ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


現在と過去が交わり苦悩する男

帝国暦九十三年 朧影の月・女神の日(現代暦:四月上旬)

 突如部室に現れた、ソフィリータの友人として帝都で会ったはずのミーシャは、リゲルの昔話に出てきたかつての恋人「ミーシャ・カッシーニ」その人だった。

 リゲルは、ミーシャを見つめたまま固まって微動だにしない。頭の中で、いろいろなものが渦巻いているのが伝わってくる。

 一方、ミーシャはリゲルとの再会を喜び、無邪気な笑顔で近づいた。

「ねぇねぇリゲル兄やん、『合わせレンズ』やろうよ。ほら、リゲル兄やんのモノクルと、ミーシャの首飾りを合わせると――」

 ミーシャは、手を伸ばしてリゲルの顔からモノクルをさっと取り外し、自分の首飾りのほうへ持っていく。確かにその二つを合わせると、普通の眼鏡になるようだ。

「ちょっと待て!」

 リゲルは突然ラムリーザの首に腕を回すと、そのままヘッドロックをかけたような状態で部室の外へ連れ出した。後に残されたミーシャとロザリーンは、ぽかんとしていた。

 部室の扉を閉めると、リゲルは廊下でラムリーザを問い詰める。

「おいラムリーザ、これはいったいどういうことだ?!」

 いつもの落ち着いたリゲルは鳴りを潜め、明らかに動揺しているのがわかる。

「えっと、何のこと?」

 ラムリーザも、突然リゲルに引っ張り出されて、何が何だかわからない。

「ミーシャだよ、なんでミーシャがここにいるんだよ?」

 リゲルの指先は、ラムリーザの襟元をつかんだまま、かすかに震えていた。いつもなら氷のように冷たい彼の視線が、今は熱に浮かされたように彷徨っている。

「……なぜ今なんだ。なぜ、今更俺の前に現れる……っ」

 絞り出すような声は、ラムリーザへの怒りというより、自分の中に眠っていた「過去」への悲鳴のように、ラムリーザには聞こえた。

「ぼ、僕もわからないよ、帝都で一度会ったことはあるけど」

「会ってたのかよ! お前、去年の夏休みにキャンプ場で話をしただろ? ミーシャ・カッシーニの話を!」

「いや、僕も知らなかったんだよ、リゲルの言っていたミーシャと、帝都で会ったミーシャが同一人物だとは。だってミーシャは、妹の友達なんだぞ? おかしいじゃないか?」

 そう言ってラムリーザは、待てよ? と思う。確かソフィリータは、ミーシャが去年の春に転入してきて仲良くなったと言っていなかったか。それならリゲルとミーシャが引き離された時期とも合致する。

「ぬ、そういうことか……。ミーシャが俺を驚かせるって言ってた話はこのことか?!」

 そういえば以前、リゲルはソニアに「ラムリーザを驚かせるには、どんな手がある?」と聞いたことがあった。

「でもよかったじゃないか、またミーシャちゃんと再会できて」

「よくない……」

 リゲルは、怒ったようにラムリーザを睨みつけながら小さくつぶやいた。

「そうか?」

「よくないぞお前。俺にはもうロザリーンがいるのだぞ」

「あ……」

 リゲルは確かに、元恋人のミーシャと再会した。喧嘩別れをしたわけでなく、本人たちの感情とは別に、リゲルの父親によって強引に仲を裂かれた二人が再会できた。そこまでは奇跡の巡り合わせとも言える。しかし今は……。

「とはいえ、ミーシャは親が認めない。親が認めた相手はロザリーン、しかし俺は……俺は、ミーシャは……」

 リゲルは頭を抱えてうろたえる。ラムリーザも、この一年間リゲルのこんな態度は見たことがなかったので、対処に困る。この男でもうろたえることがあるのか、などと考えてしまった。

「……なんとかしろ」

「え?」

「お前、何とかしろ!」

 リゲルは、突然ラムリーザの両肩をつかんでゆすぶりながら怒鳴りつけた。

「何とかって、何をどうすればいいんだよ?」

「お前のせいだ……」

「は?」

 リゲルは、じっとラムリーザの目を睨みつけながら、もう一度つぶやいた。お前のせいだ、と。

「ちょっと待って、僕は別にミーシャにここに来いとは言ってないよ。妹が来るって話にはなっていたけど、ミーシャは知らないよ?」

「お前が『ハーレムが形成される呪いをかける』とか言い続けていたからこうなったんだ」

「いやいやいや、あれはねぇ……」

 ラムリーザも本気で言っていたわけではない。リゲルがいちいちリリスやユコのことでラムリーザをからかうから、反撃していただけなのだ。ほんの他愛ない冗談のつもりだった。呪いを信じるリゲルも、いつものリゲルらしくない。いや、ホラー好きなら、そういった面もあるのかもしれないが。

