ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
はなく人形「はなくらす」の歌
帝国暦九十三年 朧影の月・不死鳥の日(現代暦:四月下旬)
新年度が始まって、もう数週間が過ぎた。
始業前の雑談タイム。いつもの、そして去年と変わらぬ光景。
ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの仲良し四人組は、それぞれ席を移動して集まり、去年と同じように雑談をしている。微妙に違うのは、リリスが移動して空いた場所にジャンが割り込み、女の子たちの会話に混ざっていることくらいだ。
その傍らでラムリーザは、隣にくっついてきたソニアに背を預け、外の景色をぼんやり眺めていた。今日は屋根の上に、ワライフクロウが留まっていた。そいつが、まるで男二人がわめくみたいに鳴くものだから、今日はやたらと外が騒がしかった。
「『はなく人形はなくらす』って知っているかしら?」
リリスの問いに、ソニアは「知らない」と答える。今日の話題も、いつものリリスのうんちく自慢だ。
「変な生き物よ」
リリスは真顔でソニアに一言で説明する。変な生き物かどうか知らないが、そんな人形は聞いたことがない。そもそもはなく人形とは何か? アニメかゲームのキャラクターか? それに人形と名前がついていながら生き物とはいったい何か? 疑問ばかりが浮かぶ代物だ。
「名前からして気味が悪いですわね」
顔をしかめるユコを気にせず、リリスは解説を続けた。
「無表情な顔、髪の毛は一本も生えていなくて、頭頂部にはとさかのようなものがついているの。それで体つきはずんぐりむっくりとしていて三本足。腕は常に泣いているみたいに目元に当てたままよ。特筆すべき点は、ぴっと光線を発してきて『はなく病』を周囲にばらまくことよ」
「何その気持ち悪い人形、それにそんな病気なんて嫌!」
妖艶な笑みで淡々と説明するリリスに、ソニアは大声で反論する。聞いた内容からすると、ソニアに限らずこの人形を好む人はまずいないだろう。
「はなく病って何ですか?」
ロザリーンの真面目な問いに、リリスは、「は~な~く~、としか喋ることができなくなる奇病よ」と答えた。本当にあるのかないのか、ますます気味の悪い奇病である。
リリスは、ソニアを指差して「ぴっ」と言う。これでソニアは『はなく病』にかかったということらしい。
「はい、これでソニアは、は~な~く~、としか喋れないわ」
リリスはくすりと笑うが、ソニアはそんなまやかしに乗るわけがない。
「なによ、そんなことになるのなら、病原体『はなくらす』の正体はリリスだったんだね!」
「私は『はなく病』を移したから、なんともないの。この病気は誰かに移すと治るの」
「あたしそんな病気になってない!」
「というより、なぜ人形が病気をばらまくのですか?」
相変わらず、ロザリーンは真面目に質問をしている。
「そういう人形なのよ」
ただし、リリスの答えは投げやりだった。
「最初、生き物と言いませんでしたか?」
ロザリーンのツッコミに、リリスは微笑を浮かべただけで答えなかった。
その隣でソニアの文句が炸裂する。
「そんな呪いの人形なんて、ユコだけでたくさんだ!」
話し相手はリリスだったのに、なぜかユコを巻き込んで反論するから話がややこしくなる。
「なんですの! この風船おっぱいお化け! 百三センチ!」
「黙れちっぱい!」
ソニアは、自分から攻撃を仕掛けておいて逆ギレしている。困った娘だ。
そんな意味があるのかないのかわからない会話に、口喧嘩にまで発展した罵り合いまで混ざる。その中でラムリーザは、今年になって変わったことや、今まで通りのものを思い返していた。
まず部活動が大きく変わった。部員数もそうだが、活動内容も変わった。
遊ぶ日と練習の日を分けるというのは、去年の終わりごろから変わらない。遊ぶのはともかく練習は部室では行わなくなっていた。
練習の日、授業が終わるとすぐに部員全員が集まって集団下校をする。そのままポッターズ・ブラフの駅から汽車に乗り、フォレストピアへ向かうのだ。
