ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ココちゃんぷにぷにカレー
帝国暦九十三年 翠雫の月・王の日(現代暦:四月下旬)
今日は再びフォレストピア駅前の大倉庫で試食会……と思ったが、今回は試食会ではない。帝国の既存店が出店するというので、その様子見に来たのだった。
帝国内でチェーン展開しているカレー店「ココちゃんカレー」が、フォレストピアの開発中から、出店させてほしいと話を持ち込んできていたのだった。カレーならすでにありふれているので、お任せしますと言っていた。
だが、ちょうどキャンペーンの内容が、一部のメンバーに衝撃を与えていた。
というのは大げさだが、このカレーには辛さの段階がいろいろあって、無茶苦茶辛いものから甘口のものまでいろいろある。
そこで今回のキャンペーンだが、フォレストピアへの新店舗出店記念だ。最強の辛さのカレーを完食できたら「ココちゃんぷにぷにクッション」をプレゼントするらしい。どうやら、新しい香辛料を試したいらしい。
このクッション、ソニアが持っていてユコにお別れプレゼントとして貸したり返してもらったりした。さらに、ぬいぐるみだとかクッションだとかいろいろ揉めている、何かと話題が多いクッションだ。と言っても別にクッションが悪いわけではなく、ソニアが一人で騒いでいるだけだから、別段気にすることはない。
しかし、ユコも返すのを渋り、ソニアもなんだかんだで気に入っているクッション。それがプレゼントで貰えるというのだから、その話を聞いたときに特にユコのほうから「食べに行きましょう」という話が上がったのだった。
フォレストピア開発中からチェーン店出店が決まっていたココちゃんカレーは、大倉庫ではなく、すでに街に店ができあがっており、今日はそのプレゼントキャンペーンに合わせてみんなで食べに行くことになった。
「これであのぬいぐるみ、ココちゃんが手に入りますわ」
ココちゃんを一番欲しがっているユコは、誰よりも意気込んでいる。
「あれはぬいぐるみじゃなくてクッション!」
すぐにいつも通りの訂正を求めるソニア。
しかし二人ともそのキャンペーンで一番重要なところは考えていないようだ。
「でもさ、君たちは最強の辛さのやつを食べたことはあるん?」
ラムリーザが指摘したいのはそこである。プレゼントを貰うには、最強の辛さというものにチャレンジする必要があるのだ。
「ココちゃんのためなら、たとえマグマカレーでも完食してみせますわ!」
ユコは力強く答えるが、ラムリーザは少しばかり不安を感じていた。それでも、ソニアとリリスが動かなければ、騒動に発展することはないだろう。
見慣れた看板の前を通り、見慣れた入り口を抜けて店内に入る。この店なら、ラムリーザも帝都に住んでいたときに何度か行ったことがあった。
今日のメンバーは五人。言い出しっぺのユコを筆頭に、ラムリーザとソニアとリリス、それにジャンを加えた顔ぶれだった。別にユライカナン料理の試食会じゃないので、大勢で押しかける必要はない。フォレストピア在住組に、リリスを加えただけである。
ラムリーザとジャン、ソニアとリリスとユコに分かれ、男女で分かれてテーブル二つに座った。
「そうだわ、最強の辛さを先に完食したほうが、次の曲のリードボーカルを取るってのはどうかしら?」
再び始まった、リリスの申し入れ。
「なんでよ! 昨日せそ汁で勝負してあたしが勝ったじゃないの!」
「ユコ、二曲できたって言ってたよね?」
「ええ、二曲ほど新しい楽譜を書きましたわ。空に咲いたあの娘と、繋がる新世界ですわ」
「じゃあ昨日のでソニアにどっちを歌うか選ばせてあげる。今日はもう一つのほうで勝負ね」
「おう、リリスがんばれよ」
「むむむ……」
ジャンはリリスを応援し、ソニアは唸る。
そうこうしているうちに、店員がやってきて注文を聞いた。
「キャンペーンのやつをお願いしますわ」
真っ先に注文したのはユコだ。
「はい、ココちゃんマグマカレーですね」
「それを、もう二つ」
続けてリリスがソニアの分も注文した。
