ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
バクシングの対戦をしてみよう 前編 七階級差のリング
帝国暦九十三年 翠雫の月・騎士の日(現代暦:五月上旬)
突然リングに上がってきたソニアを見て、ミット打ちの最中だったラムリーザとゴジリはぽかんとしていた。
何を思ったか、ソニアはラムリーザとの対戦を求めたのだ。
「……っと、待て待てソニア。これは格闘ゲームじゃないんだぞ?」
「でも試合もゲームって言うよね?」
変なところで理屈をこねるソニア。どうしてもラムリーザと対戦したいらしい。
確かにこれまで、格闘ゲームで何度も対戦を要求してきた。しかし、ずるい技ばかり使ってくるのでラムリーザは何度か戦ったあとは、ずっと対戦要求を突っぱねた。
ソニアは今回も同じ気分で言ったのだろうが、ビデオゲームと実戦が全然違うことを、理解していないのだろうか? いや、理解したうえで言っているのだと思いたい。
「確かにスパーリングという練習はある。だがねぇ……」
ゴジリは、ソニアとラムリーザの身体を交互に見ていた。
「何よ、あたしそのスパークリンってのをラムとやる」
「スパークリンじゃなくて、スパーリングな。とりあえず聞いてみるが、領主さん――えっと、ラムリーザくんだったかな。体重はどれくらいかな?」
「えっと、先日の身体測定では七十九キロだったかな」
「それで、そっちのお嬢ちゃんの体重はいくらかな?」
「なっ、何よっ、女の子に体重聞くなんて失礼!」
「そんなこと言うのなら、スパーリングはさせないぞ?」
ゴジリにそう言われて、ソニアはしぶしぶ答えた。
「むーっ、五十八キロだった!」
「そのうちおっぱいが五キロね。いや、Lカップになったから六キロかな? くすっ」
リリスが余計なことを言い、ソニアは「黙れちっぱい!」とすごんだが、リリスはちっとも堪えない。
「確かにそのバストは五キロはありそう――じゃなくて、それだと二十一キロ差だ。階級で言うと七階級ぐらい違う。それにお嬢ちゃんはそっちの子が言うようにバストにいくらか体重を持っていかれているから、実際はもう一階級ぶん差があるかもしれん。これじゃ勝負にならんって」
「何よそれ! やってみないとわかんないじゃないのよ!」
体重差もそうだが、ある程度は格闘技をかじっているラムリーザと、ほとんど素人のソニア。やってみなくてもわかるようなものだが、ソニアは「やりたい、やりたい」とわがままを言うばかりだった。
ラムリーザは、年末のプロレスごっこで勝ったことになっているから、強気なんだろうと思った。
「しょうがないな、ちょっとだけだぞ」
ソニアがうるさいのでラムリーザは、ソニアの要求を受け入れてやることにした。
こうして、ラムリーザとソニアのスパーリングが始まることになった。
「ほんとしょうがない子だな。安全のため、厚手のグローブを使ってもらおう。しかしラムリーザくん、本気を出したらあの子、死ぬかもしれんぞ?」
「わかってますよ、その辺りは手加減……したらしたでソニアは怒るからなぁ……」
「これも安全のため、ソニアちゃんにはヘッドギアを付けてもらうが、気をつけろよ」
ゴジリは、ラムリーザの腕にバクシング用のグローブを装着させながらそんなことを言っていた。気をつけろよとは、ソニアに怪我させないようにという意味である。
その一方でラムリーザは、ソニアに手加減と気づかれない手加減をどう演出するか、ということを考えていた。
しばらくしてラムリーザにグローブをはめ終えたゴジリは、今度はソニアのほうの準備に向かった。
「あ、バクシングなら俺、ラムさんに勝てるわ」
レフトールは、完全にラムリーザの拳を覆っているグローブを見てそう言った。
「なんだそれは?」
「あれじゃつかめないだろ? つかめないラムさん相手なら勝機は十分にあるかもな」
レフトールは、ラムリーザのアイアンクローを恐れていた。
「プロレスなら負けるってことだな?」
リゲルはニヤリと笑った。
「それは作戦次第だな」
レフトールも負けていない。しかしプロレスでラムリーザに勝つ作戦というのも、それなりに興味深い。
「おーい、観客はそっちに全員固まってないで、こっちのお嬢ちゃんのほうにも何人かついてやれよ。セコンドってやつな」
ゴジリは、ラムリーザの周りに集まっている観客に向かってそう言った。
「俺はソニアなんかのセコンドにはつかん」
リゲルはそう言い放つ。
「あ、俺もラムさんにつく」
レフトールもそれに続いた。
「そうですね、私もラムリーザさんにつきます。というより、向こうは危なっかしくて見ていられないと思います」
ロザリーンもリゲルと一緒に、ラムリーザ側につくようだ。
「じゃあ私がソニアにつくわ」
