ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


修学旅行の班決め

帝国暦九十三年 翠雫の月・旅人の日(現代暦:五月上旬)

 さて、今日も教室ではいつもの光景が繰り広げられている。

 ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの仲良し四人組は、近くに集まって雑談している。それを面白そうに聞いているジャン。隣にくっついてきているソニアに背を預けて、外の景色をぼんやりと眺めているラムリーザ。

 今日はカササギガモが、隣の校舎の屋根をよちよち歩いている。まるで黒白半分の鳥だ。

 リゲルはラムリーザの後ろの席で静かに天文学の雑誌を読んでいる。レフトールは子分たちと共にどこかへ姿をくらましていた。このあたりも、いつも通りだ。

「まー病って知ってるかしら?」

 リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答える。今日の話題は、聞いたこともない病気の話らしい。先日、「はなく病」という奇病の話をしていたっけ。しかし、はなく病もまー病も、そんな病気の噂は聞いたことがない。

「その病気にかかると、『ま~』としか話せなくなるのよ」

 リリスの言う症状を思い描いてみると、それはゾンビとしか思えない。ゾンビは、「ま゛~」などと呻きながら、のたのたと移動するものだ。

「その病気の感染源は何ですか?」

 これまたロザリーンが、いつものように真面目に質問をしてくる。リリスが適当なことを言っているなら、質問攻めにして問い詰めればいい。

「治療法も発病する原因もいまだ不明なのよ」

「なにそれ怖い!」

 リリスの答えに、ソニアが悲鳴をあげる。

「まー病の初期症状として挙げられる例があるのよ」

「それは何?」

 ロザリーンはリリスに詰め寄った。やけに真剣な表情だ。

「髪が緑色に染まっていくの」

「何よそれ! リリスの髪の毛は腐ったような色しているくせに!」

 ソニアが騒ぎ出し、ロザリーンはふぅとため息をついた。リリスから顔を離し、椅子の背もたれに深くもたれて伸びをした。髪の毛の話が出たことで、一気に話が嘘としか思えなくなったのだ。

「ぱー病の初期症状って、髪が黒く染まっていくんだよね!」

「何かしら? そのぱー病って」

「くるくるぱーのぱーよ。リリスはぱー病」

「私がぱー病なら、そのぱーよりテストの点が悪いあなたは何なのかしら? まー病だから点が悪くても仕方がないか、くすっ」

「リリスは貧乏だから、まーめんしか食べられないの、かわいそーっ!」

「ラムリーザのおすそ分けで生活しているあなたに言われたくないわ」

 またソニアとリリスの低レベルな口論が始まった。

 ロザリーンは自分の席に戻り本を読み始め、ユコも前へ向き直って机に突っ伏してしまう。ジャンだけが面白そうに二人を眺めていた。

 そもそも口論の原因が、リリスの言い出したありもしない適当な病気の話なのだから救いがない。この二人は、虚像をもとに喧嘩しているのだから、止めさせる術もなければ、原因を取り除く術もない。本当に救いがない。

 こんな低レベルな口論を繰り広げるぐらいなら、それこそ「まー病」だの「ぱー病」だのにかかって、まーまーぱーぱー言い合っていたとしても――鬱陶しいだけか。

 しょうもない戦いは、結局担任の先生が現れるまで続くことになった。

「はい、静粛に静粛に!」

 そこへ教室に入ってきたクラス担任の掛け声が響き、二人はにらみ合ったまま休戦状態に移っていった。

 

 今日の朝礼での連絡事項は、修学旅行についてだった。近いうちに、学年全員で旅行に行くらしい。

 今年の修学旅行の行き先は、隣国ユライカナンに決まったそうだ。すでにユライカナンまでの線路は完成していて、国同士の貿易が始まっている。その路線を使えば、外国旅行も手軽なものになっていた。

