ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
修学旅行始まる ミルキーウェイ大橋を越えて
帝国暦九十三年 翠雫の月・氷狼の日(現代暦:五月上旬)
晴天が広がる、春から夏へと変わろうとしている時期。この日、ラムリーザとソニアは学校には向かわず、フォレストピアの駅でポッターズ・ブラフからやってくる汽車を待っていた。
今日は学校行事、修学旅行が始まる日。向かう先は隣国ユライカナンだ。
駅で二人はソフィリータと別れた。彼女はラムリーザたちに「気をつけて、良い旅を」と言い残して、そのまま学校に向かうためにポッターズ・ブラフ行きの汽車に乗っていった。
そこで二人は、先に駅へ到着していたジャンとユコと合流した。ユコはジャンに、リリスについていろいろ聞いているようだ。
「最近リリスが、毎晩あなたが経営するホテルに泊まっているみたいですが、どうなっているんですの?」
「ん、リリスだけがよそにいるのが気の毒でな。ユコもリリスがこっちにいたほうが、気軽に一緒に遊びに行けていいだろ?」
「まぁそれはそうですけど」
いつの頃からか、リリスはジャンの経営する店の上階にあるホテル部分で寝泊まりするようになり、ユコはジャンの店でリリスと待ち合わせて、出かけることが多くなっていた。
ユコがポッターズ・ブラフに住んでいたときは、家がリリスと隣同士だったのでよく一緒に遊びに出かけていたが、フォレストピアに移ってからは、リリスと出かける機会が減っていた。だからリリスがここにいてくれることは、ユコにとってありがたかった。
「それに、そいつは建前だ。本音は別にある」
「何ですの?」
「いずれ、わかる」
「おはようございました」
二人の会話にラムリーザが割って入った。謎の過去形挨拶で。
「おはようござってやると思ったら大間違いだ」
なぜか挨拶を変な形で拒絶するジャン。
「私は別に、ラムリーザ様だったらおはようございましてあげてもいいですの」
ユコの挨拶も謎だが、以前からラムリーザとユコの間の朝の挨拶は妙なものだったから今さらだ。
「ふんだ、おはようございません」
否定形挨拶でひねくれるソニア。
「俺もエルに、おはようござってもらう謂れはないな」
「私もソニアにはおはようございましたくないですの」
このグループは、朝の挨拶から妙な流れだ。以前はこの妙な挨拶はラムリーザとユコの間だけで繰り広げられていたが、最近では周囲の人々も参加している。
周囲を見ると、ほかに汽車を待っている同じ学校の生徒は十人もいないようだ。同学年で、家族ごとフォレストピアに移っている生徒はこのくらいらしい。
「あーあ、旅行怖いなぁ」
ソニアがめんどくさそうにぼやく。旅行が怖いというより、めんどくさいだけなのではないだろうか。
「去年のキャンプでクリスタルレイクに行ったし、それ以前に何度か家族で旅行したじゃないか? それの延長みたいなもの、学年全員で行くだけだよ」
ラムリーザはソニアをなだめようとするが、ソニアは「制服で行きたくない」とだけ答えた。
ブラウスは、今年新たに胸のサイズに合わせて仕立ててもらったので問題ないはずだ。となると、ソニアの嫌いな靴下のことか。
ラムリーザは、どうでもいいやと思いながら、のんびりと汽車を待つことにした。
さて、先述の通り今日は修学旅行で数日間ユライカナンへ向かう。ラムリーザたちは、フォレストピアでユライカナンの文化に触れるという交流はあったが、実際に行くのは初めてだ。
修学旅行の本隊はポッターズ・ブラフ駅から出発する。フォレストピア組は通過駅で合流する、という流れだった。
実際のところ、ユライカナン行きの汽車は、基本的にフォレストピアからしか出ていない。本来ならば、フォレストピアで乗り換える形になるのだが、今日は修学旅行用の貸し切り汽車が特別に動いているのだった。
