ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


三匹目のココちゃん

帝国暦九十三年 翠雫の月・鍛冶師の日(現代暦:五月上旬)

 今日も朝から、教室の一角は雑談三昧だ。

 リリスは、ユコが少しやつれていて、唇が妙に腫れているのが気になって尋ねてみた。

「ユコあなた、何だか様子がおかしくない? 妙にやつれているし、その唇は何かしら?」

 リリスの問いを聞いて、ラムリーザはユコをじっと観察する。

 ちょうど一年前の今頃に起きた徹夜ネットゲーム事件以来、ラムリーザはこの問題児たちの健康状態に目を光らせていた。何かおかしければすぐに問い詰めて、問題があれば注意してやめさせていた。

 ただ今日のユコは、これまでの問題パターンとは微妙に違っていた。

 確かに少しやつれている、というか痩せたような気がする。しかし、目つきはしっかりしているし、瞼が腫れぼったくなっているわけではない。異変があるとしたら唇だ。

「何をやったんだい?」

 リリスに続いて、ラムリーザもユコに問い詰めてみた。何か変なことに熱中しているのなら、やめさせるべきだ。

「なんでもないですの!」

「いや、なんだか痩せているし、唇も腫れているし、何か病気?」

 ラムリーザに問い詰められて、ユコは開き直ったように白状した。ただその内容は、しょうもないものだった。

「ココちゃんマグマカレーを食べ続けているんですの!」

「マグマカレー? ああ、あの激辛カレーか。しかしなんでまた……」

 ユコが辛党だという話は聞いたことがない。なのに、ここ数日間毎日通っているのだとか。

「ココちゃんぷにぷにクッション、昨日で五つ集まりましたの」

「なっ……」

 ラムリーザは、そのあまりにもくだらなさに絶句する。そういえば、激辛カレー完食の褒美にクッションをくれるキャンペーンだった。確か五百体限定、と書かれていたはずだ。

 ユコはこの春先の転校騒動で、ソニアから例のクッションをプレゼント――いや、再会まで貸してもらうことになったが、結局転校はなかったので取り戻されている。

 しかしユコはそのクッションが非常に気に入っているらしく、わざわざ連日通ってプレゼントをもらい続けていたのだ。

「ぬいぐるみのために激辛カレーを食べ続けるなんて……」

 ロザリーンも呆れている。

「違う! あれはぬいぐるみじゃなくてクッション!」

 そこに修正を入れてくるのがソニアだった。ぬいぐるみとクッションの違いを妙に指摘してくるのはいつも通りだ。しかしユコの話を聞いてから、なんだか不機嫌になっているような気がする。

「とにかく、私はココちゃんを集めますの。これは誰にも止めさせませんわ」

 ユコはきっぱりと言い放つ。

「無理しすぎると、味覚が変になるぞ」

「景品のココちゃんがなくなるまでの我慢ですわ」

「まあ、いいか……」

 五百体限定のうち何体残っているのかわからないが、未来永劫続くわけではないので、ひとまずここは好きにやらせることにした。

 しかしここでソニアがラムリーザに注文をつけた。

「ラム、あたしもマグマカレー食べる!」

「なんでまた……」

 そう答えながらもラムリーザはなんとなく察していた。

 ソニアはいつもココちゃんに辛く当たるが、結構気に入っているのだ。実際ユコに貸してしまった後は少し落ち込んでいたし、最近でも暇でやることがなくなれば、ココちゃんを抱きかかえてなんやかんや文句を言っている。

 文句の内容は、「ココちゃんはクッションなのだからクッションらしくしろ」とか、「そんなはげぼうずなぬいぐるみはない」とか、意味のある内容とは言えない。

 さらにラムリーザが可愛がろうとすると怒る。なぜなら、ソニアが言うには「ぬいぐるみなら可愛がられる権利があるけど、クッションを可愛がるのは変」とか言ってきて、意味がわからない。

 さらにベッドの上に置くと――これは後述しよう。

 とにかくソニアもユコに負けないぐらいの数のココちゃんが欲しいらしい。まったく困ったぬいぐるみ……いや、クッションだ。しかし、ここまで好かれるなら、ココちゃんとしてもまんざらでもないだろう。

 

 放課後、昼のココちゃん騒ぎを引きずったまま、一同はスタジオへ流れ込んだ。

 今日はジャンの店にあるスタジオでレコーディングしようという話になった。

 以前からジャンは、ユライカナンにラムリーズを広めてみようという名目で、レコードを作ってみよう、と言っていた。そこで今日、実際に作ってみようということになったのだ。

