ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


フォレストピア・ナイト・フィーバー開幕

帝国暦九十三年 朧影の月・星々の日(現代暦:四月中旬)

 軽音楽部、そしてラムリーズのメンバーは、二年目に入って増えていた。

 去年までの六人に、ジャン、ソフィリータ、ミーシャが加わり、さらにレフトールまで加わったのだ。

 レフトールは興味本位で部活に参加しただけで、まだ楽器をまともに扱えない。なので、メンバーに加えるかどうかが議論になった。

 しかし「ミーシャが良くて俺がダメって何だ?」というレフトールの意見もあり、結局は自由にさせてやることにした。ミーシャはさておき、レフトールはそのうち飽きて離れるだろう――たぶん。

 そんな背景があって、今日はフォレストピア・ナイト・フィーバーでの初ライブだった。

 去年までは帝都シャングリラに通っていたが、今年からは地元フォレストピアで演奏できる。移動の手間が減って、かなり楽になった。

 ここは、帝都にあった一流クラブ、シャングリラ・ナイト・フィーバーの二号店で、地名にちなんでフォレストピア・ナイト・フィーバーと命名されている。

 帝都では会員制で、一般市民が会員になるのは難しかった。だがここは、まだ客が少ない。今のところ、会員になるのもそれほど難しくない。それに今なら創業からのファン、つまり古参になれるという特典もあった。

 店の雰囲気は、帝都とは違ってかなりのんびりしている。
              
フォレストピア・ナイト・フィーバー外観
 開演前に、ジャンがラムリーザのところへやってきた。

「まだバンドの数が足りていない、というかラムリーズだけなので、今夜は一番客が多いと思われる時間帯、三時間ほど演奏を続けてもらいたいけど、大丈夫かな?」

「なんとかなると思うよ」

 去年の文化祭ではカラオケ喫茶をやって、始まりから終わりまで、六時間以上ずっと伴奏をしていたようなものだ。そんなこともあり、長時間演奏の経験があったので大丈夫だろう。

 ただ、演奏するグループがラムリーズだけ、というのはどうなんだろうとは思う。目玉扱いだとは聞いていたけれど。一組だけなら、一番上手であると同時に、一番下手という理屈も成り立つ。だがラムリーザは、それほど深くは考えないことにした。

「それよりも、スネアが余ってるなら、一つ用意してほしいな」

 ラムリーザは、レフトールが自分に憧れてドラムスをやりたがっているのを知っていたので、とりあえず今日は、基本的なものであるスネアだけでも自由に叩かせておこうと考えた。曲に合わせて、好きなように叩けということだ。

 ソフィリータはまだレフトールに警戒の視線を向けていたが、ラムリーザと親しくしているのを見て、徐々に警戒を解いているようだ。

 それに加えて、ユコが「なんちゃって転校騒ぎ」を起こしたものの、結局残ることになったのも大きかった。ユコ本人はともかく、リリスなどはとても感謝しているみたいだし、ラムリーザも助かっていた。なにより、去年と同じようにできて、そこにメンバーが追加される形になるのがありがたい。

 レフトールと同じく楽器ができないミーシャは、何をしているかというと、「ミーシャ、タンブリン持って踊るよ、踊るよ」などと言うので、ラムリーズ専属のダンサーが加わった、ということになった。

「それでは一曲目は、新しい曲から行きます!」

 ラムリーザの合図で、本日のライブが始まった。

 

 あけてももかんたまてばこ~

 

 独特のコーラスが気になる曲だ。

 先日のリョーメン大食い勝負で、一応ソニアのほうがたくさん食べたということでメインボーカルを担当し、リリスがサブでハモる。所々のコーラスは、ユコやソフィリータ、ミーシャが担当していた。

 

 あぶらかだぶらくるりんぱぴゅ~ん

 

 パート分けの時点で、ロザリーンが独特なコーラスを恥ずかしがって遠慮したのもなんとなくわかる。このコーラスは、ミーシャのようなノリでないと、歌えない雰囲気だった。

 それでも、オープニングを飾るにはもってこいの、アップテンポで派手な曲だ。

 重厚なビートが新しい店内の空気を震わせ、観客の足元から振動が伝わってくる。着慣れないスーツ姿の現場監督も、油の匂いが染みついた作業員も、リズムに合わせてジョッキを打ち鳴らしていた。

 帝都のような洗練された拍手はない。けれど、その代わりに地鳴りのような歓声と、剥き出しの熱気がステージを押し上げていた。

 観客の中には、運輸関係者のユコの父親や、先日訪れたリョーメン屋「ごんにゃ」の店主の姿もあった。

 ユコの父親などは、娘がこんな舞台で演奏しているのを初めて見てびっくりしているようだ。

 あとは、レフトールが呼びつけた子分たちが集まっていた。

 そんなふうに、やけに庶民的だ。

 だがそのような雰囲気も、ラムリーザは好きだった。なにしろ、自分がいずれ治める領土の住民が集まるのだ。これほどうれしいことはない。

 二曲目は、珍しくユコがリードボーカルだ。「ユコ復帰」のつもりで持ってきた曲だが、ここでは客にとって初顔だ。だからその意味は薄い。

 曲名は、「世界のどこかで」というもの。ロザリーンの弾くピアノの伴奏が軸になっていて、それにリリスのギターが音を重ねるが、あくまでリズムに徹していて派手には弾かない。そこにユコの奏でるキーボードのやわらかいフレーズがメインを務め、ソニアのベースで土台を固めている曲だ。基本的に、この四人で演奏は完結している、スローテンポなバラードだ。