 そういえばラムリーザたちは、まだユライカナンに行ったことがない。これはいい機会かもしれなかった。

 朝礼の残りの時間は、修学旅行の班決めだった。六人から八人ほどで一つの班を作る、という話になった。

「あたしはラムと同じ班になる。リリスはあっち行け、ハマクリボウとでも組んでろ」

 ソニアとリリスはまだ口喧嘩を続行中、というか班決めの自由行動になって再開したようだ。

「私とユコ、ラムリーザとジャン、あとはリゲルとロザリーンでちょうど六人ね。ソニアはぼっち行動でもしていたらいいのよ」

「はいはい、それでいいから。で、レフトールはどうする?」

 ラムリーザは、二人の口喧嘩を無視して話を進めた。去年までの六人にジャンを加えて七人。ひとまずはこれでいいだろうということで、レフトールにも声をかけてみた。

「ん~、ラムさんと同じ班になるのも魅力的だが、俺はマックスウェルたちと組もうか」

 レフトールは、一人だけでラムリーザの班に入ることを避け、子分たちと組むようだ。六人から八人で班決めということで、あと一人は入れる。

「チロジャル~、こっちおいでよ~」

 ソニアは、今年から同じクラスになったチロジャルを呼びつけた。旅行中もいじり倒すつもりだろうか。

 気弱なチロジャルは、ソニアの誘いをきっぱりと断ることができず、おろおろしている。しかし、すぐに二人の間に割って入る者がいた。

「こら! またお前か! チロジャルをいじめるな!」

 こうしてチロジャルの彼氏クロトムガが割って入り、チロジャルがソニアと同じ班に加わることはなくなった。

 ところで、旅行となると宿泊もある。ラムリーザとソニアにとっては今さらだが、念のために確認してみた。

「先生! 宿泊もあると思うけど、男女混合の班で問題ないのですか?」

 先生の答えは、宿泊先では男女別に数人ずつの部屋分けになるので問題ないとのことだった。

 それならラムリーザは、リゲルとジャンとの三人部屋でいいだろう。宿泊先でもレフトールは、子分たちと行動するようだ。

「まー病がうつるからリリスと同じ班は嫌だ」

 ソニアはいらん話をまた蒸し返す。

「みんなでその『まー病』とやらにかかれば同じだから、どうせなら、仲良くまーまー言い合おうではないか」

 めんどくさくなったラムリーザは、ソニアに感化されてよくわからない返事をしてしまった。

「ちっぱい!」

「風船女!」

 これはもうダメだ。

 ラムリーザは、ソニアとリリスはこのまま放置することにして、まだ見ぬユライカナンについて、想像の翼を広げてみることにした。

 ジャンは、新しいバンドを探すために一度行ってみたと言っていたので、ラムリーザはジャンを呼んで席を立ち、ソニアとリリスから離れて話をした。

「ユライカナンってどんな感じだった?」

「ん~、言葉で説明しにくいなぁ。俺も観光で行ったわけでなく、仕事で行っただけだから、そんなに見て回ったわけじゃないし。まぁ、行ってみたらわかるんじゃないかな。観光や遊びで行くのなら、俺も初めてだ」

「ああ、そうなっちゃうのね」

 こうなったら、ラムリーザには想像を続けるしかなかった。

「ラム~、戻ってきてよ~」

 ソニアは、ラムリーザがそばから離れただけで、リリスとの口論を中断して呼びつけた。このあたりが、先日ユグドラシルに話していた「ラムリーザと一緒にいたら安心できるの」につながっているのだろう。結局、ソニアはラムリーザという精神的支柱があって強がっているだけなのかもしれない。

「おやつはいくらまで?」

 ラムリーザを呼びつけて、真っ先に聞いたことがこれである。遠足じゃあるまいし、現金を持っていけばいいのに。

「おやつはなし」

 だからラムリーザは、あえてソニアが欲しがる答えとは逆の返事をしてやった。

「おやつなんて持っていかないわ。向こうで欲しいものが見つかったらラムリーザに買ってもらうの」

 なぜかリリスはラムリーザにたかる気満々だ。

「なんで?!」

「ソニアにはおすそ分けしてあげるのに、私にしてくれないのは差別よ」

 リリスは、ラムリーザの目を誘うような目つきで見つめながら、なまめかしく言った。

「いやそれは去年の生活環境が――」

 去年はラムリーザとソニアは、親元を離れて二人で生活していた。そこで生活費は、まとめてラムリーザに送られていた。だから、そこからソニアの生活費を分けていただけなのだ。

 だが今年からは、再びそれぞれの親との同居が始まった。ソニアも母親から小遣いをもらっているはずだ。

 そもそもソニアもリリスもジャンの店でライブ活動をしていて、高額ではないが報酬をもらっている。二人ともお金には困っていないはずだ。

「リリスちゃんよ、欲しいものは俺が買ってあげるよ」

 ラムリーザに対する助け舟か下心か、おそらく高確率で後者であろうが、ジャンがリリスに貢ごうとしているようだ。

 ラムリーザはともかく、ジャンの家族はナイトクラブ経営者で金持ちだ。そういえばリゲルも、この地方の輸送を取り仕切っているシュバルツシルト鉄道経営者の子息だった。なにげに金持ち集団だな。

