさっぱりわからなかった。
「八つの徳を極めたアバターリアに近いんでしたっけ?」
ユコもなんとなく覚えているようだ。しかしその話題はまずい。
「待て待て。その話は、ここだけに留めておこう。余計な火種を持ち込んじゃいけない」
ラムリーザは慌てて口を挟んだが遅かった。リリスは「ソニアは優しさとか誠実さとかが壊滅的だったわね、くすっ」と、去年やった話を蒸し返した。
「何よ! 謙虚さとか献身さとかが不足している植木鉢足魔女!」
「植木鉢足は騎士でしょ? 知性が足りないエルさん」
「うるっさい! リリスも優しさの欠片もまったくない! ってか、知性は徳じゃない!」
本当に遅かった。ラムリーザの右隣は、再び「ナメクジ」だの「恥さらし」だのといった罵り合いが始まってしまった。まったくもって、徳も何もあったものじゃない。困った二人だ。
とりあえず、そんな騒ぎはどうでもいい。
「幼馴染がおっぱいちゃんのエルで、そうなったらもうリゲルが主人公でもいいんじゃないか?」
その一方で、ジャンは相変わらず架空の設定を作り上げている。
「リゲルが主人公だったら、思いっきりやれやれ系主人公になりそうだなぁ」
レフトールもなんだかんだで打ち解けている。この話題には、ロザリーンが若干引き気味なのがよくないところか。一方マックスウェルは、会話から遠ざかって一つ前の座席に移動して居眠りしている。
「主人公はお前がやれ」
リゲルはめんどくさそうに、ジャンに主人公の役を投げ返す。しかしジャンは、さらに設定を付け加えた。
「メインヒロインのロザリーンとの仲が進展していたが、離れ離れになっていたかつての恋人が戻ってきて、その狭間でもがき苦しむ――」
「俺をハーレムにするのだったら、ラムリーザも女体化するんだよな?」
リゲルはジャンの台詞を邪魔する形で割り込んだ。ミーシャ問題はリゲルにとって悩みの種であったので触れてほしくないらしい。
「――んあ、ラムリィ? そうだなあ、ラムリィは領主の娘でお嬢様。でもしきたりで十八歳までは家の外では男の子として生活をしなければならないということになっている」
「意味わからんわ!」
ラムリーザは右隣の騒がしさと、ジャンの作り上げた謎の設定とのダブル攻撃で、思わず声を荒げてしまう。
「領主の娘という設定なら、ケルムと一緒だな」
「僕はあの人苦手です」
リゲルの発言に、すかさずラムリーザは答えた。ラムリーザは高圧的な人が苦手だった。
話題はハーレムだの徳だの、脈絡なく飛び回った。騒ぎが終わらない中、前の席からマイクを差し出された。差し出したのは、クラスの人気者レルフィーナだ。
「ねーえ、カラオケやっているんだけど、今度はあなたたちの番ね。誰でもいいから一曲歌ってー。上手い人は記録に残るけど、下手な人は記憶に残るわよ」
リゲルは腕を組んだまま動こうとしないし、ソニアとリリスは徳について口論中。ロザリーンとユコはそれほど歌を歌うことに興味はなさそうだし、レフトールもそんなキャラじゃない。
「えっとソニア、カラオケやるって言っているぞ」
ラムリーザはそっと話しかけたが、ソニアは完全にヒートしていて、リリス以外目に入っていない。
「じゃあ俺が歌うよ」
ジャンはレルフィーナからマイクを受け取り、適当に――といっても狙って選んだのだろうが、一曲選んで歌い始めた。
なぜ表でやらねーんだ?
表でやっちまおうぜ?
いいからやっちまおうってば
表でやってしまえばいいじゃねーか?
誰も見ていないのに、なぜ表でやらないんだ?
妙な歌詞の曲を歌い終わったジャンは、得意げだ。しかしレルフィーナのお気には召さなかったようだ。
「何よその変な歌、表で何をやるっていうの?」
「何をやるって? そりゃあ決まっているじゃないか」
「何?」
しかしジャンは答えずに、ふっふっふっ、と笑っただけだった。
「何よもー。じゃあ今度はラムリーザね。失敗しても物語になるから、沈黙よりはドラマチックでしょ?」
「ええっ? 何でそうなるんだ?」
ラムリーザは、マイクを回されて困惑する。しかしこの場合真っ先に飛びつくであろう二人が、どうでもいいことで口論を続けているのだから仕方がない。ソニアなどは、ラムリーザがマイクを受け取ったというのに気づいてすらいなかった。
「しょうがないなぁ」
有名な僕の名前を知っているよね?
キュリオの番号を見てごらんよ
ねぇ君、君、有名な僕の名前を知っているよね?
知っているはずだよ?
だからキュリオの番号を見てごらん
ラムリーザもなんとか歌い終わった。しかし、残念ながら今回もレルフィーナのお気に召さなかったようだ。
「あなたもまた変な歌ね。名前を知っていてキュリオの番号を見てって何?」
「そういう意味だよ」
「意味わかんない」
「いや、簡単な文章だと思うけど? わかりやすい歌詞だよね?」
「もう知らないっ。でもサビだけは覚えてるから」
なんだか不機嫌になったレルフィーナは、ラムリーザからマイクを奪うとバスの前のほうへ向かっていった。
ラムリーザはジャンと顔を見合わせると、お互いに「ふふっ」と笑って肩をすくめるのだった。
そうこうしているうちに、バスは宿舎に到着していた。あたりは暗く、すっかり夜になっていた。
プシュー、と重い音を立ててバスのドアが開き、夜のひんやりとした異国の空気が車内へと流れ込んでくる。
「あーあ、やっと着いたぁ。ねえラム、あたし荷物、部屋まで持ってってよ」
口喧嘩ですっかり体力を使い果たしたソニアが、なんだか眠たそうな顔でラムリーザの腕に抱きついてきた。
「はいはい。でも部屋は男女別だから、ロビーまでだよ」
苦笑しながら、ラムリーザは最後尾の座席から腰を上げた。
こうして、修学旅行一日目の大移動が、ようやく終わった。
ハーレムだの勝ちヒロインだの、勝手に設定を盛られて困ったものだ。けれど、旅先に来ても、結局いつも通りだ。
ソニアとリリスは騒いで、ジャンは余計なことを言って、リゲルは呆れている。
国境を越えても、騒がしさは変わらない。変わるのは景色だけで、隣にいる顔ぶれは同じだ。
ラムリーザは、それが少しだけ安心だった。