「それじゃあ俺は、普通のやつで」
「そちらはココちゃんぷにぷにカレーですね」
「僕は冷やしカレーで」
「はい、ココちゃん冷や冷やカレー。ご注文を繰り返します、ココちゃんマグマカレーが三つと、ココちゃんぷにぷにカレーが一つ、ココちゃん冷や冷やカレーが一つ、以上でお間違いないでしょうか?」
「間違いないけど、本当に大丈夫?」
ラムリーザは、ユコたちに最後の確認をする。
「ラムリーザ様も心配性ですわ」
「これは勝負なの」
「カレーは辛いものなの、アレオカレーも無駄に辛そうだし」
「貴様――っ!」
「よろしくお願いします」
ソニアが余計なことを言ってまた喧嘩になりそうになったので、ラムリーザはさっさと注文を終わらせた。
「アレオカレーって、あのテレビで宣伝していたあれ?」
「こらっ、ジャン、それ以上言うな」
ジャンは不思議そうな顔をするが、リリスに睨みつけられていることに気がついて、ここではそれ以上追及するのはやめておいた。
店内の掲示板を見てみると、「ココちゃんぷにぷにクッション五百体プレゼント」と書かれている。あの白いぬいぐるみがこの店の倉庫に五百体もいると考えると、ラムリーザはうんざりする反面、ココちゃんに囲まれるソニアの様子を観察してみたい気もした。しかし、最強の辛さのカレーを食べる気にはならなかった。
それからしばらくして、注文したカレーが運ばれた。
ソニアたちの前に並んだ三つのカレーを見て、五人とも言葉を失っていた。
ココちゃんマグマカレーは、その名前の通り赤い。カレーがここまで赤くなるのか? と思うほど、やたらと赤い。まるで血だ、と表現するのは大げさすぎるが、見ただけでどっと汗が出てくる。
「クオリメン・リーパー」という香辛料を使っているらしいが、馴染みのない名前で何のことだかわからない。聞いた話では、フォレストピアの農場経営者であるジョン・クオリメンが品種を交配して開発したらしい。
実の形が死神の大鎌のように見えるところから、クオリメン家が作った死神という意味で、これが例の新しい香辛料らしい。
これを口にするということは、食事ではなく、肉体との対話――あるいは自虐に近い挑戦なのだと、五人が五人とも本能で悟った。
「……まぁ、がんばれよ」
最初に言葉を発したジャンは、そう言ってから自分の注文した普通のカレー、ぷにぷにカレーを食べ始めた。これはカレーとオムレツが一緒になった、ココちゃんカレーでの定番メニューだ。
ちなみにラムリーザの注文した冷や冷やカレーとは、熱くないように冷ましたカレーだ。熱いものが苦手なラムリーザにとっては、ちょうど良いカレーであった。
これは、領主特権を使って、出店を許可する代わりに、自分用のメニューを付け加えてもらった結果だった。だから冷や冷やカレーは、今のところフォレストピア店だけの特別メニューだ。
さて、ユコは真剣な顔をしてカレーをかき混ぜている。リリスはあまりの赤さにちょっと引いているみたいで、ソニアの様子をちらちらとうかがっている。
一方、ソニアは三人の中で真っ先にスプーンを突っ込んで一すくいすると、何の迷いもなく口へ運んだ。
「ふっ、ふえぇ――っ!」
とたんに響く、いつものフレーズ。
ラムリーザはある程度予想はついていたので、自分の注文した冷やしカレーをゆっくりと食べながら、ソニアに言って聞かせた。
「無理はするなよ。ただ、注文した以上はできるだけ食べような。残したら、明日から桃栗の里で反省ね」
ミーシャの寝泊まりしている学校指定の寮、桃栗の里は、ラムリーザにとってはソニア懲罰施設になっているようだ。
リリスは苦しむソニアを見てふっと笑うと、続いてカレーを一さじ口へ運んだ。
「ぶふぉっ!」
とたんに噴き出すリリス。そのしぶきが、ジャンの顔に飛ぶ。
「そ、そこまで?」
ジャンは、顔についたカレーのしぶきを指でぬぐうと、「間接キス」とつぶやきながら口へ持っていった。
「ぐ、ぐお、ごご、ごぉ……」
「そ、そんなに?」
これにはラムリーザも驚く。指の先についただけのカレーで苦しんでいるジャン。それをスプーン一杯をほおばったソニアとリリスの苦悶はいかほどか?
