ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
赤い粉はほどほどに
帝国暦九十三年 翠雫の月・賢者の日(現代暦:五月上旬)
この休日も、ラムリーザたちはフォレストピア駅前の大倉庫に集まっていた。
ユライカナンの食文化を伝えるための店舗は、まずはここで仮店舗を開き、一度体験してみて問題なければ町のどこかに本格的な店を構える、という流れになっていた。
今のところ、口に合わない食文化には遭遇していない。さて今回はどうだろうか。
今日は文字通り、フルメンバーが集まっていた。
ラムリーズの元々の六人に、ジャン、レフトール、マックスウェル、ユグドラシルの男性陣、ミーシャとソフィリータの女性陣を加えた総勢十二人の大所帯。
いつの間にか、グループも大きくなったものだ。
ユグドラシルは「おいしいメニューはそのうち学食にも取り入れる」と語っており、すでにリョーメンとスシの導入が動き始めている。ただしスシは高価で、学食には向かなそうだった。
今回体験するのは「ギュードン」という食べ物。名前だけ聞くと、怪獣みたいだ。前回聞いた話では主に牛肉と米を使った料理だそうだが、いったいどんなものなのやら。
店の名前は「ジェンショウ」というらしい。赤い大きなどんぶりが、やたらと目立つ店だ。
十二人でぞろぞろ入ると狭いので、店主と話をするためにラムリーザとジャン、リゲル、ユグドラシルの四人がカウンター席。あとはレフトールとマックスウェルのテーブルと、ソフィリータとミーシャのテーブル。残りは、いつものメンバーが集まるテーブルとなった。
ギュードンといっても、いろいろなメニューがあるようだ。
玉子ギュードンに、ジェノヴェーゼギュードン。肉は牛肉だけに限らず、豚肉を使ったブタドンに、鶏肉を使ったトリドン。魚まで使ったギョギョードンまであって、もう情報量が多い。ギョギョになっているのは、ギューとギョーの発音が似ているので、注文間違いを防ぐためらしい。いろいろ考えているものだ。
とりあえず今日は、一番オーソドックスなギュードンを選ぶことにした。メインメニューがおいしければ、その他のサブメニューは住民の好みに任せればいいだろう。
そうなると、違いは量だけとなる。
ラムリーザはひとまず並を注文しようとしたが、ちょっと空腹が強かったので大盛りにしておいた。リゲルとジャンも、一緒に大盛りを注文した。
「おい、俺は特盛りだ」
そう言ったのはレフトールだ。ラムリーザのおごりということになっているので遠慮しない。ラムリーザに敬服しているが、たかれるときはたかる、それがレフトールの流儀だ。というよりもむしろ、金持ちや権力者にたかって、おこぼれを頂くといった部分が多いのだが、まあよい。
「ギュードンキングってのがあるわね。ソニアと私はそれにするわ、どちらが早く完食するか勝負よ」
「やめなさい!」
ラムリーザは、リリスとソニアがまた大食い勝負を始めようとしたので、注文を取り消させて二人には並を頼ませた。
「いいじゃないのよ」
不満そうな顔をするリリスにラムリーザは、「試食会で無茶はやめろ。やるなら正式採用後に本店でやりなさい。くれぐれも出入り禁止にならない範囲で」と言い聞かせることになった。
その他のメンバーもそれぞれ自分に合った量を選択したが、ミーシャがなにやら特殊な注文をしていた。
「大盛りで」
甘ったるい声で注文するミーシャに、リゲルは「大盛りで大丈夫か?」と心配の声をかける。
「いいの、ネギだくで」
「は? 何だそれは」
「んーとね、んーとね、ネットで調べたんだけど、ネギが多めに入っていて肉が少ないから食べやすいみたい」
「ほお……」
リゲルはそう答えるしかなかった。
「あとね、玉子もつけてね。ミーシャ、玉子大好きだから」
