ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
替え玉地獄の食文化体験
帝国暦九十三年 朧影の月・王の日(現代暦:四月上旬)
フォレストピア駅前、大倉庫前。
ラムリーザは、いつものメンバーに加え、ジャンやレフトールたちとも駅前の大倉庫に集まっていた。試食会ということで、時間は昼前。ついでに昼食も済ませる算段だ。
「言うほど曲がりくねっているか?」
レフトールに聞かれて、ラムリーザは「知らん、投票で決まった」と答えた。
先日の会議で行われたメインストリート命名投票は、結局「ロング・アンド・ワインディング・ロード」に決まってしまった。
なんだか知らないけれど、心に響くような名称だと感じて投票した人がほとんどで、メインストリートの景観を考えて投票した人は、ほとんどいなかった。
「別に通りの名前なんて知らんけどな。俺もエルム街のメインストリートの名前は知らんし」
名前なんて、問題が出たら後から変えればいい。ラムリーザは軽くそう考えていた。
さて、今日はフォレストピアの食料問題を解決すべく、さらに隣国ユライカナンの文化に触れるという名目のもと、ユライカナンの料理を体験してみようという企画だ。もしその料理が口に合うようなら、早速取り入れて住民にも開放する流れにする予定だ。
ラムリーザたちは、駅前の大倉庫内に作られた仮店舗へ向かっていった。
「あれみてごんにゃ、来てごんにゃ、一口食べてみてごんにゃ、って書いてるよ」
一番先頭を歩いていたソニアは、仮店舗の前でみんなのほうを振り返って言った。
「そう、来てごんにゃ、食べてみてごんにゃ」
店の中からひょいと顔を出した主人の声に、ソニアは驚いて飛び上がった。
「なっ、なによっ! びっくりするじゃないの!」
「おおっ、元気のいいお嬢ちゃんだねぇ。……ずいぶん立派だなぁ」
店主の値踏みするような視線を胸に感じたソニアは、ススッと後ずさりしてラムリーザの後ろに隠れてしまった。
「それで、今日紹介してくれるユライカナンの食事メニューは何ですか?」
店内に入ると、ラムリーザは店主と話をするためにカウンター席に座った。ソニアがすかさず隣に来て、その隣にジャンが続き、リゲルはラムリーザの反対側の隣に座った。残りのメンバーは、後方の四人掛けの席に分かれて座っている。
まだ仮店舗は一般公開前なので、ラムリーザたち以外の客はおらず、他にいるのは店主とお手伝いが一人だけだ。
早速ラムリーザは、店主とメニューについて話し始めた。
「リョーメンって知っているかな?」
「リョーメンですか? 初めて聞きますね、何でしょう?」
「小麦粉を練って、細長く伸ばしたものです。作り方は――そこはいいか。一般的には麺と呼ばれているが、出来のいいものをリョーメンと呼ぶ。良い、つまりリョウという言葉と麺を合わせたものだな」
ラムリーザは、頷きながら聞いている。小麦粉なら帝国でも使われているが、麺というものは初めて聞く。
「上質なものはそう呼び、出来が普通のものは、ゴーメンという。これは、高品質ではないが十分出せるので、いってみよう。つまり『行く(ゴー)』という言葉と麺を合わせたものだ」
「味は変わらないのですよね?」
「うむ、だがこだわる人はこだわる品でな。で、あまり出来が良くないものは、マーメンと言う。出していいものか、と悩むが、捨てるのももったいないので、まぁ気にしないで出そう。つまり、まぁ出してみようのマーメンだ」
「マーメンを出す意味はあるのですか?」
「質を気にしなければ、味は同じなので、低価格で出している。財布に優しい品だ」
「なるほどね、食材を無駄にしないのは良いことだと思います」
「さて、何を注文するかな?」
店主に促されてラムリーザは、壁に掛けてあるメニューを見た。そこには、「うまいぶん」だの、「えーぶん」だの書かれている。
「うまいぶんと、えーぶんは、どっちがいいのですか?」
「うまいぶんは、美味しいもの。えーぶんは上質なものという意味。えーぶんのほうがいろいろ入っている」
「今日はラムリーザのおごりよね?」
不意に、リリスがラムリーザの耳元で囁いた。
「おごる理由はないけど、おごってほしいならおごってあげようか」
「あ、リリスのは俺がおごるよ」