「もー、怖くなるからそういうのやめてくれませんの?」
そう文句を言ってから、ユコも続いてスプーン一杯口に運んだ。
「――う、げほっ、ごほっ、ごほっ」
とたんに激しく咳き込むユコ。しかし、熱意はソニアとリリスよりも上だった。
「ええい、ココちゃんぷにぷにクッションのためですの!」
そう叫ぶと、苦悶の表情を浮かべながら二口目をすくって口へ運んだ。
ソニアも、ここで止まるわけにはいかない。完食しないと桃栗の里行きだ。涙目になって二口目にとりかかる。そうなるとリリスも止まれない。ソニアに先に完食されると二連敗してしまう。それだけは避けたかった。
それからしばらくの間、三人は顔を真っ赤にして、だらだらとすごい量の汗をかきながら、休み休みマグマカレーを消費していくのだった。
そんな三人の様子を、興味深そうに、また一方では心配して眺めながら、ラムリーザとジャンは普通のカレーを食べていた。
「そういえばさっきの話だけど、アレオカレーの話をしたらなんでリリスが怒るん?」
ジャンは、ラムリーザの耳元に近づいて、リリスに聞こえないようにしてこっそりと尋ねた。もっとも、今の状態なら普通に尋ねたところで、リリスはたとえ聞こえていたとしても反応することはなかったであろう。
「話せば長くなるけど、一万エルドぐらい使ってはがきを百枚買って、十個ぐらい当たったらしいんだ。でもそれだと一つ千エルドぐらいもした、高すぎるって問題になったことがあるんだ。オークションのときだったっけ」
ラムリーザは、冬に行われたソニアとリリスのオークション勝負のことを思い出しながら説明した。
「へえ、あれを買うやつがいたんだ。あれ明らかに詐欺だろ? はがき自体が普通のレトルトカレーと同じ値段がするのに、当たらなかったらまるまる意味ないじゃん。アレオマニアは狙うだろうが、カレー目当てで買う奴はいないと思うぞ」
「その買ったやつが、リリスなんだよ」
「ほえ~……。でも、リリスのそういうところがまた可愛い」
「そうか?」
「うむ」
リリスファンのジャンは、リリスのどんな行動も肯定してしまうのだった。
ラムリーザとジャンが食べ終わったとき、ユコは七割ほど、ソニアとリリスは五割ほど食べ終わっていた。
三人とも、十数分の間にかなりやつれ、目は涙目で真っ赤になり、鼻水がだらだらで、唇も腫れているように見える、美少女が台無しの状態だった。
「あーあー、ひどくやつれたな。無理するなよ」
ジャンは心配そうに声をかけるが、ユコは無心で食べ続ける。ソニアが一口食べると、リリスも無理して一口食べる。逆にリリスが先に進もうとすると、すかさずソニアも手を伸ばす。
「もうやだ……」
ソニアは力なくつぶやいた。
「残す? ユコだけが完食できたら、ユコがボーカルになるよ?」
ラムリーザは、ソニアが辛さに参っているのはわかっていた。それでも、自分から勝負に乗った以上、簡単に投げ出すのはどうかと思い、少しだけ煽ってみせた。ただし、自分でマグマカレーを食べる気にはまったくならなかった。
ユコはそれほどでもないが、ソニアとリリスはしょっちゅう変なことを始めてしまう。こんな形でもいいから、懲らしめてやろうという気もそこにはあった。
そう言われると、ソニアはともかくリリスは黙っていられない。先日せそ汁勝負で負けている分、今日は絶対に勝つ必要があった。
ユコはプレゼントのため、リリスはリードボーカルを勝ち取るため、ソニアは桃栗の里行きを避けるため、三人はそれぞれ別の思惑で、まるで地獄にある血の池のような、真っ赤なマグマカレーを食べ続けるのであった。