「あいよっ、大盛りネギだくギョク一丁ね。あとは特盛り一丁、大盛り五丁、並五丁っと」
店主が応じ、これで注文は一通り終わった。
ラムリーザは、その「大盛りネギだくギョク」という言葉に聞き覚えがあったが、その場では思い出せなかった。
あとで思い出したが、あれはソニアとゲーム実況をしたときに口にした言葉だった。だがあのときなぜそんなことを言ったのかは、わからずじまいであった。
しばらくすると、白いご飯の上に細切れにした牛肉が乗った丼が登場した。これがギュードンというものらしい。
「ん~、肉が熱いな。ご飯も熱い。つゆも熱い」
ラムリーザのつぶやきが耳に入ったリリスは、「せそ汁勝負」のときを思い出してソニアを睨みつけていた。相変わらず、ラムリーザは熱い食べ物が苦手だ。
「これは手軽に作れそうだから、すぐに学食に取り入れられるね」
ユグドラシルは、早速レシピについて尋ねた。そのレシピを学食の料理人に見せれば学校でもギュードンを楽しめる。
「牛肉とタマネギだけでこれほどおいしくなるなんてね」
ラムリーザもギュードンを気に入っていた。多少熱いのが難点だが。
店主は「それだけではないぞ」と説明する。「そょうゆや酒、砂糖などを組み合わせて作ったつゆがいいんだ」
そょうゆ、それは先日ソニアとリリスの勝負で使った「せそ」同様、ユライカナン特産の調味料だ。砂糖、塩、酢、せそ、そょうゆ、これがユライカナン五大調味料。この組み合わせで様々な味を作り出すのだという。
今回のギュードンでは、そょうゆと砂糖を使っていて、あとは料理酒を組み合わせたものらしい。
そういうわけで、しばらく平穏な時間が過ぎていった。しかし残念ながら、今回も何事も起きずに終わるというわけにはいかなかった。
リリスがふとテーブルの端を見ると、調味料入れに赤い粉が入った瓶を見つけた。
これは何だろう? と思いながら、少しだけ手のひらの上に出してみる。少しばかり黒い粒や、大きめの粒が混じっているが、基本的には赤い粉だ。
リリスはぺろりとなめてみる。とたんに、舌の先に鋭い刺激が走った。辛い――。
そこで例によっていたずら心が湧いてきて、正面で食べているソニアがよそ見をした隙に、さらっと振りかけた。
しかし、ふりかかった量が少量だったためか、それともココちゃんマグマカレーで舌が馬鹿になっているのかわからないが、ソニアは食べても平気そうだ。
面白くないリリスは、今度は瓶の内蓋を取ってから大量の赤い粉を、再びソニアがよそ見をしている隙にどさっと注ぎ込んだ。気がつかないソニアはその赤い粉ごと牛肉を口に運び――。
「ふっ、ふえぇっ――!」
「どしたっ?!」
突然のソニアの悲鳴にラムリーザはカウンター席からテーブル席を振り返る。ソニアは舌を出して苦しそうな表情をしていた。ソニアのどんぶりの中は、赤い粉でいっぱいだ。
「ああ、それはシチミというものだ。サンショやゴマなどが入っているが、主な材料はスレトノツメだ。かけすぎると辛すぎるが、適量を使えば良い味付けになるぞ」
店主の説明では、スレトノツメとはスレトという低木に実る赤い実を乾燥させたものだそうだ。実の形がまるで動物の爪のようで、スレトノツメと名付けられている。先日のココちゃんカレーで聞いた「クオリメン・リーパー」の亜種らしい。
「あたしこんなにかけてない! 勝手に入ってた!」
店主の説明にソニアは大声で反論し、それを聞いたリリスはクスクスと笑う。それを見たソニアは、「またこの根暗吸血鬼にやられた!」と叫びだした。
「君たちはまた要らんことをやってるな? しょうがないな。店主さん、悪いけど一杯取り替えてくれ」
ラムリーザは、ソニアの分を新しいものに替えてやることにした。このとき、何か既視感のようなものを感じていた。前にも似たようなことがあったような――?
