ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
音符って何?
帝国暦九十三年 朧影の月・月影の日(現代暦:四月中旬)
今年に入ってから、この部室はほとんど部活動の体裁を失っていた。とはいえ、たまには顔を出しておくということで、今日は部室に集まっていた。
演奏の練習をするなら、フォレストピア・ナイト・フィーバー内にできたスタジオでやったほうがいいので、現在ここはほぼ雑談の場と化している。
今日はレフトールも顔を出している。どうやらバンドに入ろうと考えているのは本気のようで、普段は子分たちとつるんでどこかで遊んでいるらしいのだが、部室に集まる日はこちらを優先しているようだ。
「ラムさん、ドラム教えてくんろ。あ、ラムさんだけにドラム担当ってわけ? ドラムさん、よろしく頼むわー」
レフトールは妙なこじつけをしながら、ラムリーザをドラムセットのところまで引っ張っていき、なにやら頼み込んでいた。
「やだよ! ラム以外のドラムなんて認めない! レフトールなんか、ドレフでもやってればいいんだ」
すぐにソニアは文句を言い放った。ソニアは、ラムリーザと二人でバンドの土台を固めているという自負があるのか、ただ単純にラムリーザと一緒に土台を楽しみたいのか、どちらかだ。ラムリーザ以外がドラムをやろうとするとすぐ怒るので、おそらく後者だろう。
「だから俺がドラムのときはベースはリゲルだって。そのときはラムさんがリードボーカル。待てよ、ジャンもギターだから、いっそ男四人で独立すっか? こんなうるさいおっぱいちゃんはほっといて、ラムトルズでも立ち上げようぜ」
「やだ! ラムを取るな! 独立するなら、あたしとラムが二人で独立する!」
「はいはい、夫婦漫才」
「漫才じゃない!」
レフトールの壮大な構想に、ソニア一人が噛み付いている。微妙に違うのは、リリスなどに対しては「寝取るな」と言うのだが、レフトール相手では普通に「取るな」である。そのあたりレフトール相手だと、雑に「取るな」で済むらしい。
それよりも、ソニアが普通にレフトールに文句を言っている。以前のレフトール相手なら考えられないことだ。それだけレフトールは、仲間として馴染んできたのだろう。
どちらにせよ、ソニアが騒ぐせいで、ラムリーザは落ち着いてレフトールをコーチできない。ソニアの狙いもそこなのだろう。ラムリーザは、ずっとソニアとレフトールのやりとりを聞いているだけだった。
ピアノの周りでは、ロザリーンがいつものように弾き、リリスとユコはその周囲に集まって雑談している。
いずれこの部室には、ピアノだけが残るだろう。
その頃には、部室の主役はソファー周りになるだろう。そこに、ジャン、リゲル、ソフィリータ、ミーシャが集まっていた。
「しかし帝都組が揃うとはな。今年に入るまで想像もしてなかったぞ」
リゲルは、正面に腰かけているミーシャを見つめながら言った。
「俺は驚かせようと思って隠していただけだけどな。ただ二号店の話はだいぶ前からしていたはずだぞ?」
今年からジャンは、フォレストピアにできた二号店の運営に関わり始め、ソフィリータもラムリーザと合流して屋敷に住み、今年からこちらに通っている。
「二号店はあまり気にしていなかった。ミーシャも言ってくれればよかったのに」
「ミーシャも、リゲルおにーやんを驚かせようとしただけだよ。ほら、びっくりさせるって話していたはずだぞ?」
リゲルのぼやきに、ミーシャはジャンの口調を真似て答えた。そこでリゲルは、大事なことに気がついてミーシャに尋ねてみる。
「そういえばミーシャ、お前は今いったいどこに住んでいるのだ?」
リゲルは、ミーシャの一家が戻ってくる、なんて人事は聞いていないし、あの父親ならそのような人事は絶対に認めないだろうと思っていた。
リゲルの問いに、ミーシャは誇らしげに答えた。ただし、声色は去年ラムリーザが帝都で会ったときに感じたそのまま、甘ったるい声で。
「ミーシャね、いろいろ調べたんだよ。まず去年の帝都でのライブでリゲルおにーやんを見つけたとき、ソフィーからあそこでぽこぽこ太鼓を叩いている人がソフィーのあんちゃんだって聞いたんだ。その人と一緒にいるのなら同じ学校かなーって思ったの。それでソフィーが来年からこの帝立ウェストウィルド学院に通うって聞いて、リゲルおにーやんもここにいるって確信したの。それでミーシャもここに来ようって決めたんだ」
