ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
バクシングの対戦をしてみよう 後編 意外性で勝つ方法
帝国暦九十三年 翠雫の月・騎士の日(現代暦:五月上旬)
ユライカナンのスポーツ文化、バクシングを体験してみようという話になり、フォレストピア駅前の倉庫に仮ジムを設営し、そこへやってきたラムリーザ一行。
体験中にソニアがラムリーザに対戦を挑んだことで、スパーリングが始まった。
一ラウンド目は、ラムリーザがソニアの乱打をしっかりとガードし、時々ゲンコツを落とすだけの無難な流れで終わった。現在はクールタイムで、それぞれのコーナーに戻って一休みである。
「いいわ、手数は勝っている」
コーナーに置かれたパイプ椅子に腰掛けたソニアへ、リリスはそう語りかける。
「相手には効いてないけどね、オレンジちゃん」
にやっと笑って、すぐにツッコミを入れるジャン。確かにソニアのパフパフパンチはラムリーザに全然通用していない。
「オ、オレンジちゃんって何よ、気味が悪い」
ソニアは、髪の色にちなんで「グリーン・フェアリー」と呼ばれているが、「オレンジちゃん」は初めてだ。
「何のことやらさっぱりだけど、知らないほうがお互い身のためだね」
ユグドラシルもジャンに同調してとぼける。
「で、次のラウンドの作戦は?」
「作戦も何も、下手な小細工したところで通用しないだろ?」
ジャンは現実的だ。しかしリリスは、ソニアを励ました。
「私はあなたの意外性に期待しているわ。ラムリーザが普通に勝つのでは面白くない。ここはソニアが勝って、みんなをあっと驚かせなくちゃ」
「そうですわ。そのか細い腕で、あのガッチリした肉体のラムリーザ様を倒す。これがラノベの醍醐味ですの」
「だからラノベって何よ!」
リリスとユコの謎の応援に、なんだか不満そうな顔をするソニアだった。
一方ラムリーザ陣営。
「あのおっぱいちゃんは、ラムさんが本気で手を出さないのを知ってるからあんなに調子に乗っているんだろ?」
ソニアと同じように、コーナーのパイプ椅子に腰掛けて休んでいるラムリーザは、レフトールの指摘に首を横に振って否定する。
「いやぁ違うんだなぁ。本当にソニアは僕と本気で戦いたがっているから困っているんだ」
ラムリーザは、ソニアに「手加減していない、本気だ」と思わせるギリギリの線で戦っていた。その結果が、ゲンコツ連打なわけだが。
「とりあえず茶番劇はやめろ。お遊びはこれまでだ」
今度はリゲルが近寄ってきて語りかけた。
「いや、茶番劇でいいって。本気出したらソニアに大怪我させてしまうことぐらいわかっているよ」
「顔面は殴らなくていい。狙うのはここだ」
リゲルはそう言いながら、ラムリーザの腹をぽんぽんと叩く。
「腹打ち、ってこと?」
「そうだ。頭を狙わなければ、大怪我はさせないだろう。お前がどう思っていようが、レフトールの言うとおりあいつはお前が手を出してこないから調子に乗っている。その鼻っ柱をへし折ってやれ」
「いやまぁ別に調子に乗らせてあげていてもいいけど……」
ラムリーザは、ソニアが本気を出して戦ってもらいたがっているのも解っていた。ソニアはいつもラムリーザとは本気で勝負をしたがる。例えば去年には、懸垂勝負など。
「しかし、やっぱり下手に攻撃を仕掛けたら危ないのでは? 中途半端に避けようとして変なところに当たるとか」
ロザリーンは慎重だ。もちろんラムリーザも、本気で攻撃を仕掛けるつもりはない。
「大丈夫、腹は腹でも、あの胸の下を狙ってやれ。パンチが見えないから、下手に避けようとはせずに食らってくれるさ」
リゲルはニヤリと笑って言った。
「いやいや、おっぱいの死角を攻めるのはあのときと同じじゃないか」
ラムリーザの言うあのときとは、のだま対戦のときのことである。豊満な胸のせいで死角になっている内角低めを攻めて、ソニアを泣かせたことは記憶に新しい。
「いいか、腹攻めだぞ」
リゲルのこの一言を最後に、セコンドが下がり第二ラウンドが始まった。
カァーン!