 そもそも自分にそのような能力があるのなら、呪術師としての人生を歩めるかもしれない。望むか望まないかは別として。

「こうなったらお前も道連れだ。リリスとユコまで巻き込んで、お前もハーレムを形成しろ」

「いやいやちょっと待って、逆でしょ? ラムズハーレムとか言ってからかっていたのは、どっちだよ?」

「俺もお前も仲良くハーレムを作ろうではないか。目指せニバスだ」

「う~ん、ニバス先輩はちょっと……」

 リゲルは、完全に取り乱してしまっていた。ラムリーザは、リゲルもこんな顔を見せるんだな、リゲルも一人の人間なんだな、と改めて実感していた。

 そのとき、部室のドアが開いてミーシャが顔を出した。

「リゲル兄やん」

「ん~? なんだい?」

 とたんにリゲルは、にこやかな笑みを浮かべてミーシャに向き直った。

 リゲルのこんな表情を、ラムリーザは初めて見た。だからこそ、一番怖かった。いつものリゲルじゃない、という意味で。やはり今でもミーシャのことが……と考えるのだった。

 それと同時に、新しい面倒事ができあがったのだと把握していた。

 ――結局、何も解決しないまま、ラムリーザとリゲルは、何食わぬ顔で部室へ戻った。

 部室では、男女に分かれて、雑談が繰り広げられていた。

 女性陣にソファーを占拠されたので、ラムリーザとリゲルとジャンの三人は、部室内の簡易ステージに腰をかけて話していた。

「まとめると、リゲルの別れた元カノが、戻ってきたわけだな」

 ジャンの言葉に、リゲルは「別れてはいない」と訂正した。

「親に無理やり仲を引き裂かれたのであって、喧嘩別れではないのだよ」

 ラムリーザの説明に、リゲルは「うむ」と同意した。

「それなら、今でもリゲルはミーシャのことを?」

 ジャンの言葉にリゲルは首を横に振って答えた。

「いや、俺にはロザリーンがいる。一番大事なのはロザリーンだ」

「ロザリーンって誰のこと?」

「おわあ!」

 いつの間にかソファー側にいたはずのミーシャが、リゲルの隣に腰掛けていた。彼女の質問を聞いて、リゲルは素っ頓狂な声をあげた。ミーシャが現れてから、リゲルの人間味が急に顔を出している。これまでのリゲルは、ソニアの評する「氷柱」という表現がはまっていた。

 リゲルが固まって答えないので、ジャンが空気を読まずにソファーに座る眼鏡のポニーテールの女性を指差して、「あの娘がロザリーン」と代わりに答えた。

「こ、こら……」

 リゲルはジャンの行動に狼狽するが、ミーシャはそんなリゲルに「あの人がロザリーン? あの人がリゲル兄やんの何?」

「何って、こ……」

 リゲルは言えなかった。ミーシャに、この先を言うことはできなかった。

「恋人?」

 ジャンが聞く。

「違う……」

 リゲルは苦しそうに答えた。

「はっきりしろよ、ロザリーンと付き合っているんだろ?」

 ジャンは悪意なく、話が複雑になる前に現実を知らせようとして、リゲルに尋ねた。はっきりしないまま二人の間をうろうろして――なんて話は、よくあるのかもしれない。刺されるかどうかは知らないけど。

 だが、それを聞いたミーシャは、困ったような顔をリゲルに向けた。

「えー、リゲル兄やんあの人と付き合ってるの? ミーシャは? ミーシャはどうなるの?」

 リゲルは、現在の彼女と、過去の彼女の間に挟まれて黙り込んだ。

 リゲルとミーシャが親しげにしているのを見て、ロザリーンも心配してラムリーザたちのそばへやってきた。

「リゲルさん、どうしたのですか?」

「うむ……」

 リゲルは答えられない。

「リゲル兄やん……」

「うむ……」

 またしても答えられない。

 ジャンは、そんなリゲルたちの様子を見て、ぷっと吹き出して言った。

「なんかギャルゲーの設定ができそうだな? これ、リゲルを主人公にして、三角関係を扱った作品が書けないか? ラムリーザが主人公の、ソニア一筋物語より面白いと思うぞ?」

「ふざけるな!」

 リゲルはジャンの襟首をつかんで怒鳴りつけた。ジャンは「まぁ怒るな」と言って話を続けた。

「隣国ユライカナンには、正室と側室という制度があるらしいぞ」

「で、そのセイシツとソクシツとは何だ?」

「正室は、分かりやすく言えば、君たちが知っている『お嫁さん』と同等なものだ。正妻とも言う、まぁこれはこの国の制度にもある。で、側室だが、簡単に言えば正妻以外のお嫁さんだ」

