ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
フォレストピアの夜更けに
帝国暦九十三年 朧影の月・白雪の日(現代暦:四月下旬)
*ソニア作『北の海賊と王子(仮題)』より*
「やーっ!」
ビュッ キィーン ぶん カンッ
「あっ!」
リースの剣が宙を舞う。すばやい動きでリョウはリースの喉元に自分の剣をつきつけた。さすがコーネリア最強と言われるリョウだ。リースも腕を上げているものの、リョウには遠く及ばない。
「まったく、リョウはつよすぎるよ」
「いえ、最後は本気を出しましたが、ボスももう少し筋力がつくと、十分戦えるよ、絶対。十分技術もあるし。なっ、ヤイバ」
「うん」
先日、ガロンによってフィンが落ちたこともあり、コーネリアもいつ戦争になってもおかしくない状況である。そのため戦いの練習にも最近は力が入っているのだ。リースの剣の腕は上達している。魔法はと言えば、やはり無理だった。人間が魔法を使えるのはまれである。
「そういえばリョウ、今日から休暇をもらったんじゃないのか?」
「ああ、そうだな。少しミオのことが心配になってな。無理を言って取らせてもらった」
「でも最後の休暇かもしれないぞ。もう少ししたらガロンが攻めてくるかもしれないからな」
「今日はありがとう、リョウ」
リョウと別れて部屋に帰っていたリースとヤイバに、一人の兵士が近づいてきた。
「ヤイバ隊長、国王がお呼びです」
「分かった、リース様を部屋にお送りしてから行くよ」
「大変だ!」
王の間に大声が響き渡った。大変なのはお前の顔じゃ。
「どうした?」
ずうずうしいぐらいに駆け込んできた変な顔の兵士を、うっとうしいと思いながらも国王は答えた。
「海賊どもが港に上陸し、占拠いたしました」
はあ……この変な兵士、海賊に敬語使いよる。というのはどうでもいいが。
「海賊が上陸するとは……。ちっ、兵を出せ! ……もうさがってもよいぞ、不気味な顔の男よ」
「なっ、このやろ~黙って聞いていたらいい気になりやがって!」
ガコッ
ハイキックが変な顔の後頭部を捕らえた。国王に向かって何を言うのだ。
「何の御用でしょうか」
「ヤイバか。たいした用ではないのだが、なんだかいやな予感がする」
「国王陛下……ガロンには飛空挺もあり、いつ攻めてくるかはわかりません。しかし、先日のフィンとの戦いで少なからず損害は出ているはずです。ガロンが立て直すまでには、こちらも万全な戦闘体制を整えることができましょう。そんなに不安にならないでください」
「心強いことだな。しかしなぜだか知らないがいやな予感がするのだ。北から……」
「北、ですか?」
おかしなことを言うもんだ。北は海しかない。
***
フォレストピアにある、ラムリーザの屋敷。
「何をしているんだソニア?」
休日の夕方。そろそろライブのため、フォレストピア・ナイト・フィーバーへ出かける時間だ。
ラムリーザは、珍しくゲームをやっていないソニアを見て尋ねてみた。ソニアは昼過ぎから、部屋のテーブルにつき、マイコンで何やら文章を書いていた。
「ん、物語を書いてるの」
「ほう、ソニアが物語作りをね。いったいどういう風の吹き回しなのやら」
「えっとね、『物語を作ろう』ってサイトがあってね、そこに物語を投稿したら、書籍化されてアニメ化されてうはうはなんだって」
「何がうはうはなのかがよくわからないが、ソニアの作った物語なら読んでみたいな」
「ん、まだ書き始めたばかりだけど、こんなところ」
そこでラムリーザは、ソニアの書いた物語とやらを読んでみた。
物語は剣技の練習から始まり、王の間での会話では、国に海賊が攻め込んできたという展開になっている。
まだ序盤も序盤で、主人公はこれから海賊退治に向かい、スリリングな展開になるのだろう、と予測できた。
「主人公は、リョウっていう戦士かな?」
「んーん、訓練を受けているリース王子」
「王子だったのか。それで、大変な顔って何?」
「あ、そいつは荒汚蛮巧って奴だから。出てきたら汚れるの」