今年に入ってから、ラムリーザはソニアと妹のソフィリータと共に汽車通学に変わっていた。ジャンやユコもフォレストピアに住んでいるので、時間が合えば一緒に登校する日もある。
ポッターズ・ブラフとフォレストピアの間はアンテロック山脈で隔てられており、汽車はその山を越えるだけで十数分ほどで移動できる。途中で見るオーバールック・ホテルでは、去年、定期的にパーティーに出ていたことが懐かしい。
ラムリーザは、普段の登校では席に座らずにドアのそばにもたれて立っていた。朝、フォレストピアからポッターズ・ブラフ地方に向かう人は少ないので、ソニアはラムリーザに抱きついているし、ソフィリータはラムリーザにもたれかかってきている。ラムリーザは、何気なく両手に花の状態だ。
もちろんソフィリータは、ソニアがラムリーザと付き合っていることを知っているが、二人は常に一緒にいるし、同じ部屋で暮らしている。だから、それ以外の場所ではソニアに遠慮することはない。ソニアが文句を言おうとすると、「お母様にばらしますよ」の一言で脅して知らぬ振りだ。
ただし、ジャンやユコと一緒になったときは、ソフィリータはラムリーザから離れる。ソニアには遠慮しないが、それ以外の人がいるときは遠慮している感じだ。
その辺りが、ところ構わずくっつこうとするソニアと、分別をわきまえたソフィリータとの違い、というわけか。
さて、話を戻して部活の練習日だが、フォレストピアへ汽車で移動するときラムリーザは登校のときと変わらない。ソニアと二人でドアの側にもたれて立っている。
リゲルはロザリーンと一緒に座席に座ってのんびりしているが、そこにミーシャが加わってしまった。最近のリゲルは、もう開き直っているのかもしれない。
ミーシャはロザリーンを気にしているのかいないのか、リゲルに甘えたがるし、ロザリーンもあまり気にしないようなそぶりを見せている。三人の心境がどのようなものか、ラムリーザにはわかるすべもなかった。
ミーシャは一途なところがあり、ロザリーンのほうは、リゲルとミーシャ、そしてリゲルの父親とのあいだの関係を知っているので、むやみに首を突っ込みたくないといった感じだろうか。
ミーシャはリゲル以外では、ソフィリータと一緒にいることが多い。二人で動画を撮影して公開しているらしく、今日も今日とて二人でネタ探しに奔走しているといった感じだ。
もちろん二人のコンビ名であるS&Mはそれなりに人気もあり、ソニアやリリスが少し前に暴走して、意味不明な結果に終わったゲーム実況とは、性質がまったく異なっていた。
ジャンはだいたい学校が終わると、すぐに店、フォレストピア・ナイト・フィーバーの準備をするために帰ってしまう。遊びの日に部室に顔を出すのは毎日ではない。時々のんびりしたいときに、顔を出すといった感じだ。
ジャンの店が本格的に動くのは日が沈んでからだ。下校の時間までのんびりする時間は十分ある。
ジャンのこの行動は実は去年から同じで、学校と店の場所が変わっただけで、やっていることは同じだったのだ。去年は、帝都シャングリラの、シャングリラ・ナイト・フィーバー。今年はフォレストピアで、その二号店の経営に関わっている。
ユコとリリスはいつも通りだ。
今年からユコはフォレストピアに住んでいるので、ジャンの店で部活動をやった日でも楽だが、リリスはポッターズ・ブラフに住んでいるので少々めんどくさがっている。
ジャンは時々リリスを誘っていて、ジャンの店のホテル部分の一部屋を提供しようかなどと言っているが、下心丸出しである。リリスは今は迷っているようだが、この先どうなるかはわからない。
さらに今年からは、レフトールまで部活動に参加してしまった。去年の秋以前は、ポッターズ・ブラフ悪の双璧と恐れられていたが、ラムリーザとの決闘で敗れて以来、ラムリーザに尻尾を振っている。
普段は子分たちと遊んでいるようだが、ラムリーザの影響でドラム演奏に興味をもって以来、練習の日は顔を出すようになっている。クラスも今年から同じになり、ラムリーザたちの近くに座席を確保しているので、よく話に乗ってきていた。