しばらく待っていると、東から汽車がやってきて駅に停まった。ありふれた型ではない、超特急型の汽車だ。
合流した四人は、決められた班に分かれて乗り込んだ。
ラムリーザの班は先日決めたように七人で、リゲルとジャンの男子グループと、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの女子グループの組み合わせだ。
そこで座席をどう確保するかで一悶着。
汽車の中は、二人掛けの座席が向かい合った四人用座席と、三人掛けの座席が向かい合った六人用座席が並んでいる。そこにどのように入るかという話になった。
「男三人、女四人でそれぞれ四人用座席に分かれる?」
ラムリーザの提案に、ソニアは「やだ」と答えた。
「六人掛けの座席に七人入るかしら」
ロザリーンの提案で、六人掛けの座席に入ってみる。
「男三人、女四人で向かい合う?」
ラムリーザの提案に、再びソニアは「やだ」と否定した。ソニアはとりあえずラムリーザとくっつきたいらしい。
「ラムリィ、君がソニアを抱いて座ればいい。残りの五人で、座席をそれぞれ確保しよう」
「待ってくれ、ユライカナンまでずっとソニアを抱っこ?」
ラムリーザの問いに、ジャンは「それしかない」と答え、ソニアは「それがいい」と答えた。
結局のところ、ラムリーザの提案をもとに、ラムリーザとソニアがくっつくだけであとは男女に分かれて向かい合う形になった。
「いや、これ僕としてはすっげー恥ずかしいんだけど」
ラムリーザの抵抗もむなしく、ジャンは「今さらだろ?」と答え、ソニアはまんざらでもない感じだ。
さらにジャンは、「俺もリリス抱こうかな」などと言い出す始末である。
リリスは「どうかしら?」と答えただけで、動こうともしない。まだそこまでジャンに入れ込んでいないようだ。
「おー、手堅いねぇ。ひょっとしてまだラムリィ狙いを諦めてないのんか?」
ジャンは茶化し気味に尋ねたが、リリスは微笑を浮かべただけで何も答えなかった。
「いや、狙われても困るけど……」
ラムリーザの抵抗を気にせずに、ジャンはさらに話を続けた。
「ラムリィを狙うのはやめとけやめとけ、こいつは幼馴染しか見てないから」
「いや、見てないとかそういう問題じゃ――」
ラムリーザのツッコミを遮ってジャンは語り続ける。
「漫画やアニメでは幼馴染ってのは基本的に負けヒロインなわけだが、ラムリィはそのセオリーが通用しない相手だからな」
「いや、僕は漫画のキャラじゃないし――」
「よくあるじゃんか、突然現れたツンデレが幼馴染から主人公をかっさらっていくって展開。それがよくあるパターンだろ? しかしラムリィ、君はツンデレをどう思う?」
「いや、ツンされた時点で脈なしと判断するけど――」
「ほらみろ、こいつにツンデレした時点で負けヒロインになる。そこに注意して接しないとリリスも負けヒロインになるぞ。しかしそんなにソニアが良いかねぇ?」
「変えたくないだけだよ。ソニアとはこれまでもずっと一緒だったし、この先もずっと一緒にいたいと思っているんだ」
「はいはい、ラムリィはそれでいい、それでいいんだ」
要するにジャンは、リリスをラムリーザから引き離して自分のものにしたいようだ。少しずつ、少しずつ、リリスをラムリーザから引きはがしているかのようだった。
そのとき、ラムリーザの膝の上に座って窓の外を眺めていたソニアが口を開いた。
「あっ、この川知ってる。あたしここまで来たことあるよ。ミルキーウェイ川だったっけ?」
汽車は橋の上を走っている。下に流れる川はミルキーウェイ川だ。エルドラード帝国とユライカナンの国境に流れる川である。この川を越えた先が、まだ見ぬ異国の地であった。
ガタンガタンと大きな音を立てながら、汽車は鉄橋の上を走り続けていた。
窓枠を激しく震わせる鉄橋の轟音が、車内の雑談をかき消すように響く。遥か眼下に広がるミルキーウェイ川の水面は、柔らかな日差しを反射して、まるで銀河の砂をまき散らしたようにきらきらと輝いていた。
