ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


十人目の部員と、決まらない椅子

帝国暦九十三年 朧影の月・太陽の日(現代暦:四月中旬)

 今年の軽音楽部は、去年よりも賑やかだ。

 去年は三年生がほとんど顔を出さなかったから、実質的には三人増えたことになる。

 部長不在が問題だが、ソニアとリリスが互いに主張を競って譲らず、全然決まる気配が見えない。しかも普段はすっかり忘れているようで、ラムリーザが「そういえば部長は?」と聞くたびに、二人の争いが始まってしまう。

 ラムリーザは、「部長」という言葉が二人の口論のトリガーだと分かった。それに、別に部長がいなくて困るということもないので放っておくことにした。

 実質去年も、部長はほとんど部活に顔を出さなかったので、いないも同然だった。

 まあ、いずれ決着をつけてくれれば、それでよい。

 メンバーは、去年の六人に、ジャンとソフィリータとミーシャを加えた九人になった。

 ユコはテーブル席で楽譜の作成中。ロザリーンはピアノを奏で、部室に音楽を流して良い雰囲気を作ってくれている。

 リゲルはソファーで、まとわりつくミーシャの相手をしつつ、ロザリーンの様子も気にしているようだ。二人はダイスを交互に転がしている。チョボイチだろうか。

 残りの面々は、簡易ステージ側だ。ラムリーザ、ソニア、ジャン、ソフィリータに、リリスも加わって簡易演奏を行っていた。これは、二年前に帝都のシャングリラ・ナイト・フィーバーを賑わせた、J&Rの復活でもあった。

 

 ――眠りの妖精さん、俺に夢を見せてくれよ。

 可愛い彼女を俺に作ってくれよ――

 

 そんなことを歌いながら、ラムリーザは、ジャンのメインボーカルで久々のコンビを堪能した。

 一曲歌い終わったところで、ラムリーザは「そういえば部長はどうなった?」と聞いた。すぐに、しまったと思ったが遅かった。

「リリスが文句言わなかったらあたしに決まるのに。リリスを退部させてあたしを部長にしようよ」

 すぐにソニアは無茶なことを言い始めた。

「あなたが部長をしたら、ここは爆乳部に名前が変わるから、それだけは阻止するわ」

「民主的に、投票で決めるというのはどうだい?」

 ラムリーザは、口論を止めるべく提案したが、リリスは「ラムリーザはソニアを贔屓するから中立保留で」と答えた。

「ソニアとリリスなら不安しかないから、俺は白紙投票で」

 そう答えたのはリゲルだ。

「ん、リリスでええんとちゃーう?」

 あくまでリリス贔屓のジャン。

「揉めるんだったらミーシャがやるぅ!」

「「一年坊は引っ込んでろ!」」

 ミーシャの口出しには、声を揃えてソニアとリリスは否定した。こんなところだけは息が合う、妙な二人だ。

「こうなったら、ロザリーンに決めてもらおう」

「私ですか?」

 だがロザリーンは、ソニアとリリス二人に睨みつけられて、目を逸らして言った。

「こういうのは、やりたい人にやらせるのが一番です」

 それはラムリーザもそう思っていた。だが、それだと決着がつかないのだ。

 こうしてしばらくの間、無意味な時間だけが過ぎていった。

 

 数十分後、二人が部長騒動に飽きたのか、場は平静を取り戻していた。

「ところでミーシャってダンス得意なんだよね」

 ラムリーザは、ソニアとリリスが息切れを起こしたところですかさずミーシャに話を振って話題を変えた。

「うん、ミーシャ、ミラクルダンスマンだよ」

「そこはダンスウーマンじゃないと、男になってしまう」

 リゲルのツッコミに、「相変わらず細かいなぁ、リゲル兄やんは」とミーシャは肘で小突いた。

「何か即興で踊って見せて、伴奏なら任せておいて」

「ぽこぽこ太鼓の伴奏だったら、ルーツ島の腰ミノダンスになっちゃうけど、んーとね、んーとね……」

 ミーシャは首をかしげて考えながら、部員一人一人を見渡して、ソニアと目が合った。

「これだっ」

 その一言を合図に、ミーシャはくねくねと踊りだした。

 その踊りを見て、リリスとユコが笑い出した。ラムリーザは、「アレをここまでコピーできるとは……」と感心し、ジャンも「何か見たことあるな?」と答えた。

 ソニアは「何よこの変な踊り」と言ったが、それがさらにリリスとユコを笑わせる結果になった。

 ミーシャが即興で踊り始めたのは、伴奏も何も必要としない、そもそもダンスと言えるのかどうかもわからない代物だったが、ラムリーズの面々にとっては、ソニア以外には馴染みの深いものだった。

