ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
のだま対戦 脚力の妹、不注意の兄
帝国暦九十三年 朧影の月・詩歌の日(現代暦:四月中旬)
カツッ!
ソニアの投げた第三球目、ボールはラムリーザが強振したバットの下側にかすった。
結局ラムリーザも、ボールをうまく捉えることができず、投手前へのゴロになってしまった。しかしソニア相手なら、それでも十分な攻めになる。
胸が極端に大きいソニアは足元の視界が悪く、転がってくるボールを足元で受け取るのが苦手なのだった。
ラムリーザは一応当てたので、ミーシャと違って一塁目がけて駆け出した。同時にソフィリータも、二塁から本塁目がけて全力疾走だ。
ソニアがボールをなんとか拾ったとき、目の前を駆け抜けていくソフィリータが目に入った。本塁へ突入されたら点を取られる! ソニアはそう思ったが、本塁へ投げようと迷った一瞬で、ソフィリータはホームを踏んで駆け抜けていた。ラムリーザチームは、投手前へのゴロ三連打で一点を取ったのだった。
ソニアが本塁への送球を迷っているうちに、ラムリーザも一塁に到達した。ソニアのピンチはまだ続く。
「これから始まる、長い攻撃、打てばヒットの連続!」
なんだかミーシャも、即興で応援曲を作っている。
次に、四番打者のリゲルが、ゆっくりと右打席に入った。そして、バットを水平に差し出して、ソニアを見つめてにやりと笑った。最初からバントで投手前に転がす作戦に出たようだ。
その構えを見て、ソニアはむっとする。正面に転がされたら捕球しにくい、それを狙っているのが見え見えなので腹を立てた。しかし、ラムリーザを相手にしているときの絶望感はなかった。ソニアにとって心の支えだったラムリーザと違い、リゲルはもともと敵のようなものだ。今さら怯む必要はない。
そのとき、ロザリーンがタイムを要求した。そのままソニアのところへ駆け寄っていく。
「何よ! 交代しないからね!」
ソニアは、ロザリーンが投手交代を求めたものだと思って声を荒らげた。
「違うの、ゴロの捕り方を思いついたから試してもらおうと思って来ました」
「何よちっぱい! ローザはちっぱいだから捕りやすいって言いたいんでしょ!」
「落ち着いて、カッカしたらリゲルさんの思う壺よ。ちょっとボールを貸して、それとゴロを転がすから、身体を右向きにして転がるボールを見てみて」
ロザリーンはソニアからボールを半ば強引に取り上げ、少し本塁側に歩いてからソニアを目がけて転がした。
ソニアは不満そうな顔をしながらも、言われたとおりに身体を右横に向けて、転がるボールを見てみた。すると横から見れば、巨大な胸が視界を遮らずに、グラブを差し出して捕球することができたのだ。
「ほら取れた。あなたは階段を下りるとき、いつも横歩きで下りているでしょう? あの要領よ」
ロザリーンは、もう一度試すように同じ行動をさせてみる。ソニアは身体を右に向け、グラブをはめた左手を差し出して、ボールを捕球できた。
ソニアは、安心したような、それでもやっぱり納得がいかないような顔をしていたが、ロザリーンの言うやり方でうまくいったので、先ほどまでの苛立ちはすっと引いたようだ。
「体の正面で捕球しろ、というセオリーが通用しない奴だな」
リゲルはふっと笑ってそうつぶやくと、バントの構えをやめて普通の構えに戻した。
「セオリーどおりにいかないですの、だって相手は風船おっぱいお化けですもの」
リゲルの言うセオリーの意味についてはよくわかっていなかったが、ユコはそう言って茶化した。
「リゲル君だったかな? さっきから情けないバッティングが続いていて、おっちゃん悲しくなってくるよ。君なら気持ちいいヒットを見せてくれるかな?」
審判をやっているごんにゃ店主は、相次ぐお粗末な攻撃にがっかりして、リゲルに期待を寄せた。しかしリゲルは何も答えずに、素振りを見せるだけだった。
ソニアのリゲルに対する一球目!
しかしリゲルは、じっと構えたまま動かなかった。
「ボールゥ!」
巻き舌宣言は相変わらず。
「つまりそういうことだ。あいつらはクソボールをぶんぶん振り回していただけなんだ。これではまともなヒットになるわけがない」
そんなに投球に慣れていないソニアの投げる球は、あまり良いものではなかった。ただし、フォアボールのルールは採用していなかった。ボール四つでカウントリセット。素人投球前提での特別ルールを適用していた。
ソニアの二球目は、すっぽ抜けた。大きく右にそれて、リゲル目がけて一直線。
リゲルは、左手をバットから離すと、飛んできたボールをそのまま素手で受け止めた。
「力むからクソボールになるんだ。力を抜いて綺麗に投げてみろ」
そう言って、ソニアにボールを投げ返した。
ソニアは「フン」と鼻を鳴らしたが、今度は力まずに軽く投げた。文句は言うが、ソニアは案外素直だ。
しかし、少しスピードの落ちたボールは、打ちやすいコースに入ってしまった。リゲルはボールから目を離さず、無心で振り抜いた。
パコーン!