「それはまた凄い名前だな……。ま、それはそうとして、そろそろ出かけるよ、ライブの時間だ」
出ると汚れるという意味がよくわからなかったが、それ以上の追及はひとまず置いて、二人はフォレストピア・ナイト・フィーバーへ出かけていった。
このソニアが執筆した物語が、後に小さく火種になるのだが、それはまだずっと先の話である。
ジャンの経営するシャングリラ・ナイト・フィーバー二号店、通称フォレストピア・ナイト・フィーバーは、音楽を聴きながら食事をするナイトクラブであった。
帝都では一流のナイトクラブだが、フォレストピアで一流になるかどうかは、これからの働きで決まってくる。ただ、現在そういったナイトクラブがフォレストピアにはここ一つしかないことが強みだった。独占の強みと怖さ、その両方をジャンはうまく利用していた。
現在、生演奏をしているのはラムリーザたちが作ったバンドのラムリーズだけ。一組だけでは回らないし、出演も週に二回だけだった。それ以外のときは、ジャン自らが弾き語りをするか、レコード音源を流しているだけだった。
だが、今日からラムリーズの負担が減ると同時に、生演奏のバリエーションも増える。
レグルスをリーダーとするバンド、ローリング・スターズが参入したのだ。彼はリゲルの中学時代からの友人だ。去年、私立ファルクリース学園の文化祭でラムリーザたちとも顔を合わせている。
ローリング・スターズは、ラムリーズほどは演奏が上手ではないが、それを補って余りある、粗削りな勢いのあるグループだった。
「今日から演奏のローテーションに加わってもらった、リゲルからの紹介があったローリング・スターズの皆さんだ」
「あっ、下手――むーっ、むーっ、むーっ」
余計なことをソニアが言いそうになったので、ラムリーザは慌てて口を塞いで代わりに挨拶した。去年遠征した文化祭での、冷え込んだ空気は忘れられない。
「去年の文化祭ぶりだね、久しぶりだなぁ」
「ああ、あのときはピンチヒッター助かったよ」
リゲルは何度か会っていたようだが、ラムリーザや他のメンバーにとっては久しぶりの顔合わせとなった。
「むー、きーらきーらは歌わせないぞ」
ソニア一人だけ、お気に入りの歌を取られないように予防線を張っていた。
夕刻から夜更けまで、それぞれの持ち時間は一時間ごとに交代して二度行うというローテーションでやっていくことにした。あとは、平日の担当日を別に持たせるとか、そういった具合だ。
「この辺りはやっぱり田舎だな、バンドがあまりないよ。一曲や二曲をゲリラライブで演奏できるだけのグループは使えないし、やっぱり一度に一時間は演奏できないとね。その辺り、帝都ではいろいろあったけど、この地方だとなぁ」
ジャンは、待ち時間にのんびりと待機しているラムリーザにぼやいた。帝都と違って、西の果てポッターズ・ブラフ地方は、のんびりしている人も多いし、そもそも人口の絶対数が少ないから仕方がない。
「それじゃあ、ラムリーズとJ&Rで掛け持ちして、バンドが増えたように見せかける?」
「運営とライブの掛け持ちかぁ。ソニアとソフィリータはどうするのかな?」
「あの二人は、体力だけは無駄にあるから大丈夫だと思うよ」
二人が聞いたら怒り出しそうなことを、ラムリーザはさらっと言ってのけた。だがしかし、嘘ではない。
「帝都の一号店は、どうやってグループを集めたのだ?」
今度はリゲルがジャンに尋ねる。
「一号店は知名度も資金も十分にあるから、好きなだけプロと専属契約を結べたんだ。でもここはまだそこまで資金に余裕はないんだよね。でもまあ君たちのような学生バンドだと、制限はつくものの安く済むから助かる。ラムリーズは、コストパフォーマンス最高だよ」
「田舎の新開地に進出するのは、時期尚早なのではなかったかな?」
リゲルの指摘に、ジャンは首を横に振って答えた。
「一番乗りで独占させてもらっているところが将来生きてくるんだ。それになぁ……」
ジャンはラムリーザのほうをじっと見つめながら言葉を切った。
「それに何だ?」
見つめられてラムリーザは問いかける。
