ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
サビはほどほど適量に
帝国暦九十三年 朧影の月・騎士の日(現代暦:四月中旬)
休日のある日、ラムリーザたちは先週と同じく、駅前の大倉庫に集まっていた。今日も「ユライカナンの食文化を体験しよう」イベントの開催だ。
今日のネタは、「スシ」というものらしい。ラムリーザたちにとっては初めて見聞きするものだったが、先週のように店主に迷惑をかけないよう、ソニアとリリスを監視しつつ、ドドメセという名のスシ屋の仮店舗へ入っていった。
「らっしゃい!」
リョーメン屋の店主と比べると、わりと威勢のいい店主のようだ。
カウンター席にはラムリーザ、リゲル、ジャン、レフトールが並び、女性陣は座敷席でテーブルを囲んでいた。
「今日もよろしくお願いします」
「よっしゃ、何を握りやしょう?」
「は? ……ああ、えーと。それでは挨拶の握手を……」
ラムリーザがおそるおそる手を差し出すと、スシ屋の店主はきょとんとした顔になり、その直後「がはは」と大口を開けて笑い出した。
「やばい、リゲル。こういうときはどうすればいいんだ?」
何が何だかわからないラムリーザは、いつものようにリゲル頼みにした。困ったときのリゲル頼みだ。
「そう言われても、俺も初めてだから何とも言えん。ん~、よし、店主さん、俺たちはスシというものは初めてなんだ。まずはスシについて説明をお願いする」
「おおそうか、君たちはユライカナンにはまだ来たことがないんだっけな。よし、知らなければ話は進まん、スシというものはなぁ――」
かくして、店主のスシについての講釈が始まった。
スシとは、主に米飯と魚介類を組み合わせた料理で、ユライカナンの特産料理だ。
そういえば海となると、今住んでいるフォレストピアはかなり内陸だ。海へ行くには、かなり時間がかかる。そのため、海はあまり馴染みのある場所ではなかった。
「そういえばリゲルは魚釣りが好きだったね。せっかくだから、スシというものも学んで、試してみたらどうだい?」
「見た感じ、魚をきれいにさばいているじゃないか。俺はほぼ串焼きでやってきたから、包丁の扱いには慣れてないんだよな」
「だからこの機会に――あ、そうだ。スシを作るところを見せてよ」
「あいよっ」
店主は、カウンターの上に大きな桶を一つどかっと乗せた。中には米飯が山のように入っている。
「これは米みたいだけど、匂いがちょっと違うね」
「これは酢飯、ただの米じゃなくて、いろいろと味付けをしているんだな」
店主に説明されて、ラムリーザは一つまみ取って食べてみる。甘いような酸っぱいような、初めて体験する独特の味だった。
「結構おいしいね」
ラムリーザの一言を聞いて、リゲルたちも手を伸ばして一つまみ試食してみた。
「これをどうするのかな?」
「こうして、と」
店主は魚の切り身を用意し、ひょいと片手で酢飯をすくう。切り身と合わせて握ると、ラムリーザの目の前の皿へ置いた。
迷いのない指の運び、指先で踊るように形を変える酢飯。店主の手の中で、ばらばらだった米と魚が、まるではじめから一つの命だったかのように美しく結ばれていく。
それは料理というより、一瞬の魔法を見せられているようだった。
だが早業すぎて、ラムリーザの目には何が何だかわからなかった。
「何かできたね」
そう答えるのが精一杯だった。
「ちょっとやってみな」
ラムリーザは、店主に勧められてスシ作りを体験してみることになった。
「ここをこうして?」
「握る」
店主に言われたように、ラムリーザはぎゅっと魚の切り身と酢飯を握ってみた。切り身はぐちゃっとつぶれ、握りこぶしの隙間から、酢飯がにゅるっとはみ出した。
「うわっ――」
「領主さん、力入れすぎだぞ?」
まだ領主ではなくて、未来の領主なのだが、ここにやってきた店主たちはみんな、ラムリーザのことを領主と呼ぶ。
「はっはっはっ、ラムさんは握力が百とかあるからそうなるんだよなぁ」
レフトールは笑いながらラムリーザをからかう。その握力で顔面を潰されたことは、もう忘れたらしい。
レフトールの「百」という言葉を聞いて、座敷席のソニアがギロリと後ろから睨んだが、わりとどうでもいい。
「へぇ、そりゃすげーや。領主さんは良いものばかり食ってるから、そんなに力持ちになれるんだなぁ」
店主は感心して見せるが、食べているもの自体はソニアも同じだ。何かの数字が百に到達している、という点ならあながち間違いではないが。
「それよりおなかすいたよー、早く何か食べたいなぁ」
