ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
うらにわにはにわにわとりがいる その二
帝国暦九十三年 翠雫の月・精霊の日(現代暦:四月下旬)
この日の昼休み、ラムリーザは昼食を終え、さて何をするかと考えながら、ソニアと二人で校庭に出たところで、生徒会長ユグドラシルの訪問を受けた。
ユグドラシルは周囲をうかがい、近くに他の誰もいないことを確認してから尋ねた。
「ラムリーザくん、知っていたらでいいのだけど、学校の裏山について何か知っていることはないかい?」
「う、裏山? ごほん、ごほん……」
ユグドラシルの唐突な質問に、ラムリーザは思わず咳き込んだ。その様子を見て、ユグドラシルはラムリーザが何かを知っていると確信したようだ。
「あっ、やっぱり何か知っているね? 裏山で何かが起きているようなのだけど、誰も話そうとしないんだ。自分に教えてくれないかな?」
「いや、ニバスさんに口止めされているんでダメなんだ。あ、いや、知らないよ。と言っても、もう遅いな……どうしよ」
ラムリーザは助けを求めるようにソニアの顔を見たが、彼女も顔を赤くして答えられないようだ。そうだろう、そうだろう。
「そう、そのニバスが何かやらかしているみたいなんだ。そのことについて聞きたいんだよ」
「自分で裏山へ行ってみたらいいんじゃないかな」
ラムリーザは、なんとか話をはぐらかそうとしている。ソニアと裏山へチュウチュウドラマの再現をやりに行っているなんて言えるわけがない。
「そうしようとしたんだけど、裏山のだいぶ手前で止められて行かせてもらえなかったんだ」
ああ、そうなっていた。確か見張りを立てていて、ニバスの目論んでいることと違う目的の者を近づかせないようにしていることを、ラムリーザは知っていた。
ユグドラシルはラムリーザの両肩をがっしりとつかんで離さない。今日は何が何でも聞き出すつもりらしい。そこでラムリーザは、仕方なく聞いてみた。
「ユグドラシルさんは、多様な価値観を認めますか?」
かなり抽象的な質問だが、具体的に切り出すわけにはいかないのでこのように聞くしかないのだ。
「自分は生徒の自主性を大事にしているつもりだよ。それに、ユライカナンの文化を取り入れてみようとしているのも知っているだろう?」
「うん、それもそうですね」
それを聞いてラムリーザは、ユグドラシルなら何を見ても頭ごなしに否定はしないだろうと考えた。それにユグドラシルならニバスも怒らないだろう。
「ニバスは裏山で何をしているのかな?」
「えーと、それを知るためには、まずカップルを作ってください。ユグドラシルさんが以前追い払われたのは一人で行ったからです。独身は裏山進入禁止って、ニバスさんは決めているんです」
「独身ってそんな、結婚しないとダメなのかい?」
「いや、そういう意味じゃなくて、あそこはカップルで行く場所なんですよ。仕方がないからこれから行こうと思うので、ユグドラシルさんも誰か一緒に来てくれる相手を見つけてください」
「いきなり難題だねぇ」
しかしユグドラシルも、そうするしかないのならと考えて、一旦ラムリーザのそばから離れていった。
「ラム、今日は裏山で遊ぶの?」
「久しぶりに、行ってみようかな。なんか裏山の話をしていたら、あのお気に入りの場所でのんびりしたくなったよ」
「チュウチュウドラマをやりに行くのね」
「いや、ぴちぷにょをやりに行くの」
「やだ」
「でもソニアも大胆なことやろうとしているぞ」
「あたしはいいの」
「なんで?」
「リリリリリン調査を済ませているから」
「調査? 何の?」
などと、二人でどうでもいい会話をしているところに、ユグドラシルが戻ってきた。ユグドラシルは、困ったような顔をしている。
「ラムリーザくん、ダメだ。誰か紹介してくれ。ちときっついわぁ」
散々からかわれたのだろうか。ユグドラシルの欠点は、女性の前であがってしまうことだ。ユグドラシルは、顔中汗だらけになっている。
「ソニアくんを貸してくれ、ラムリーザくんは代わりにリリスくんを――」
「そんなことをしたら、リリスを呪う」
ユグドラシルはソニアを借りようとするが、ソニアに妙な理屈で断られてしまった。