心地よい鐘の音がジム内に響き渡り、再びラムリーザとソニアは戦場となるリング中央へ向かった。
再びソニアの猛攻が始まった。ひたすら腕を振り回してラムリーザを追い詰める。もちろんラムリーザは追い詰められていないけど。
ラムリーザは、正直ゲンコツだけにも飽きてきていたので、リゲルの言うとおりに腹狙いをやってみることにした。
無論本気で打ち込めば、頭じゃなくても怪我をさせかねないので、精々半分くらいの力で打ち込んでみる。
ラムリーザがガードする必要のないソニアのボディ打ちに合わせて、アッパー気味に拳を繰り出してソニアの風船――いや、胸の下を狙う。
「おぐぉっ!」
パンチの勢いでソニアの身体が少し宙に浮き、一歩後退する。
「ナイスボディ!」
すぐに外野から、レフトールの掛け声が上がる。
「あ、痛かった?」
少し苦悶の表情を浮かべたソニアに、ラムリーザは慌てて声をかけるが、ソニアは「たわぱっ!」などと謎の掛け声を上げて再びラムリーザに襲いかかった。
ソニアはさらに攻め込んでくる。
まだ元気だな、ラムリーザはそう考えて、今度は先ほどよりも少し弱めに、再びソニアのボディに来たところへ、カウンターのボディブローをアッパー気味に胸の下へと打ち込む。
「ううんっ」
今度は浮かなかったが、それでもソニアは小さく呻いて二歩後退した。
「ボディ嫌がっとるでーっ」
レフトールの嬉しそうな声援が飛ぶ。
一方ソニア陣営のリリスから、叱責が飛んできた。
「ソニア! ちゃんとガードしなさいよ!」
「いや、風船が邪魔でラムリーザ様のパンチが見えていないのですわ」
ユコは、冷静に状況を把握しているようだ。
「なによもう、風船おっぱいお化け!」
「まぁエルだからしょうがない」
憤慨するリリスに、謎のフォローを入れるジャンであった。
外野の騒ぎをソニアは気にしている余裕はなかった。知ってはいたけど、ラムリーザのパンチは重く響く。腹に二発食らっただけで、胃のあたりに鈍い痛みを生じていて苦しい。これを食らい続けたら危ない。ソニアでもそこまでは理解していた。
だからそこで、ソニアはほとんど捨て身の一撃に賭けることを考えた。
ソニアはまるでプロレスでもやっているかのようにロープへ走ると、その反動を利用してラムリーザに向かって駆け出した。そして右腕を大きく振りかぶり、思いっきり一撃を食らわせようとする。
しかしラムリーザは、落ち着いてソニアの大振りパンチを迎え撃つ。こういうものは、よく見ていれば防御できるのだ。
その瞬間!
着ていたブラウスのボタンが三つほど弾け飛び、胸元が大きくはだけたのだ。
そのときソニアが着ていた服は、これも脅威のLカップに合わせて仕立ててもらったブラウスだが、激しく動けばそれだけ生地が引っ張られてボタンに負担がかかるものだ。
ソニアは狙ってやったわけではないが、この攻撃はラムリーザに十分効果を発揮した。
限界まで引き絞られていた布地から解き放たれたそれは、リング上のすべての戦術や理性を一瞬だけ吹き飛ばすほどの、妙な破壊力を持っていた。
「なっ!」
突然の出来事に、ラムリーザはガードしようとした動きを途中で止めてしまい、その結果ソニアの渾身の一撃が、無防備になった顎を捉え、後ろに吹っ飛ばされたのだった。意識が飛んだのではない。目が追いつかず、判断が一拍遅れただけだ。
ソニアのパンチはそれほど威力はない。それでも助走をつけての一撃は、十分にラムリーザのバランスを崩させることに成功した。そのままふらふらと後退し、ロープにもたれ込む。そして勢い余ってロープをまたいで場外に落ち、そのまま倒れてしまった。
場外で仰向けに倒れたまま、ラムリーザは呆然としていた。おっぱいがひとつ、おっぱいがふたつ、とうわ言のようにつぶやくことはなかったが、なんとなく記憶もあやふやだ。
その様子を見たゴジリは、即座にスパーリングを中断した。ルールにはないが、場外転落でラムリーザの負け。そんな空気だ。
「くっくっくっ、あいつも考えたな」
大笑いしそうになるのをこらえるリゲル。その隣でレフトールはリング上のソニアを、ニヤニヤした目つきで見つめながら満面の笑みを浮かべている。