「ラムリィと、もっと一緒に気楽に遊びたかったからな。去年一年、離れ離れになってそう思ったんだ」
「僕もだよ」
ラムリーザは、ジャンにそう言われて嬉しかった。ジャンも、少し照れくさそうに視線を泳がせ、手に持ったグラスを軽く回した。
「ビジネスなんてのは、後からついてくるもんだよ。まずは、ラムリィたちと一緒に笑える場所が欲しかった。それだけさ」
ジャンの言葉には、帝都の喧騒を離れ、あえてこの未開の地に賭けた「親友への思い」が含まれていた。
「ふっ、腐った奴らの標的になりそうな二人だな」
「どういう意味だ?」
「そういう意味だ」
ラムリーザとジャンの仲を、リゲルは茶化す。
「まあとにかく、一番乗りで独占することを考えすぎて、バンドを集めるのを疎かにしていた。そこが失敗だったと思ってる」
ジャンは、二号店の話が出てからの半年を振り返って、そう考察していた。とはいえ、この手の店はまだ一軒しかないし、ジャンの要望もあって、ラムリーザは同種の店の乱立には制限をかけられる。ゆっくりと店を育てていけばいいだろう。
ラムリーズのメンバーは膨れ上がったが、元のメンバー構成に戻して、ミーシャとソフィリータのS&Mを出す手もあるだろう。
「ミーシャか。それよりもいい手がある」
リゲルは、ジャンに提案をした。彼の提案は、弱点を知った上で勧めてくる場合があるから、そこを気をつけなければならない。
「ユライカナンとの交流も兼ねて、ユライカナンのバンドを招いてみるのはどうだ?」
「それはいいね」
ラムリーザもリゲルの案に賛同した。
「そうだな、こういう時に言葉の壁がないのに、つくづく感謝するよ」
「何だそれは?」
「どこぞの世界では、巨大な塔を建設して天に住む神の世界まで支配してやろうと考えた王がいてな、そのことが神の怒りに触れて言葉をばらばらにされた、という設定の物語を読んだことがあるんだ」
「この世界にはそんな塔は建たなかったから、言葉の壁がないというわけだね」
「そういうこと」
リゲルやジャンの言うとおり、エルドラード帝国とユライカナンの間に言葉の壁はなかった。その二国間だけでなく、他の国もそうである。違うものがあるとすれば、それは竜語など後から作られた言語ぐらいだ。この世界では、基本的にすべての人間が同じ言葉を使っているのだ。
「ユライカナンといえば、ラムリーズも国外デビューしてみないか?」
唐突にジャンが提案してくる。しかしラムリーザは冷静だ。
「国内でもデビューしていないのに、いきなり国外デビューっておかしくない?」
「まあいいんじゃないの? 今はレコードが主流だから、今度レコードを作ってみようか。ユライカナンのバンドを探すついでに宣伝してあげてもいいぞ?」
「いや、ユコが作ってくれる楽譜は、ゲームとかの音楽ばかりなんだけど、それで出して大丈夫なのか?」
「使用料を払えばいいんじゃないかな?」
冷静に突っ込むラムリーザとは逆に、ジャンは割とのんきである。しかしレコードを出すといっても、国内よりも先に国外へ出すのも妙な話である。ラムリーザは、この場ではたんなる夢物語だとだけ思っていた。
「あ、そろそろライブ交代する時間だね、行ってくる」
「ん、よろしく頼む」
そう言って、ラムリーザはジャンとの雑談を終わらせ、メンバーを率いて舞台へ上がっていった。
後半の一曲目は、新人ミーシャの歌から始まった。
あたしのくるくる回る指先は、あたしが見たいと思う気持ちでいっぱいなの~
そしてあなたは、ぽわぽわじゃ会えない午後に、ふわっと浮かんでいるんだよね~
いつも一番愛する人の近くにいたいな~
あたしはあなただけを見ているのよ~
それだけで幸せ~
ミーシャは踊りながら楽しそうに歌っている。ミーシャの甘い歌声が、客席の熱気と混ざり合い、できあがったばかりのフォレストピアへ流れていく。
ソニアが文字にしていた冒険は、まだ机の上に置きっぱなしだ。けれど今夜は、こちらの舞台が先だ。
すべてがまだ「未完成」だからこそ、この夜更けは、終わらない物語の続きのように温かかった。
こうして今夜も、フォレストピア・ナイト・フィーバーの時間は過ぎていくのであった。