そう横から口を出したのはジャンだ。リリスは微笑みを浮かべると、四人掛けの席からジャンの隣へ移動してしまった。
これでカウンター席以外は、ロザリーンとユコのテーブル、レフトールとマックスウェルのテーブルに分かれたことになる。
「ラムズハーレムの住民を、ジャンに奪われつつあるな。あ、俺はおごらなくていいぞ」
リゲルは、自分でさっさとリョーメンのえーぶんを注文してしまった。
「ラムさん、俺にもおごってくれるのかなー?」
レフトールは、何も臆することなくラムリーザにたかる。
「女の子だけおごって男の子におごらないのはなんか気まずいから、全員どんとこいだ」
ラムリーザは、こうなればみんなの分も面倒を見るつもりになった。
「俺はいいからな」
「あ、私も大丈夫ですよ」
リゲルは念を押すように奢りを断った。ロザリーンも育ちがいいから、基本的に自分で払う。
そういうわけで、リゲルとジャンとリリス以外のメンバーにはラムリーザがおごることになり、結局みんな、リョーメンのえーぶんと店の看板メニューを選んだ。
最後に注文が残ったのはラムリーザとソニアの二人だ。
「ソニアは何にする?」
「あたし、ラムと同じでいいよ」
「そうか、それじゃあ店主さん、冷たいのありますか?」
「冷たいのかい? つけるぶんなら、麺を冷やして出すから冷たいと思うぞ」
「よし、じゃあリョーメンでつけるぶんを二つお願いします」
「あいよ」
こうしてラムリーザもメニューを決めたが、そこでソニアがおかしなことを言った。
「あたしもリョーメンのつけるぶん二つ」
「えっ?」「えっ?」
ラムリーザと店主が同時に固まる。二人の視線を受けても、ソニアはきょとんとしている。
「えっと、ラムリーザくんは、その子の分もいっしょに注文したんだよね?」
店主はラムリーザに確認を取るが、会話の流れからいって、そう取るのが普通である。
「そのつもりだけど、なんでソニアも注文するの?」
「あたしラムと同じのにするって言ったよ」
ラムリーザは「めんどくさ」と思いながら、ソニアに右手を差し出した。ソニアは何も考えずに、ラムリーザの右手を握り返す。
そこでラムリーザは、「剛握の掌」と言いながらソニアの手を強く握り、空気を読まない発言を罰することにした。
「ふえぇ……」
結局二人は、つけるぶんを一つずつ注文し直すことになった。
そんな小さな騒ぎはさておき、しばらく全員は初めて食べるユライカナンのメニューを堪能していた。
「この肉の味付けも初めてだなぁ」
「それは豚肉を煮込んだものだね。煮込み方が、ユライカナン独特なのだよ」
「このサクッとした歯ざわりのものは?」
「それはタケノコを煮込んだものだね」
ラムリーザは店主から、メニューの中に入っている見慣れない具について説明を受けていた。スープの味も、初めてのものだった。知っている具材としては、玉子ともやしが入っている。
一方、食べ終わったユコたちは別の雑談をしていた。
「そういえば、この春休みに楽譜を一つ仕上げましたわ。タイトルは『暑い夏の歌物語』ですの」
ユコの言葉を聞いて、リゲルはラムリーザの耳元で「またエロゲソングだぞ、例のカノコが出てくるやつ」とつぶやいた。
ラムリーザは、どうせ歌うのはソニアかリリスだから、別に元ネタが何であろうが気にしていなかった。歌詞の内容も、基本的に健全だから割とどうでもいい。
リリスは、何かを思いついたのか、「そうだわ」と言いながらジャンの隣の席から移動してユコの居るテーブル席へ移った。さらに、ソニアにもこっちに来るように促した。
ソニアがリリスと相席になる形で移動した後、リリスはまず店主に尋ねた。
「このリョーメンのおかわりみたいなの、あるかしら?」
リリスの問いに店主は、「替え玉というのがあるぞ」と答えた。
次にリリスは、ラムリーザに「いいこと思いついたから、もう少しおごってね」とお願いした。
リリスは、麺の質が普通の「ゴーメン」で、トッピングも普通である「うまいぶん」を二つ注文した。リリスは、ソニアと一緒にもう一杯食べるつもりのようだ。
「何よ、二杯目食べるの?」
ソニアは不思議そうな顔をして尋ねるが、リリスはいつもの微笑を浮かべてこれから行おうとしていることを説明した。