「ラムリーザ様の応援をしたいけど、ここはソニアについてあげますわ」
リリスとユコは、連れ立ってリングをぐるりと回ってソニアのほうへ向かった。
「あ、じゃあ俺もソニア」
ジャンはリリスと一緒にソニアのほうへ向かう。
「ここはラムリーザくんにつくべきだろうけど、ソニアくんも面白そうだし、自分は向こうに行くか」
ユグドラシルは、ソニアのほうへ向かった。
「ミーシャはリゲル兄やんにつくのだ」
これはラムリーザにつくということだろう。
ソフィリータは無言のまま、ラムリーザについている。
「セコンドはこれで五人と四人、か。じゃあ俺はこっちのお嬢ちゃんについてあげよう」
ゴジリは、ソニアのグローブとヘッドギアを用意すると、そのままソニア側のリングサイドに立った。
「お嬢ちゃんじゃない! あたしソニア!」
「おうおう、ソニアちゃんね、よしよし。で、作戦だが、まぁどうせ勝負にならないから最初から全力で行け。どっちみちお嬢――ソニアちゃんのパンチはラムリーザくんに効かないよ」
「なによそれ!」
ソニアは、ゴジリのアドバイスに不満たらたらだ。
「大丈夫、ここがラノベ的世界だったらソニア、あなたが勝つわ」
不服そうなソニアに、今度はリリスが謎のアドバイスをした。
「ラノベ的世界って何よ」
「普通に腕力の強い男が勝つより、か弱い女がノックアウト勝ちしたほうが意外性があって面白くないかしら?」
「それじゃ、あたしがラムをノックアウトするのね?」
「マッチョはかませなのよ」
「精々がんばって、ギャップ萌えを見せてちょうだいですの」
なんだかおかしな理論だが、リリスとユコの応援(?)でソニアは気を良くしていた。
一方ラムリーザ陣営では、それほど作戦会議は行われていない。こっちも逆の意味で勝負にならないと見ているのだろう。
「脳内お花畑のソニアに、まあ精々現実を見せつけてやれ」
これがリゲルからのアドバイスだった。
「待てよ、レフェリーがおらん。やっぱり俺はレフェリーになるから、君たちでアドバイスしてやれ」
ゴジリがレフェリーを引き受けて、いよいよラムリーザとソニアの実戦形式のスパーリングが始まった。
ラムリーザとソニアは、リングの中央に歩み寄る。
ソニアと間近で向き合って、ラムリーザはやっぱり気が引けた。いつもの可愛い彼女ではなく、格闘技の対戦相手として見ると、やはりソニアはあまりにも小柄で細かった。
「待て、ちょっと待て。やっぱり女の子は殴れないよ」
「これは喧嘩じゃなくてスポーツなのよ」
ラムリーザはスパーリングを中止しようと提案するが、ソニアはスポーツだと言い張る。いや、格闘技はゴジリの言うように体格差が思いっきり出る。とくにこんな拳だけで戦うバクシングなどだとなおさらだ。
「だったら僕じゃなくて、リリスと……」
「ラムとやりたいの!」
ラムリーザはリリスとの対戦を勧めたが、やはりソニアの意思は変わらないようだ。
「でもさあ、この体格差で勝負になるわけないよ」
「嘘! シュンレイは、ザンギュラと互角以上に戦ってる! しかもシュンレイのほうが強い! ザンギュラは雑魚!」
「それゲームだから……」
ラムリーザは、やれやれと首を振った。どうやら結局のところ、テレビゲームと実戦の違いを理解していなかったようだ。ソニアは、バクシングでもラムリーザをハメ殺せるとでも思っているだろうか?
ラムリーザは、自分の認識の甘さを嘆いていた。
カァーン!
ゴジリの合図で、ジム内に景気のいい鐘の音が鳴り響いた。ゴングが鳴り、いよいよ実戦形式の練習、スパーリングの始まりだ。
下手に手を出すとソニアに大怪我をさせかねないラムリーザが攻撃を躊躇している一方で、ソニアは最初から大暴れだ。
腕を振り回して、ただがむしゃらに突撃してくるソニア。
レフトールとの野試合で見せたように、頭部をがっちりと守った構えで防戦一方に徹するラムリーザ。
拳が当たるたびに、ソニアの肩が跳ねる。けれどラムリーザの足は、地面に釘でも打ったみたいに動かなかった。
ソニアの手数は圧倒的に多いが、すべてラムリーザの腕でガードされていて一発もクリーンヒットしていない。さらに体重差は顕著に出ていて、ソニアが殴れど殴れどラムリーザの身体はびくともせず、殴った後に少しばかり跳ね返される始末である。
それは格闘技というより、怒った子猫が大木に飛びついているようなものだった。ソニアがどれだけ肩を震わせ、渾身の拳を叩き込もうとも、ラムリーザの肉体はその衝撃をすべて無効化するようにずっしりと佇んでいる。
「ソニアーッ、敵はボディががら空きよっ。そこ狙えーっ」
リリスは妙に熱中していて、ソニアにアドバイスを力強く送ってくる。
アドバイスどおり、ソニアはラムリーザのボディにパンチを繰り出した。
ぱふっ、ぱふっ。