 この曲にはドラムスのパートがなく、ウインドチャイムを間奏から戻るときに一度、それと曲の最後の締めに鳴らすだけだ。そこでラムリーザは、同じく暇そうにしているリゲルに目配せして、近くに呼び寄せた。

 ユコが歌っている間、ラムリーザはリゲルと小声で雑談していた。

「去年よりグループの規模が大きくなって、おもしろくなったね」

「うむ、オープニングからエロゲソングを飛ばすところも変わっていないしな。しかもマニアック」

「あれか、リゲルの言ってた夏のなんとか、まあマニアックなら知らない人が多くて、変わった曲としか受け取られないから、気にしなくてもいいかもね」

「ラムさん、この曲で俺は何したらいいんだ?」

 ラムリーザが全然動いていないので、レフトールも動くわけにもいかずに近寄ってきた。

「ああ、こういう曲はドラムスの休憩曲。そういうのが所々入るから、そこで休むといいよ。おっと――」

 ラムリーザは、慌ててウインドチャイムを鳴らした。間奏から後半パートへ移るときに、一度鳴らす場面があるのだ。

 そこにミーシャも集まった。

「この曲、スローテンポすぎて踊りにくい、ひんまー」

「バラードだからな。ミーシャのイメージじゃないから仕方がない」

 リゲルは、ミーシャと話すときに思わず嬉しそうな顔になりかけて、ロザリーンを気にかけて表情を取り繕った。

「ねえねえリゲル兄やん、久しぶりにあれやろうよ、あれ」

「あれかぁ、俺はあまり歌うのは趣味じゃないんだけどな」

「リゲル兄やんの低音が効いた渋い歌声、ミーシャ、また聞きたいなぁ」

「う~ん、歌うか。ラムリーザ、次はあれを頼む、破戒僧グリゴリー。ミーシャのためのダンスソングだ」

「了解――っとぉ」

 ラムリーザは、雑談しながらも曲のエンディングを締めるウインドチャイムを鳴らした。

 ラムリーザはチャイムを鳴らしながら、心の中だけで肩をすくめた。よりによって、その曲か……。選曲が強すぎる、しかも今の関係で……と。

 次の曲は、ラムリーザのドラムソロからスタートした。それに合わせて、ミーシャはタンブリンを叩きながら踊り始める。そこにリリスの奏でるギターのフレーズが重なり、すぐにリゲルのリズムとソニアのベースが続く。

 だが歌の内容は、北の国ルジアの破戒僧グリゴリーがハーレムを築き上げるものの、徐々に妬まれ憎まれていく。最後は謀られて毒を盛られても死なず、矢を射かけられても死なず、川に沈められてようやく溺死したという物騒な内容だ。

 リゲルの歌に合わせてミーシャはクルクル踊っている。その回転の勢いでスカートがふわりと浮くが、ミーシャは気にした様子もなく踊り続けていた。

 影を帯びたリゲルの歌声に、ミーシャのタンブリンが弾けるようなアクセントを添える。リゲルの視線は、踊る彼女を追っているようでいて、ときおりピアノの鍵盤に向かうロザリーンの指先で止まる。

 過去の旋律と現在の伴奏。その狭間で揺れるリゲルの葛藤を、ラムリーザはドラムを叩きながら、胸の奥で静かに見守っていた。

 そういえば、とラムリーザは思い出していた。去年の夏休み明けごろにソニアとリリスが授業中にふざけて職員室で説教を受けている間に、リゲルと二人で演奏しかけたことがあった。

 そのときにもリゲルは言っていた、ミーシャのためのダンスソングなんだ、一人で歌っても何にもならんと。あの頃からすでに、リゲルとミーシャに関するフラグは立っていたのだが、ラムリーザはそのときはまったく気がついていなかった。

 その後ジャンも加わって、あっという間に三時間が過ぎていった。

 去年の文化祭のカラオケ喫茶の経験は伊達ではなく、本当に三時間程度なら平然と演奏しきれるグループになっていた。その間踊り続けたミーシャもたいしたもので、一時間弱無茶苦茶に踊って、翌日全身筋肉痛になったソニアとは大違いだ。

 

 演奏が終わると、会場はフリータイムになった。ラムリーザたちはステージを下りて裏方へ回り、ジャンに三階へ案内された。

 フォレストピア・ナイト・フィーバーは十階ほどの建物で、一階はパーティ会場。二階には吹き抜けの席があり、ステージを見下ろせる。五階より上の階は、旅行客などが宿泊できるホテルのようなものにもなっていた。