なんだか話がごちゃごちゃになったので、ラムリーザはユグドラシルの調査に同行できる人物を連れてくることにした。ユグドラシルなら無茶はしないだろうし、万一何かあっても自衛できる相手に心当たりがあった。彼女なら、逃げることも、必要なら相手を蹴り倒すこともできるだろう。
今度はラムリーザがその場を離れ、ソニアとユグドラシルが残されることになった。
ラムリーザがいなくなったところで、ユグドラシルはもう一度ソニアに頼み込んでみた。
「君とカップルになるのはダメ? 今日の調査の間だけでもいいんだけど」
「やだ。買い物に行くとかならまだしも、ラム以外と裏山に行くのはもっと嫌」
「やっぱり裏山には何かあるな……。しかたないか……。ソニアくんは、ラムリーザくんのどこが好きなのかな?」
仕方がないので雑談をして時間を過ごすことにするユグドラシル。彼の問いにソニアは迷わずに即答した。
「ラムと一緒にいたら安心できるの。たとえ世界中のみんながあたしの敵になってしまっても、ラムだけは味方でいてくれる。ラムのそばは、世界で一番安心できる場所なの」
「すごいこと言うねぇ、ラムリーザくんがうらやましいよ。ソニアくんは、ラムリーザくんのいいところをいくつ言えるかな?」
「あ、んこ」
ソニアは、以前リリスにからかわれたことを思い出して言葉に詰まり、変な声が出た。リリスの計略にはまって、確か先に悪いところを列挙させられて、その結果良いところを一つも言えなくなってしまった妙な思い出がある。だから、その問いには答えなかった。
そこにラムリーザが、一人の女子生徒を連れて戻ってきた。
「ユグドラシルさん、潜入捜査のパートナーを連れてきましたよ」
そのパートナーは、ラムリーザに少し似たところのある女の子だった。
「あっ、ソフィーちゃん」
「その娘は確か、ラムリーザくんの妹さんじゃなかったかな?」
ソニアは当然として、ユグドラシルもフォレストピアのパーティで見かけていたので知っていた。
「ソフィリータです、兄がいつもお世話に――なっていますか?」
微妙にぎこちない挨拶。それでもユグドラシルは気にせずに答えてくれた。
「お世話になっているはずです」
よくわからないやりとりだったが、こうしてユグドラシルの臨時パートナーはソフィリータということになった。
「ああそうだ、無茶はしないでね。まぁソフィリータも抵抗するだろうけど。仮だよ仮、今日のところはね」
「無茶? 無茶とは何のことを言っているのだい?」
「おっと、とにかく調査だけにしてね。ソフィリータもユグドラシルさんが狼に変身しそうになったら逃げ出すんだぞ」
「おいおい、自分を狼男にしないでくれよ」
「狼に変身するときは、顔の皮を剥ぎ取ってからにしますか? それともまずは手が伸びていって、全身に毛が生えますか?」
ソフィリータの質問も、さらっと聞くだけだと気味が悪い。
「顔の皮を剥ぐとか物騒だな、なんだよそれは」
「ミーシャと一緒に見に行った映画にありましたよ」
ラムリーザの質問に、ソフィリータはさらっと答えるのだった。
そういえばミーシャは誰の影響かは知らないが、恐怖映画が好きなのだったな。ラムリーザは、年末年始の休暇にミーシャに連れられて見に行った映画のことを思い出した。
あのとき見たのはヨンゲリアというゾンビ映画で、リゲルもその映画を元ネタにしたシナリオでテーブルトークゲームのゲームマスターをしていたな。リゲルが最初にゲームマスターをしたシナリオも、死体が蘇る気味の悪い話だったな。
そこまで想像の幅を広げて、ラムリーザは何かがピシッとはまるのを感じた。
「ひょっとしてミーシャの恐怖映画好きって、リゲルの影響じゃないのか? いや、その逆もありうるが、どうなんだろう?」
けっこう当たっているのだが、ラムリーザには知る由もなかった。
さて、裏山に近づいたところで、いつもの検問役に出くわした。
「お、ラムリーザとソニアか。ん? 生徒会長が何の用かな?」
「自分はこのソフィリータくんと一緒に、遊びに来たのだ。何か問題あるかな?」
ユグドラシルは緊張した表情で、ソフィリータとつないだ手を検問に見せつけるように差し出した。しかし、それはまるで壊れ物を扱うような、あるいは未知のものに触れるような、ぎこちない手のつなぎ方だった。ソフィリータは一瞬だけその横顔を見上げたが、何も言わなかった。
