ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ありがとうの代わりに
帝国暦九十三年 朧影の月・賢者の日(現代暦:四月中旬)
「はい、誕生日のプレゼントですの」
この日、ラムリーザは屋敷にユコを客として迎えていた。自分の部屋に通したあと、ユコの第一声がこれであった。同時にユコは、ラムリーザに両手サイズの包みを差し出した。
「え? ああ、そうか。ユコ式の誕生日祝いだね。ありがとう……で、いいのかな?」
「ぎこちないんですのね、相変わらず」
「いや大丈夫、ありがとう。開けてもいいかな?」
「うん、いいですの」
ややぎこちないやり取りのあと、ラムリーザはユコからもらったプレゼントを開けてみた。中にはなんと、ドラム用のワイヤーブラシが入っていた。
「おおっ、これは前から欲しかったんだ。ありがとう、大事にするね」
「ラムリーザ様、感情が追いついてませんの」
「……ごめん」
ラムリーザは、こればかりはどうも馴染めなかった。
フォレスター家にとって誕生日というものは、本人を祝うのではなく、これまで育ててくれてありがとうございます、と両親に感謝する日だ。そういうしきたりの中でこれまで育ってきたので、祝われる側に慣れていなかった。
そのしきたりの影響で、同じく初めて誕生日を祝ってもらったソニアは、去年の冬、シャングリラ・ナイト・フィーバーのステージで情緒が壊れた。
「まあいいですの。ブラシで演奏してもらう曲の楽譜も作りたいので、これは私のためでもあるんですの」
「それはよかった。ブラシ奏法も練習しておくよ」
そこに、これまでずっと黙ってやり取りを見ていたソニアが、横から割り込んできた。
「あたしにくれるプレゼントは?」
ソニアは、ラムリーザの誕生日に自分もプレゼントをもらう気満々でいるようだ。
「は? なんであなたにプレゼントしなくちゃいけないんですの?」
「ラムにプレゼントしたらあたしにもするべき!」
「意味わかんないですの。今日はもう遅いから帰りますね」
ユコはソニアに付き合いきれず、帰ることにした。学校でプレゼントを渡せばよかったのだが、家に忘れてきたのでいったん帰宅してから渡しに来たのだ。
ソニアがしつこく絡んできて鬱陶しいので、ユコは「じゃあプレゼントあげるから両手を出して」と言って、懐から何かを取り出した。
ユコは取り出したものをソニアに握らせて、その隙に部屋から出ていった。ソニアの手の中には、一エルド銅貨が握られていた。
夕食後、ソニアとソフィリータが退席すると、ラムリーザは母親のソフィアと差し向かいになった。メイドと執事も同じテーブルに座っていた。
「十七年前、あなたはこの私から生まれました。父親はラムニアス。フォレスター家の次男です」
ソフィアは、ちょうどいい機会ということで、ラムリーザの生まれた年の話を始めた。ラムリーザは、真面目な顔で話を聞いている。
「その当時、ラムニアスは高級文官の取りまとめ役でした。出世するのはもう少し後です。あと、この二人を雇ったのは、その四年前、あなたの兄のラムリアースが生まれたときでした」
ソフィアの言うこの二人とは、今一緒にいるメイドと執事のことだ。フォレスター家での子育てが始まったときに雇った者たちだ。
そのこと自体はあまりラムリーザ自身には直接関係ないのだが、その四年後にラムリーザも生まれるわけだし、ちょうど良いお手伝いさんとなったわけだ。
「あなたを身ごもってしばらくしたとき、私はメイドと執事が親しい関係になっていることに気がつきました。特に禁じていたわけではないので、自然な流れだったのでしょう。そのときに、夫婦となったメイドと執事に話をしたのです。同じ年の友人がいるのも良いと考えました。その年にあなた方も子を授かれば、ラムリーザと兄弟同然に育てられるでしょう、と。男の子なら、一生仕える腹心として、女の子なら身の回りの世話をさせる女官として」
それが、フォレスター家メイドと執事の娘、ソニアとなったのだ。ソニアは、ラムリーザから約半年遅れて生まれた。