 四階は主に倉庫、ラムリーザたちが案内された三階の一室は、いろいろと機材の置かれた部屋だった。

「ここはスタジオだよ。帝都の店にはなかったので、一度作ってみようと思っていたんだ」

 ジャンの説明で、ここは音楽の練習や録音などをするスタジオだとわかった。

「三階の部屋は、すべてスタジオにしてみたよ。そのうちの一部屋は、ラムリーズが自由に使ってもいいという特等室にしようと思ってる。どうだ、俺は優しいだろ?」

 ラムリーザがジャンの親友であるという特権が発動した。こうしてラムリーザたちは、バンドの練習に最適なスタジオを得ることになった。

「これは良いぞ、部室を引き払ってここで活動したほうがいいかもしれない」

 ラムリーザはそう思った。事実、あの部室にいると遊ぶことを優先しがちな気がする。去年の冬以降は、遊ぶついでに練習していた、と言ったほうが正しかったかもしれない。

「ソファーや机も持ってくるの?」

「いや、あれは学校の備品だから持ち出せないよ。スタジオにソファーとかあったらまた遊び場になっちゃうので、要らないってことにしておくよ」

 ソニアはまだ遊ぶ気満々だったようだが、ラムリーザは部室とスタジオで、きっちりと分けるために言い切った。そもそも部室で遊んでいること自体が、間違いでもあるのだが……。

 リリスは特に反応を示さないが、ユコはスタジオが使えることに興味津々といった感じだ。さすが音の作り手だけあって、反応が違う。

「明日にでも、部室のドラムセットを移動させよう。あれは僕が買ったものだから持ち出してもいいはず。部室には代わりにほとんど使っていない折りたたみ式のエレキドラムを置いておこうか」

 これは、去年の夏に帝都でリリスたちと買い物をしたときに買ったもので、折りたたみ式だから持ち運びしやすくてキャンプなどに持っていったものだが、それ以外ではほぼ屋敷の部屋の片隅に片付けられたまま埃をかぶっていた。

「ピアノは部室の備品でしたね」

「ジャン、高級品じゃなくて小型のものでいいからスタジオにもピアノを置いてくれよ」

「合点承知之助」

「なんだそりゃ……」

 ロザリーンの要望を受けてラムリーザはジャンに要求するが、ジャンは謎の言葉を返しただけであった。

「あれ? 知らんの? ユライカナンでは流行っているらしいぞ?」

「知らんよ」

「やっぱりソファーがあったほうがいい、疲れたときに休憩する場所がないよ」

 ラムリーザは、ソファーを置くことに抵抗があったが、ソニアやリリスなどが強く要望するので、ここではあくまで休憩のため、遊び始めたら撤去してもらうということにして、ジャンに要望を出しておいた。

「任せておけ、徹夜で活動できるようにしてやるよ」

「いやいや、そこまではせんでええよ」

 そんなわけで、みんなの意見を取り入れていったところ、結局これまで過ごしてきた部室のレイアウトを、そのまま真似る形に決まった。

「しかしここだと最終の汽車を気にする必要がないから楽だね、やっぱり」

 ラムリーザは、同じ街に住んでいるのでそのまま歩いてでも自分の住む屋敷へ帰れる。ソニアとソフィリータもラムリーザ同様だ。

 ジャンはこの建物に自室を作って住んでいるし、ユコも今年からフォレストピアの住民だ。

 リゲルとロザリーンはリゲルの運転する車で移動しているから時間はあまり関係ない。だからリリスとレフトール、ミーシャの汽車組だけが帰る時間を気にしていればよい。

 それでも去年までの帝都通いでは片道二時間弱かかったものだが、これからは帰るのに三十分ぐらいあれば大丈夫になった。これは本当に楽になったものだ。

「リリスはここに泊まっていってもいいぞ? なんなら住み着いてもいいし」

 ジャンは、本気でリリスを口説きにかかっている。ラムリーザはソニアと同棲しているから人のことは言えないが、もしリリスがこのフォレストピア・ナイト・フィーバーの五階以上の居住区に住み着いたらジャンと同棲しているとも取れる。

 だがリリスは、今は「考えておくわ」と答えただけで、住み着くつもりはなさそうだ。

 そんなことをやっているうちに、夜も更けてきたので、今日はお開きにして別れた。店を出ると、ひんやりとした夜風が、汗ばんだ首筋を撫でていった。

 これが、フォレストピア・ナイト・フィーバーでの初めての夜だった。

 帝都でやっていたことと、やっていること自体は変わらない。けれど今夜の客は知らない誰かではなく、フォレストピアの顔ぶれだった。

 油と汗と、笑い声の匂いが妙に現実的で、それがラムリーザには悪くなかった。

 ここから先は遠征ではなく、生活の中で鳴る音になる。明日になれば、また新しい音がこの街で生まれる。

 ラムリーザは、その確かな手応えを握りしめながら、一歩一歩、自分の土地を踏みしめるように歩き続けた。