「貴様……一夫多妻制と言え」

 リゲルは、さらにジャンの襟首をぐいっと締め上げた。

「まあ、さらに簡単に言えば、そうなるな」

「この国も、皇帝陛下や、それぞれの地方の領主には妾がいると聞くけど?」

 ラムリーザの問いにジャンは「そういうこと。だからリゲルも平等に二人を――あいたたた」と答えかけたが、リゲルがさらに締め付けるので、とうとう悲鳴をあげ始めた。

「落ち着けリゲル、ジャンが死んでしまう」

 ラムリーザに諭されて、リゲルはジャンをつかんでいた手を離した。

「よし、ラムリーザがフォレストピアの領主として、ハーレムを築け。その領民も、領主に倣う、それでいこ――」

「リゲルさん……」

 ロザリーンに心配そうに見つめられて、リゲルは「おっと」と言葉を止めた。ミーシャもリゲルの腕にしがみついて、リゲルの顔を見つめている。

 正面からリゲルを信じようとするロザリーンの透明な瞳と、横から彼の腕を絡め取り、居場所を主張するミーシャの熱い視線。部室の真ん中で、二つの「愛」に挟まれたリゲルは、まるで逃げ場のない法廷に立たされた被告人のようだった。

 そんな状況を見ながら、ラムリーザも複雑な気分になっていた。

 もともとリゲルとロザリーンをくっつけようとしたのはラムリーザだ。リゲルが過去に縛られていて、冷たく後ろ向きな感情に支配されていた。だから次の世界へ導いてあげようとしただけだ。

 その甲斐もあって、リゲルはテーブルトークゲームなどを通じて、初めて会ったころとは違ってユーモアや明るさも見えるようになった。

 そういった変化を見て、ラムリーザは良いことをしたと思っていたのだ。

 しかし、リゲルの父親によって間を引き裂かれた相手が、その一年後に戻ってくるとは予測していなかった。ラムリーザは、リゲルとミーシャの関係は、完全に終わってしまったと思っていたのだ。

 しかし、現にミーシャは戻ってきて、リゲルはミーシャとロザリーンの間で宙ぶらりんな状態になってしまった。

 今さら「やっぱりミーシャと付き合うからロザリーン、別れてやってくれ」は酷だろう。

 それに、リゲルの父親が許すはずがない。むしろ、ミーシャが戻ってきたことをリゲルの父親に知られたら、そちらも心配だった。

 そもそも、この一年間接してきたリゲルの雰囲気と、帝都で一日遊んだだけだがそのとき接したミーシャ、この二人が付き合っているイメージが湧かないのも事実だ。ソニアが氷柱と称する男と、甘ったるい声で軽快に踊る女。どう考えても、繋がりが見えない。

 ラムリーザがリゲルと出会う前、この二人はいったいどのような感じで、どのように付き合っていたのか。ラムリーザは、そんなことも気になり始めていた。
              
部室でロザリーンとミーシャの間に挟まれて苦悩するリゲルの場面
 ――待てよ……。

 ラムリーザは、ふとあることを思い出して、ポケットから携帯型情報端末キュリオを取り出した。そして、グループメールの過去ログを探り始めた。

 そこには、大寒波の日に突如現れた、リゲルの謎の痕跡が残されていた。

 

投稿者:リゲル

本文:うん、リゲルは平気だヨ!お前も風邪引かないように暖かくしているんだぞ(`・ω・´)b

 

 このメールは誤爆で、ひょっとしたら送信先はミーシャだったのだろうか?

 リゲルはこの後「バグった」とメールしてきているが、バグでこんな文が出るものか?

 ひょっとしたらこの男には、自分の知らないもう一つの顔があるのかもしれない。隠していたあの「顔文字付きのメール」のような、あんなにもお茶目な言葉を吐ける相手が、かつての彼にはあったのかもしれない。

 今、彼の隣を歩くべきなのは、清らかな絆を誓ったロザリーンなのか、それとも、彼の「バグ」を知っているミーシャなのか。

 ラムリーザは、そう考えながら、現在と過去が交わり苦悩しているリゲルの横顔を見つめていた。

 現在と過去――こんな言葉を、どこかで見た気がする。思い出せないのに、冗談みたいな紙切れの文面だけが、喉の奥に引っかかっていた。

 この日リゲルは、途中でやっていられなくなったのか、一人で先に帰ってしまった。

 ラムリーザの目には、リゲルの背中は、いつものように真っ直ぐだった。なのに今日は、背中の輪郭だけが少し頼りなく見えた。

 ――厄介なことになったかもしれない。

 これは笑い話の形をしていて、誰かの心を傷つけるやつだ……。