ラムリーザは、笑うべきか頭を抱えるべきか迷った。どちらにせよ、今さら母の予定通りには戻れない。
「しかしこちらのそうした予定を踏み越えて、婚約候補になるのだから困りますね」
「いやごめん、でもしょうがないよ。まあ一年前に帝都に残ったままだったら、ひょっとしたらここまで関係を進めていなかったかもしれないけどね」
一年前に、この地方を開拓すると決め、ラムリーザは移転することになった。そのときに、ソニアと別れるのが嫌だということで、無理やり恋人関係に押し上げて、同行させたのだ。
しかし身の回りの世話をさせる女官、か。むしろ今のソニアは、ラムリーザが身の回りの世話をしている感じのほうが強い。ソニアに身の回りの世話をしてもらっている場面を、ラムリーザはイメージできなかった。
ラムリーザの目の前にあるのは、泣いたり笑ったり、時にはわがままを言ってラムリーザを困らせる、自分の意志を持った一人の少女だ。運命という名のレールを自ら脱線し、懸命になってつかみ取ったこの関係。それを「しょうがない」と呼ぶには、あまりにも愛着が深すぎた。
「去年一年間、この地方のパーティに参加しましたが、ソニア以外に候補に挙がる相手は見つからなかったのですか?」
名家の令嬢との縁談。それを目的にパーティに参加させたのが、ソフィアの狙いだった。
「いやぁ、ソニアもパーティに連れていっていたし、ソニアしか考えていなかった。僕はね、ソニアが好きなんだ。今さら他の女の子とは付き合えないよ」
「今日来ていた子は、何者ですか?」
「今日? あ、ユコ? 彼女は友達だよ。ユコの家では、誕生日に本人を祝ってもらう習慣があるみたいだから、プレゼント持ってきたんだ。まあそれは半分は、ユコ自身のためのものだったけどね」
「それでパーティに今年から参加しなくなったのですね」
「いや、それはこの春休みに話した通り、最近の話題がフォレストピア開発中心だったので、いっそのことそちらをメインにした場を設けたほうがいいと考えただけだよ。とにかくソニアは、やんちゃで無茶もするけど、そこが面白い子なんだ、見ていて飽きないよ。それに僕を慕っている、僕には素直な子だよ」
「いいですよ。優しくしなさい。大切にしなさい」
ソフィアは、ラムリーザがソニアと付き合うことには反対していなかった。長男ではなく次男という気楽な立場でもあったし、他の名家と縁組をしなくてもすでに十分な影響力を持っているということもあったのだ。
他の家が権威を求めて求婚してくる可能性も大いにあったが、ラムリーザはそういうものを受けるつもりはまったくなかった。
ラムリーザが母親たちとの話を終えて部屋に戻ると、ソニアはゲームをしながら待っていた。この屋敷にはソニアの部屋もあるが、ほとんど使ったことはなく、今夜も同じだった。
ソニアの座っているソファーの隣に腰を下ろすと、ソニアはゲームのコントローラーを置いて、ラムリーザに寄り添った。
「ねぇ、誕生日のプレゼントあげようか?」
「ん? ソニアもユコ式誕生日にするのか?」
「うん、だってお母さんにありがとうって言うより、プレゼント貰うほうがいいもん。だから、今日ラムに何でもしてあげるから、あたしの誕生日のときもお願いね」
「ほーお、何でもしてくれるねぇ。そんなこと簡単に言ったら、ジャンみたいなエロ助が来て――」
ソニアは、最後まで言わせず、抱きついた。ラムリーザは、ああ、そういうプレゼントなのねと理解した。去年散々遊んできたので、今さら「何でもしてあげる」と言われても、何をやろうか困ってしまう。
「ラムのためだったら何でもするよ」
「わかった、だがちょっと待て」
ラムリーザは躊躇したわけではない。ソニアから一旦離れると、入り口のほうへ向かっていき扉に鍵をかけた。
こんなこともあろうかと、屋敷の建築中、最後のほうで部屋一つ一つに鍵を設置するよう頼んだのだ。自分の部屋だけだと怪しまれる。だからすべての部屋に付けてもらった。
ソニアもソファーから立ち上がって、ラムリーザのほうへやってくる。
「待て」