ソフィリータは慌ててラムリーザのそばに駆け寄って様子をうかがっている。
「リザ兄様! 気を確かにしてください!」
あまり激しく動かしたら危ないので、ソフィリータは顔を近づけて呼びかけていた。
その一方で、リリスは呆れ顔だ。
「ソニアあなたねぇ、それはないわー」
勝つには勝ったけれど、そのやり方があまりにも――。
何も気づいていない当の本人は、ギャラリーの前で両腕を突き上げ、ドヤ顔でガッツポーズだ。ただし、胸元ははだけたまま……。
しかしソニアもすぐに気がついた。リング上を見つめる視線が、ある一点に集中していることを。
ソニアはみんなの視線の先へ目を向けて、自分がとんでもない状況に陥っていることを理解した。
ブラウスは大きくはだけ、胸元が観衆の目にさらされていた。
ソニアはめくれてしまったブラウスを慌てて持ち上げようとするが、手に大きなグローブをはめているためにつかむことができない。
「やっ、やだっ、ラム助けてっ」
どうしようもなくなって後ろを振り返るが、頼りの綱は先ほど自らの手でノックアウトしてしまったばかりで、場外でのびている。
「ふえぇ……」
ソニアは座り込んだまま、自分の腕で胸を隠し続けるしかなかった。
リゲルは目をそらし、ユグドラシルは背を向けてコホンと咳払いした。
ジャンとレフトールはニヤニヤと見つめているだけだし、リリスとユコは呆れ顔で眺めている。
ゴジリとソフィリータはラムリーザに付きっ切りだし、ミーシャはいつの間にか観戦をやめて、パンチングバッグをトストスと掌底打ちしていた。
「ふっ、ふええぇぇぇーん!」
みんなの視線にさらされて、ソニアはとうとう泣き出してしまった。ソニアの泣き声を聞いて、ミーシャもリングのほうを振り返ったようだ。
勝利の歓喜から一転、大倉庫の空気は妙に気まずい沈黙に包まれる。
結局、動いてくれたのはロザリーンだけだった。この手の事故処理は、だいたいロザリーンがいちばん早い。
ロザリーンは他の誰もが動かないので、深くため息をつきながら、リングに上がってきた。こういった面倒見の良いところが、クラス委員を任されているゆえんでもあるのだ。
「ほらソニア、立って。それから、男子は見ないの! ジャンさん、レフトールさん、後ろを向きなさい!」
クラス委員らしい鋭い一喝が飛び、リリスとユコも苦笑しながら後に続いた。リングの上は、男子の立ち入りを拒む、女子だけの小さな救護所に変わっていた。
ロザリーンは手を差し伸べたが、ソニアはうずくまったまま泣いている。これではどちらが勝者なのか、全然わからない。
このままではどうしようもないので、ロザリーンはゴジリを呼んでソニアのグローブを外させようとした。しかし、ソニアはゴジリが近づくのを拒絶する。
「やだっ! 近寄らないで!」
仕方がないので、ロザリーンはゴジリに外し方を聞いてソニアのグローブを外す。
これでようやく、ソニアははだけた胸を隠すことができた。しかしボタンは飛んでいってしまっているので、手で押さえていないとまた胸がこぼれてしまう。
「リングの上に落ちているはずだから、ボタンを探してください」
ロザリーンはそう言うが、ソニアは両手がふさがっていて探せない。そこで、仕方なさそうにリリスとユコが、代わりにソニアが飛ばしてしまった服のボタンを探し始めた。
もちろん、ソニアが男子たちを近寄らせない。唯一近寄れるはずのラムリーザは、ようやく起き上がって座り込んでいた。
「ラムさん、おっぱいちゃんの打撃程度では意識飛ばないんだな」
レフトールはラムリーザのそばに座り込んできて言った。
「そうみたいだね……前回記憶が飛んだのは――」
「俺のハイキック」
「その前は、バレーボールの強烈なスパイクだったな」
リゲルも側にやってきて座り込んだ。
「ということは、俺の蹴りぐらいの威力がないと意識が飛ばないわけだ。それって割と普通じゃないか? あ、いや、そこまで行くと記憶まで飛ぶのか。そこがずるいよなぁ」
レフトールはぼやいた。