今日も嫌がるマックスウェルを無理やり引っ張ってきて、皆と同じ汽車に乗ってフォレストピアへ移動していた。子分第一号のマックスウェルは、レフトールと違ってバンド活動にさほど興味を示していないようだ。
このように、メンバーは去年の倍近くに膨れ上がり、賑やかさも増していたのだった。
結局、去年より騒がしい。けれど嫌ではなかった。
話が多いのは、去年より生活が動いているからだ。
フォレストピアの駅に着くと、ジャンの店は目と鼻の先にある。
ラムリーザの身内や知り合いへの優遇措置を大いに利用したジャンは、駅前の一等地に店を構えることができたのだ。
民主主義の国だとそういった個人の優遇は問題になりがちだが、この国は帝政である。さらに言えば、各地方の最高権限は領主に一任されているので、ラムリーザの決めたことにあまり文句を言う人はいない。
そもそもラムリーザの一家がこの地方の領主となることが決まったのも、帝国宰相である父親が皇帝陛下に進言して動かしたものであり、一臣民が口出しできるような状況ではなかった。
フォレストピア・ナイト・フィーバー設立の裏には、そういった政治的な事情があったが、部活動で練習するためにスタジオを自由に使ってよいというのも、これまた身内びいきのようなものだった。
この状況に一番満足しているのは、実はレフトールだった。彼が権力者に媚びたり従ったりする傾向があるのは、このような優遇を受けられるとわかっていたからである。
ジャンの店のスタジオに着くと、ジャンは「手が空いたら顔を出す」と言って、すぐに店の準備に向かっていった。
ここからの活動内容は、部室でやっていたときと変わらない。
ラムリーザはレフトールのドラムレッスンをやり、ユコは音楽を聴きながら、楽譜作成をしている。ソニアとリリスはリードボーカル争いをしているし、二人の隙をついてミーシャが歌おうとすると、状況はさらにややこしくなる。
おとなしく活動しているのは、リゲル、ロザリーン、ソフィリータの三人。この三人はメンバーの中では真面目な部類だ。ソフィリータは、熱心にギターの技術をリゲルから学んでいる。
逆に不真面目なツートップが、ソニアとリリスだ。
リリスはソニアからマイクを奪うと、即興で変な歌を歌いだす。今日のキーワードは「はなく人形」らしい。
はなく病のソニアは、は~な~く~、は~な~く~、ボクは「はなく人形」だよ~
胸に百三センチの風船をぶら下げた、「はなく人形」だよ~
一メートルよりも三センチも大きい、摩訶不思議な風船おっぱい~
前人未到のLカップ~
などと、意味不明な歌を歌ってソニアの怒りを一身に浴びていて、その近くではミーシャが笑い転げている。高価なスタジオ設備も、これではおもちゃ同然だ。
そういえば、ラムリーザもリリスも作詞能力は乏しいが、ソニアをからかう歌なら簡単に創れるようだ。今、リリスが披露した「はなく人形の歌」や、ラムリーザがたまに口ずさむ「ロケットおっぱいの歌」など。表に出せないので、まったく意味のない歌にしかならない。
「は~な~く~、は~な~く~――ってちょっと何すんのよ!」
気持ちよさそうに歌っていたリリスが、突然甲高い悲鳴を上げる。ラムリーザは「ん?」となってリリスのほうを振り向いてみると、左足のサイハイソックスがふくらはぎの下あたりまでずれ落ちている。またソニアの謎攻撃、靴下ずらしを食らったのだろう。
なんだかよくわからないが、ミーシャはさらに笑い声を上げていた。
活動が終わり、スタジオの照明を落として最後の一人がドアを閉めた後も、今日の耳の奥には「はなく、はなく」というおかしな残響がこびりついて離れなかった。
変な生き物の名前の由来も、正体も、たぶん誰も気にしない。けれど、くだらない言葉が、こうして今日の景色に混ざっていくのは悪くなかった。
街の灯りがまばらなフォレストピアの夜空を仰げば、ワライフクロウの鳴き声さえ、今の自分たちを祝福する笑い声のように聞こえた。
そんな具合に過ごしているのが、ここ最近の日常だった。
明日になれば、また新しい「変な生き物」が生まれるのだろう。