「リリスがこれ持っていって!」
ソニアはリリスに赤い粉、シチミまみれのどんぶりを渡して、交換に向かわせた。リリスがどんぶりを持って席を離れたとき、ソニアは当然ながら反撃に出た。
そのやり方はリリスよりもさらにずるかった。リリスのどんぶりに残っている牛肉を脇にどけて、ご飯の上に大量のシチミをぶっかける。それから牛肉を元の位置に戻して何事もなかったかのように振る舞っていた。
ラムリーザはシチミが大量に入ったギュードンを、ジャンたちと四等分してそれぞれのどんぶりに加えて辛さを分散して、残さずにいただくことにした。これならシチミの量もちょうど良くなる。
代わりのギュードンを持って、リリスはテーブル席へ戻り、ソニアに手渡した。ソニアは受け取ると、そのまま窓のほうを向き、知らん顔をして新しいギュードンを食べ始めた。
何も知らないリリスは、残った自分のギュードンを頬張り、そして――
「ぶふぉっ! ごほっ、ごほっ!」
「汚いですわね!」
リリスは横を向いて豪快に噴き出し、しぶきがユコの顔にかかった。
「ちょっとこのLカップ魔神! やったわね!」
「あたし知らない! 何勝手にあたしのせいにしているのよ!」
リリスはソニアに怒鳴りつけながら、自分のギュードンの肉をどけてみる。もちろんそのご飯の上には、シチミの絨毯が敷かれていた。
「また騒ぎ出したぞ」
リゲルに促され、ラムリーザは仕方なくソニアたちのいるテーブル席へ向かった。
店主の「おいおい、赤い粉はほどほどにな」という言葉に、ラムリーザはますます既視感を強めた。
「今度は何だ?」
ラムリーザは二人に問いかけると、リリスは自分のシチミまみれのどんぶりをラムリーザに見せながら、ソニアを非難した。
「この乳妖怪が、私のギュードンにこんなイタズラをしてくるのよ」
「根暗吸血鬼もさっきやったじゃないの!」
「知らないわ。あなた、被害妄想がすぎるわ」
「妄想じゃなくて実際に被害に遭った!」
「わかったからあんまり騒ぐな。店主さん、もう一杯代わりに作ってくれ」
ラムリーザはリリスのどんぶりを取り上げ、さらに一言追加する。
「それと、そのシチミの入った瓶は没収。二人ともスシの試食会のときと同じような悪ふざけをするんじゃない」
そう言い残して、シチミの入った瓶とリリスのどんぶりを持ってカウンター席へと戻った。要するに「サビの実事件」の再来というわけだ。
リリスに代わりのギュードンが届けられ、シチミの入った瓶もなくなったテーブル席に、ようやく平穏が訪れていた。
「あいつら毎回同じだな」
リゲルは皮肉を言ってくる。それを聞いてラムリーザは、ジャンに念を押すように言っておいた。
「リリスに惚れるのはいいが、ソニアを美人にしたようなものだと理解しておいたほうがいいぞ。美少女に見えて、精神的にはソニアと同レベルだからな」
そう言いながらラムリーザ自身も、ソニアが幼稚だということを自覚せざるを得ないことに参っていた。
しかしジャンは、そんなの関係ないとばかりに言い返した。
「すげークールな美少女」
どこがだ、とツッコミたい気持ちを抑えるラムリーザに、ジャンはさらに言葉を続けた。
「しかし中身は幼稚、そのギャップが良いんじゃないか。いわゆるギャップ萌えってやつだ。お高くとまった高慢ちきな美女よりはよっぽどいいぜ」
ジャンはますますリリスが気に入ったようだ。そしてさらにラムリーザに要求してくる。
「さっきのリリスから取り上げたギュードン、残りは俺が食べる」
「いや、あれはやばいぞ? また四等分して――」
「いや、リリスのは俺が全部食べる」
細かい事情を知らないジャンは、リリスのギュードン――肉とご飯の間にシチミたっぷり――を掻き込んで、盛大に噴き出したのである。
本当に馬鹿だね。けれど、そんなジャンは、意外とリリスと合うのかもしれない。
涙目で喉をかきむしり、悶絶する親友の姿を、ラムリーザは「だから言わんこっちゃない」と冷たいお茶を差し出しながら眺めていた。
こうして多少の問題は生じたものの、それはソニアとリリス二人の間だけのいたずら騒ぎであり、ギュードンの味は好評ということで、めでたくギュードン屋「ジェンショウ」は、フォレストピアに店舗を構えることになったのであった。
文化は味だけじゃない。こういう騒ぎまで含めて、少しずつ「この街のいつもの景色」になっていくのだろう。
騒ぎはあっても、笑って食べ終われた。それだけで今日は十分だった。
少しずつ、少しずつ、フォレストピアは発展しているのだ。
これでよい、よい。