ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


増える部員、増える火種

帝国暦九十三年 朧影の月・女神の日(現代暦:四月上旬)

 さて、今日から新年度の部活動が始まる。

 ラムリーザたちの軽音楽部は、昨年まで部長だった先輩が卒業し、三年生の部員がいなくなった。だからまず、部長を誰がやるか決めなければならなかった。

 本来ならもっと早くに決めておく必要があったが、一年生のときの後半は、テーブルトークゲームに夢中になりすぎて、そういう事務的なことは、誰の頭にも浮かんでいなかった。

「僕はやらないから、君たちの中でだれかやりたい人がいたら立候補してくれ」

 ラムリーザは、いつもの部室のソファーに部員を集めて言った。

 現在の部員は、ラムリーザ、ソニア、リゲル、リリス、ユコ、ロザリーンの六名。先輩が抜け、ラムリーズのメンバーがそのまま残った形だ。

「あたしやるよ、やるよ」

 真っ先に立候補したのはソニアだ。

 ラムリーザは、それでいいと考えた。こういうのは、やりたい人にやらせるのが一番だ。部長の仕事が何なのかまでは知らなかったが、ほとんど部室に顔を出していなかった先輩でも務まったのだから、ソニアにもできるだろう。

「だめよ、あなたが部長だなんて」

 ソニアが部長になると、リリスは自分が格下扱いになるように感じてしまう。それが気に入らないリリスは、対立候補として名乗りを上げた。

 この場合は、ユコあたりがやれば波風は立たないのだが、ユコは一歩下がって裏方に徹する傾向があるため、二人のにらみ合いを黙って見ているだけだ。

 リゲルとロザリーンは、天文部に顔を出して挨拶を済ませてから、後でこちらに来ると言っていた。だから、今はまだここに来ていない。

「ええと、ユコは立候補しない?」

 ラムリーザは、それでも声をかけずにはいられなかった。ただし、ユコが部長をすることに、ソニアとリリスが納得するとは思えなかった。

「私は黒幕でいたいんですの」

「なんだそりゃ……」

 一方、火花を散らしてにらみ合っていたソニアとリリスは、ふっと視線を緩め、それぞれにつぶやいた。

「そうなるとこれは――」

「部長の座を賭けて、超人オリンピックで戦うのね」

 ソニアの言うことは、たいてい意味がわからない。超人とは何だ? 人間の限界を超えた存在か?

「でもさ、またユコと一緒になれてよかったよ。楽譜を書いてもらうのも、ゲームマスターをやってもらうのも、ユコはいろいろな面で重要だからね」

「ラムリーザ様の私を思う気持ちが強かったので、私は戻ってきたんですの」

 ラムリーザがユコを持ち上げると、ユコは調子に乗って問題発言をした。

「めんどくさいことになるから、そういうことは言わないの」

「呪いの人形は捨ててもいつの間にか手元に戻ってくる気味の悪いものだからね!」

 ほら、ソニアが噛み付いた。言わんこっちゃない。

「ラムリーザ様のそばを離れようとしないお化けは何ですの?」

「誰がお化けよ!」

「風船――」

「ところでユコ、フォレストピアの住み心地はどうだい?」

 ラムリーザは、口論をぶった切って話題を転換した。ユコは何かを言いかけたが、ラムリーザに話しかけられてソニアから視線を外した。

「うーん、リリスと遊びにくくなりましたわね。それにまだあまり遊ぶところがないし、結局エルム街に出かけることになりますわ。だからここんところ休日は、家にこもってゲームとか楽譜作成ばかりですわね」

 ユコの手厳しい指摘に、ラムリーザは少したじろいだ。しかし今はまあ仕方がない、街づくりはまだ始まったばかりだ。街には娯楽施設も必要なことはわかっている。

「施設はこれからどんどん増えていくよ。手始めに、運動広場に手をつけた。近日中にスポーツをやって遊ぶ場所ができるよ」

「スポーツですかぁ」

 ユコは、スポーツはあまり得意ではなかった。

「大丈夫、広場ができたら、みんなで『のだま』でもやりに行こう」

「のだまねぇ……」

 ユコはあまり乗り気ではなさそうだが、とにかく場が荒れるのだけは防げた。……と思ったが、二人は今度は「のだまで勝負」と言い出した。もう勝手にやってくれ。

 しかし、話が飛ぶのがいつもの部室だ。ラムリーザは、そこだけは納得していた。

 

「しっつれーすっるぞー!」

 そのとき、部室の入り口が開いて、一人の男子生徒が元気よく飛び込んできた。

「あ、ジャン。そっか、今年からジャンもここに来ているんだっけ」

 ラムリーザは昔からの親友の登場に、またジャンと学校生活を送れるのが嬉しい、などと考えていた。帝都にいた頃、ジャンと日々を過ごしたことを思い出して、懐かしさで頬が緩む。