「さっきユコは、新しい楽譜ができたと言ったわ。だから、リードボーカルを決めなくちゃね。ここの新メニューはおいしかったから、どちらがたくさん食べられるかで勝負よ」
「むっ……」
ソニアは、とたんに真剣な顔になるが、なんてことはない、ただの大食い合戦だ。二人とも一杯食べただけなので、スタート地点では互角だ。
「替え玉ってやつ、たくさん用意しておいてね」
そういうわけで、リリスとソニアはリードボーカルの座を巡って、二杯目となる普通品質のゴーメンを食べ始めた。
そんな二人を横目に、店主は替え玉の用意をしながらラムリーザに尋ねた。
「それで、どうです? ここ、『ごんにゃ』のリョーメンは美味かったかな? ここで出店させてもらえるかな?」
そう、最も重要なのはこれだ。別に昼食に来たわけではない。ユライカナン特産の新メニューを吟味して、フォレストピアで店を出してもよいかどうかを決めるのが目的だ。
「そうだね、僕はいいと思うよ。リゲルやジャンはどうだった?」
ラムリーザがカウンター席に残った二人に聞いてみると、二人とも「いいんじゃないの?」と答えた。
そのとき、カウンター席の背後から「替え玉お願い!」「あたしも!」などと聞こえた。本気の大食い合戦になっているらしい。しかもペースが速い。
店主はお手伝いに替え玉の準備を任せて、自分はラムリーザとの会話に専念している。
「でも最初に呼ばれたってことは、この料理店がユライカナンでは一番なのですか?」
「うむ、そう思ってくれていいぞ。君から国へ、食料問題についての話が来たとき、国中の料理店が競って出店申請をしたものだ。それでこの店が選ばれたのだから、一番なのだろう」
「抽選の結果だな」
リゲルが小さくつぶやくと、店主はごほんと咳払いをした。
「リョーメンは店でしか出さない。ゴーメンは食料の量販店にも出品するぞ」
「マーメンは?」
「えーと、この街にはスラムはあるかい?」
「街自体ができたばかりだから、まだないよ」
ラムリーザはあえて「まだない」と答えたが、いろいろ事情があって帝国内でスラム街はほとんどない。というよりも、スラムに身を落とす必要がない、と言えるかもしれない。そしてラムリーザというより、フォレスター家が管理するフォレストピアでは、スラム街が形成される要素は今のところなかった。
「じゃあ、マーメンも店限定だな。安く食べたいって人だけが買えばいい」
その背後で、またしても替え玉を要求する声が聞こえた。最初の一杯を合わせて、これで四杯目になる。
ラムリーザは、少し心配になって振り返る。見るとソニアもリリスも、険しい表情で顔を真っ赤にして、汗をだらだらとかきながらひたすら食べ続けている。レフトールたちは周囲に立って、二人を応援しているようだ。ラムリーザはやれやれと首を振って、店主のほうへ向き直った。
「あの子たち、ただの大食いでしょう? どうせなら、マーメンも混ぜときますね」
お手伝いの台詞に、ラムリーザは「任せます」とだけ答えた。どうせお金を払うのは自分だし、放っておこうと考えた。しかし、後にここで二人を放置したことを、ラムリーザは後悔するのだが、この時点では特に何も考えていなかった。
ラムリーザは、もう一杯えーぶんを注文し、今度はじっくりと観察しながら、店主に尋ねた。スープのことが気になったのだ。
「このスープの味付けは何ですか? 初めての味ですが」
「それは店によって違うが、うちでは主に牛骨――牛の骨のことな。それを使っている。細かいところまで語れば、一晩中でも話せるが聞くかい?」
店主はニヤリと笑ってラムリーザに尋ねた。店主なりのこだわりを語りたいのだろう。
「そ、それはまたの機会に……」
ラムリーザは、そこまで食マニアではない。まずくなければそれでよいぐらいだったので、深く話を聞いても理解できないだろうからここは遠慮しておくことにした。
店主は「つれないなぁ」と面白くなさそうに言うが、仕方がない。
そんな中、五杯目の替え玉コールが店内に響く。その後も替え玉の声は止まず――。
………
……
…
限界は、先にリリスに現れた。
八杯目の途中、リリスは顔をしかめてソニアをにらみつけた。ソニアも苦悶の表情を浮かべながら、それでも八杯目の替え玉を完食した。
ソニアは、苦しそうな声で九杯目のお代わりを注文する。リリスもひとつ深呼吸をしてから、一気に八杯目を食べ終え、ソニアに数秒遅れて九杯目に突入した。