もはや喉は悲鳴を上げ、舌は感覚を失っている。それでも、隣に座るライバルがスプーンを動かし続ける限り、その手は止められない。
「こいつら、見た目の可愛さとは裏腹に、やることはすげーな」
「僕も最初はわからなかったけど、ソニアとリリスは似たようなものだよ」
「そりゃあ好都合だね」
ジャンは、苦悶の表情を浮かべてカレーを食べ続けるリリスを、笑みを浮かべながら眺め続けるのだった。
「かっ、完食っ……」
一番先に食べ終わったのはユコだった。だらしなく背もたれにもたれかかって放心状態になっている。
ソニアもリリスも、あと五分の一ほどで終わりだ。
そこでリリスは最後の力を振り絞ってラストスパートに出た。目をつぶったまま、残りを一気にかき込んだ。そして水の入ったコップを手に取ると、一気に流し込む。この作戦で、リリスも完食、ソニアより先に食べ終わったのでリードボーカル獲得。そのままユコと同じように、背もたれに倒れかかって放心状態になった。
最後に残ったソニアに、ラムリーザとジャンの視線が集中する。
「こ、こっちみんな……」
「残すのは、ダメ」
「ふえぇ……」
ソニアは、水を飲んではカレーを一口、また水を飲んでは一口を繰り返している。飲んだ分は汗となってすぐに体外に放出されているようでもある。
「もうやだ……」
二度目の弱音を吐くソニア。
「ジャン、一口食べてあげる?」
ラムリーザの勧めに、ジャンは首を横に振って拒否する。指先に少しついたものをなめただけで思わず悲鳴が上がるような辛さ。それを食べる気にはならないらしい。
「ん~、あと三口ぐらいかな、がんばれっ」
ソニアは、意を決したように一口食べる。
「……もう味が分かんないよぉ」
最初から味はわからなかっただろうとラムリーザは思ったが、あえて突っ込まずに「あと二口」とだけ言った。
ソニアは水を飲みながら、もう一口を口へ運ぶ。
「げほっ、ごほっ、ふえぇ……」
「ほら、最後だ、がんばれっ!」
というわけで、ようやく三人ともマグマカレーを完食できたのである。
店員が奥から、同じ顔を三つ抱えてきた瞬間、ラムリーザはなぜか嫌な予感しかしなかった。
プレゼントのココちゃんぷにぷにクッションを一体ずつ抱えて歩く三人の姿は、まるで夢遊病者のようにふらふらと危なっかしいものであった。
その夜、ソニアは口の中の痛みが気になって仕方がなかった。昼間リリスに勝負を挑まれて食べることになった激辛カレーは、彼女の口の中にいくつもの痛みを残していた。
上あごが熱く、焼けたような感覚がして、頬の内側は粘膜が荒れ、皮が剥がれたような感じになっている。
「ラム助けて、口の中が痛いよぉ」
「リリスとユコも、今ごろは苦しんでいるだろうな。明日は尻が大変なことになるだろう、ご愁傷様」
「リリスのせいだ! リリスが勝負なんて言うから! しっかしあんな辛いカレー、誰が食べるのよ」
「今日、三人ほど見かけたけどなぁ」
「はぁ、痛い」
「冷やせばいいと思うよ、シャーベットでも食べたらどうだ?」
「うん、そうする」
ソニアは、部屋に置いてある冷凍庫からシャーベットを取り出して食べ始めた。冷たさが口の中を冷やしてくれて、心地よい。
「冷たさで痛みを感じにくくなったよ。また痛くならないうちに、今日はもう寝ようよ」
「ほう、珍しく早寝だね」
「また辛くなる前に寝るの、辛くなったらまたアイスクリーム食べるの」
「はいはい、んじゃ寝るか」
こうしてラムリーザは、いつもよりも少し早い眠りにつくことになったのであった。ベッドの中に入る二人を、二体に増えたココちゃんがソファーの上に並んで、とぼけたような目で見つめていた。