「おっ、リリスいるじゃないか。もう大丈夫か?」

 ジャンが心配したのは、昨日のリョーメン大食い事件のことだ。

「な、何のことかしら? 私は大丈夫よ」

 リリスは、昨日の醜態を思い出して、顔を赤らめながら答えた。

「いつものメンバーだな。あれ? ユコは転校したんじゃなかったっけ?」

「引っ越しただけですの、フォレストピアに」

「ああそうだったな。しかしそうだとすれば、俺が企画したあの盛大なお別れイベントはなんだったんだよ、って話だ」

 ユコはぺろりと舌を出して、ごまかすように笑った。

「そうだよ! あのイベントのせいであたしユッコにココちゃん取られた!」

 ソニアは、また話を蒸し返した。数日間ココちゃんがいなかったことが、どうしても許せないらしい。

「何ですの! 昨日持っていったじゃありませんか! 返しましたの!」

 ユコも面白くなさそうに、憤慨して応じた。

「しっかっしっ! 間近で見るとやっぱりいいねぇ。その制服やっぱ映えるな。特に足元が決まってる、絶対領域がいい感じにできあがっている」

 その発言を聞いてラムリーザは、ジャンは「エロ助」だったことを思い出した。リリスの体操服姿を写メで要求されたことも何度かあった。

「ジャンさんって、そんな人だったんですの?」

 ユコは明らかに嫌そうな顔で、ラムリーザに耳打ちした。ラムリーザは、「まあ、気にしないでやってくれ。エロいけど根はいい奴なんだ」とこっそり言い返した。

 一方ソニアは「この靴下嫌い」と文句を言い、リリスはあからさまにジャンへ見せつけるように、サイハイソックスをずらして見せたり、足を高く上げて組み直したりして挑発している。

「美しいよ、リリス」

 にやけていたジャンは、突然真顔になってリリスに語りかけた。とたんにリリスは頬を赤らめた。

 実のところ、リリスは美しいと表立って言われたことがなく、根暗吸血鬼と呼ばれていた過去があった。むろん、今と昔とでは容姿が全然違うのだが。

「しかしジャン、ここは部室だぞ。部外者が居座ったら顧問の先生に怒られるぞ。もっとも顧問の先生なんて誰だか知らないし、見たこともないけどな」

 ラムリーザの注意に、ジャンは飄々と答えた。

「ああ、その件だけどな、俺もこの部活に入るわ。軽音楽部だろ? ギターできるから入部資格はあるよな?」

 もともとジャンは、そのつもりで部室を訪ねてきたのだった。

「まあ楽器ができなくても、興味があったり練習したいからって入るのもアリだと思うけどな」

「というわけでよろしく。この入部届は誰に出したらいいんだ? 部長誰?」

「あたし!」「私!」

 騒ぎ出すソニアとリリスを、ラムリーザは制する。

「決まってない……」

 それから頭をかきながら答えた。現在は、ただ人が集まっているだけで、部活としての体をなしていない。

「んじゃ事後報告で、今日から俺も部員な。黒縁眼鏡の卓球部員~、みたいな?」

「卓球部じゃないし、君は眼鏡かけてないじゃん」

「へっへっへっ」

 なんだかよくわからないが、ジャンは機嫌がよさそうだ。

 とりあえず部長は保留にしておいて、入部届は部室で預かっておけばいいだろう。

「そういえばソフィリータも今年からこの学校に通うようになったから、部活でJ&Rを復活させられるかもね。ソフィリータがここに来たらだけど」

 そのとき、部室のドアが勢いよく開いて、二人の人物がなだれ込んできた。

「おー、遅かったなリゲ――じゃない、ソフィリータか」

 ジャンは入り口を振り返って、入ってきた二人を確認した。一人はジャンも馴染みの、ラムリーザの妹ソフィリータだ。

「あ、こんにちはジャンさん。あ、リザ兄様もこちらでしたね。今日から私も皆さんとご一緒させていただきたく思ってやってきました」

「ミーシャも入りまぁす!」

 ジャンは、笑顔で二人を迎えた。

「歓迎するよ、入部届は要らんけど、あるなら部長に出してくれ。ところでそっちは誰?」

 部長は自分だと言いそうになるソニアとリリスを制して、ジャンはソフィリータに尋ねた。ソフィリータと一緒に入ってきたのは、紫色のツインテールが似合う小柄な女の子だった。

「私の友達のミーシャです。まさかミーシャもこの学校に来るとは思ってなかったのでびっくりしました」

 ジャンは初顔だったが、ラムリーザはミーシャと呼ばれたその子には見覚えがあった。去年の年末年始の休暇に帰省したとき、ソフィリータの友人として紹介されて、一緒にホラー映画『ヨンゲリア』を見に行った、少し変わった女の子だった。