リリスは九杯目の替え玉に箸を突っ込んで口に運んだが、そこが限界だった。
限界を超えたリリスは、口元を押さえる間もなく、これまで食べたものを戻してしまった。そのまま力尽きたように、テーブルへ突っ伏してしまう。
リリスが突っ伏した拍子に顔を突っ込んだどんぶりは、派手な音を立ててひっくり返り、リリスとその周囲にスープを飛び散らせた。
「お、おい、ちょっとあれ!」
お手伝いの驚いた声とどんぶりの転がる激しい音で、ラムリーザはただごとではない何かが起きたと悟った。
一方ソニアは、リリスのダウンを見て勝利を手にしたかに見えたが、意識を失ったリリスの口元から、抑えきれずに溢れるものを見て、たちまち気持ち悪くなってしまったようだ。
それでなくとも、リリスに勝ちたいがために無理をしていた状態。ソニアも胃袋から何かこみ上げてくるものを感じ――。
「おべーっ!」
「きゃーっ!」
ソニアの気持ち悪そうなうめき声と、ユコのけたたましい悲鳴が重なった。
応援というか、間近で観戦するためにソニアのすぐ横に座っていたユコは、ソニアが突然横を向いて盛大にやらかしたために、巻き添えを食らうことになってしまった。
「ちょっとお嬢さん!」
店主も、驚きと怒りと困惑が混じった声を張り上げる。
騒然とする店の中、レフトールだけが、ただ一人カラカラと笑い声を上げていた。
意識を失ったリリスと、口を押さえて固まっているソニアを別の場所へ移し、お手伝いはテーブルの後始末に取りかかっていた。
「困りますね! いったい何をしているのですか!」
「ごめんなさい……」
憤慨する店主に、ラムリーザはただ頭を下げるしかなかった。
「領主に迷惑をかける女、最悪だな。おい、こいつはお前の足を引っ張ることしかしないぞ」
リゲルの辛辣な台詞にラムリーザは言い返すことができず、ソニアも文句を言う気力は残っていなかった。
「あっ、フォレストピアに出店することは許可します。店の場所は区画担当者と、内装については建築業者と打ち合わせて進めてください。それまでは、この仮店舗で明日から一般住民にも開放することにしますので、よろしくお願いします」
ラムリーザは、多少うわずった声で事務的に今後のことを伝えた。視線は、店主とソニアの間をうろうろしていた。
頭の中で、謝罪と手続きが同時に走っていた。こういうときに限って、言葉だけは妙に冷静になれる。
「それはありがとうございます。しかし、こういうのは――」
「ごめんなさい!」
ラムリーザは、食い気味に再び謝り、そのまま帰路につくことにした。
レフトールは、一人楽しそうにヘラヘラしながら、「それじゃあまた明日学校で」と言い残し、副将格のマックスウェルを連れて駅へ消えていった。
しかし、ソニアとリリスはどうしよう。ソニアはぐったりしているし、リリスは全身汁まみれで意識を失っている。また、ユコも巻き添えで衣服を汚してしまっている。
「ひとまず僕の屋敷に運び込もう」
ラムリーザが、意識を失っているリリスを抱き上げようとしたところ、ジャンが「俺が運ぶよ」と言って、ラムリーザから引き取った。
「あほのお守りも大変だな。それじゃあ失敬するぞ」
リゲルはそう言い残して、ロザリーンと共に駐車場へ向かっていった。ロザリーンは、少し心配そうな視線でラムリーザたちを見ていたが、リゲルに促されて後を追っていった。
「リリスはソニアと胸以外体格ほとんど一緒だし、ユコもスカートだけなら問題ないだろう。うちに来て、着替えていくといいよ」
「あ、大丈夫ですの。私も今は近くに住んでいますので、このまま帰りますわ」
「ああ、そうだったね。それじゃあまた明日。ソニアがスカートまで汚してしまって、ごめんよ」
「いいですの。それじゃあ失礼いたしますわ」
この日、リリスは意識が戻るまで、ラムリーザの屋敷で過ごすことになった。ソニアも、屋敷に戻るとすぐにトイレへ駆け込んだ。楽になるまで出すつもりらしい。
こうして、最後は大惨事のようになったが、一つ目のユライカナン食文化の店を出してもらうことが決まったのである。
文化体験という名目は、たしかに達成した。味も手応えも、店主の誇りも分かった。
――代償のほうは、ちょっと高すぎたけれど。