 そう、ソニアがステージ上で気分が高揚したときにいつも見せていた「不思議な踊り」を、ミーシャは細かい動きまで完璧にコピーしてみせたのだ。

「まぁ、ソニアは見たことがないから知らないのも仕方ないな」

 ラムリーザは、納得したように頷いた。

 しかしリゲルは、眉をひそめてミーシャに問い詰めた。

「ミーシャは、これをどこで見たんだ?」

「んーとね、んーとね、初めて見たのは年末のライブ。その緑のお姉ちゃんが、歌の始まる前とか、誕生日プレゼントをもらった後、延々と踊ってたよ。その後もライブのたびに毎回踊っているから、見ているだけで覚えちゃった」

「年末近くにあった、あいつの誕生日パーティのあれか。……ってか、ミーシャは何度も俺たちを見ていたのかい?」

 リゲルは、さらに眉をひそめて問い詰める。

「うん、ミーシャ見てたよ」

「なぜ会ってくれなかったんだい?」

「だって二階席にしか入れなかったし、ライブが終わるとリゲル兄やんすぐにどこかに行っちゃっていなくなるし」

 リゲルは別に、どこかへ行っていたわけではない。ただ、遠い帝都でのライブだったので、終わり次第急いで帰らないと、ポッターズ・ブラフに戻る時間が遅くなってしまう。だからライブが終わると、すぐに汽車に乗って帰っていたのだ。

「声くらいかけてくれればよかったのに。ミーシャの声ならすぐにわかったのに、ね」

「だから、ミーシャはリゲル兄やんを驚かせようとしてね、してね――」

「う~む」

 リゲルとミーシャの会話を聞きながら、ラムリーザはリゲルの口調に違和感を覚えていた。

 

「ごめんくさい」

 そのとき、妙な挨拶と共に部室の扉が開いて、三人の男子生徒がなだれ込んできた。

 あるときは恐怖の対象、あるときはお調子者のレフトール登場だ。今日は子分二人、いつものマックスウェルと、もう一人は誰だろう。見たことはあるが、あまり印象には残っていない。

「こらこらレフトール、ここは部室だ。部外者がいたら怒られるぞ。それにまた新しい仲間を連れてきて……マックスウェル以外にも子分は――いたか」

 ラムリーザは、レフトールとの夜半の決戦時、十人近く子分を連れてきていたことを思い出した。それに、カツアゲ事件のときにレフトールと一緒にいた生徒だ。

「ああこいつ? ピート・サトクリフ。さっき外で会ったからついでに連れてきた。今日から俺もこの雑談部の部員になるぜ」

 レフトールは部員になる気満々だが、二人の子分はいやいやと首を横に振っていた。どうやらレフトールに無理やり連れてこられたらしい。

「雑談部? 何それ?」

 しかしラムリーザは、レフトールが言い出した謎の言葉に首をかしげる。

「あれ? 以前ユコとゲーセン行ったときに聞いたけど、お前ら雑談部でゲームして遊んでいるんだろ?」

 ラムリーザは、「ユコもなぜ嘘を教えているんだ」とつぶやき、マックスウェルも「ここはどう見ても軽音楽部なんだな」と言っている。

「とりあえず入部届を持ってきたぞ。誰に出したらいい? 部長はラムさんだろ?」

 レフトールは入部届を持ってきたが、子分二人は持ってきていない。やはりレフトールの独断のようだ。

「いや、部長は――って、了解、僕が預かるよ」

 ラムリーザは、またソニアとリリスの争いが始まると予測して、自分が受け取ることにした。

 先日提出したジャンの入部届も、テーブルに置かれたままだ。これはいったいどうしたものか。先輩から何も聞いていなかったことを、今さら悔やんだがそれも一瞬のことで、まあいいか、と適当に流すことにした。