さらにラムリーザは、ソニアを制した。そのままソニアを立たせた、自分はソファーへ腰掛ける。
「どうするの?」
「何でもするよ、なんて言ってたら、悪いおじさんたちが寄ってくるから気をつけようね」
「ふぇ?」
ラムリーザは、ソファーに深くもたれて、立ったままのソニアに注文をつける。きょとんとするソニアに、念を押すように言った。
「今さっき何でもするって言ったよね?」
その言葉を聞いてソニアは一瞬固まったが、すぐに開き直ったような顔つきになった。
何を思ったか、突然ラムリーザの前で踊り出した。といってもその踊りは、いつものライブ前に舞う不思議な踊りだった。
「それは何かな?」
「祝福の舞!」
「祝福になってるのやら……」
するとソニアは、突然カーディガンのボタンを外すとその場で直立して、両腕を組んでしばらく動きを止め、次の瞬間バサッとカーディガンを後方へ投げ飛ばしてファイティングポーズを取った。
ラムリーザは、なぜかソニアの今の行動には見覚えがあったが、そのときは思い出せなかった。
素足にキャミソールとミニスカートだけになった姿で、まるで格闘ゲームのキャラのように構えたまま身体を上下させるソニアに、ラムリーザはさらに注文を重ねてみた。
「キャミソールを外してみようか」
「ふぇ?」
「冗談だ」
ソニアは再び固まったが、すぐに構えなおし、ラムリーザに突進してきた。またプロレスだろうか。
いや、違った。
ソニアはラムリーザの目の前ででんぐり返し。続けて足を振り上げ、左、右とかかと落としのように蹴りを刻む。その次はしゃがんで正拳を突き、立ち上がって中段蹴り。もう一度でんぐり返し。そんな動きを延々と繰り返した。
「ハメ技かよ……」
ラムリーザは、ソニアのその動作で、格闘ゲームの嫌なキャラを再現しようとしているのがわかった。そう考えると、先ほどカーディガンを脱ぎ捨てた動作は、そのキャラが戦闘前にマントを投げ捨てる動作の再現だと思えた。
それならラムリーザも格闘キャラになりきって対応すべきだ。
ソニアが立ち上がったところで、正面から腕を回して抱きかかえるように持ち上げた。そのままぐいぐいと、ソニアの胴体を腕で締め上げる。
プロレスならベアハッグだが、ここは鯖折りとでも言っておこう。年末のプロレスごっこのときと違い、腕ごと抱え込んだので、ソニアは反撃できないだろう。
「ふえぇ……」
動けないソニアは、小さく悲鳴をあげた。今日はラムリーザの誕生日という特別な日だから、今回は勝たせてもらえそうだ。
腕の中に収まるソニアの身体は驚くほど柔らかく、微かに高鳴る鼓動が薄いキャミソール越しにラムリーザの胸へと伝わってくる。
窓の外はフォレストピアの静かな夜だった。けれど、この鍵をかけた一室だけは、世界で一番騒がしく、そして一番温かな熱に満たされていた。
「よし、いい感じだね。このまま締め上げようかな?」
「もう勘弁してよぉ」
「じゃあ、靴下を履こうか」
ソニアは一瞬嫌そうな顔をしたが、ラムリーザが放してやると、すぐに制服のサイハイソックスを履いてからソファーに腰掛けているラムリーザのほうへ近づいていった。
ラムリーザは、待ってましたとばかりに――。
………
……
…
ラムリーザの誕生日であるこの日、ラムリーザはぴちぷにょを存分に楽しんだ。
その間に誰にも邪魔をされなかったのは、土壇場で屋敷の各部屋に取り付けた鍵が、役に立ったからだろう……たぶん。
ぴちぷにょにすっかりやられたラムリーザは、終わりの頃にはずいぶん骨抜きにされていた。
祝われることに慣れていないはずなのに、今日は不思議と、胸の奥がほどけていた。感謝は口に出さなくても、ここにある気がした。
窓から差し込む朧月夜の光が、寄り添う二人の影をソファーの上に長く落としている。ぬいぐるみのココちゃんが、二人の時間をそこからじっと見守っているように見えた。
「おめでとう、ラム。生まれてきてくれて、本当に……ありがとう」
ソニアのささやいた声は、さっきまでの喧騒が嘘のように真剣で、ラムリーザの胸の奥を静かに熱くした。
いや、ぬいぐるみじゃなくて、クッション。