 バベルの塔なるものが建たなかったこの世界では、言葉の壁がないと言われている。この点でもやりやすいと言えばやりやすかったのだ。

「とりあえずシングルレコードというものを作るから、二曲レコーディングしよう。お得意の二曲を選んでくれ」

 ジャンの提案で、主に女性陣があれこれ揉め始めた。これはまあ普通に予想通りの展開だ。

 ラムリーザは選曲はソニアやリリスに任せて、やいのやいのと言い合っているのを尻目に、レフトールのドラム指導をしていた。

 普段はつっぱっているレフトールも、ラムリーザの前ではまるで猫をかぶったみたいに素直になるのでやりやすい。より強き者に従うというレフトールの信念でもあるが、去年の秋の決闘以来、ラムリーザは本当に便利な番犬を手に入れたなどと考えていた。もっとも、犬扱いするのもどうかとは思う。

「さて、今日はドチタチドドタチをゆっくりでいいからやってみよう」

 ドラムの基本となる8ビートのフレーズだ。

 レフトールがサブドラマーとしてやっていけるようになるのが、いつになるかはわからないが、これまで不良生徒として恐れられるようなことばかりしていたことを考えると、立派に更生したというか何というか。

 もっとも、普段ラムリーザたちと絡んでいないとき、子分たちと何をやっているのかまではわからないが、そこまでラムリーザに責任を持てなかった。

 ソニアたちのほうからは、「ミーシャも歌うー」などと聞こえてくるが、二曲しかないので、新入りの意見は一蹴されていた。普通にソニアとリリスだけでそれぞれ一曲ずつ歌うことになるだろう。

 このとき、ジャンは席を外していた。先日話していたユライカナンのバンドが早速、数組やってきたので、その品評会を行っているらしい。グループが増えれば店は盛り上がり、ラムリーザたちの負担も軽くなるのでいいことずくめだ。

「ラムさん、スティック回しの練習もやっといたほうがいいかな?」

「いや、僕は回さないから自己流でやってね」

 レフトールは、ドラムのテクニックより指先のパフォーマンスに熱心なようだ。

 ラムリーザは、別にパフォーマーとしてのドラマーではなかった。もともとソニアに無理やりやらされたことが、いつの間にか趣味でなんとなく叩く日常になっているだけだった。

 ソニアは「ラムが叩かないとベースやらない」などと常日頃から言っているが、ラムリーザもソニアが歌やギターを止めれば、そのうちドラム叩きも自然消滅してしまうかもしれない。

 あくまでラムリーザにとってのドラムとは、ソニアとのコミュニケーションの一つなのだ。

 だからそちら方面ではレフトールに教えることはなく、好きなように任せるしかなかった。

 

 しばらくしてスタジオにジャンが戻ってきたとき、ソニアたちの間でレコーディングする歌が決まったようだ。

「あたしの歌う『きーらきーら』と、リリスの歌う『私の子猫はほっといて』の二曲に決まったよ」

「おう、それか。そういえばラムリーズにはオリジナルソングがなかったな」

 ジャンは、今さらのようにラムリーズの欠点を指摘する。楽譜はユコが書けるのだが、誰も作詞ができないのだ。

「一つはゲームの曲だけどいいのか?」

 リゲルの問いに、ジャンは大丈夫と答えた。

「その『きーらきーら』がエンディングで流れるゲームはユライカナンにはない。それに、ユコのアレンジでいろいろ変わっているところがある。だから半分オリジナルのようなものだから、曲の使用料をゲーム会社に払うことは、今は気にしなくてもいい。カバー曲扱いのようなもんだ。ヒットしたり売れたりしたら儲けものだし、ほとんど道楽でやってるようなものだしな。使用料なんて、ラムリィにとっては微々たるものだろうし。というかラムリィ、何かオリジナルソングないのかよ、思いつきでいいから歌ってみろよ。俺はお前のセンスを信用しているんだぞ」

 ジャンの長い説明の後、急にラムリーザへオリジナルソングを歌うよう要求した。センスを信用しているとか、妙に持ち上げてくるが、これまでラムリーザが、ジャンの前で作詞をしたことはない。

 ラムリーザは、作詞のセンスをジャンに披露した経験はないのだが、せっかくだからドラムを叩きながら、思いつくままにメロディと歌詞を口ずさんでみた。

 

 たんたんたかたん、大きな風船ロケットくるりんばびゅ~ん――

 

「――ってダメじゃないかそんな歌を歌うなんて!」

 今回はすぐ我に返り、自分にツッコミを入れながら歌を途中で止めることに成功した。どうやらソニアは、風船が一瞬出てきただけなので、特に反応していないようだ。

「誰もダメとは言ってないぞ、ロケットの歌とは変わっているな、続けてみろよ面白そうじゃないか」

「いや、これはダメなんだ。僕には荷が重すぎる」

「私が続きを歌ってあげるわ」

 リリスの突然の申し入れ。当然ラムリーザは丁寧にお断りした。しかし――

 

 大きな風船ロケットくるりんばびゅ~ん、お化けサイズの風船おっぱい、エルエルエル――

 

「黒魔女! 根暗吸血鬼!」

 後の祭りだった。

 