ラムリーザは頭を強打したら、なぜかその前後の記憶まで飛んでしまう。このためレフトールは、ラムリーザとの決着をつけるときに頭への攻撃ができなかった。
自分の怖さを見せつける勝負だったのだが、やられた記憶が残らないのでは勝った意味がない。だからボディ攻撃で勝とうとしたのだが、ラムリーザの身体の打たれ強さに打ち勝つことができずに、カウンターを食らってやられてしまったのだ。
「リザ兄様を次失神させたら、私があなたを失神させます」
ソフィリータはぼやいているレフトールに釘を刺す。
「わかったわかった、お嬢ちゃんの目がいつでも光っていることを忘れないようにするよ」
レフトールは、肩をすくめてソフィリータの厳しい視線を受け流して見せた。
その頃リング上ではボタンをようやく見つけたのか、ロザリーンはソニアと連れ立って隣の控え室へと消えていった。
「えーと、とんだ騒ぎになっちまったが、どうだ? もう大丈夫か?」
ゴジリもラムリーザのところへやってきて尋ねた。
「うん、びっくりしたけど別に平気だね。いやぁ、ソニアがあんな攻撃してくるとは思わなかったので油断しちゃったよ」
「あんなん男なら誰でも油断するって。まぁおかげでええもん見れたけどね」
なんだか嬉しそうにそう言うジャンだが、たぶん男どもは、みんなそう思っている。
「それで今日はもう終わりか? それとも誰かミット打ちやる? スパーでもいいぞ?」
「あ、それ次俺やる」
名乗り出たのはレフトールだ。
「俺はこれまで蹴り技メインで鍛えてきたけど、ここで拳技を鍛えるのもありだと思ってる」
「それなら私もです!」
ソフィリータも名乗り出る。彼女も蹴り技メインで、拳技はそれほど得意ではない。
「そっちの怖そうな兄ちゃんと、領主さんの妹さんか。また体格差勝負かよ、妹さんは待ってもらうとして、君はどうだ?」
ゴジリはリゲルに目をやって言ったが、リゲルはレフトールとのスパーリングを避けた。
「それなら自分が相手をしてもいいぞ」
名乗り出たのはユグドラシルだ。
そういうわけで、スパーリング第二試合は、レフトール対ユグドラシルとなった。
スパーリング第二試合の途中でソニアとロザリーンが戻ってきた。どうやら控え室でロザリーンはボタンを直していたようだ。
「あたしラムに勝ったよ! のだまの借りを返したぜっ」
「まだ根に持っていたのかよ」
ラムリーザは苦笑いして、ソニアの頭をなでてやる。つい数分前は号泣したのに今はけろりとしている。このあたりの切り替えのよさは、のだまで遊んだときと一緒だ。
「まあよかったわ、意外性を見ることもできたし」
「ですわね、ここはラノベの世界で、やはりマッチョはかませだったんですの」
「なんだそりゃ」
リリスとユコの発言に、首をかしげるラムリーザであった。
とりあえず、リリスの言う「意外性」は達成された。普通に戦ったのでは絶対に勝ち目のないソニアが、女の武器を最大限に発揮してラムリーザをやっつけたようなものだ。
そのやり方は賛否両論だろうが、勝ちは勝ちである。
柔よく剛を制す? いや、色気で剛を制すだろうか? どうでもいいけどね。
そういえば格闘ゲームの女キャラも、エロい格好をしている場合が多い。それは今回みたいに、普通にやったのでは勝てない大男に勝つための秘策とでも言うのだろうか? そんなわけないか、まあいいや。
話が一段落したところで、ソフィリータはラムリーザにお願いした。
「リザ兄様、このジムをフォレストピアに作ってください。私、ここに通いたいです」
「わかった、どこかにジムを作るようにしよう。流行ったら住民の運動不足解消にもつながりそうだからね」
そういうわけで、ラムリーザとソニアのスパーリングや、胸元ぽろり事件なども発生したが、こうしてバクシングジムもフォレストピアに作られることになったのである。
拳の流儀も、意外すぎる敗北も、すべては新天地の賑やかな笑い声の中に溶けていく。倉庫のリングは、今日の笑い声を吸い込んだまま静かになっていた。けれど新しいジムは、確かに「通う場所」になっていくのだろう。
おいしくても、おいしくなくても、みんなで一緒に強くなろう!