「それで、レフトールはどのパートができるんだい?」

 ラムリーザは、当然の質問を繰り出した。

「楽器? やったことないぞ。あ、ラムさんみたいにドラムやってみたいな、うんそうだ、俺はドラムをやる」

 どうやらレフトールは、今では完全にラムリーザ信者になったようだ。しかし、そこにいつもの文句を唱えてくる者がいた。

「やだよ、あたしラムがドラムやらないとベース弾かない」

 ソニアは、いつもの決まり文句を言う。

「ならベースはマックスウェル、お前がやれ」

「やなこった」

 レフトールはソニアの反論など気にせず、身内でメンバーを作ろうとしていた。当然マックスウェルは断る。そもそもベースなどやったこともない、と言いたそうでもあった。

 このままでは、レフトールの軍団だけで一つのバンドを作り上げそうな勢いだ。

 

「あっ! ひょっとしてあなたが?!」

 

 そこで突然、大声をあげたのはソフィリータだった。

 レフトールと、彼のバンド構成をうんざりとした顔で聞いていた子分二人も、ラムリーザたちも黙り、一瞬の静けさが部室を支配した。

 ソフィリータは、眉をひそめて険しい表情でレフトールを睨みつけている。

「「なんぞ?」」

 ラムリーザとレフトールが同時に問いかけ、そのことに二人はびっくりして顔を見合わせ、くすっと笑う。

「去年の秋、リザ兄様を学校で失神させた!」

「リザニイサマって誰や?」

 レフトールの問いかけに、ソフィリータは怒ったように「お兄様、ラムリーザです!」と答えた。

「あ、そんなこともあったっけ」

 ラムリーザ自身は、レフトールに失神させられたときのことは自分の記憶としては残っておらず、周囲の人に聞いた範囲でしか覚えていないのだが、そのときソフィリータはものすごく心配して何度もメールを送ってきたことを思い出した。

「蒸し返すなって、俺もあのときは悪かったって思ってるよ。報復で酷い目にあったしな」

 別にラムリーザが報復したわけではない。レフトールが決闘を望んできて、返り討ちに遭っただけだ。

「ソフィリータ、あのときのことはもう決着がついているから、もう許してやってくれよ」

 ラムリーザは、あの日以来レフトールが少なくともラムリーザたちの前では真人間になろうとしているのを知っているので、激高する妹を抑えた。

「リザ兄様は気が済んだかもしれませんが、私の気が済みません! あの日あのときあの場所に私が一緒にいたら、リザ兄様をあんな目に遭わせなかったのに……。あの日から不安で不安で、私がリザ兄様と同じ学校に通おうと心に決めたのはあの日なんです。私がいる限り、リザ兄様に危害を加えさせない!」

「やった、用心棒ソフィーちゃんの復活ね!」

 緊迫した空気の中、ソニアは嬉しそうに言う。

「ああ、あのときソニアが言っていたソフィーチャンって、ソフィリータのことだったんですのね」

 ユコも、何か納得したように手を叩いて頷く。

「わかったよ!」

 レフトールは、ヤケになったような、めんどくさそうな様子を浮かべて「ほれ、一発入れろや」とソフィリータに頬を差し出して言った。
 
 事実、レフトールはめんどくさいと思い、暴力の報復は暴力で受け入れる。そう腹を括った。さらに言えば、「相手が女だからたいしたことはない」とたかを括っていた。だから、一発ぐらいで気が済むならそれはそれでいいと考えたのだ。ラムリーザに一発蹴りを入れて失神させたのなら、ソフィリータから一発もらっても仕方がないと。

「いや、それはちょっと待ってくれ」

 ソフィリータのことをよく知っているラムリーザは、レフトールの身を案じて止めに入る。

 ラムリーザとソニア以外は、それでいいんじゃないの? という気持ちでその場を傍観していたが、リリスはふとあることを思い出していた。

 去年の春、苦手克服の目的でラムリーザに連れられ、特訓するために帝都を訪れたとき、ソフィリータと会ったことがあった。そのとき、ソフィリータの穏やかな物腰や声に対して、脚だけがその雰囲気にそぐわなかったことを。

 そのときのことを思い出しながら、リリスはソフィリータの脚へ視線を向ける。あのときの違和感が、記憶違いではなかったかを確認するために。

 果たして、そこにはリリスがあのとき感じた違和感が、そのまま存在していた。

 ソフィリータの脚は制服の黒いサイハイソックスに覆われているが、その布越しにでもよく見ればわかるぐらい、妙に筋肉質でがっしりとしている。見るからに普通の女の子の脚ではない。