ミーシャは見た目や雰囲気のわりには、かなり状況判断ができるようだ。人間関係をよく察知している。
「それでね、それでね、調べたらこの学校には指定の寮があるってわかったんだよね。だからミーシャは、桃栗の里に入寮したんだ。今はそこに住んでるよ、リゲルおにーやんと同じ学校に行くためにねっ」
これは、ラムリーザにとってソニアに対する懲罰的扱いにしていた「桃栗の里」の、本来の正しい使い方だ。
「くうぅ~っ、泣かせるねぇっ。ミーシャの一途な気持ち、本物だぜ?」
ジャンはおどけて言うが、どうやらミーシャのリゲルに対する気持ちは本気のようだ。
しかしリゲルは、ロザリーンとの関係もあるし、父親との摩擦も発生するかもしれないので、「ううむ……」としか唸れなかった。
「スティックの握り方が違うよ」
一方ドラムセット側では、ラムリーザのコーチが始まっていた。いつの間にかソニアは、リリスたちのいるピアノのほうへ移動していたので、ようやくレフトールと落ち着いて話ができるようになったのだ。
「そうやって全体でぎゅっと握り締めるのではなくて、親指と人差し指でつまむように、残りの指は軽く添えるだけでいいんだよ」
「おっ、ラムさんのあの圧倒的な握力は、ここから来ているのかなっ?」
「いや、それは格闘技のほうからだと思うけど、まあ、握る力もあるに越したことはないと思うよ。あ、でもドラム叩くときは、力を抜いてね」
「ん~、細かいな」
「じゃあまずは、ゆっくりなテンポから叩いてみよう」
ラムリーザは、そばに置いてあるメトロノームを操作して、テンポ六十で動かし始めた。部室内に、カチ、カチという小さな音が鳴り始めた。
「最初に四分音符で四つ、次に八分音符で八つ、これを繰り返してごらん」
「四分音符って何?」
「そ、そこから?!」
ラムリーザのレフトールに対するドラムの基礎レッスンは、基礎の基礎、音楽の知識からのスタートになったようだ。
「ええと、このカチカチというメトロノームの音に合わせて一つずつ叩くのが四分音符。一回のカチで二度叩くのが八分音符。わかるかい?」
「うーん、わかるようなわからないような」
それでもレフトールは、ラムリーザの指導の下、タンタンとドラムを叩き始めた。
かつて拳を交えた二人が、今は一つのリズムを共有しようとしている。その奇妙な静寂が、部室の喧騒の中に小さな空白を作っていた。
しばらくの間、部室内にはソファー周辺でジャンたちの雑談、ピアノの周りでロザリーンの演奏とソニアたちの雑談、ドラム周りでレフトールのたどたどしい演奏が流れていた。
夕暮れどきには、全メンバーがソファー周りに集結して雑談タイムとなっていた。
「で、部長は誰? テーブルの上に俺が出した入部届が残ったままになっているぞ」
ジャンの爆弾発言が飛んでしまった。
「部長はあたし、入部届はあたしが預かる」
「待って、部長は私。あなたが入部届を管理していたら、すぐになくしそうだから怖い」
「何よ、リリスが管理したら読まずに食べそうだから怖い!」
「何その山羊さん」
「お前ら喧嘩ばっかしだな、ラムさんが部長やればすんなり片付くんじゃねーの?」
ソニアとリリスの言い合いを見て、レフトールはうんざりしたような視線をラムリーザに向けてぼやいた。
「いや、僕は街のことで忙しいから、部活は他の人にやってもらう。そこまで面倒見切れないよ、バンドのリーダーもやっているからね」
「めんどくさ。じゃあリゲルがやれよ」
「興味ないな」
リゲルは、左右をロザリーンとミーシャに固められて、それどころではなかった。
ラムリーザは部長をやらない。新入りがやるのは論外だと言う。ロザリーンはソニアやリリスに遠慮する。リゲルは興味なし。残るユコも部長争奪戦には興味なさそう。
「新しく入った人のパートは、ジャンさんとソフィリータがギター、レフトールさんがサブパーカッション、ミーシャは……ミーシャは何?」
ユコは、このように楽譜作成の幅が広がったことにしか興味を持っていない。
「ミーシャは歌うの専門でいいよ」
お得意の甘ったるい声で答えるミーシャ。しかしこれが、またしてもソニア・リリス組の言い争いに燃料を注いでしまった。
「「ダメ!」」