 ソフィリータの友達、という枠に収まらない匂いがする。年末年始の帰省のときも、妙に印象だけが残った子だ。

「あ、ひょっとしてS&Mって、あのダンスユニットの? そういえば見覚えあるわ」

 そこでジャンは、動画共有サイトで有名な、ダンスユニットを思い出した。

 ソフィリータは「そのとおり」、ミーシャも「うん」と元気よく答えた。

「おいラムリィ、これは結構強力な部活になるぞ。俺もソフィリータもギターの腕は確かだし、そっちのミーシャちゃんは、……あー、ミーシャは何ができるんだ?」

 ラムリーザもジャンも、ミーシャはダンスを踊りながら歌っているところしか見たことがない。

 ミーシャは首をかしげ、一生懸命考えるそぶりを見せてから答えた。

「んーとね、んーとね、ダンスと歌」

 ラムリーザは覚えていたが、相変わらずやけに甘ったるい声で話す子だ。

「それはわかってるよ、楽器は?」

 ジャンに尋ねられて、ミーシャは「タンブリン!」と答えた。

 そして、まるでタンブリンを叩きながら踊っているような動きを見せながら歌い出す。さすがにダンスで名が知られているだけあって、ソニアの不思議な踊りとは違って、即興でも滑らかな踊りで思わず見惚れた。

 

 わっ、わっ、タンブリンのわっ――。

 

「いやいやいや、それは――まぁ楽器だけど、ん~」

 ジャンは、踊り始めたミーシャを慌てて止めた。ここで一人で踊られても困るのだ。

「タンブリンも立派な楽器。これで今年は部員が三人増えたね。去年と比べると、先輩が二人抜けたが三人増えたので、差し引き一人増えた。これで九人だね」

 ラムリーザは順調に部員が増えていくことを喜んだ。あとは部長を決めるだけだが、ソニアとリリスはお互いに譲ろうとしない。自分が部長を引き受ければ丸く収まるのは知っていたが、部活の長くらいはソニアかリリスに任せたかった。

「あと二人は誰だ?」

 ジャンの問いにラムリーザは、「リゲルとロザリーンだよ、知っているだろ」と答えた。

「ああ、あの二人か。なるほどね」

「リゲル? やっぱりここにいるんだ」

 ジャンに続いて答えたのは、ミーシャだった。

「何だい? ミーシャちゃんはリゲルのこと知ってるの?」

 ラムリーザの問いに、ミーシャは「これ、なーんだ?」と甘ったるい声で言いながら自分の首にかかっている首飾りを見せた。

「首飾り? 何かのレンズかな?」

 ラムリーザには、首飾りの先についているものは、レンズのようにしか見えなかった。

「惜しい! 惜しすぎて死の首飾りを贈呈したくなるほど惜しい! 正解は、合わせレンズなのだ。これがあれば、もう片方のレンズを持つ人と、必ず再会できる『呪い』がかけられている、ありがたぁい首飾りなんだ」

 ミーシャの言っていることは、本当にありがたいのかどうかわからない。やたらと呪われていそうだ。

 このとき、ミーシャの勢いに乗せられて、部長の話はいつの間にか完全にどこかへ消えていた。

「へ~、すごいね。それで再会の呪いがかけられている相手は誰なんだい?」

 ラムリーザも、ミーシャに乗ってやる。ソニアの奇行によくつき合わされている身として、ミーシャの突拍子もない話にも、十分に対応できる。

「んーとね、んーとね――」

 ミーシャがもったいぶっていると、再び部室の入り口が開いた。ようやくリゲルとロザリーンがやってきたようだ。これで全員集合。

「ん、ちょっと向こうの挨拶が長引いて遅れた。どうだ? 今年の新入部員――」
              
部室でミーシャと再会したリゲルが驚いて固まる場面
 何かを言いかけていたリゲルは、部室の中を見て固まった。まるで幽霊でも見かけたかのように、目が驚きで大きく見開かれている。

「あっ! リゲルおにーやん!」

「えっ?」

 ミーシャの嬉しそうな叫び声と、他のメンバーのきょとんとした顔。

「な、なんだ? リゲルはミーシャと知り合い?」

 ラムリーザの問いかけをよそに、ミーシャは嬉しそうな顔、リゲルは驚きで固まった顔で、二人は見つめあったまま時間だけが静かに過ぎていった。

 さっきまでの騒がしさが嘘のように、部室の空気が固まっていた。

 誰も笑えない。誰も言葉を探せない。

 ――嫌な予感だけが、ゆっくりと形になっていく。