 レフトールは前に進み出て、ソフィリータと対面する。

 それに対してソフィリータは数歩下がって距離をとった。

「なんでぃ? お嬢ちゃん怖いのならやめにしてもいいんだぜ。俺はもうラムさんには危害を加えることはないからさ」

 レフトールが言い終わるか終わらないかぎりぎりのところで、突然ソフィリータは飛び上がった。普通ではない、かなりの跳躍力だ。

「う、うおあっ?」

 レフトールは、目の前で飛び上がるソフィリータにびっくりして、慌てて身構える。
              
ソフィリータがレフトールに飛び蹴りを放つ場面
 レフトール目がけて弧を描くように飛び上がったソフィリータは、彼の目の前で前転し、宙返りをしてみせる。そのまま身体の回転を利用した左足の踵落としのような蹴りが、レフトールへ突っ込んでいった。

 レフトールも負けていない。「一発入れろや」とは言ったものの、攻撃に対して本能的にガードが働いた。右腕を振り上げて、ソフィリータの左足の踵落としを、叩きつけられる前に受け止めていた。

 その次の瞬間――。

 ソフィリータの右足の踵落としが、左足を叩きつけたときよりも素早くレフトールに襲いかかった。

 二段攻撃を予測していなかったレフトールは、無防備な脳天にソフィリータの右足の踵落としを食らう羽目になってしまった。

「だわがっ!」

 レフトールの、蛙が潰れたような悲鳴が部室に響き渡った後には、彼を除く部員全員が呆然と眺めていた。両足を叩き付けた勢いで再び飛び上がり、宙返りしてレフトールの後方へ着地するソフィリータを。

 頭を抱えて膝をつくレフトール。

 レフトールの後方に立っていたために、突然間に割って入るようにソフィリータを前に、思わず左右にのけぞって避けるレフトールの子分、マックスウェルとピート。

「なっ、なんだこいつは?! ただのお嬢さんに見えていたけど、なんて動きしやがるんだ……」

 レフトールは振り返って立ち上がろうとしたが、そのままフラフラとよろけてしりもちをついてしまった。脳天に直撃を食らって足がふらついたようだ。見ると額から一筋、血が流れていた。

「……失神しませんでしたか、まあいいでしょう」

 ソフィリータは不満そうだったが、一発食らわせて気が済んだようで、涼しい顔をしてラムリーザの脇へ移動していった。

「よし、これでおしまい。ソフィリータも遺恨を残さないこと。レフトールも大丈夫かい?」

 レフトールは二人の子分に両脇から抱えられて立ち上がっていた。

「なんてスピードしていやがるんだ、パワーの兄と、スピードの妹かよ」

「僕ならソフィリータは、捕まえてしまえば怖くないんだけどね」

「んだんだ」

 レフトールは、同意することでラムリーザ相手に虚勢を張っていた。それほどまでに、ソフィリータの動きは、常軌を逸していたのだ。

「今の蹴りって、宙二蹴りに似ていない? 前方宙返りして二段蹴りだったし」

 ソニアの一言に、リリスとユコは嫌な顔をする。二人にとってその技は、ソニアの操る格闘キャラのハメ攻撃の一部でしかなかった。
              
テーブルの上に残った、無造作に重なった四枚の入部届
 そういうわけで、部員が十名になった、ある夕暮れのひとときであった。

 頭を抱えるレフトールのぼやきと、ロザリーンのピアノが部室に流れ、いつもどおりの笑いが戻る。ラムリーザは念のため、レフトールの額の傷を確認した。血は出ているが、深くはなさそうだった。

 ――そしてテーブルの上には、入部届が四枚、無造作に重なったまま残った。

 受理されるわけでもなく、拒絶されるわけでもなく、ただそこに「ある」だけの四枚の紙。十人もの人間がいながら、誰もその紙を整えようとはしなかった。

 部長がいないというのは、こういう小さな「置きっぱなし」が増えていくということなのかもしれない。

 ラムリーザは、なぜだかその紙の白さだけが、少し気になっていた。

 自分たちの未来も、この紙のように、形にならないまま風に吹かれているのかもしれない。そして落ち着かない、けれどどこか愛おしい予感に包まれているのかもしれない。

 誰も座らない部長の椅子が、オレンジ色の夕暮れの中で、ひっそりと空いたまま次のざわめきを待っているようだった。