心地よい音が鳴り響き、ボールはソニアの頭上を越えていった。クリーンヒットだ。
ロザリーンは懸命にボールを追いかけたが、ラムリーザは悠々本塁まで戻ってきて、リゲルも一気に二塁まで進塁できた。
ソニアは、芝生を乱暴に蹴りながら、二点を失ったことで再びイライラし始めた。
打者は再び一番に戻り、ソフィリータが右打席に入る。しかし何を思ったか、左打席へ移動して、先ほどリゲルが見せたように、バットを水平に差し出して構えた。最初からバントするつもりらしい。
そのとき、リリスは再びソニアの側へ駆けてきた。
「交代しましょ、あなたは冷静じゃなくなっているわ」
「やだ! あたしが投げる!」
「じゃあ気分を落ち着かせなさい、このままだと大量得点されて負けるわ」
「むーっ」
負けるのも嫌だし、リリスに交代するのも嫌なソニアは、その場で深呼吸をして気分を落ち着かせた。ここからは下級生二人。この二人を抑えて攻撃を終わらせよう。
そう考えながら、ソニアはソフィリータに対して第一球、投げた!
ソフィリータは、バットを振り回さずにボールに合わせて当てた。コンッと軽い音を立てて、ボールはバットに当たった。バントで当てることに成功したようだ。当たると同時に、ソフィリータは一塁目がけて全力疾走。
ボールはころころとソニアの正面へ転がっていく。ソニアは身体を右に向けて、転がってくるボールをしっかり視界に入れて捕球した。本塁に走りかけていたリゲルは、ソニアと目があって二塁へ戻った。
ソニアはリゲルを牽制した後、素早く一塁へ送球する。しかしソフィリータは、ボールよりも早く一塁を駆け抜けていた。長い脚が地面を叩くたび、景色が一歩ずつ後ろへ流れていく――そんな速さだった。
「ちょっと何この娘、足速すぎ――あ……」
リリスは自分がボールを受け取るよりも早く駆け抜けたソフィリータを見てぼやきかけたが、あることを思い出して思わず声をあげる。
ソフィリータの足を見て、リリスは思い出した。ショートパンツから伸びるソフィリータの足は、白いサイハイソックスに覆われているが、その筋肉量は布越しにもよくわかる。ソフィリータの脚力は、蹴り技だけでなく走力にも存分に発揮されていた。
ソフィリータのバントは、ソニアの守備の穴をつくやりかたではなく、たとえうまく捕球されても先に一塁まで駆け抜けることができる、という自信からくるものだった。また、左打席に移動したのは、少しでも一塁に近い打席を選んだだけなのだった。当てるだけなので、右も左も関係ない。そういうことだ。
リゲルが動かなかったため、満塁となった。ソニアのピンチはまだまだ続く。
「ミーシャちゃん、打順が回ってきたよ」
蝶々を追いかけていたミーシャにラムリーザは声をかける。
「ミーシャ打てないから、太鼓打ちのおにーちゃんが代わりに打って」
「そういうわけにもいかないよ、さっき当てたじゃん。今度は当てた後に走れば、リゲルも褒めてくれると思うよ」
「ほんと~? じゃあミーシャ打つ」
なんとも言えないのほほんとしたやり取りがあった後、二番打者のミーシャは右打席へ入った。
ソニアは、相手が頼りないミーシャなので、気分を落ち着かせて第一球、投げた!
ミーシャは思いっきりバットを振り回すが空振り。
「ストオォルアァ~イクゥ!」
リゲルに言われたこともすっかり忘れ、目をつぶって強振している。これではだめだ。ラムリーザは、ツーアウト満塁で自分に回ってくる、なぜかそう確信していた。
「ストオォルアァ~イクゥ! バッター、アウッ!」
二球目も三球目も空振り。結局三球三振で、ミーシャの打席は終わった。
「当たらなかったぁ。リゲルおにーやんに怒られる!」
「仇は僕が取ってあげるさ」
ラムリーザは、二度目の打席へ向かっていった。
一方、三振に打ち取ったことで、ソニアは気分をよくしていた。このまま次の打者も抑えて――
「ふえぇ……」
神主打法で大きく構えたラムリーザを見て、ソニアは思わず小さく悲鳴をあげた。またラムリーザとの対戦がやってきてしまったのだ。
いつも格闘ゲームではラムリーザに積極的に勝負を挑んでいるが、スポーツの「のだま」では、そうもいかないようだ。そこのところのソニアの考えとしては、一対一のゲームならラムリーザとどれだけ勝負してもいいが、味方という概念が生じるチームを組んで戦うゲームで、ラムリーザと敵対するのが嫌なだけだった。
ソニアは、敵としてじっと見つめてくるラムリーザも嫌だったし、ミーシャがラムリーザを応援しているのも嫌だった。
ラムリーザは、神主のように構えたバットをわずかに上下に揺らし、ソニアがボールを投げてくるのを待っていた。しかしソニアは、なかなか投げてこない。
「おーい、早く投げてこないと、遅延行為で反則を取るぞ~」
審判をやっているごんにゃ店主に呼びかけられて、ソニアは仕方なくラムリーザに対して一球目を投げた。空振り!