座敷席からミーシャの不満そうな声が聞こえたので、リゲルは店主に言った。
「適当に握ってくれ」
「あいよっ」
店主は威勢よく答え、魚の切り身などを使って握り始めた。
この店には、店主のほかに手伝いが二人いる。それでも、十人を相手に一つずつ握っていては追いつかない。ちなみにこの十人は、ラムリーズの面々にジャンを加えた顔ぶれだ。十人のバンド、大きくなったものだ。
「ああそうそう」
ラムリーザは座敷席のほうを振り返って言葉を続けた。
「今日は大食い禁止だからね。いや、今日だけじゃないな、あれはあまりお店に与える印象がよくないし、行儀も悪いから、以後永遠に禁止とするね。禁則を破ったら、ソニアは桃栗の里行きだからね」
「なっ、なんであたしだけ罰則?!」
「ソニアがやらなければ、リリスもやらないから」
「む~……」
大食い自体は大会として成立していることもある。しかしソニアとリリスの二人は、戻してしまうまで加減を知らず食べ続けるからよくない。
その後しばらくの間、一同は無言で食べ続けていた。
………
……
…
全員が五貫ほど食べ終わった時点で、ラムリーザはみんなに意見を聞いてみた。
「僕はこのスシというものはおいしくていいと思うけど、みんなはどうだったかい?」
結果は満場一致で「おいしい」と決まり、このスシ屋はフォレストピアに出店することになった。
「しかし、提供のテンポが悪いな」
リゲルはそう評価する。
「スシは嗜好品だ、ガツガツ食うものではないぞ」
店主も言い返す。
「でももっと客が入れば、作るのが追いつかなくなっちゃうよ。何かいい手はないものかなぁ」
「こうすればいいじゃないか」
リゲルは、すぐに提案を出す。しかしこの男は、提案したあとで自分から弱点も突いてくるから油断できないのだが、ひとまず聞いてみる。
「注文の統計を取るなりして人気商品をあらかじめ把握しておく。それを先に作っておいて、できあがったものを皿に乗せて、ベルトコンベアみたいな感じで店内を巡回させ、客に好きなものを自由に取らせればいい」
「そのやり方なら、会計はどうするんだ?」
店主の問いに、リゲルは淡々と答える。
「皿の数で支払ってもらえばいい。一皿百エルドぐらいでいいんじゃないか?」
「それなら価格的に一皿に二品ずつになるな。高級なネタなら一品しか載せられないが」
そういうやり取りもあって、ひとまずはその案で店を作ってみることになった。
しかし座敷席から「五つじゃ足りない」という声が上がり始めたので、店主は再び握り始めるのだった。
「僕らも、もう少し堪能してから帰るかな」
ラムリーザも、メニューを一通り制覇しようなどと無謀なことを考えながら、まだ食べていないネタを注文するのだった。
めでたしめでたし――
………
……
…
――とはならなかった、残念ながら。
座敷席のリリスは、調味料などと一緒に、小さな壷に入った薄緑色の練りものが置いてあることに気がついた。リリスのこの気づきがなければ、めでたしめでたしで終わっていただろう。
これは何かしら? などと考えながら、少しすくって口へ運んでみた。
とたんに脳天を激しく刺激するような、ツーンとした感覚が駆け巡った。
リリスはこの調味料が、先ほどから出てきているスシに、ほんの少しだけ混ぜられていることに気がついた。少量だと薬味が効いていい感じだが、これが大量に入っていると、一体どうなるだろうか?
リリスはその疑問を解消すべく、大量に入れた場合の反応を見るために、一つ罠を仕掛けることにした。
自分の手元のスシを分解し、魚の切り身と酢飯の間に薄緑色の練りものを大量に塗り込んだ。その後、魚の切り身を乗せ直して、塗ったことを隠した。
「ソニア、ちょっといいかしら? この魚、おいしいわよ」
そしてあろうことか、自分で試そうとはせずに、ソニアにそのスシを差し出してしまった。
何も知らないソニアは、リリスからもらったスシを手に取って、口に運び頬張った。
「ふっ、ふえぇっ!」
とたんに口の中のスシを吐き出し、顔をしかめて頭を抱えるソニア。
「ど、どうしたっ?!」
ソニアの悲鳴に、ラムリーザは慌てて座敷席を振り返る。ソニアは頭を抱えて悶絶しているし、リリスはそれを見てクスクス笑っている。テーブルの上、ソニアの目の前には、吐き出したスシが散乱している。
「ああ、それはサビの実をすり潰して作った調味料だ。入れすぎたら刺激が強すぎる。サビはほどほど適量にな」
苦しんでいるソニアを見て、店主は普通に解説をしてくる。サビの実というものは初めて聞くが、今はそれどころではない。