 しばらくの間騒動が続いた後、ようやく落ち着いたところでジャンはレコードの説明に入った。

「それでレコードだが、A面とB面がある」

「L面は?」

「蒸し返すな」

 リリスの要らない一言に、すかさずラムリーザはツッコミを入れておいた。

「当然ながら、A面がメインでB面がサブになる」

「じゃあきーらきーらがA面で、リリスの歌がB面ね」

 これまたソニアの当然な反応。しかしリリスも黙っているわけがない。「私がA面」と、当然の反応を見せる。

 そこでリリスは、いつもの勝負をソニアに持ちかけた。

「今週末にギュードン屋に行くんでしょ? そこで大食い勝負でA面をどちらが歌うか決めましょう」

「いや、だから大食いはやめなさいって」

 ラムリーザは、先に釘を刺しておくことにした。また盛大にリバースされてはたまらない。

「じゃあ早食い」

「食べ物で遊ぶのはダメだ」

「遊びじゃないわ、勝負よ」

「せめて他の機会にしなさい。ユライカナン文化体験の場を荒らすのはいかん」

 ラムリーザとリリスの押し問答が続く。とりあえず初めて行く店、それもユライカナンとの文化交流目的の店でまた問題を起こされては困る。

 リョーメンやスシでの出来事を、ラムリーザは忘れていなかった。

 それでもとりあえず曲は決まったので、レコーディングを進めることにした。数回のテイクを要したが、ひとまず納得のいく形でマスターテープを作り上げることに成功したのだった。

 A面B面問題は、ジャケットやラベルを作るときまで保留でも良いだろう。

 

 レコーディング後、みんながゆったりとくつろいでいるところで、ジャンはリリスにあることを提案した。

「リリス、うちの店って、ここな。ここの上の階は結構豪勢な部屋もあるホテルになっているんだ。どうだ? ここに引っ越してこないか?」

 ジャンは前々から思っていたことを提案した。

 ユコの一家がフォレストピアに引っ越したことで、リリスだけがポッターズ・ブラフに残される形になってしまっていた。ジャンは、リリスを身近に置きたかったので、このような提案をしたのだ。

 さらに話が進めば、ラムリーザがソニアをパーティーに連れてきているように、ジャンもリリスを自分の側の者として連れてくるつもりでいた。ジャンは本気で、リリスに惚れているのだ。

 今回のことも、その目的に向かう第一歩ということだ。

 リリスがどう答えたかは、この時点でラムリーザは知らなかった。ただ、二人の距離が少しだけ縮んだ気がして、見て見ぬふりをしたのである。

 

 その夜――。

 いつものようにラムリーザとソニアは連れ立ってベッドに向かう。

 そのときラムリーザは、三体に増えたココちゃんのうち一つを抱えてベッドへ向かい、枕元に置いてから布団にもぐり込んだ。

 すぐ右隣にソニアがくっついてくる。

 ラムリーザは、自分の腹の上にココちゃんを乗せた。
              
夜の寝室で、三体に増えたココちゃんがベッドとソファーに並び、ラムリーザの隣でソニアが不満そうにしている場面
「あっ、ココちゃんがベッドの上にいる!」

 ベッドの上にココちゃんの存在を確認したソニアが文句を言った。

「なんね、ココちゃんも一緒に寝ようじゃないか」

 別にラムリーザはぬいぐるみと一緒に寝る習慣はない。ただ、ソファーにはすでに二匹のココちゃんが陣取っているので、今日増えた一体はベッドに置こうと考えただけだ。

「ココちゃんはクッションだからベッドにいるのは変! ぬいぐるみならベッドで一緒に寝てもいいけど、クッションはダメ!」

 何がダメなのかさっぱりわからないが、ラムリーザはソニアの言うことは無視してココちゃんも抱き寄せた。自然とココちゃんとソニアが顔を見合わせることになる。

 しばらくの間静かな時間が過ぎたが――

「クッション」

 ソニアの吐き捨てるようなつぶやきに、ラムリーザはうとうとし始めたところで、急に現実に呼び戻された。

 目を開いてソニアを見ると、じっとココちゃんを見つめている。ただしベッドから突き落とそうとはしないようだ。ただただじっと見つめていた。

 ラムリーザはとくに何も考えずに、今度はココちゃんを二人の上に乗せてみた。

「ココちゃんも一緒」

「あっ、クッションなのに上に乗ってきた! クッションは下に敷くもの!」

「上でも下でもいいから、もう寝よう」

 ラムリーザは、そのまま眠ることにした。しかし――

「クッション」

 ソニアの吐き捨てるような一言でまた起こされてしまう。

 仕方がないので、ココちゃんをソニアの後ろに置いてソニアから見えなくすることにした。これだとソニアもおとなしくなるだろう。

「ココちゃんが後ろにいると、なんか気になる!」

「ええやん」

 その後もソニアは何度か「クッション」とつぶやいたが、いつの間にか眠ってしまったらしく、ようやく静かな時間が流れ始めた。

 激辛カレーの試練を乗り越えて、ひとつ、またひとつと、この屋敷に増えていく不格好で愛おしい戦利品たち。

 静かになった部屋で、三体に増えたココちゃんだけが、妙に存在感を増していた。