「ジャンって、実は優良物件なんだよ」

 ソニアは、リリスのねだり先をラムリーザからジャンへ誘導するために、リリスに聞こえるようにつぶやいた。

「こらこら、人を物扱いすんな」

 ジャンにも聞こえてしまい、苦笑まじりに非難した。

 ラムリーザはよくジャンにリリスのことについて尋ねられていた。よく聞かれるのが、「こんな美少女がなぜこの地方では売れ残っていたのだ?」といった類のものだった。

 さらにジャンは、「都会と違って田舎では、美少女に遠慮してしまうのか?」とか「ここが帝都だったら、間違いなくモテモテのはずだ」と言ってくる。

 しかしラムリーザは、そのたびに「過去がねぇ……」とだけ答えておくのだった。さすがにリリスの過去を広める気にはなれなかった。さらに過去だけでなく、リリスの内面をよく知るにつれて、最近の言動ではソニアと同レベルの妙な子だということを、うすうす感じていた。

 容姿だけを見れば、誰もが振り返るほどの美少女。けれど、その中身は大量のサビ入りスシを平気で仕掛けてくる悪戯小悪魔である。それに先ほどあったように、「まー」だの「ぱー」だの、ソニアと小学生並みの口喧嘩を繰り広げる幼稚さも持ち合わせている。

 けれど、今のラムリーザにとっては、そのギャップこそが、この奇妙な友人グループの心地よさの一部になっていた。

 なにはともあれ、ラムリーザたちの班は七人で決まった。レフトールを除くラムリーズのメンバーが、そのまま集まっただけだった。

 

 この日の放課後、部室に行く前にラムリーザは、別に悪いことをしているわけではないのに、ケルムに捕まってしまった。

 最近はあまり接することもなくなったが、ケルムはここポッターズ・ブラフ地方の領主の娘である。最初の頃は、服装が乱れがちなソニアによく絡んできたものだが、ここ最近はそんなこともなくなった。

 ソニアは普通のサイズのブラウスでは、巨大な胸が収まらない。そこで少し前に、仕立てもできるフォレスター家メイドのナンシーに、Lカップまで成長してしまったソニアでも普通に着られるブラウスを特注で作ってもらった。だから今では、胸元をはだけさせることもなくなった。

 そんな感じですっかり接点がなくなっていたので、ラムリーザはケルムに話しかけられてびっくりしていた。もっとも、ラムリーザのほうから積極的にケルムと関わろうとはしていなかった。

「最近パーティーで見かけないけど、どうしたのでしょうか?」

 ケルムが聞きたかったことは、オーバールック・ホテルで行われているパーティーについてだった。

 ラムリーザは去年までは参加していたが、今年に入ってからは同じようなパーティーをフォレストピアで自ら開き、街の開発などの進捗を聞く場にしている。このため、オーバールック・ホテルのパーティーには参加していない。

 相変わらずというべきか、久しぶりというべきか、どちらでもいいが、ケルムは気の強そうな鋭い目つきでラムリーザを見つめている。

 ラムリーザは、フォレストピアでパーティーをしていることや、その関係でオーバールック・ホテルのパーティーには参加しなくなった旨をケルムにそのまま話した。

 ケルムはその話を、少し不満そうな顔で聞いていたが、一通り聞き終わった後でもう一つ尋ねた。

「そこではまだあのソニアという子と一緒なのでしょうか?」

「そうだよ」

 ラムリーザは、ソニアと付き合っていることを隠すつもりはなかったので、これもそのまま素直に話した。しかしケルムの目は、質問する前から答えを知っているようだった。
              
夕日に染まる校舎の廊下で、ケルムが去っていき、ラムリーザが古い帝国の規律から離れるように息を吐いている場面
 ケルムはしばらく何かを考えていたようだが、やがて「わかりました」とだけ答えて、ラムリーザの前から立ち去っていった。

 ラムリーザは、離れていくケルムの後ろ姿を見て、なぜか安堵してほっと肩の力が抜けたのだった。やはりあの子は苦手なものだった。

 廊下の窓から差し込む夕日は、去っていくケルムの背中を、古い帝国の規律そのもののように、冷ややかに照らし出していた。彼女の背中には、かつて義務のように出席していたオーバールック・ホテルのパーティーと同じ匂いがあった。それはまるで、家柄や立場という名の、窮屈な檻の匂いだ。

 額に冷や汗をかいたまま、ラムリーザは自分の胸にそっと手を当てた。そこにはもう、あの檻に戻る理由などなかった。自分には、新しく創り出しているフォレストピアの街があり、スタジオの騒がしい仲間たちがいて、そして何より――自分の大切なソニアが隣にいる。

 グラウンドから聞こえてくる運動部の喧騒のなかに混じって、ソニアの元気な声が聞こえたような気がした。

 ラムリーザはもう一度深く息を吐くと、過去の影をその場に置き去りにするように、愛おしい日常の音のするほうへ、力強く歩き出した。

 翠雫の月の風が、廊下を優しく、そしてどこまでも自由に吹き抜けていった。