視線を伸ばしても、向こう岸は青い霧の彼方に霞んでいて、自分たちが今、二つの国の境界線をものすごい速度で駆け抜けているのだという実感が、じわじわと胸の奥を焦がしていく。
「しっかし、うまくできているな」
ジャンはリリスの脚を見ながら、ぼそりとつぶやいた。
「どうしたジャン、目つきがまたエロ親父になっているぞ?」
「いや、スカート短いのに生足がほとんど見えない。座っているときはエロそうに見えるが、意外と露出が少ないのな」
「何を言っているのかわからんが、そんなこと言ってたら引かれるぞ?」
「ジャンがエロいのは昔からだから、今さら驚かない」
ラムリーザの忠告めいた言葉の脇からソニアの言葉がかぶさった。
「ただしソニアは、いつも遠慮なくパンツを見せてくれるからもう飽きた」
ジャンはソニアに対してはすぐに反撃をかましてくる。
「なっ、何よっ、別にジャンには見せてない! そういえばジャンは、あたしの写真をラムに撮らせて集めていたくせに」
「それはメモリアルさ」
ジャンは落ち着いてソニアの攻撃をかわす。ソニアに対しては、ジャンも長い付き合い。あしらい方は心得ているつもりだった。
「しかしこの橋は長いな、さっきからずっと鉄橋だぞ?」
「国境のこの川は、向こう岸が見えないぐらい幅が広いからな」
この橋は、ミルキーウェイ大橋と呼ばれている。国交強化を決めて以来、両国が協力し合って作り上げた橋だ。
ラムリーザとソニアは、一度だけリゲルの運転する車で川岸まで行ったことがある。そのときに見た向こう岸が、霞んでいてよく見えなかったことを思い出していた。
「そういえばジャンさんは、バンドを集めるために、一度行ったそうですね」
ロザリーンが尋ねると、ジャンは「まあね」と答えた。
「それじゃあ名所とか案内してくださるんですの?」
ユコの問いには、「仕事で行っただけで遊びに行ったわけじゃないから、そんなに見てないんだよね」と答えるのだった。
「それよりもリゲル、君はロザリーンとミーシャのどっちを選ぶのだ?」
ジャンの問いにリゲルは、「問うな」とだけ答えた。その言葉には、ロザリーンも眉をひそめてジャンとリゲルを見つめている。
「まぁラムリィが本気でハーレムを作ってしまえば、フォレストピアはハーレム上等ということになる。そうなってからリゲルもハーレム作ればいいじゃないか」
「「たわけ」」
ラムリーザとリゲルは同時にジャンを罵倒する。二人に左右を挟まれているジャンは、まるでステレオでも聞いているかのようだった。
窓の外、西の方角を見ていると、うっすらと対岸が見えてきた。もうすぐ橋を渡り終えるだろう。
「じゃんけんほいほいどっち出すの~、こっち出すの~。あんた馬鹿ね! グリーンピース!」
ジャンやリゲルと雑談しているラムリーザの足の上に座ったソニアは、正面にいるリリスとじゃんけん合戦を始めていた。
普通のじゃんけんとはちょっと変わっていて、ほいほいと両手でそれぞれ一つずつ出して、「こっち出すの」で一方を選んで勝負するやり方だ。
このじゃんけん、ソニアは妙に勝率が悪い。というのも、なぜかソニアは両手で同じ手を出すことが多い。そしてその場合、ほとんどが良くてあいこで、当然ながら負けにつながることも多いのだ。
続く「あんた馬鹿ね」では、あっち向いてホイと同じ。「グリーンピース」では、ジェスチャーでじゃんけんみたいなのをやっている。
そうこうしているうちに汽車はミルキーウェイ川を渡り終え、ラムリーザたちにとって未知のユライカナンの地へと入っていった。
さあ、いよいよユライカナンでの修学旅行の始まりだ。
川を渡れば、もう簡単には戻れない距離になる。文化も、調味料も、少しずつフォレストピアに入ってきていた。けれど、本物の異国の空気は、窓の隙間から入り込む風の匂いさえどこか違って感じられる。
いったいどんなものが、この国に待ち構えているのだろうか。