店主が言うには、直射日光に弱く、常に薄い霧が立ちこめる高地や渓谷によく生えているサビの木になる実で、鼻にツンとくるものらしい。
「違う! あたしそんなの入れてない!」
ソニアは、イタズラを仕掛けただろうリリスを涙目で睨みつけながら叫んだ。当然リリスは知らん振りをして席を立ち、トイレへ向かっていった。
リリスが立ち去った後には、スシが一品皿の上に残っていた。それは、魚の切り身ではなく、海老が乗っているようだ。また、サビの入った壷も並んでいる。
ソニアは手を伸ばしてその皿と壷を手元に引き寄せ、海老と酢飯を分けると、さっきと同じ手口で――。
リリスはトイレから戻ってきて、自分用に取っておいたスシを手に取った。
ソニアはうつむいてまだ苦しんでいる素振りを見せ、ロザリーンはため息をつき、ユコとミーシャは目をキラキラと輝かせながらリリスの様子を眺め、ソフィリータはコップの水をすすっている。
「ぎゃべっ!」
ソニアのサビ仕込みのスシを口に入れたリリスは、当然のごとく変な声を発しながら吐き出し、その場でのけぞった。
ユコは吹き出し、ミーシャは大笑いし、ロザリーンはまたしてもため息をつき、ソニアは「ざまぁみろ」とからかった。
「さっきから何をやっているんだ?」
ラムリーザは、ソニアやリリスが続けざまに悲鳴をあげるのを聞いて、不思議そうに振り返る。店主は「サビの入れすぎだろ」と言いながら、何事もなかったかのようにスシを握り続けている。
「ソニア、てめぇ……」
今度はリリスが涙目でソニアを睨みつける。
「ごめんごめん、このお茶でも飲んで口直ししてね」
さすがにやりすぎたと思ったのか、ソニアは謝りながらコップをリリスに手渡した。しかし――
「ぶはっ!」
今度はお茶を盛大に吹き出してしまう。
「ちょっと汚いよ!」
正面にいたソニアは、リリスの吹き出したお茶をもろに被ってしまう。なんてことはない、ソニアはお茶にまで大量のサビを混ぜ込んでいたのだ。
「サビは入れすぎると刺激が強いから、ほどほど適量にな」
スシのおかわりを持ってきた店主は、ソニアとリリスに言って聞かせてから、また厨房へ戻っていった。
ソニアは悶絶するリリスを見てニヤニヤしながら、何食わぬ顔で新しいスシに手を伸ばした。
「待って!」
その行動をリリスは止めて、言葉を続けた。
「ラムリーザが呼んでるわ。ちょっと行ってきたらどうかしら?」
リリスは、ソニアをラムリーザのそばへ行かせようとした。ソニアは何も考えずに席を立ち、ラムリーザのそばへ近寄っていった。
「ラム、何の用があるの?」
ラムリーザは、別にソニアを呼んだわけではないので、振り返って言った。
「いや別に呼んでないよ。ああ、もしリリスと変なことをして遊んでいるのならやめなさい」
そう言いながら、ラムリーザはソニアの肩越しに、リリスの行動が目に入ってしまった。
リリスは、壷からサビを大量にすくい出すと、スシに混ぜ合わせてソニアの席の前に置いたのだ。要するに、先ほどと同じ手口。
「あ、ちょっと――」
ラムリーザは言いかけたが遅かった。ソニアはさっさと席に戻り、ラムリーザがカウンター席から立ち上がってやってくる前に、目の前のスシを口に運んでしまった。
「ふっ、ふえぇっ!」
再び悶絶するソニアを見ながら、ラムリーザはサビの入った壷をリリスから取り上げた。
「これは没収!」
ミーシャがきゃっきゃっと笑う声を聞きながら、ラムリーザは壷を持ったままカウンター席へ戻っていった。
こうして、ひとまずスシの品評会は終わった。正式な店舗の準備が整い次第、街の中にスシ屋ができるだろう。
帰り道、リゲルはミーシャに、「今日のネタの中で何が一番気に入った?」などと聞いている。
ミーシャは「たまご!」と答え、リゲルは「かわいい、かわいい」と妙にニコニコする。だが、ハッと我に返ると、「みんなは何が気に入った?」と尋ねた。
リゲルが積極的に問いかけてくるのは珍しいなと思いつつ、ラムリーザは「モケケピロピロってやつかな?」と答えた。ジャンは「やっぱりグリアザスだろう」と答え、ソニアは「カニミソ」と答え、リリスは「なまこ」、ロザリーンは「マンボウ」、ユコは「うに」、ソフィリータは「クラゲ」、そしてレフトールは「ハンバーグ」と答えた。
純粋に魚の名を挙げたのはロザリーンだけだった。それだけ、海に馴染みのない面々だったのである。
だが馴染みがないからこそ、街に根付いたとき、フォレストピアは少しだけ外の世界に近づくかもしれない。
酢飯と魚介と、あの妙に鼻を刺す薬味。それら全部が、この街の味になっていくのだろう。
面倒な騒ぎは起きたが、それでもまた来たいと思ってしまうのだから不思議だった。