その様子を見て、検問役はニヤリと笑って言った。
「ほー、今年の生徒会長は火遊びがお好き、と」
「火遊び?」
少しずつユグドラシルの表情に不安が広がっていく。それでも四人は、検問を通り過ぎて裏山へ入っていった。
ソフィリータは不服そうにしていたが、手を振り払うことはしなかった。ユグドラシルの手つきがあまりにもぎこちなく、彼自身のほうがよほど怯えているように見えたからだ。
茂みに入る前に、ラムリーザはユグドラシルをある場所へ誘い出した。
「ラムリーザくん、ここは?」
「この地の主に挨拶していくといいですよ。まあ、知った顔ですけどね」
「おー、ユグドラシルじゃんか。お前が来るとは珍しいな。というか、女を引っ掛けることができたんだ」
ラムリーザの連れていった場所に立ち入ると、聞き覚えのある声が迎えてくれた。木漏れ日が揺れる静寂の中、そこだけ別の時間が流れているようだった。
「ニ、ニバス?! 君はいったい……!」
ユグドラシルは、女子生徒とキスをしているニバスを目にして驚き、口をパクパクとさせた。ユグドラシルには刺激が強すぎる光景だったのはご愛敬。
「カップルの聖地へようこそ、まあ、ゆっくりと楽しんでいってくれや。あ、その前にユグドラシルの彼女を紹介してくれ、見てみたいぞ」
「秩序」の象徴である生徒会長を、「無秩序」の王がニヤニヤと見下ろす。その構図は、この裏山が誰の支配下にあるのかを無言で物語っていた。
「えっと、えっとね……」
すっかり慌てふためいてしまっているユグドラシルに代わり、ラムリーザが答える。
「僕の妹のソフィリータです。ニバスさんとはパーティで入れ違いになってて会うことができなかったけど、今年から同じ学校に通うことになりました」
「領主の妹と首長の長男のカップルか。割と最強だな」
ニバスは、ユグドラシルとソフィリータの組み合わせをそう評価する。もっとも、今日は潜入調査のための仮カップルなのだが。
「それじゃあ僕はソニアと遊んでくるから失礼するよ」
「ちょっ、ちょっとラムリーザくん、待ちたまえ……っ」
ユグドラシルは、今現在自分が置かれている状況を改めて意識して、ラムリーザに救いを求める。しかし、ここはラムリーザの言うような遊ぶ場所である。しかし、しかし――
「リザ兄様!」
ソフィリータが、茂みに消えようとするラムリーザとソニアを追いかけてきた。
「なんてところに連れてくるのですか!」
ソフィリータは少しばかり怒っている。ラムリーザはソフィリータを連れ出すときに、ユグドラシルの潜入調査の手伝いをしてほしいと頼んだが、その内容までは話していなかった。
ラムリーザは、ニバスに聞こえないところまで離れてから説明した。
「うん、まあ、そういうことなんだ。ユグドラシルと調査したらそのまま帰ってもいいよ」
「調査って、こんなところ調査したくありません!」
「うん、まあ、そうだろうねぇ。帰っていいよ、というのもまあ、うん、なんというかだな。うん、帰るか」
ラムリーザは、ソフィリータが見ている前でソニアとチュウチュウするわけにもいかない。かといって、このままソフィリータを一人で帰すのも気の毒だ。実情を知った今では、ユグドラシルの調査に付き合うことも嫌だろう。というか、現に今嫌がっている。
仕方がないので、今日は遊ぶのを諦めて、三人で裏山から立ち去ることにした。
それから数日間、ラムリーザはソフィリータに頭が上がらなかった。ソニアとの状況を母親に報告しないよう、彼女に黙っていてもらう必要があったからだ。
ちなみにあの後ユグドラシルは、固まったままニバスの様子を呆然と見つめているだけで、それから数日間、「女を連れ込んだのに遊べなかった男」として、ニバスにからかわれることになるのであった。
そんなこともあったため、ユグドラシルは裏山での出来事を表立って語れなくなった。禁止するのもニバスに負けを認めることになると思って、このことは記憶の中に封印して黙認することにしたのだった。
裏山は今日も、いつも通りの静けさだった。静かすぎるせいで、噂だけが勝手に育っていく。
誰も口にしない。けれど、誰も忘れない。それが裏山の、いちばん厄介な性質だった。
こうして裏山は、噂という名の霧がかかったまま、主にニバス派の連中が幅を利かせる、カップルの聖地として残ったのであった。