ソニアとリリスは、妙なところで息が合って同時に答え、顔を見合わせてにらみ合う。
「なんでー、ミーシャ、歌えるよ」
「歌ぐらいなら俺も歌えるぞ」
レフトールがすかさず口を挟む。
「ダメよ、このグループのボーカルは二枚看板、私とソニアだけだわ。もっとも、私だけでもいいけど、おまけと情けでソニアも」
「リリスなんか尻で歌っていればいいんだ」
「何その腹話術、もとい尻話術……」
「こほん、ミーシャの歌を聞いてみたい。ちょっと気になるから何か歌ってみて?」
ラムリーザは、ソニアとリリスの言い合いを遮るようにミーシャに話を振る。ミーシャの甘ったるい声で歌われたら、いったいどうなるのか。
先日のクラブハウスでのライブでは、ミーシャはコーラスに専念していたので、単独で歌っているところは聞いていなかったのだ。
「ん、ミーシャ歌うよ」
ミーシャはそう言うと、鞄から携帯型情報端末キュリオを取り出して、ささっと何かを操作する。すぐに音楽が流れ出して、ミーシャはそれに合わせて歌い始めた。
ぼーくは、ただーの、子供ーに見えるけーど、ホントはあの有名な「おまぁた少女」なーのさっ
ラムリーザは、うーんと唸った。おまぁた少女の意味はわからないが、この声は一つの特徴になるかもしれない。
「この声は使えますわ」
楽譜担当のユコも絶賛する。声も一つの楽器とはよく言ったものだ。コーラスだけに埋もれさせているのはもったいない。
ラムリーザは、二枚看板を三本柱に変えようかな、などと考えていた。
「さーてと、部室での練習は今日が最後。ドラムセットはジャンのところのスタジオに送るから、レフトールは次からはフォレストピアにあるジャンの店に来てね。あっちのほうが設備がいいからね」
「その部活はいつやるん?」
レフトールはラムリーザの心証を良くするためか、真面目な部員を演じているようだ。
「そだねー、週に三回、週の始めと真ん中と終わりに練習のために集まろう。休日は自由行動とする」
「りょーかい、やっぱラムさんが部長でええんとちゃーう?」
「――ということを、ソニアもリリスもできるようになろうね」
ラムリーザは、あくまで部長の座には就かないつもりだ。ソニアとリリスのやりたいほうがやればいい。
そう思った直後に、まずいと感じた。ソニアとリリスの前で「部長」は禁句だ。
「私はできると思うけど、ソニアが邪魔をするからできないの」
リリスは、ソニアのせいにして自己弁護する。そうすると、当然ソニアは噛みついた。ラムリーザの予想どおりだ。
「あたし邪魔してない! リリスが退部すればあたしが部長で決まるから、リリスは出ていって」
「あなたが出ていきなさい。あなたがいるせいで、この部室は牛小屋って呼ばれているって噂よ」
「だっ、誰が牛よ! 噂なら、この部室は吸血部屋って呼ばれているわ!」
「何それ、意味がわからないわ」
また始まったソニアとリリスの口論に、ラムリーザはため息をつき、ミーシャはなんだかワクワクした様子で、目を輝かせながら眺めている。リゲルとロザリーンとソフィリータは、あまり関心がないように表情を変えないが、ジャンは引きつった笑顔を向けている。
部長のことはちゃんと決めなければならないが、やはり禁句のようだ。二人とも、まったく譲る気がない。
その一方で、ジャンはリゲルに頼みごとをしていた。
「ああそうだリゲル、この西部地域である程度演奏できるバンドを知っているか? 有名でなくてもいい、とりあえず形になっていてノリが良ければ、うちの店では十分だ」
「ん、心当たりがあるような気がする」
「思い出したら連絡してくれ、じゃあなっ」
それだけ言うと、ジャンは口論の場からそそくさと立ち去っていった。ジャンはそろそろ店の準備もあるし、その意味でも店のスタジオでの部活動は都合が良かった。
こんな具合なのが、今年に入ってからの部活動である。相変わらずな部分もあるし、新しい部分もある。部長決めの進展はまったくない。
「部長、部長って、本当は決めたくないのかもな」
ふと、ラムリーザは思った。曖昧なままの、そんな未完成な場所こそが、今の自分たちには心地いいのかもしれない。
部長は決まらない。けれど、決まらないままでも回ってしまうだけの人数になった。騒がしさごと、笑って済ませられるようにもなった。
それが、今年の一番の変化だった。