「う~ん、当たってくれないものだね」
「スイングはさっきのリゲル君より鋭いから、芯に当たりさえすれば凄い打球が飛ぶと思うんだけどねぇ――あ、ストライクね」
「振らなかったらボールだよね?」
「まあね」
などとラムリーザとごんにゃ店主が話をしている隙に、ソニアは第二球を投げた。これにはラムリーザも対応できず、見逃しだ。しかし――
「こらこら、打者が構える前に投げたらそれはボークになるぞ」
打者と正対する前に投球すると反則になるらしいが、のだまに詳しい店主ぐらいにしかわからないルールだ。
とりあえず今の球はノーカンということで、次に進むことになった。ボールにしてもいいのだが、どうせフォアボールもノーカンにするからあまり意味はない。
ソニアとしては、ラムリーザが構える前に仕留めようとしたのだが、残念ながらそれは反則。
というわけでラムリーザが構えたところで、ソニアは敵として向けられるラムリーザの視線に耐えながら投げた。
カツッ!
またかすっただけ。しかし、今度はバットの上のほうにかすった。ボールは浮き上がるように飛び、ソニアの頭上をふわりと越えた。
ロザリーンは打球を追いかけたが、もう少しというところで届かなかった。ボールはころころと外野へ転がっていく。人数が少なくて中堅を守る人がいないので、ボールはロザリーンが追いかけるしかない。
二塁ランナーのリゲルは悠々とホームイン。
ロザリーンがボールに追いついたとき、一塁ランナーのソフィリータも、二塁を蹴って本塁へ突入しているところだった。
ロザリーンは、本塁を守るユコへボールを投げたが、ソフィリータはボールよりも早く本塁を駆け抜けていってしまった。
「何あの子、相当足が速いのですね」
ロザリーンは敵ながら感心してしまった。思ったよりも、ソフィリータの運動能力は高い。男子と下級生の女の子というチーム分けにしたが、ミーシャはいいとしてソフィリータは普通――いや、それ以上に戦力になっている。
ラムリーザの記録は、走者一掃のタイムリーヒットになった。
「もうやだ!」
ソニアが文句を言ったところに、リリスが再びやってきた。
「ボールを貸しなさい」
「やだ! 交代はしない!」
それでもソニアは、投手を交代する気はないようだ。
「いいから貸して」
リリスは、強引にソニアからボールを奪った。打席には、先ほど走者として戻ってきたばかりのリゲルが入っている。冷たく睨みつけてくるリゲルと、不満そうにイライラしているソニアの目が合った。
リリスは一塁へ戻っていって、プレイが再開された。しかし、ソニアはリゲルを睨みつけたまま、なかなか投げてこない。そのときである――
「タッチしたよ!」
リリスが大声で宣言した。
「えっ?」
ラムリーザは、何が何だかわからなかった。
ラムリーザは、一塁ベースからほんの少し足を離していた。その瞬間、リリスにボールを腹部へ押し当てられたのだ。
「おまっ、なっ……」
打席に立つリゲルも呆然としている。
「ん? ランナーアウト! って隠し球かよ!」
審判の店主も驚いている。
「というかラムリーザ! さっきリリスがソニアからボールを思いっきり奪っていったじゃないか!」
「しっ、知らんっ! 見てないっ!」
「いや、見てろよ!」
なんだかリゲルも白熱してラムリーザと言い合いを始め、ミーシャはそんな二人を不思議そうに眺めていた。
とにかく、四点も入った長い攻撃は終わり、再びソニアチームの攻撃が始まった。
勝っているのに、ラムリーザは負けた顔をしていた。点じゃない。自分の「うっかり」が、いちばん悔しい。
四対零。数字の上では圧倒しているはずなのに、ラムリーザの腹部には、先ほど罠のように押し当てられたリリスのボールの感触が、苦い後味となって残っていた。
四点取って、最後に一つ落とす。これが、素人がやるのだまの味だ。