ソニアのパフパフパンチが、ガードしていないがら空きのボディにクリーンヒット。しかし、ラムリーザは顔色一つ変えない。
ラムリーザは、殴られる痛みより、殴り返したときの結果のほうが怖かった。
「無駄だって。俺の蹴りが通用しないボディに、あのおっぱいちゃんのパンチが効くわけないって」
レフトールは、ふっと鼻を鳴らしてニヤついている。
一方ソニア陣営では、ジャンとユグドラシルが何やらひそひそ話している。
「見えてますね」
「うん、今日はオレンジ色みたいだね」
ソニアは今日はバクシングというスポーツをやる、と言ったにもかかわらず、いつもの際どい丈のプリーツミニ。つまり、そういうことである。
「ラム!」
突然ソニアは攻撃の手を止めて、一歩下がると糾弾した。
「なんね?」
「手加減してる! さっきから全然打ってこない!」
「いやぁ、まぁ、ねぇ……」
実際のところ、ラムリーザは手加減している。というより、ソニアが気の済むまで殴らせてやることでやり過ごそうとしていた。しかし、それをソニアに見破られたようだ。
ラムリーザは、困ったようにゴジリのほうを見た。
「厚手のグローブとヘッドギアだ、多少は大丈夫だと思うが……」
ゴジリも自信がなさそうだ。無論ゴジリ自身も、今のように、ソニアが打ちまくってラムリーザは防御し続けるのが、一番安全なやり方だとわかっていた。
「ほんじゃま、一発」
ラムリーザは軽く、本当に軽くふわっと腕を伸ばし、ソニアの顔面を拳で打った。
それだけでソニアは、一歩後退してしまった。二十一キロ差は伊達じゃないし、そもそも腕や上半身の筋肉量が違いすぎる。
「効かない効かない!」
それでもソニアの闘志は衰えることなく、再びラムリーザへ突進して乱打した。再び防戦一方になるラムリーザ。
防御しながらラムリーザは、これなら怪我をさせないだろう、という殴り方があることに気がついた。ソニアの攻撃が身体に向かったところで、隙をついてカウンターを合わせてみる。
ラムリーザの攻撃、それはソニアの頭頂部に拳を振り下ろすことだった。いわゆるゲンコツというものである。ヘッドギア越しの打撃となるので、怪我をさせることはないだろう。
パフパフゴン、パフパフゴン――。
ソニアが乱打し、時々ラムリーザはゲンコツを振り下ろす。なんだか妙なスパーリングが繰り広げられていた。
この展開には、ゴジリも苦笑いしていた。ゴジリの知っているバクシングの試合とはまるで違う、なんともほのぼのした試合だった。
「とんだ茶番劇だな」
この試合に対するリゲルの感想は、この一言だった。
「まあ、茶番劇で済んでいるから、ソニアさんも無事なのではないですか?」
ロザリーンの問いにリゲルは「まあそうだが」と答える。しかし、いい気になって攻撃しまくっているソニアをぎゃふんと言わせたい、そんな気持ちがリゲルの中にふつふつと湧き上がってきていた。
「そろそろクールタイムだろうな。そうなったら、ラムリーザに面白い策を聞かせよう。あいつが聞いたら怒るだろうから、あえてクールタイムにラムリーザへ耳打ちする」
「おおっ? 策士が動き出したかぁ?」
レフトールはおどけて見せるが、リゲルはふっと鼻で笑っただけだった。
そろそろスパーリングが始まって、三分が経とうとしていた。
ゴジリは時間を確認すると、ゴングを持っているユグドラシルに、鳴らすように促した。
カァーン!
再び景気のいい鐘の音が鳴り響く。
「よし、ゴングだ」
ゴジリは、ラムリーザとソニアの間に割って入り、スパーリングを止めようとした。しかし、ソニアの乱撃は続いていて、割って入ったゴジリの横っ面にパンチがヒット!
ゴジリはびっくりして思わず「ぐわっ」と叫んでのけ反る。
「なっ、何よっ、いきなり割り込んできて!」
殴ったソニアもびっくりしているようだが、ちっとも悪びれない。
「ゴングだって言っただろうが!」
ゴジリも声を荒げて反論する。
「ゴングって何よ。『ごんにゃ』ならリョーメン屋さんだけど、ゴングなんて知らない!」
「プロレスにもあるんだから、知っているだろが! ゴングだ! 終了だ!」
「まだあたし負けてない! 勝ってもいない!」
「いいから休憩だ! ほらコーナーに戻れ!」
「何よゴング親父!」
すっかりヒートしているソニアは、ゴジリに対して言いたい放題だ。
「いや、意味わからんて……」
ラムリーザは、そう言い残してコーナーへ戻った。
ソニアも、ゴジリに持ち上げられてコーナーへ連れ戻される。ソニアはじたばたもがくが、ゴジリはびくともしなかった。
こうして、ラムリーザ対ソニアのスパーリングは第一ラウンドが終了した。
ラムリーザはグローブ越しに拳を握り直した。勝ち負けなんて最初からない、ただの身内の茶番劇。なのに、どうしてこんなに胸の奥が騒がしいのだろう。
次のラウンドは、たぶん今より面倒になる。